Purim Morvenー夢と希望と黄金の獅子ー   作:織重

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エピローグA───『掴み取った明日』

 

 その後、駆けつけた銀郎隊は私たちを保護してくれた。 

 何とか最後まで二階堂先輩の戦いを見ていたけれど、沢山の人がやってきて、私は安心して気を失ってしまった。

 

 ───私が目覚めたのは、そこから二日後の事だ。

 

「……知らない天井だ」

 

 視界に飛び込んできたのは、無機質な白い天井。

 私はつい、言ってみたかった台詞を言った。

 

 むくりと起き上がって、私は体をぺたぺたと触る。闇組織の男に対抗するため、私は異能を使った。その時体に走った亀裂が、きれいさっぱりと消えていたのだ。

 

(銀郎隊の人が治してくれたのかな)

 

 説明を殆ど聞き逃してしまったが、銀郎隊には医者の役割を果たす『医療部』があると言っていた気がする。ともすれば、ここはその医療部の部屋だろうか。

 

「んん……」

 

 シーツが引っ張られる感じがして、私は下に目線を向ける。

 死角になっていて気付かなかったけど、そこには女の子が寝ていた。彼女は私の動きに反応してか、耳をぴくぴくと動かし、ゆっくりと顔を上げた。

 

「あれ……獅乃……?」

 

「ここあちゃん」

 

 彼女……ここあちゃんは、ゆっくりと瞼を擦った。

 そして私の顔を認識すると、突然抱き着いてきた。

 

「わっ」

 

「獅乃……! 良かった、目が覚めたのね!」

 

 ここあちゃんの顔は見えなかったけれど、声色で分かる。

 

「良かった! 良かった……! 医療部の人は大丈夫だって言うけど、ずっと目覚めないから心配で……っ!」

 

 彼女は、私の為に泣いてくれていた。

 そもそもここあちゃんがここで寝ていたのだって、ずっと看病してくれていたのだろう。ここあちゃんの事だから、医療部の人に怒られたりしても、我を通して。

 

「ふふ、大丈夫だよ。私は死なないから」

 

「でも貴方、あんなに傷ついて……ッ! 雨ノ宮の助けがなかったら、そもそも治療を受ける前に出血多量で死んでいたのよ!」

 

「そっか。……後でちゃんとお礼を言わなきゃ」

 

 私はここあちゃんを抱きしめ返した。彼女はそれでもっと安心したのか、聞こえてくる涙声が大きくなった。

 だから、私はゆっくりと彼女の髪を撫でながら、もう片方の手で背中を軽く叩く。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

「うん……うん」

 

「大丈夫…………わぁ~……」

 

「獅乃?」

 

 抜けた声を出した私を心配して、ここあちゃんは聞き返してくる。

 私は迷わず、彼女の髪を撫で続けた。

 

「すっごい、尻尾みたいにもっふもふだぁ~……」

 

「……」

 

あぎゅっ

 

 デコピンされた。

 やっておいてなんだけど、これは仕方ない。

 だってやってみたかったんだもん

 

「あ、目が覚めたのかい!?」

 

「雨ノ宮くんだ」

 

「良かった。……餅月さんの様子を見るに、感動の再開は終わったところかな?」

 

「……」

 

いっつぅ!?

 

 からかった雨ノ宮くんに正拳突きが飛んだ。雰囲気でわかる。この数日で、ここあちゃんたちは少しだけ仲良くなってるみたいだった。

 

「ふんっ」

 

「いつつ……」

 

「そういえば、雨ノ宮くん。あの時はありがとう」

 

「あぁ、止血の事かい? 勘弁してくれ。お礼を言うべきはこっちさ!」

 

 彼は両手を広げ、大袈裟におどけた。

 

「不慣れだっただろうに、君が勇気を振り絞ってくれたおかげで僕たちは生きてるんだ。僕がしたのはほんの手助け程度だよ」

 

「でも、みんなが戦ってくれなければ、私の異能も意味なかったから」

 

「ならお互い様としておこう。みんな頑張った。だから、時間が稼げて先輩方が来てくれた……ってね」

 

 片目を閉じて、彼はさわやかに笑顔を浮かべた。

 ここあちゃんは彼みたいなタイプが得意じゃないのか、口をへの字に結んでいたけど、私は良いと思う。

 イケメンだし

 

