幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第九話 暗闇の中に潜む者

 

 (おはよーございまーす……!)

 

 微睡みの中で、微かに声が聞こえてくる。

 

 だけどまだ寝足りない。今日は本当に大変だったんだ。

 

 もう少し寝かせてくれ。

 

(おはよーございまーす……!!)

 

 その声がまた少し近くなる。

 

 う〜ん……誰だ? 外からの光も差し込んでない。まだ起きるような時間じゃないだろ。

 

 (おはよーございまーす……!!!)

 

 今度は耳元から聞こえてくる。

 

 全くなんだってんだ、いい加減にしてくれよ……!

 

 俺がうんざりして目を開けるとそこには――蝋燭の灯りでぼんやりと照らされた、今にも全力で叫び出しそうな、幽谷響子の姿があった。

 

「おは…………!」

 

「…………!」

 

 俺は即座に布団を蹴飛ばして起き上がり、響子の口を塞ぐ。

 

 状況を把握してから行動に移すまで、わずか0.2秒……!

 

 もはやほとんど反射の域で響子の大声を防ぎ、バクバクする心臓の音を抑えながら言った。

 

「大きな声、ダメ。聖、クル、オッケー?」

 

「…………!」

 

 響子もそれを理解したのか、俺に口を塞がれながらコクコクと頷く。

 

 俺がゆっくり手を離すと、響子はぶはぁ、と溜め込んだ息を吐きながら小声で言った。

 

「もう、酷いですよ……! 今晩迎えに行くって言ったのに、ぐっすり寝てるんですから」

 

「ごめん……今日は本当に疲れてたんだ。それで、今から出るの?」

 

「はい! その前に、これを額に貼って頂けますか?」

 

 そう言って、響子ちゃんは俺に一枚の半紙のような大きさの紙を手渡す。

 

「これは……?」

 

「守矢の巫女様から譲って頂きました! 人間を妖怪に見せかける御札だそうです。これから行く場所は妖怪ばっかりなので、これがないと霧夜さん食べられちゃうかも……」

 

「そ、そう……」

 

 俺はなんとも言えない気持ちになりながら、目の前のお札を見やる。

 

 このたった一枚の紙っぺらが俺の命綱か……。

 

 鳥獣伎楽のライブは、確か真夜中の人里離れた場所でゲリラでやってるって話だし、それぐらいのリスクはやむを得まい。

 

 ここは一つ、守矢の巫女様の奇跡を信じるしかないだろう。

 

「分かった、行こう……」

 

 俺はそう答えたあと、顔に御札を貼る。

 

 頼りなさげだった御札だが、いざ顔に付けてみると不思議な力で貼り付いて、なかなか剥がれそうにない。

 

 これならそこそこ動き回っても大丈夫そうだ。

 

 そしてギターを担ぎ、キャリーに乗せたアンプを持ったあとに言った。

 

「よし、行こうか」

 

「はい!」

 

 俺と響子は、こっそり音を立てないように部屋から出て、お寺の境内に出る。

 

「わっ……こんな時間に本堂に灯りが点いてますよ? 一体どうしたんだろう……」

 

「ああ、まあ……ちょっと悪いことした人たちが怒られてるんだよ。あまり近付かないほうがいいよ」

 

 俺はそう答える。

 

 あれから結構時間が経ってると思うんだが、まだやってるのか……。これもしかして朝までやるんじゃないか?

 

 どちらにせよ触らぬ神に祟りなしだ。関わらないに越したことはない。

 

「こっちです、霧夜さん!」

 

「ちょっとゆっくり歩いて、響子ちゃん! 人間はそんな夜に前見えないんだから」

 

「なら、私の手を握ってください!」

 

 そう言って響子ちゃんは、俺の手を握って歩き出す。

 

 おおう……思わぬ役得だ。

 

 響子ちゃんの手は俺の半分ほどに小さく、そしてやけに体温が高かった。

 

 見た目十二歳くらいの少女というかもはやロリなので、流石に興奮まではしない。だがこうして東方キャラと触れ合えているという事実だけで感無量だ。

 

 俺がそう感動を噛み締めていると――突如として、頭上に枝を張った木々の合間に、何か大きな影が動いた気がした。

 

「……うん?」

 

「どうしたんです?」

 

 急に足を止めた俺を見て、響子が不思議そうに尋ねる。

 

「いや……気のせいかな。ごめん、何でもないよ。早く行こう」

 

「はい!」

 

『…………』

 

 そうして俺たち二人は、真っ暗な道を手を繋いで歩く。

 

 時折近くの藪の中からガサガサと動く音がするが、俺にはそれが獣なのか、はたまた妖怪なのかの判別もつかない。

 

