幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第十五話 真夜中にユーフォーロマンスを

 

 「では霧夜さん、この倉庫の本を表に出しておいて下さいますか? 定期的に虫干ししなければならないので」

 

「了解しました!」

 

 その日以降、俺はよく聖に呼び出されて細かい用事を言い付けられることが多くなった。

 

 ……もしかして俺、ちょっと聖に気に入られてる?

 

 これまで遠慮して一歩引いて扱われていたのが、なんだか仲間と認められたようで嬉しくなる。

 

 命蓮寺の生活は楽しい。

 

 そりゃキツイこともあるが……具体的には食事を一日二回だけとか、肉魚酒類も一切禁止とか。

 

 だが前の世界では家でも学校でも居場所のなかった俺が、初めて居てもいい場所を得られた気がする。

 

 しかも回りは可愛い子ばかり。仕事も充実していて、今が幸せの絶頂かも知れない。

 

 ――だが、そんな俺にも耐え難い不満な点が一つある。

 

「ああ、今日もギターの練習が出来なかった……」

 

 俺は気が付いたらすっかり日が落ちている空を見て、絶望して呟く。

 

 前の世界に居た時は、それこそほとんど親に帰ってこない一軒家で好き勝手にギターを鳴らしても何も言われなかった。

 

 だがここは命蓮寺。

 

 古式ゆかしい寺であり、俺以外の住人やお参りに来る檀家さんがいっぱいいる。

 

 経文が響く中でエレキをギャンギャン鳴らして練習しまくる訳にはいかないのだ。

 

 間違いなく聖の迷惑になる。

 

「ままならないねえ」

 

 俺の隣に座る響子が、お茶をすすりながら呑気に言う。

 

 この子とはあの一件以降仲良くなり、こうしてお勤め以外の暇な時は縁側でよく話す間柄となっていた。

 

「……他人事みたいに言ってるけど、響子ちゃんたちもこれからどうすんの? もうステージも壊されちゃったしこれからライブも出来ないでしょ?」

 

「しばらくは休止かな〜。河童さんにステージ直してもらうにもお金が必要だし、私とミスティアのお小遣い遭わせても全然足りないもの」

 

「……じゃあさ、俺も頑張って稼いでお金出すから、今度は別の場所にステージを作らないか?」

 

「えっ?」

 

 俺の言葉に、響子は意外そうな顔でこちらを見る。

 

「あそこにステージ作るのはやめた方がいいよ。周りに迷惑だし、ライブする度にあの霧雨魔理沙が殴り込んでくるんだぞ? もう音楽どころじゃないだろ」

 

「で、でも、それだと負けたみたいじゃない。人間だって昼は好き勝手騒いでるのに、私たちが夜に騒ぐと怒るなんて不公平だわ!」

 

 響子は憤懣やる方なしと言わんばかりに頬をふくらませる。

 

「人間は昼に騒いでるんじゃなくて昼間にしか活動出来ないんだよ。夜は寝なきゃ身体が保たないしね。それに勝ち負けじゃなくて音楽がやりたいんでしょ? 喧嘩をおっ始めて肝心の音楽が出来なくなったらそれこそ本末転倒だと思うんだけど……」

 

「うぐっ……」

 

 響子は痛い所を突かれたように小さく呻く。

 

「だから近くに住人がいない場所でやるのがいいと思うよ。正直これ以上他所様に迷惑かけると、聖が出てきてバンドごと解散、なんてことになりかねないし。俺もそう出来るよう色々手伝うからさ」

 

 俺はそう説得する。

 

 実際求聞口授では解散まで行かなくとも、魔理沙から苦情が入った聖から、二人に制裁が下されるであろう描写があった。

 

 このままあの場所に拘ってもロクなことにならないのは明白なので、さっさと移動するに越したことはない。

 

「うう、仕方ないか……。ミスティアにもその方向で相談してみるよ。でもいいの? 霧夜さんは私たちの活動とはほぼ無関係だよね?」

 

「もちろん、俺にも得がある。ステージを使わせて欲しいんだ。ギターを弾いて披露する場所が欲しくてね。響子ちゃんたちの活動に便乗させてもらう形になるけど……」

 

 俺がそう言うと、響子はぱあっ、と顔を明るくしてぱん、と手を合わせる。

 

「うんうん、それがいいよぉ! 霧夜さんギター凄く上手いし! あっ、そうだ! 良ければ鳥獣伎楽withKで一緒に活動する?」

 