「それで、なんだけど。───もう頑張ったもう一人の奴が、君に話があるんだってさ」

 

「え?」

 

 彼は右手を病室の外へやった。

 そこに立っていたのは、骨折した腕をぶら下げ、顔中に包帯を巻いた、アルテンブルク君の姿だ。

 

「……」

 

「まっ、待って待って。凄い傷じゃない……!?」

 

「心配ないわよ。そいつ、体力を使い果たして異能が使えないだけで、時間が経てば自然と治るらしいから。それこそ、治療を受ける必要がないぐらいね」

 

「なら、いいけど……」

 

 そんな会話を私たちが交わしていても、彼は黙ったままだった。

 けど彼はゆっくりと私に近づいてくると、静かに瞳を向けて。

 

「………………すまなかったッ!」

 

 勢い良く、頭を下げた。

 てっきり暴言か、そうでなくとも悪態をついてくるかと思っていたから、正直驚いた。

 

「ど、どうしたの?」

 

 私は尋ねれば、彼は自由な方の手で拳を握りしめた。

 

「……俺は最低な事をした。あの時、暴走して、燐世の制止を振り払うほどに激情して。危うく、俺のせいで餅月は死ぬところだった」

 

 思い返すのは、喰凰と名乗った男との交戦中。

 アルテンブルクくんは激情して、武器を失ったのに無茶をしようとした。そんな彼を強引に止めるためにここあちゃんが割り込んで───

 

「お前がいなければ、全てが終わっていた。餅月は死んで、俺は二度と拭えない罪を背負うところだった……」 

 

「……どうして、あそこで暴走したの?」

 

「え?」

 

「そんな風に謝れる人が、なんであそこで抑えられなかったの? 何か、事情があるんじゃないの?」

 

「……」

 

 アルテンブルク君は迷う様に視線を漂わせて、やがてもう一度私を見た。

 

「俺は小さい頃に『領域』に呑まれたんだ」

 

「『領域』?」

 

「今まで異種族すらほとんど知らなかった獅乃が知らないのは当然ね」

 

 私が首を傾げれば、ここあちゃんが説明してくれる。

 

「『領域』っていうのは、異能の暴走時に起きる現象の一つよ。異能は所有者の精神に由来する。その精神が何らかの形で崩壊した時に、低確率で外側に飛び出て暴走するの。それが『領域』。効力はその時々によるけど」

 

「俺は、十年前に京都で発生した『甘楽領域(かんらりょういき)』の被害者だ」

 

「……!」

 

 ここあちゃんが言葉を失って、目を見開く。

 

「時の大犯罪者、凩甘楽が死後引き起こした、被害者数数千人の大領域……」

 

「俺はそこで両親と姉を失った。それは偏に、俺の力不足だ」

 

 私たちのどんな言葉、視線よりも早く、彼は言葉を重ねた。

 

俺の力不足(・・・・・)なんだ……ッ! 俺が小さくて、弱かったから、家族は……姉さんは死んだ……!」

 

 アルテンブルク君は、心臓の上の服を握り締めた。

 

「それから俺は、自分の力不足を悔いるようになった。例えどんな事があっても、力不足という理由を認めたくなかった。───()はないからだ。一度負ければ、もう二度と立ち上がる事は出来ない」

 

「……」

 

「ああいう場面に遭遇すると、頭に血が上ってもうどうしようもなくなるッ! 実戦を経験して思い知った。何もかも足りてないのに、理想を実行できるんだと過信していた……」

 

 彼は今でも当時の事を鮮明に思い出すのだろう。積もり積もった感情は、病の様に彼を蝕み続けているのだ。

 

(ああ、そういう事か)

 

 ずっと疑問だった。彼はとても口が悪く、口調も人を馬鹿にしている。けれど話す内容は全て、私たちの身を案じるような物だったのだ。

 

 過去の悲劇は、彼を乱雑に変えてしまった。

 例え、本当は優しい心を持っていたとしても。

 

「それに俺は、お前の事を馬鹿にした。『覚悟』がないやつだと。……とんでもなかった。お前は『覚悟』を持っていた。本当に足りなかったのは、俺の方だったんだ」

 

