「右腕……って、一体どういう事?」
「そうだな。追って説明しよう」
天霧くんからの驚きの提案。しかし、私はその意味を理解する事は出来なかった。
すると彼は頷き、続きを話す。
「───私はこの『銀狼隊』で、『隊長』の地位を目指そうと思っている。しかし、『隊長』になるためには多くの信頼や実績が必要となるだろう。無論それらを獲得できるように努めるつもりだが、一人の力とはそう大きくない。つまり『隊長』となるためには、信頼のおける腹心が必要なのだと私は考えた」
「だから、そのために私を? 一体なんで?」
理由は理解したけれど、私と天霧くんは今日が初対面だ。それに実力を買われているのなら、私以上の人なんてもっとごろごろといる。
わざわざ私を選ぶ理由はない。
「いくつか理由はあるが、一つは先ほど語った『実績』を既に積んでいる点だ」
「実績?」
「事前に君のことは調べさせてもらった。鈴代獅乃、一年生。秋田県出身。入学してからすぐに『北米三合会事件』にて活躍。二階堂エデンに才能を見出され、銀狼隊へスカウトされる。仮入隊期間は『新卿華市』の一件にて活躍し、正式に入隊」
つらつらと並べられる事実は、確かに本当のことだ。
「目を見張るような功績だ。既に君は、立派な『銀狼隊』と呼べるだろう」
「……それ、どこで知ったの?」
「『力』というのは腕っぷしのみを示す言葉ではない、という事さ」
まともに答えるつもりはないらしい。けれど全て事実なのだから、否定はできない。
「既に君の価値は、君が思っている以上に高い。それに加え、異能の強さも折り紙付きだ。使い方次第では私も負ける。人柄も良い。何を言っても良い反応が返ってくるからつい言葉が多くなってしまう。君を誘う理由は、いくつもあるという話だよ」
「……照れるね」
脳内で『勧誘だから甘い言葉を吐かれているだけ』という私と『でも素直に受け取らないのも失礼』という私の二人が争っている。
でも嘘を吐いている訳ではないだろうし、額面通りに受け取っても良い、のではないだろうか。
「なんで、『隊長』を目指すの? そこまでするって事は相当の理由があるんだよね」
わざわざこんな時期から腹心を用意し、先んじて手を打つ用意周到さ。疑問に思わざる負えなかった。
すると天霧くんは、想定していたように頷く。
「私は、
「え?」
「けれどこの世界は、まだ人が人らしく成長出来る状態にはない。差別、偏見、犯罪、戦争……数十年前、異能者と異種族の表出から始まった全ての問題は、未だ根深くこの世界に広がっている。───私は、そんな世界を変えたいのだ」
目を見た。
鋭く、理性的で凛々しい瞳。そこに一切の揺るぎはなく、また淀みもない。
天霧くんは本気だった。
本気で私に、それを訴えている。
「そのためには地位がいる。権力がいる。より多くの人を動かせる立場が必要なのだ。だから私は、『隊長』を目指す。『全ての異種族・異能者が幸福になれる社会』を目指すこの銀狼隊の頂点を」
彼はきっと、遥か先を見ている。
自らがこれから積み上げていく階段。そして、その頂点に存在する光を。
「───」
私は、言葉を失っていた。
これほどの力を持った人が、これほどの理想を持っている事の重み。例え実現にまで行かなくとも、きっとこの世界に大きな影響を与える事になだろう。
「これを冗談にしない力を持つ事実を、私は入隊試験で示したはずだ」
「あっ」
言われ、私は理解する。
天霧くんが試験で見せていた、奇怪な行動。それらはすべて、この時のための布石だったのだ。
(確かに、私はもう天霧くんの実力を知っている)
破壊力においては、私の知る誰よりも強かったアルテンブルク君を凌ぐ実力。街一つぐらいなら崩壊させられる殲滅力。そして、再生や物質操作を可能とする、万能力。
方向性は確実に違う。けれど普段師匠を見ている私からしても、天霧くんの力は───圧倒的なものを感じさせた。
「とはいえ、言葉だけで首を縦に振ってくれない事は分かっている。君には君の事情もあるだろうからな。だから一先ずは、見ていてほしい」
「見る?」
「これからの私を。そう遠くない未来で、私は銀狼隊で頭角を現してみせる。だからどうかその時は、君の力を私に貸してほしい」
