幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第十七話 鬼との邂逅

 

 「何というか……あんた、凄いわね。たった一週間で何やればあの堅物坊主にあそこまで好かれるようになるのよ」

 

「い、いや、好かれるなんてそんな……ただ聖が愛情深い方なだけです」

 

 聖たちが帰宅したあと、俺は人里の家を紹介してもらうために、一人で博麗神社に残っていた。

 

 正直言うと、俺も若干聖に気に入られてるかも、という気はしていた。

 

 最近よく話しかけられるし、小さな用事も頼まれることが多くなっていたからだ。

 

 だが流石にあそこまでとは思っていなかった。

 

 俺みたいな小物になんで聖ほどの人が執着するのか全くわからん。

 

 もしかしたら聖は人一倍情が深いが故に、深く関わった人妖皆を見捨てられないみたいなこともあるのかも知れない。

 

 ともかく俺は人里と命蓮寺の二重生活を送ることになった。

 

 人里での自由と命蓮寺での実家のような安心感を両方得られた俺は、恐らく幻想郷一幸せ者だろう。

 

 だがこれに胡座をかく訳にはいかない。

 

 この立場はあくまで聖の恩情によるもの。やると決めた以上は音楽もお勤めも中途半端にする訳にはいかない。

 

 ただでさえ俺は金を稼いで、鳥獣伎楽のステージを復興させるという使命もある。

 

 それらを果たすまで俺には立ち止まっている暇はない。

 

 うおおおお! やる気が高まってきたぁ!!

 

「ま、いいわ。私の目の前で三文芝居みたいなのが始まった時はどうしようかと思ったけど……なんとか丸く収まったみたいだし。とりあえず里長には私から空き家の準備しておくよう伝えておくから、あんた今日は博麗神社に泊まりなさい。明日の朝一にでも人里に案内してあげるわ」

 

「ええっ!?」

 

 霊夢の言葉に、俺は思わず声を上げる。

 

 博麗神社に泊まる!? それはつまり霊夢と一つ屋根の下!?

 

 ……いや、分かっている。霊夢にそんな意図は一切ないことくらい。

 

 そもそも外来人は幻想郷に来たら、大概は博麗神社に泊まって、外に帰るか人里に引き渡されるまで過ごすようになっているのだ。

 

 俺が少し特殊なルートを通っただけで、別に外来人が博麗神社に泊まること自体は珍しくもない。

 

 だがそれはそれとして、博麗神社という幻想郷の最大の聖地で一日を過ごすということは、東方ファンにとっては特別な意味があるのだ。

 

「あによ。言っとくけど、私はあんたに懐柔されるつもりはないからね。私は離れで寝るけど、あんたが本殿からノコノコ近付いてきたら夜でも構わず追い出すから」

 

「いやいや、しませんよそんなこと……」

 

 何だかさっきのことで霊夢に妙に警戒されている……。

 

 俺としてはここで問題を起こしたら聖の顔に泥を塗ることになるので、絶対に変なことをするつもりはないのだが、まあ仕方ない。

 

 とりあえず博麗神社に泊めさせて貰えるだけ御の字だろう。

 

「ま、それ以外なら好きに過ごしてていいから。あんまり外に出ると妖怪に出くわすようになるから、神社の境内からは出ないほうがいいわよ」

 

「分かりました」

 

「それじゃ、私は今から人里に行って里長に話つけてくるから、あんたはここで待ってなさい」

 

 そう言うと霊夢は、颯爽とその場から飛び去って行った。

 

 俺はその姿を見送りながら一息つく。

 

 これから人里で生活か……。

 

 聖に大見得切ったはいいが、本当にやっていけるか正直俺にも分からない。

 

 多分仕事はなんだかんだで紹介して貰えるんだろうが、本当に俺一人で生計を立てられるのかという不安はある。

 

 だが、それ以上にワクワクしているのも確かだ。

 