 響子はそう軽いノリで俺を誘ってくれる。

 

 withKか……プリズムリバーwithHみたいな感じだしありっちゃありだな。

 

 もう俺は謎の覆面ギター妖怪Kで通ってるみたいだし、鳥獣伎楽と一緒に活動する方が通りが良いかも知れない。

 

「響子ちゃんがそれでいいなら、俺も一緒に活動してもいいかい? ミスティアがどう思うかだけど……」

 

「あの子には私から伝えておくよ〜。大丈夫! 霧夜さんなら即戦力だから、ミスティアもきっと反対しないと思うよ」

 

 響子はそう言ったあと、一気にお茶を飲み干して立ち上がる。

 

「よーし、そうと決まれば今から迷いの竹林に行ってミスティアと話してくるよ! あ、霧夜さんも行く?」

 

「いや……俺はもう夜間外出はいいよ。死にかけたし。もう二度とあんな怖い思いはしたくない」

 

 俺のその答えにあはは、と苦笑いしたあと、そのまま出入り口から命蓮寺を後にした。

 

 後に残された俺は、ムラムラとする指を抑えきれず、ケースからギターを取り出して弦を指先で抑える。

 

 ちょっとだけ、ほんとに先っちょだけだから……!

 

 生音で一音かニ音鳴らすぐらいなら誰の迷惑にもならないから!

 

 俺がそんな言い訳を心の中でしながら、ギターを鳴らそうとした、その時――

 

「何やってんだ、お前?」

 

「うおっ……!?」

 

 急に背後から声を掛けられ、ビクッと心臓が跳ね上がる。

 

 振り向くとそこには――両手を後ろにやりながら、こちらを覗き込むぬえちゃんの姿があった。

 

「び、びっくりした〜! 急に後ろから声掛けてくるから……」

 

「神出鬼没、正体不明が私の信条だからな。それで、今何しようとしてたんだ?」

 

「何って……見ての通りギターの練習ですよ。でも、今は聖も寝ているし、他の人たちも居るんでね。ほんの少しだけ弾いて後は片付けようと思ってたんです」

 

「なんだそんなこと、気にしないでガンガン鳴らせばいいだろ? 妖怪なんて元々夜に起きてるもんなんだ。こんな時間に早寝してる奴らの方が異常なのさ。お前のその正体不明の音で叩き起こしてやればいい」

 

 ぬえはそう言って俺のギターを指差す。

 

「そういう訳にはいきませんよ。俺もこの命蓮寺にお世話になってますから、迷惑かけたくありません」

 

「ふーん、つまらないやつだな。もっと騒ぎが起きたほうが面白いのに」

 

 そう言うと、ぬえはどかっと乱暴に俺の隣に座る。

 

 そして縁側から生足をブラブラさせながら、つまらなそうに夜空を眺めていた。

 

 ……一体何しに来たんだ? と思ったが、その時ふと、俺は元の世界で読んだぬえちゃんの公式設定を思い出した。

 

 確かぬえちゃんは、命蓮寺では少し浮いた存在だったはずだ。

 

 聖の復活の際にそれを邪魔していたというのもさることながら、元々自由気ままに過ごしていたぬえにとっては、窮屈な命蓮寺の生活は耐えられなかったのかも知れない。

 

 なので普段は修行にも参加せずに、お寺の外れでつまらなそうにブラブラしたり、たまに姿を現しては悪戯したり、余計なことをして聖を困らせたりと空回りばかりしているらしい。

 

 村紗は親友らしいが、彼女も彼女で修行にはある程度真面目に参加するので、ぬえとつるむ時間もないのだろう。

 

 ふらっと俺の所に現れたのも、単なる暇つぶしか、もしくは話し相手を欲していたのかも知れない。

 

 なんだかんだで俺も彼女のおかげで、あの暗く危険な夜道から無事生還することが出来たのだ。

 

 まあ多少は脅かされたりしたが……それを差し引いても恩人なのは違いない。

 

 だから俺だけは彼女に最大限礼を持って接しよう。出来る限り暖かく迎えてあげたいと、そう思う。

 

「……そう言えばお前、先日寺を抜け出したこと全部聖に報告したそうじゃないか。聖から直接礼を言われたぞ? 『善行をしたんですから隠さずちゃんと私に報告してくださいね』だとさ」

 