 そしてもう一度、彼は頭を下げた。

 

「許してほしいとは言わない。言い訳をするつもりもない。……謝る資格も俺にはない」

 

「……うん」

 

「獅乃」

 

 ここあちゃんが視線を送ってくる。

 『容赦は必要ない』という言外の意図。

 

 私は頷いて、彼に告げた。

 

「謝って」

 

「……ぁ? でも」 

 

「いいから、謝って」

 

「……すまなかった」

 

「うん」

 

 私は笑って、頷いた。

 

いいよ(・・・)。ここあちゃんにも謝ってね」

 

「餅月にはもう謝罪させてもらった」

 

「そうなの?」

 

「二日間あったからね」

 

 顔を顰めるアルテンブルク君と、胸を張るここあちゃん。

 ……どうやら、この二人の間にも色々とあったらしい。

 

「アルテンブルク君」

 

 私は彼に声をかける。

 

「別にね、私はアルテンブルク君の言った事が間違ってるとは思ってないよ。……実際、私には『覚悟』が足りなかったから。足りなかったから、あんな風にぎりぎりになっちゃったんだよ」

 

「……でも、お前は最後には勇気を出したじゃないか」

 

「運が良かったんだよ。アルテンブルク君たちが戦ってくれたから、私が小さな勇気を出す時間があった。───私一人なら、終わってた。だから私は、アルテンブルク君とそんなに変わらないんだ」

 

 『覚悟』が足りなかった。

 それは、私もアルテンブルク君も変わらない。

 

「私たちは『覚悟』が足りなかった。それに、多分まだまだ『力』不足だった。でも、運よく次に巡り合えた。明日を、掴み取れた」

 

「……」

 

「だから、次は迷わないように頑張ろうよ。荷物を分けあって、一緒に進もうよ。そしたらきっと、私たちは大丈夫だよ」

 

「……分かった」

 

 アルテンブルク君は、ゆっくりと頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

「うん、どういたしまして」

 

 私たちがそう交わせば、ようやく空気が弛緩した。

 怖い顔で見守っていたここあちゃんも、不安そうな顔で眺めていた雨ノ宮くんも、薄くだけど笑顔を浮かべている。

 

「はぁ……なんだか、落ち着いたら疲れちゃった」

 

「そりゃそうだろうね」

 

 不意に誰でもない声が響いて、みんながドアの方を見る。けど人影が躍ったのは窓の方だった。

 

「数日間寝込んでいれば、体は鈍るものさ」

 

 二階堂エデンが、窓の淵に腰かけてこちらを見ていた。

 彼は異能を発動していない時も、右手首に懐中時計を身に着けていた。

 

「に、二階堂エデン……!」

 

「『最強』……」

 

「他人行儀はやめてくれよ。君たちはもう月桜学園の生徒なんだから、気軽に二階堂先輩って呼んでくれると嬉しいな」

 

「に、二階堂先輩!」

 

 アルテンブルク君が笑顔で叫ぶ。

 そりゃもう、きらっきらに。

 

「お、俺、二階堂先輩に憧れてこの学園に入学しました! お会いできて光栄です! 尊敬してます」

 

「おぉ、ありがとう。いや~そんなに言われると照れるね。特別にエデン先輩って呼んだっていいんだよ?」

 

「いえ、恐れ多いんで二階堂先輩で……!」

 

「……」

 

 スッと天を仰いで、二階堂先輩は寂しそうな顔をした。

 言葉を聞かずとも、『あ、距離つめミスった~』と聞こえてきそうな顔だった。

 

「……まぁいいや。それよりも、様子を見る限り鈴代さんに問題はなさそうかな」

 

「はい。この通りぴんぴんしてます!」

 

「様子を見に来たんですか?」

 

「それと、少し用事があってね」

 

「なら僕たちは外した方が?」

 

「いや、なんなら君たちがいた方が都合がいい」

 

 二階堂先輩は窓際から降りると、私たちの傍にやってきた。

 そして指を二本立てる。

 

「要件は二つ。一つ目は、今回の顛末」

 

三合会(トライアド)の事、ですよね」

 

「あぁ。三人は既に説明を受けたね?」

 

「はい」

 

