入隊式後。
銀狼隊本部のホールで開かれた、豪華絢爛なパーティー。
獅子の名を冠する少女や白狼たちが、新たな仲間や先輩たちと笑い合う最中───そんな喧騒の裏で、俺は校舎裏のベンチに座りながら下を向いていた。
(っかれたぁ……)
入隊式は無事に乗り切り、パーティーもだいぶ粘ったのだ。けれど元々人付き合いが得意ではない俺は、数十分会話を繰り返したところでキャパオーバーした。
そもそも、数日前までは誰とも話さないような生活を送っていたのだ。だというのに試験で知り合った多くの友人に恵まれ、今では学校ですれ違った時挨拶する人数も随分と増えた。
一年生教室の廊下を初めまで終わりから一回歩けば、誰か知り合いはいるという感じだ。俺にとっては大進歩だろう。
(……まじで、色々あったな)
あの後。
入隊試験を終えた後───俺は医務室に運ばれ、治療を受けた。
全身に火傷を負い、骨も何本か折れていたのだが、流石は月桜学園、あるいは銀狼隊というべきか、異能による治療を受けてあっという間に再生した。最も、それでも一日は寝たきりだったのだけれど。
そうして目覚めて合格を噛みしめ、手続きや愛染先生への報告を行っているうちに今日を迎えていた。こんなに時間が早く経つ数日は初めての経験だった。
「はー……」
人酔いを醒ますように息を吐いて、風に身を委ねる。校舎裏は緑が多く、風通しの良いスポットだ。土曜日という事もあってか人はおらず、非常に過ごしやすい。
「みーかぐーらくんっ」
不意に、頭上を影が覆った。
シルエットが地面に反射して映る。俺はそれを見て、笑いながら首を上に曲げた。
「よう、ルシア」
「♪」
覗き込んでくるルシアは、にんまりと笑った。
彼女は試験時のようなアイドルらしい格好ではなく、正体を明かす前の丸眼鏡スタイルだった。それでも全身からあふれ出るオーラはもう隠せていない。
背もたれ側からこちら側へ跳んで、ふわりと揺れるスカートを抑えつつ、俺の隣に座ってくる。
「……!」
「何してるの?」
甘い匂いが鼻孔をくすぐった。香水でもつけているのだろうか、花のような匂いがする。
俺は動揺を悟られないようにしつつ、
「音楽聴いてたんだ。最近の全然知らないからな」
以前の俺にとって音楽は、耳を塞ぐ物だった。だから俺はずっと、小さい頃に聞いた音楽をリピートしていた。耳を塞げればその内容はどうでもよかったからだ。
だから意味合いが変わった今は、聞いていなかった十年間の音楽を掘り下げている。
「ふ~ん?」
ルシアはいまいち分かっていないような声を出して、俺のイヤホンの片耳を付けた。
少し聞いてどんな曲か理解したのだろう。
彼女は頬を膨らませると、俺のスマホに手を伸ばし、再生を止めてしまった。
「ルシア?」
「……」
まるで拗ねたように頬を膨らませ、俺を睨んでいる。
ぐいっと顔を近づけられ、耳元で囁かれた。
「……なんで私の曲じゃないの?」
「えっ?」
思いもしなかった言葉に、俺は戸惑って慌ててしまう。
「だ、だめなのか?」
「だめー! まず私の曲全部聴くまで御神楽くんは他の曲聞いちゃだめです!」
「そうなの!?」
「そう! そもそもあの時CD渡したじゃんかー!」
言い合いながらも、ルシアは見事な指捌きで俺のスマホを操作すると、彼女のメドレーを流し始めた。彼女とは反対側のイヤホンを付けて、その音楽を聴く。
それは彼女の代表曲。異能の使用時にも歌っていた、『いろとりどりのセカイ』だった。
「……!」
俺は思わず目を見開いた。
思えば、しっかりとこの曲を聴くのは初めてだった気がする。
「いい曲、だな。イントロからワクワクしてくる」
「ふふん、でしょー? これに懲りたらちゃんと聞いてよね! 終わるまで他の曲聞くの禁止!」
