──爆散した肉体に異能が働き、原型を取り戻す。
『
喰凰には、その確信があった。
「あッはは! 木端微塵になったヨ!」
一撃を喰らい、喰凰は学園の端まで吹き飛んでいた。だがそれぐらいならば想定内。既に彼の肉体は、度重なる新入生との戦闘で身体強化を遂げている。
言い換えるのなら、体が温まっている状態。
二階堂エデンを迎撃するため、拳を握った。
(接近してきたところを、逆に利用してぶっ飛ば───)
──視界が。
「は?」
反転する。
「ッ……ッッッツ!!?」
世界の端に紫色の光が現れた。
次の瞬間、喰凰の腹に、ビル一本が横に倒壊してきたような、凄まじい衝撃が走った。
(なんダッ!? 一体、何が!)
遅れて、現実と認識が追い付く。
強制的に下を向いた視線の先。喰凰の腹に、蹴りが突き刺さっていた。
知覚が遅れた。生物としての、反応速度が追い付かなかった。
豆粒ほども見えない数百M先の彼方から迫ってきたというのに、喰凰は二階堂エデンに気づけなかった。
「悪いけどここじゃ被害が大きすぎる。───場所を変えよう」
突き刺さった蹴りがもう一度爆ぜて、喰凰は何かにぶつかる。
それは山だった。月桜学園は元々山を切り開いて作られている。喰凰が二階堂エデンに吹き飛ばされ、激突したのは、その山の中腹だ。
(ッ、速すぎるネ!!)
前を向く。二階堂エデンが、上空に現れた。
心の中で悪態をつき、喰凰は横に倒れている巨木を掴むと、強化された身体能力でそれを投げ飛ばす。人の何倍かある巨木は空中でバラバラになり、線の攻撃が面に変わった。
「───!」
二階堂エデンが瞬いた。
彼を中心として、紫紺の鉱石のような物質が溢れ出し、宙を泳ぐようにして山へ迫る。進路にいた木々はいとも容易く破壊され、喰凰は思い切り横へ跳ぶことでそれを回避した。
山の一部が抉れた事実が、背中越しに分かる。
悪態をつきながら、彼は冷静に分析をした。
(あれが『煉獄物質』! 二階堂エデンの操る、正体不明の物質……!)
曰く、合金よりも強固で、刃物よりも鋭く、ゴムよりもしなやかな意味不明な物質。二階堂エデンはそれを無尽蔵に生成し、操るという噂だった。
「だったらッ……! こっちも『異能』を活かすまで!」
空中で生成された煉獄物質を足場にして、突っ込んでくる二階堂エデン。
喰凰は再び拳を握ると、彼を迎え撃った。
「『君は僕を傷つけられる』」
『
現実が裏返り、正常に書き換わった。
拳と蹴りが衝突する。
「……マジ……!!?」
二階堂エデンは、靴に煉獄物質を纏わせていた。
あくまで『異能』の対象は二階堂エデン本人。その間に仲介する何かがあれば、異能は正しく働かない。
(この一瞬で、咄嗟に適応したとでモ……!?)
そして、喰凰の拳は煉獄物質を貫けない。
「ギャベッ!」
腕が崩壊し、体がぐるぐると回転する。
「──S級国際犯罪者、北米
再び蹴りが炸裂し、木々をなぎ倒して喰凰の体は山を突き進む。
「その異能は『
暴風を伴う体が、唐突に下向きの力に変わって地面へ激突。それは吹き飛ぶ喰凰の速度に二階堂エデンが追い付き、追撃を加えただけだった。
「どうやら、死を覆すほど便利だけど万能ではないみたいだね」
「ッグ……!! 調子に───!!」
掌を突き出し、反撃を繰り出す。
繰り出す。
繰り出そうと、した。
「ちょうどいい。銀郎隊は『不死不殺』なんだ。死なないのなら、都合がいい」
でも、無数の殴打と煉獄物質を猛攻に阻まれ、身動きすらままならない。異能のおかげで死ぬ事はないが、それでも反撃に転じるなどもってのほかだ。
(速すぎるッ!! 人間の速度じゃなイ!!)
だが、追い詰められれば追い詰められるほど───!!
