幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第十一話 正体不明の呼び声

 

 「はあ……! はあ……!」

 

 俺は息を切らせながら、真っ暗な夜道を歩く。

 

 もはや自分がどこを歩いているのかも定かじゃない。

 

 鳥目になって周りの景色が一切見えないので、手探りで道を歩くしかなくなってしまった。

 

 背負っている響子ちゃんは未だ目を覚ます気配はない。いくら子供くらいの体格と言えど、ずっと背負ってると流石に堪える。

 

 ギターもアンプも重たいが、絶対にこれを捨てる訳にはいかない。俺の魂みたいなものだからだ。

 

 こんな状況ながらにふと思う。

 

 もしかしたらさっきの騒動は、俺が原因で起きたものかも知れない。

 

 本来魔理沙は、鳥獣伎楽のライブに対しても聖に苦情を言うだけで、乱入してしっちゃかめっちゃかにするなんてことはなかったはずだ。

 

 求聞口授に書かれていることが全てではないだろうが、なんだか正史からズレて来ている気がする。

 

 その原因はなんだと考えると、本来幻想郷に居なかった俺という存在しか考えられない。

 

 俺が鳥獣伎楽のライブに参入したことで通常以上に騒音が発生し、魔理沙の我慢が限界突破して自らライブに乗り込んでブッ潰すという選択を取らせたのではないか?

 

 そうなると、この騒動の原因は間接的に俺ということになる。

 

「きっつ……!」

 

 俺は、思わず歩いてる途中でその場に座り込む。

 

 重すぎる……! ちょっと休憩してから行こう。

 

 幸いながらもう弾幕ごっこをやっている場所から相当離れたので、こっちまで流れ弾が飛んでくることはない。

 

 遠くで何かを撃ち合ってる音は聞こえてくるが、今は鳥目なのでそれも見えない。

 

 これが幻想郷の日常か……とても着いていけそうもないな。

 

 だけど、楽しかった……! あんな非日常の場で、妖怪の観客相手に俺のギターを披露するなんて経験、向こうにいたら一生出来なかっただろう。

 

 魔理沙には悪いことをしたと思うが、正直乱入したことに関しては全く後悔はしていない。

 

 ――だがその結果がこの未曾有の危機だ。

 

 今俺は、妖怪が彷徨く危険な幻想郷の夜道を歩いている。

 

 しかも周りが見えないから今どこに居るかも分からないというおまけ付きだ。

 

 どうにかして生還したい――だが、早苗さんの奇跡の御札があるので、最悪バレずにやり過ごせるだろうという気もしていた。

 

 その時までは――

 

「うわっ!?」

 

 俺は突如として、手にぬるりと冷たい何かが触れて、思わず手を退けて飛び上がる。

 

 なんだ、今の感触……!?

 

 何かヘビのような、湿った冷たいものが手に巻き付いて来た気が……。

 

 もしかして、野生のヘビか何かがたまたまそこに居たのかも知れない。

 

 しかし俺のその甘い考えは、即座に打ち破られることになる。

 

『くすくす……人間だ』

 

『そんな御札じゃすぐにバレちゃうよ?』

 

『おいしそう』

 

『こっちにおいで……』

 

「…………!?」

 

 次の瞬間――四方八方から聞こえてくるその謎の声に、俺の心臓は跳ね上がる。

 

 ヤバい! ヤバいヤバいヤバい!

 

 バレてる!? 俺が人間だってこと!

 

 しかもこの声、一つ一つが違うぞ。一体周りに何体いるんだ!?

 

 俺は全身から血の気が引いていくのを感じながら、どうやってこの状況を切り抜けるか頭を必死にフル回転させる。

 

 逃げるのも戦うのも現実的じゃない! ここは一つ、口八丁でなんとか誤魔化すしか……!

 

「お、俺は妖怪だ! 人間なんかじゃねえ! 俺の何処が人間に見えるってんだ!」

 

 あえてそう強気で声を荒げる。

 

 無理やり奮起して気丈に振舞ってはいるが、正直今にもへたり込みそうだ。膝がガクガクに震えて、立っているのすらままならない。

 

 妖怪、怖すぎる……!