「そんな無茶苦茶な……」
「……だめ?」
ルシアは上目遣いで俺を見ながら、手を握った。
(……っ)
男である以上、その破壊力に抗うのは到底不可能な事であるように思える。それにルシアはアイドルだ。そうでなくとも彼女の魅力を俺は超知ってる訳で。
「……わ、分かった」
「やったー! 約束ね!」
俺はつい、頷いていた。
(まあ、全部聴けばいいんだもんな。普通に『いろとりどりのセカイ』は好きだし、他の曲も楽しみだし)
───この後、全部の曲を聴いた挙句ドハマりし、結局他のアーティストを聴きだすのは何週間後かになるのだけれど、この時の俺は知らない話だ。
「そういえばヘッドフォン壊れちゃったって言ってたけど、イヤホンにしたんだね。ヘッドフォンじゃなくて良かったの?」
「ん? ……あぁ」
二次試験中、俺のヘッドフォンは壊れて完全に音を聞けなくなってしまった。当然買い替えが日うような訳だけれど、俺が選んだのはヘッドフォンではなくイヤホンだった。
「いいんだよ、イヤホンが良かったんだ」
「えーどうして? 似合ってたのに」
「んー……そうだなぁ」
理由を問われて、俺は視線をさまよわす。
実を言うと、ちゃんと明確な理由はあるのだ。ヘッドフォンではなくイヤホンを選んだ理由。
「───」
片耳からは音楽が流れている。
チラりと横を見た。
もう片方を付けたルシアが俺を覗き込んでいた。
俺は軽く息を吐いて。
「……
「え、えー! 内緒なの!?」
「おう。言わねえ事にした」
「なんでなんでなんでー。おしえてよぅ!」
「嫌だねー。教えてやらない」
「ねぇええええ~~~!」
俺の体を気遣ってか、ぽこぽこ殴るのではなくぺたぺた肩を押してくるルシア。なんだかペンギンがじゃれついてきているみたいで、笑いを抑えるのに必死だった。
「くくっ」
「教えてよぅ」
「だめだめ。そんな事より、もう一つの約束の話しようぜ」
「……! 合格お祝い会! あと御神楽くんも作曲するんだったね!」
「あ、やべ作曲の方忘れてた……」
「…………!!!!!」
「や、やるよやる! 両方やろうぜ!」
「やったぁ! じゃあさ、この前仕事中に見かけた楽器屋さんがあってね───」
俺はただの学生で、ルシアは世界を股に駆けるアイドルだ。彼女は忙しく、こうして頻繁に会えることは少なくなるかもしれない。
銀狼隊としての活動が始まれば、こうした穏やかな日々だけではなくなるだろう。
けれど、今だけは。
この時間だけは、同じ音楽を聴いて、同じ未来のことを話し合う。
(もし、あの時諦めていたら、この子と出会わなかったら。きっと俺は、どうしようもない考えを抱えたままだったんだろうな)
自分をクズだと決めつけて、その位置から動く事を放棄して。
それは結局、己の過去に向き合わない事の言い訳に過ぎなかったのだと、そう思う事すら出来なかったはずだ。
(あの過去は……苦しんで、目を逸らした過去は、きっと今に繋がってる。……だから今までを肯定できるとはならないけれど、きっとそう思える日が来る)
それも全て、出会いが生んだ結果だ。
この数日間、何度も何度も幸運に感謝しながら考え続けた。
俺は数日前、鈴代に問いかけた言葉を、反芻していた。
(『どうしようもない奴だって、きっかけ一つで変われる』。───なんて、かっこいい言葉を吐こうとしても、変わっていくのはこれからだ)
断言は出来ないし、まだ胸を張る事も出来ないけれど。
けれど間違いなく言える事が一つだけある。
俺はこれからの人生、それを胸に抱いて歩むのだ。
(あの時一歩踏み出して、この子を助けられて……本当に良かった)
───だから、進み続けるのだ。
どんなに醜い過去があろうとも。どれだけ自分が憎くても。