 早苗さんの奇跡の御札と小さな手から伝わる体温を頼りに、暗闇の中をおっかなびっくり進んでいくと――月夜の光に照らされて、前方に鬱蒼と木々が生い茂る深い森が現れた。

 

 あれが魔法の森だろうか。

 

「あそこ!」

 

 そして響子が指差した先には、なんと木材で組まれた野外の特設ステージが設置されていた。

 

 廃材を組み合わせて作ったようなボロいステージだ。

 

 見た目はちと心許なくはあるが、ちゃんとスピーカーやライトもしっかり設置されており、意外と本格的なステージとしての機能は存在していた。

 

「おお……凄いなこれ。響子ちゃんたちが作ったの?」

 

「ううん、河童さんたちに頼んで格安で作ってもらったの! それより早く行こう! もうライブが始まっちゃう!」

 

 そう急かされて、俺は手を引かれるままステージに急ぎ足で向かう。

 

 ステージ前には既に妖怪たちが群がっており、開始の合図を今か今かと待ち構えていた。

 

 おお……結構いるな。五十人くらい……五十体って数えるべきか?

 

 鳥獣伎楽はそんな人気ないって話だったけど、一部のコアなファン層から熱烈に支持されているんだろう。

 

「響子、なにやってんの! もうすぐライブ始まっちゃうよ!?」

 

「ごめーん、ミスティア! 抜け出すのに手間取っちゃって……すぐに準備するから!」

 

 ステージ裏に着くと、そこではいつもの焦げ茶の服とは違う、黒のパンクっぽいドレスに身を包んで、サングラスを掛けたミスティアの姿があった。

 

 うおお、みすちーだ!

 

 グラサン掛けてるのと、周りの暗さであんまり顔がよく見えないけど、雰囲気だけでめっちゃ可愛い!

 

 響子より少し身長が高い、中学生くらいかな?

 

 俺がそんな風にみすちーを観察しているのを他所に――なんと目の前で響子が服を脱ぎだして、この場でステージ衣装に着替え始めたのだ。

 

「うおっ!?」

 

「ん? ところでさ、こいつ誰?」

 

「ああ、うん! 私のお友達! 今日のステージを見に来て貰ったの!」

 

 慌てて後ろを向く俺を他所に、二人は気にせず淡々と会話する。

 

 背中側だったので胸は見えなかったが、普通にパンツはもろに見えてしまった。

 

 小傘もそうだったんだけど、妖怪ってたまに羞恥心ないよね……。ミスティアもあんま俺がいるのを気にしてないみたいだし。

 

 こちらとしては眼福なんだけど、あまり刺激的な姿を見せるのは勘弁して欲しい。

 

 何せもよおしても命蓮寺の中で致す訳にはいかないからだ。下着を洗ってくれるのはあの小悪魔系の村紗だし、聖も五感が鋭そうなので臭いで一発でバレる可能性が高い。

 

 これだけ可愛くて美人な幻想少女たちに囲まれながら、手を出すことはもちろん一人で致すことすら許されない。

 

 天国と地獄の板挟みの状況で、俺は出来るだけ東方キャラの好感度を下げずに乗り切りたいのだ。

 

「準備できた! いつでも行けるよ!」

 

「オッケー、じゃあ行くよ! あと、あんたは舞台裏で見てなさい。くれぐれも私たちの邪魔しないこと! いいわね?」

 

「アッハイ」

 

 俺が現実逃避して気を紛らわしていると、響子が準備できたのか、いつもとは違う黒いパンクなワンピースに着替えて言う。

 

 ミスティアも自前のギターを担いで準備を整えたあと、二人揃って勢いよく舞台に突入して行った。

 

『イェェーーーーイッ!!』

 

『シケた面してんじゃねェぞテメーらーーッ!!』

 

「「オオォォォォーーッ!!」」

 

 ええええ……響子ちゃんステージ上ではそういうキャラなんだ……。

 

 爆音でマイクを鳴らし、ヘドバンしながら響子がステージに突入すると、その瞬間観客から爆発的な歓声が上がる。

 

 ミスティアは無秩序にギターをかき鳴らし、場の空気を盛り上げる。

 

 そして一瞬シン、と静まり返ったあと、響子がマイクに向かって絶叫した。

 

『ヴオオオオォォォォォォッ!! まずは一曲目ぇ"、『幻想デストロイヤー』ッ!!』

 

 しかもデスボ系かよ……。

 

 そう言えば、求聞口授で神奈子様が鳥獣伎楽のことを、「聞くに耐えない断末魔のような声」って評してたな。

 

 あれはこういう事だったのか……。

 

 俺が内心突っ込むのを他所に、響子はやたら癖の強い歌詞を歌い上げた。

 

 

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