彼は静かに手を差し出してくる。
私に出来る事はあまり多くないだろう。まだまだ私は未熟で、世界のことを何も知らない。
先んじて功績を詰めたのだって、人に恵まれたおかげだ。けれどその、「縁に恵まれた私」を評価してくれたんだから、こんなの嬉しいことは無い。
なら、彼の行先が私と
私は彼の手を取って、しっかりと頷いた。
「分かった。これからの君を見せて」
「ああ。君も困ったことがあれば言って欲しい。困った事があれば『オタガサマ』だからな」
「『オタガサマ』?」
思わずオウム返しをすると、彼はハッとした顔で目を見開いた。どうやら本当に無意識の言葉だったようだ。
「……くく」
少しだけ顔を背けて、彼は口を抑えて笑った。
けれどそれは、普段のような歯を見せない余裕のある笑みではなく、口を大きく開いた物だ。
(あ、分かっちゃった。多分これ、複雑なやつだ)
私にとって『いい人』という言葉が、おじいちゃんとの思い出が含まれた言葉であるように、彼にとってその『オタガサマ』という単語は、その過去に裏付けされた単語なのだろう。
そしてそれは、私の知らない物語なのだ。
「いいや、忘れてくれ。
「そっか。……いつか聞かせてほしいな、君の話」
「……案外鋭いんだな」
「どうだろ」
これが図星なのだとしたら、それは人との関わりの中で私が手に入れた感覚だ。だからこれは反対に、彼の知らない私の物語。
人には人の物語があって、例えそれをお互いが認知していなくても、それが折り重なって人間関係になる。
この学園に来て、私が知った事の一つだ。
「これからよろしくね、天霧くん!」
「ああ、こちらこそ」
握手を交わして、私たちは笑い合う。
───こうして私は、私たちは、『銀狼隊』となった。
きっとこれからもこんな風に会話を交わして、互いを知り合って、歩んでいくのだろう。
■
天霧リオンは一人、ある場所を目指して校舎の廊下を歩いていた。
(存外、上手く話が運んだな。突っぱねられる事も考慮していたが、私の活躍によって協力を仰げるのなら是非もない。……それにしても、鈴代獅乃)
リオンは目を細め、思案する。
(──噂には聞いていたが、想像以上の恐ろしさだ)
同時に、額の汗を拭った。
それは一人の少女と対話した際に感じた、本能とも呼べる悪寒からの物だ。
彼は異能の性質上、そして本人の才覚故に、他者の本質の一端に触れる事が出来る。
(あの瞳……人の善性を信じ、どんな絶望が降りかかろうとも笑顔で踏破しようとする者の瞳だ。『性善説』という言葉だけでは説明できない。人間の力が世界を変えられるのだと本気で信じている)
彼は内心で繰り返した言葉に、笑顔を浮かべた。
(素晴らしい。あの強さと輝きは、誰かの明日を照らせるだろう。いや、もう照らし始めているのだろうな。───だからこそ、『性悪説』を信じる私とは根本的に相容れない部分がある)
性悪説。
人は生まれつき悪であり、正しい教育や後天的な努力によって善性を獲得するという荀子の思想だ。
天霧リオンの信じる人の強さとは、生まれつき善性を持つという『性善説』とは相反するものである。
(
それは偏に、強さ故に。
例え何度挫けて曲がって折れようとも、その本質は変わりようがない。
(ならば手を取り合える。本質的な部分で信じるところが違くとも、目指すべきところがおなじならば、一緒に歩める)
思考は再び結合された。
揺るがぬ意志で、リオンは歩む。
(例えその果てに待つのが、抗いようのない終焉だとしても───)
そこまで考えて、リオンは言葉を切った。
なぜなら目的地に着いたからだ。
目の前に聳え立つ、荘厳で扉。
バリアフリーを意識されているのか、あるいは存在と権威の主張のためか、中世の城が如く扉が大きい。
到着次第入って来ていいと既に言われている。だからリオンはゆっくりと取っ手を掴み、両開きの扉をあけ放つ。
その部屋───『生徒会室』の最奥で、一人の男が振り返った。
「天霧リオンです。呼び出しに応じ参上しました。一体私に何様でしょうか───『生徒会長』」
男は、鋭い眼光を彼へ向けた。