例え絶望が訪れようと。
何度負けたって、構わない。
立ち上がり、涙を拭い。
拳を握って、歩き出す。
『七色』に輝くこの世界を、君と一緒に。
第二章完となりました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
以下あとがきです。
※長くなるのであとがき興味ない方はここまで推奨です! 活動報告とか使うと自分がめんどくなるのでここでごめんね。
■
この第二章はかなり難産&当初のあらすじとは異なり、かなり群像劇に寄った話となりました。
神威の話から始まり、ここあ&燐世の事情ある組の話,そして新登場のキャラたちの話など……かなり視点が二転三転する話でしたが,いかがでしたでしょうか。
第一章が自分の思う銀狼隊らしい活動を描く反面、第二章はとことん内側の話を書こうとしていたので、個人的には満足です。七咲ナナとかいう支援部なのに試験に顔出してくるコミュ力おばけも出せたので。
難産の原因は主に隊員たちが出張ってくる問題なんですよね。戦闘部の試験だけを書こうとしただけでこうなるので、他の部の試験とか隊員達を出そうとするとありえないぐらいの文字数になっていたと思います。(実は今回登場予定だったキャラを5人ぐらい削ってる)
これ、学生組織のキャラを作る際にずっと考えてる『いくら主人公の代が特別でも他の学年がそんなに目立たない訳なくないか?』って考えから来てます。
スポーツ漫画でも異能力作品でもなんでもですけど、主人公の代みたいな『黄金世代』って過去にもあって良くない?と思う訳です。最終的に世界の宿命を背負ったり、大会を優勝したりする中心世代が主人公たちだとしても、それに匹敵する世代は何個あってもいいと思うんですね。特に銀狼隊なんて命を背負う集団なんだから。
未来古代楽団さんの『忘れじの言の葉』という曲をご存知でしょうか?
言及し出すと止まらないので一言添える程度で済ますのですが、ノスタルジーと人類賛歌を感じる名曲です。
『求め探して彷徨ってやがて道となり
幾千幾万幾億の英雄は行く』
ここの歌詞が1番好きなんですが、後半の『幾千幾万幾億の英雄』というところが人類史を表しているようでとても大好きなんですよね。同時にすごく共感します。
教科書に乗る人物が一人や二人、ないし一集団だったとしても、そこに繋がるまでの営みには必ず同じぐらい、あるいは、ある一定の部分においては教科書の人物たちを凌駕したであろう『英雄』がいる訳で。
人間賛歌や群像劇を書く上で、主人公たち以外の『英雄』を無視してはいけないと思っています。
自分は常々相反する二つの考えを同居させているんですけど、主人公たちが主人公である理由は『運命である』という考えと『偶然であり、結果である』という考えのどちらも感じています。後者を捨てきれないからこそ、登場人物を余計に削ることはしたくないし、出てくる以上は『英雄』であってほしいと願っている訳ですね。(唯月が誰よりも早く作中で覚醒を遂げているのもその考えが影響してたり)。
むしろ、そうやって『英雄』たちがいるからこそ主人公たちは輝くと思っています。『英雄』を下げるのではなく、『英雄』を凌駕するから主人公であるのだと。
だからこそ、間違いなく第二章の主人公は御神楽神威でした。
■
第二章のテーマは『再出発』です。
様々な過去、願いを背負った少年少女が一堂に会し、やり取りを通じながらひとつの集団として踏み出す。
それと同時に、神威が過去に向き合い踏み出す意味での再出発でもあります。
彼はお世辞にもいい人間ではありません。獅乃みたいに人の機微に敏感じゃないし、誰かの助けを受けないと自分のことすらままならない少年です。