「ハハッ!!」
『二階堂エデンは喰凰を傷つけられる』───『逆説』───『二階堂エデンは喰凰を傷つけられない』
+
『喰凰は二階堂エデンを傷つけられない』───『逆説』───『喰凰は二階堂エデンを傷つけられる』
+
『喰凰は煉獄物質を破壊できない』───『逆説』───『喰凰は煉獄物質を破壊できる』
「現実多重反転───『
「───!」
上空から落ちる蹴りを、腕を交差させ、受け止める。
山を崩壊させるほどの一撃がそこへ集中するが、喰凰に傷がつく事はない。なぜなら現実は反転したからだ。
二階堂エデンが強ければ強いほど、反転する現実は強固になる。
「あははあははははーーー!!」
拳を振るい、二階堂エデンを守る様に展開された煉獄物質を叩く。
罅が入り、しかし貫通した衝撃は確かに二階堂エデンを後退させたが。
「……!? 破壊、されなイ!?」
しかし、煉獄物質は原形を保ったままだった。
再び、二階堂エデンは瞬いて、煉獄物質が爆発的に放出される。
山の一区画を埋め尽くすほどの、物量攻撃。軍隊の絨毯爆撃にも匹敵するほどの衝撃で、喰凰の周辺の空間は紫色に染まった。
「あぁあああああッ!!」
何十回と殴りつけ、ようやく周辺の煉獄物質を破壊し、喰凰は脱出する。
周囲を見渡す。二階堂エデンは、築き上げた煉獄物質の山の上に立っていた。
「生憎と、俺の『異能』は特殊なんだ」
「……アハッ。アハハハハハ!」
喰凰は笑う。
二階堂エデンの、強さに。
「君ィ、強い、強すぎる! なんだこれ!? 無敵を自称する僕が手も足も出ない! ───こりゃ
「どういう事だい?」
「こ・う・い・う、コトさ!」
笑って、両手を広げる。
「『僕は君に勝てない』───『
それこそ、喰凰の奥義。彼を国際組織三合会の龍頭に押し上げ、その地位を今日まで守ってきた───最強の現実反転。
「『僕は、君に勝てる』」
至極簡単で、単純明快な答え。
勝てないから、勝てる。
「どォだ二階堂エデンッ!! これでもう君は僕に勝てない!! 『最強』の称号は、僕の!!」
しかし、喰凰は言葉を続けられなかった。
「───」
なぜなら、喰凰の前の前で、二階堂エデンのうさ耳のついた紫のフードが消えたのだから。
異能者の中には、異能発動時特別な服装に変装する者もいる。新入生のアルテンブルクなどもその一種だ。だから、二階堂エデンの服装変化は、間違いなくその証で。
つまり二階堂エデンは、たった今『異能』を解除した───?
あまりの突飛さに、思考が止まった。
「───!」
そして、気づく。
「まさか、自身が弱くなる事で僕の『逆説』を崩すために───!?」
「
二階堂エデンは、薄く笑った。
「それは俺の戦い方じゃない。分かるかい? ───頭が高いんだよ」
瞬く。
零から爆発的に増加する、濃密なエネルギー。
「お前の目の前にいるのは、『世界最強』だ」
カチリ。
二階堂エデンが、右手首の懐中時計のスイッチを押した。
重力が歪む。
視界が崩壊する。
それは目を覆いたくなるほどの、紫色の輝きだった。
============================================
【
『■■■■■■する』。詳細不明。主に確認されている事象は、二階堂エデンの変装、身体能力の向上、正体不明の物質操作だが、これ以上に能力を秘めており、全貌は誰も知らない。それは彼に調査の強制力のある機関が存在しないためである。
その破壊力は、世界最強。
============================================
異能が、再展開される。
それは先ほどよりも数倍の密度のエネルギーを伴っていた。
右手首の懐中時計、首からぶら下げた本。
何の変化もない彼に起きた、たった一つの変化は、身に纏う外套。
その色彩は、限りなく漆黒に近い紫だった。
「あ」
その時、喰凰はただ唖然として、声を漏らす事しか出来なかった。
異能の出所は、想像力だ。
己を信じ、現実に出力する、空想という名の屋台骨だ。
けれどもし、その空想が崩れるほどの現実が現れたら。
想像の外側に位置するほどの、強すぎる存在がいたら。
人はきっと、自分を信じられなくなる。
「こん、なの」
だから壊れた。
真説も、逆説も。
「
「そうか。なら、一生牢獄で身の丈を実感するといい」
「やめッ───」
喰凰は、想像の中でさえ、二階堂エデンを崩せなかった。
「ぶっ飛べ。星みたいに」
紫色の輝きが爆ぜる。
地面に叩きつけた掌から煉獄物質が溢れ出して、巨大な刃のように喰凰を穿った。
高く、高く、天まで届くほどに紫紺は伸びて。
最後には、潔く弾ける。
───それはまるで、真昼に打ち上げられた花火のようだった。