 

 正直、どこに居るのかも何体居るのかも分からない。声だって、耳元で囁いているようにも、遠くから風に乗って響いているようにも聞こえる。

 

 こちら側は何も分からないのにだ。

 

 こんな状況でまともに逃げられるはずがない! 頼むからこのハッタリで引いてくれ!

 

『くすくす……』

 

 俺がそう願うのも束の間、何処からか嘲笑うよな笑い声が聞こえたかと思うと――黒い影が草むらから飛び出して、俺の顔を掠める。

 

「うっ!」

 

 そして次の瞬間、その黒い影は俺自身ではなく、俺が顔に貼っていた御札を剥がして、バリっと引き裂いてしまう。

 

「ああっ……!」

 

 俺が絶望的な心地で悲鳴を上げるのを他所に、嘲笑うような声が再び響く。

 

『くすくす……』

 

『ほ〜ら、やっぱり人間……』

 

『嘘つき』

 

『嘘つき』

 

『人間は嘘つき』

 

『人間は悪い子』

 

『食べちゃう? 食べちゃう?』

 

『私は手から』

 

『じゃあ私は足ね』

 

『私は脳みそがいいな〜トロトロしておいしいの』

 

『目玉を転がすのが好き』

 

「ひ、ひいぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 俺はあまりの恐怖に耐えられなくなり、響子ちゃんを担いで闇雲に走り出す。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない! まだ死にたくない!

 

 ギターもアンプも置いて来ちまった!

 

 でももう無理だ! 戻る勇気がない! 戻ったら死ぬ!!

 

 俺はそう思って全力疾走するも、その謎の声は一切離れずずっと耳元に着いて来る。

 

『どこにいくの?』

 

『どこに逃げるの?』

 

『そっちじゃないよ』

 

『こっちだったかも』

 

『やっぱり右?』

 

『くすくす……』

 

「助けて! 誰か助けてくれぇ!」

 

 俺は情けなくそう叫ぶも、こんな真夜中に人里から遠く離れた場所に助けなど来るはずもなく、その声は夜の闇に吸い込まれていく。

 

 いよいよここまでか、と俺が諦めかけたその時――

 

「キャハハ! ばっかみたい……」

 

 頭上の木々の合間から微かに嘲笑うような、それでいて心底楽しそうな声を聞いた。

 

「…………!?」

 

 俺は、その笑い声に一瞬鮮明なイメージが思い浮かぶ。

 

 命の危機に瀕したときに浮かぶ走馬灯の如く、俺の脳裏に閃いたその考えは、この場を切り抜けるための最善手に思えた。

 

 基本、東方キャラに声は付かない。原作者様の意向か、ファンに想像する余地を残すためか、あえて公式では声は付けない方針でやっているようだ。

 

 そんな中で原作の中で声らしきものが聞ける数少ないキャラクターの一人。

 

 ステージの合間に時折聞こえてくる、嘲笑うような笑い声。その声の持ち主が、そのキャラなのではないかとファンの間では考察を呼んでいた。

 

 そのキャラこそ――

 

「……もしかして、ぬえちゃん?」

 

 俺は星蓮船のEXステージに出てくる、あのミニスカワンピの若干えっちな服装の女の子の姿を思い出した。

 

『…………!』

 

 その瞬間、闇夜から俺を追いかけて来ていた謎の声がピタリと止まる。

 

「お前! なんで私の幻術を……!?」

 

 そう頭上から声が響くと同時に、バキッと何かが折れるような乾いた音がする。

 

「えっ、きゃっ……!?」

 

 そう焦る声とともにバキバキッ、と枝がへし折れる音が続き、俺の真上からこちらに向かって、何か大きな影が降ってくる。

 

 眼前に迫ってくるそれは、鳥目の今でもはっきりとよく見えた。

 

 丸みを帯びた肌色のライン。白とブルーのストライプ。純白のシルエット。

 

 それは正体不明の――。

 

「パン……!? ぐはっ!」

 

「痛っ!」

 

 俺は顔面にもふっ、と柔らかい感触を受けると同時に、その衝撃で後ろに倒れ込む。

 

 ぐおおおお……! 今のはマジで痛かった。今日イチで効いたかも……。

 

 だが、今はそれどころではない!

 

 今俺の顔面に当たったのって、もしかして……!?