でも、だからこそ見える景色は違いますし、同時にそれは利点でもあります。『情けなさ』は他者を救うと思っています。
理論が違うだけで、彼らは同じく『前を向く者』なんですよね。
上で『英雄』の話をしましたけれど、多分彼みたいにマイナスから歩き出す人こそ、人に寄り添える『影の英雄』だと思っています。
■
<<キャラクターについて>>
いっぱいいるので新キャラかつ強い印象の人だけ
・天霧リオン
ド派手な力と思想を持ったやべえやつ。
かなり気に入ってるキャラクターで、気がつけば延々とセリフを喋らせていた記憶があります。(結構削った)
こういう圧倒的な力と才覚があるのにユーモアもあるやつ大好きなんですよね。最強厨です僕は。
・千羽ネルム
『箱根エルフ特区』とかいう夢がありすぎる場所出身の子。普通に性癖と夢を詰め込んだ結果産まれた存在です。箱根エルフ特区の話は性癖を詰め込んだ結果かなり面白い歴史ができたのでいつか絶対書きます。
この子、自分よりしっかりした奴がいると責任とかを放るタイプなので燐世の影に隠れちゃったんですよね。とはいえギャルなので全然これからも出張ると思います。長さの関係上削っちゃったんですけど七咲ナナが既に動いてます。番外編で書くこととします。
・村雲紫陽花
かなりお気に入り。イケメン中間管理職です。最上優の次に胃を痛めています。傘を常に指しているイケメンとか、性癖だろうが。
彼は見ての通り便利役なのでかなり出番は増えると思います。強いし。
・七咲ナナ
既に透けてると思いますが性癖キャラ。出番はこれから!! 第4章ぐらいで登場予定でしたが出張ってきました。行動力ギャル。うちの世界線の銀狼隊では支援部は賑やかし集団なのでいつか全体的に書きたいね。
・ルシア
世界的アイドル。今回の正ヒロイン。こういう普段キラキラしてるけど強い意志を持った女にしばかれてきた人生なので.....
神威との対比が1番気に入ってます。これからもヒロインしてくれ
・御神楽神威
唯月と同じで、友人たちとの遊びの時(一次創作)時点で既にいたキャラでした。最もこんな感じのキャラではなかったですけれど。
音を塞ぐ→音を共通するの流れはかなり気に入っています。(実のところ外見モチーフは『問題児たちが異世界から来るそうですよ?』の逆廻十六夜です)
鈴代獅乃とは相反するもう1つの解答です。
めちゃくちゃルシアといい雰囲気ですけど、なんかまぁ、〇〇しないと出れない部屋に閉じ込めたらいいんじゃないか.....?
■
<<次回予告>>
第三章のテーマは『全面戦争』です。
第一章のvsアティカ(異界天亡)とは比べ物にならないほどの大規模な争いが起きます。第一章や第二章もかなりわたわたと色々起きましたが,それでもまだ表面をなぞっていた程度で物足りないです。
登場人物もかなり増えましたし,様々な異能,異種族もいます。何より序章で一度活躍した後,『人類最強』と呼ばれている二階堂エデンは活躍してません。もう既にプリムモーヴェンと自己解釈月明かりは伝わりましたよね? 説明はもういりませんね? ……と,そういう話になる予定です。(実際の中身はあんまり決まってないです! あの子出したいなとか,こういう展開にしたいよなとかその程度)
なお,第三章までのつなぎとしてまた番外編を予定しています。
今のところ決まってるのは,
・銀狼隊の日常(Ver,プリム・モーヴェン)
・神威とルシア
・斜森凛の二十年
・第三章に繋がるなんかの話
・エデンと誰かの模擬戦(マジで自己満足)
とかです。もちろん読まなくても大丈夫な話たちですが,興味がありましたら御一読ください。
長々と書きましたが,これにて第二章は終了となります。
改めてありがとうございました。