 二階堂先輩は頷く。

 

「───新入生や来賓を対象に開かれていた『開幕祭』。人が多く出入りする都合上、元々犯罪行為は予見されていた。むろん、銀郎隊による警戒もセットでね。実を言えば、小規模な犯罪はいくつか行われていたし、そういうのは防げていた。しかし全てを防止する事は現実的に考えて不可能で、今回はその穴を突かれた形になった。存在感を消す異能、小規模のワープを可能にする異能……様々な異能を駆使されたんだ」

 

「事前に防ぐことは出来なかったんですよね」

 

「あまりにも細かく対策されていてね。組織犯罪だから、その辺が得意だったんだろう」

 

 人の異能は千差万別だ。

 思想を制限できないように、可能性を考慮すれば現実は無限に分岐してしまう。

 

「彼らの目的は、学園のある施設だった。この詳細は緘口令が敷かれているせいで話せない。申し訳ないけどね」

 

「銀郎隊の人たちはなんで来るのが遅れたんですか? 足止めとか?」

 

「大体はそういう感じだね。地下も含めた学園のあらゆる場所で、三合会(トライアド)は人員を配置していた。つまりこちらの戦力の分散を狙っていたんだ。加えて……これは恥ずかしい話なんだけど、銀郎隊も新体制となった事で少しバタバタしていてね。乱れた連携を立て直すのが遅れてしまった」

 

 そしてその遅れが、事件解決の全体的な遅れを招いた、と。

 

「……それにしても、私たちのところにたどり着いたのが二階堂先輩が最初っていうのも、おかしな話ですよね」

 

「そこが今回の肝だ。恐らく喰凰はあえて単独で行動し、君たちの相手をする事で自分の存在を隠していたんだよ。しかし完全に隠れる事はせず、程ほどに戦いながら───俺をおびき寄せた」

 

「先輩を?」

 

 二階堂先輩は頷いた。

 

「自分で言うのもなんだけど、俺がいると戦況がひっくり返る。だから目的の施設から遠い場所に喰凰を配置して、その上で君たちを狙い、無視出来ない状態を作ったんだと思う」

 

「あの遊んでいるような行動は、ちゃんと意味が……」

 

 喰凰は終始、本気を出さずに翻弄していた。それは全て、二階堂先輩をおびき寄せるための罠だった、という事だ。

 

「目的を遂行しつつ、喰凰が俺を倒して、学園を崩壊させる……そんな筋書きだったんだろうけど」

 

 彼は笑みを浮かべた。

 

「ま、俺に勝てないから無理な話だよね」

 

「……」

 

 締め方が下手で、私たちは苦笑いを浮かべた。

 イケメンだけどイケメンだけど

 

「組織のトップを失った三合会(トライアド)は、俺以外の優秀な銀郎隊にとって各個撃破され、逮捕されましたとさ……っていう感じだね。君たちが喰凰を食い止めてくれなかったら、今頃死者数は増加し、騒ぎはもっと拡大していただろう」

 

 二階堂先輩は一転、表情を引き締めた。

 

「───ありがとう。君たちのおかげで、世界はちょっぴりだけ平和になったよ

 

 その言葉に、私たちは笑みを浮かべた。

 

「そこでなんだけど、二つ目の用事。これは申し訳ないけど、鈴代さんにだけの提案だ」

 

「私?」

 

「君が異能を使って喰凰を食い止めたところを見た。学園から少し話を聞いたけど、その異能は危険な力なんだろう? 同時に、上手く使えば、とんでもない可能性を秘めていると」

 

「……はい、恐らくですけど」

 

 『獅子の願い手(プリム・モーヴェン)』。

 絶対に自分の行動を貫く異能。

 

 使い方次第では、きっと多くの人を救える力になる。

 

「君の異能と、君の誰かを助けたいっていう強い願いと、何より君という人の可能性を信じて」

 

 二階堂先輩は、笑って掌を差し出した。

 

「鈴代さん。銀郎隊に入って、俺の弟子にならない?」

 

「…………え?」

 

 ぶわっと、髪の毛が広がる。

 

「「「「えぇええええええーーーーーー!!??」」」」

 

 ───どうやら私の学園生活は、かなり騒がしくなりそうだ。

 

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