 

「いちちち……なんか硬いのが尻に……あっ、お前!」

 

「ひぃ!」

 

 どうにか立ち上がろうとする俺に、ぬえがあの悪魔みたいな三叉槍を突きつけて凄んだ。

 

「どうやって私の術を見破った? あれは人間ごときに見破れる代物じゃなかったはず。答えろ!」

 

「い、いえ、あの……見破ったいいますか、自分が元々知ってたと言うか……」

 

「知ってただって?」

 

 そう怪訝な顔をするぬえに、俺がかくかくしかじかで説明する。

 

「はあ!? つまりお前は元々私の姿と声を知ってて、それを思い浮かべたら勝手に術を打ち破ってたってこと!?」

 

「へ、へへ……どうやらそのようで」

 

 俺は小物の商人のように揉み手をしながら答える。

 

 なんだかんだでぬえちゃんは頼りになる存在だ。ここらで媚を売って助けを乞いたい。

 

 そして、あわよくば仲良くなりたい。

 

「まったく誰だ私の飯の種を勝手に言い触らした奴は……。ふん、まあいいさ。私にはまだ正体不明の種もある。その程度で尻尾を掴ませちゃ大妖怪は名乗れないよ」

 

 ぬえはそう言ったあと、その正体不明の羽根を翻して俺の先を歩き出す。

 

「ちぇっ、途中までは面白かったのに……。まあ十分楽しめたしいいか。それじゃあ帰るぞ」

 

「えっ」

 

 俺はぬえちゃんの言うことが一瞬理解出来ず、そう聞き返す。

 

「だから帰るぞって。なんだ、まだここにいたいのか? なら置いてくぞ」

 

「い、いやすぐ帰ります! すぐ帰りますけど! えっ、もしかして送ってくれるんですか……?」

 

 俺はぬえの言葉が信じられず、そう尋ねる。

 

「普通の人間なら見捨ててるとこだが……お前は一応聖の客だからな。聖も自分のとこで保護してる人間が行方不明になったりしたら具合が悪いだろ? 色々と」

 

 俺はその瞬間、ぬえちゃんが天使に見えた。

 

 そうか……! ぬえちゃんは一度聖の復活を邪魔したのを赦してもらってからは、恩義を返そうと色々頑張ってる義理堅い子だったな。

 

 ヤバい、めちゃくちゃいい子かも知れんこの子……。

 

 悪戯で死ぬほど怖い思いはさせられたが、からかわれていただけで元々殺す気はなかったんだろう。

 

「本当に助かります。ところで……ギターとアンプを取りに戻りたいんですけど……」

 

「あん?」

 

 俺は助けてもらいついでに図々しくお願いする。

 

 いやだって、ギターは無理だよ! 置いていけない、相棒だから!

 

 一回捨てといてなんだけど、命の次に大事なもんだから諦めたくない!

 

「ギターとアンプって……これか?」

 

 そう言ってぬえが軽く手招きすると、ふよふよと左右に飛びながら、星蓮船でさんざん俺を苦しめてきた青ベントラーが、ギターとアンプを運んで来てくれた。

 

 ぬえちゃんマジ天使!!

 

 俺がギターを抱き締めるように受け取り、安心するあまりへたり込むと、ぬえが呆れたように言う。

 

「お前も馬鹿だねえ。そんなに大事なもんだったら、そんな奴放っといてそれだけ持って逃げれば良かったじゃないか。そいつだって妖怪だぞ? 簡単に死にやしないし、危険に巻き込まれても自分でなんとかする力はある。わざわざ人間のお前が背負って逃げる必要なんかなかったんだよ」

 

 ぬえはそう言って、地べたで気絶したままの響子を指差す。

 

「そ、それは、まあ確かにそうかも知れませんけど……こんな子供みたいな見た目の子置いて一人だけ逃げられませんよ。それに、響子ちゃんとちょっとだけ仲良くなれましたから見捨てるなんて……」

 

「………………ふん」

 

 ぬえは俺の返答に少しじっと俺の顔を見つめたあと、やがてプイッとそっぽを向いて行ってしまう。

 

 俺は荷物と響子を背負って、慌ててその正体不明の羽根が生えた背中を追いかけた。

 

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