「その通りじゃないですか。俺のこと助けてくれたんですから、ちゃんと聖に教えてあげてください。聖だってぬえさんがやってくれたことを知れば喜ぶと思いますよ?」

 

「バカっ、私はそういうのじゃないんだよ! 聖に着いていってるのだって、いつぞやの借りを返したいだけだ。それさえ終われば私はさっさと抜け出したいんだ、こんな窮屈なとこ」

 

 ぬえはそう吐き捨てるように言う。

 

 恐らく一部は本心からの言葉ではあるのだろう。ぬえが命蓮寺で居心地の悪い思いをしているのは事実だろうしな。

 

 だが、聖に対する義理立てだけでここまで付き合うのはちょっとやり過ぎな気がする。

 

 多分ぬえも聖のことを慕ってはいるが、素直に口に出せないだけなのだろう。

 

「でも俺は、ぬえさんがやってくれたことが聖にきちんと評価されて嬉しいですよ。恩人の功績が誰にも評価されずに埋もれてしまうなんて、助けてもらった側としても居心地が悪いですし」

 

「ふん……お前のことはただ単にからかって遊んでただけだ。お前も黙ってたら、無断外出もバレずに聖から咎められることもなかっただろうに、馬鹿な奴だな」

 

 ぬえはふっ、と鼻で笑いながら嘲弄するかのように言う。

 

「あはは! でも結局、俺は聖からほとんど何の罰も受けてないんですよ。多分正直に言ったのが良かったんでしょうね。むしろその事で聖とも少しだけ仲良くなれたくらいで……ちゃんとぬえさんのことも報告出来てスッキリしたし、今回のことは俺にとっては最良の結果だったんですよ」

 

「…………」

 

 俺の言葉に、ぬえはじっと黙ったまま、俯いて考え込む。

 

 しばらくそのまま星空を眺めていると――ボソリと隣からこんな言葉が飛んでくる。

 

「……おい、ギター」

 

「え?」

 

 俺は突如、そんなことを言われて思わず聞き返す。

 

「ギター、弾かないのかって。お前ずっとその状態で持ったまま一音も鳴らしてないだろ?」

 

「ああ! えーっと……」

 

 俺はぬえの問いに若干考え込んだあと言った。

 

「……今日はやっぱりやめとこうかなって。こんな静かな夜ですから、少しの音でもすごく響きますよ? あんまりジャカジャカ鳴らして皆を起こすのも悪いですし」

 

「はあ? あのな……静かな夜を乱したくないなら、それに合った静かで美しい曲を弾けばいいだろうが。その場に見合った曲を奏でるなんて楽師の基本中の基本だぞ?」

 

「……おお、確かに!」

 

 俺は目から鱗が落ちる思いだった。

 

 普段あんまりマッタリ系の曲は弾かないので、完全に思考から失われていた。

 

 確かに静かで美しい曲なら、周りの迷惑にもならないだろうし、なんなら睡眠導入にもなるかも知れない。

 

 既存の曲を癒し系にアレンジして弾けば、俺のギター欲も満たされるし一石二鳥だ!

 

 さすがは平安から生きて、詩にも詠われた大妖だ。雅の心もちゃんと理解しているらしい。

 

 そうと決まれば俺はアンプとエフェクターの設定をジャズギター向けに弄る。

 

 俺がウキウキで準備を整えていると、ぬえが若干言いづらそうにモゴモゴとしながら、こんなことを口にした。

 

「それと、この際言っておくけど……一昨日のお前の演奏、それなりに悪くなかったぞ。音も正体不明で、聴いてたら力が湧いてきた」

 

「えっ!? 一昨日のライブ中にもいらっしゃったんですか?」

 

「当たり前だろ? 私はお前があの山彦と命蓮寺を抜け出した瞬間から着いて行ってたんだぞ。当然全部見てたに決まってる」

 

 ぬえはちょっとむっとしながら言う。

 

 ……ということは、俺らが命蓮寺を出たときから陰ながら見守ってくれてたってことか?

 

 なんだよ、やっぱりこの子ただの天使じゃないか!

 

 しかも彼女なりの言い方だが、俺の演奏を気に入ってくれたと言っている。

 

 そういう事なら今俺が持てる最高の音を奏でよう。

 

 この不器用で悪戯好きな、優しい女の子に相応しい曲を。

 

 

 

 

 

 

 

 エントリーナンバー2

 

『夜空のユーフォーロマンス』 アコースティックver.

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