 命蓮寺はとにかく聖に従っていればいい。聖の指示に従っていれば万事うまくいく。

 

 それはそれで楽で居心地はいいが、どうせなら俺自身の力で色々チャレンジもしてみたい。

 

 そんなことを考えられるのも俺が命蓮寺に助けて貰えたからであって、どちらにせよ世話になっていることには変わりないんだが。

 

「おい!」

 

「?」

 

 俺がそんなことを考えてると、突如として真上の方から声を掛けられる。

 

 見るとそこには――ぬえが木々の上からこちらを見下ろしている姿があった。

 

「ぬえさん!?」

 

「お前、なんで聖たちと一緒に帰ってきてないんだよ! まさか、仲間割れでもしたのか!?」

 

「いや、実はカクカクシカジカで……」

 

 そう焦ったような怒ったような口調で問い質すぬえに、俺は事情を説明する。

 

 ぬえは最初は真剣な顔で聞き入ったが、だんだん話を理解するにつれ、怒ったような呆れたような表情に変わっていった。

 

「はあ!? それじゃあお前、楽器弾きたさに命蓮寺を飛び出したってのか!?」

 

「まあ、その……そういう事です、ハイ」

 

 俺は恐縮しながらそう答える。

 

 横から聞けば、なんて馬鹿な理由でと思うかも知れないが、俺にとっては死活問題なのだ。

 

「お前なあ……あの聖が珍しく落ち込んでたんだぞ? 表情には出してなかったが妖力の落ち方ですぐに分かる。あそこまで目をかけてもらってまさか楽器の為に命蓮寺を出ていくなんて……」

 

「や、やっぱり、俺聖に目をかけてもらってたんですかね? なんで聖みたいな偉大な人が俺にこんな優しくしてくれるのかさっぱり分からないんですが……」

 

 俺はぬえにそう尋ねる。

 

 いやマジで分からん。確かに同じく漫画好きという秘密を共有できる関係にはなったが、それだけであそこまでにはならないだろう。

 

「まあ、その……それは私も分からなくはないというか……とにかく、お前今からでも聖や他の奴に頭下げて取り消してこい! 今ならまだちょっとした気の迷いで済むから!」

 

 そうぬえに説得されるも、俺は頑として首を横に振った。

 

「いや……無理です! 俺、やっぱギターは諦めきれません! むしろギターに未練を残したまま、中途半端に命蓮寺に入門したほうがかえって聖に失礼というか……とにかく、俺はギターも命蓮寺の皆さんとの繋がりも諦めるつもりはありませんから!」

 

「こ、この……!」

 

 俺の言葉に、ぬえちゃんはわなわなと身体を震わせる。

 

 もしかしたら一発くらい殴られることも覚悟したが、ぬえはそのままフン、と鼻を鳴らしたあとにそっぽを向いた。

 

「……もう勝手にしろ! 私はどうなっても知らないからな」

 

「す、すいません……。そ、それでぬえさん、謝るついでに一つ相談があるんですが……」

 

「……ああん?」

 

 俺はぬえに恐る恐るそう伺いを立てる。

 

 ぬえは不機嫌ながらも、なんだかんだで話は聴いてくれようとしてるのが優しいと思う。

 

「じ、実はその、ギターを命蓮寺の部屋に置いてきてしまいまして……」

 

「……はあ!? お前、今私にあれだけ啖呵切っておきながら、肝心の楽器を忘れてきただと!?」

 

 ぬえはいよいよ呆れきった声で言う。

 

「い、いやその、忘れた訳じゃないんです! 持ち出せなかったと言うべきか……皆さん俺が命蓮寺に残る前提だったようなので、俺だけ身支度出来るような空気じゃなくて……」

 

「…………まあ、そりゃそうだろうな。私もそう思ってたし。……って、お前まさか!?」

 

 何かを察したぬえに、俺はすかさず土下座して頼み込む。

 

「お願いします、ぬえさん! 俺のギターとアンプを部屋から持ってきてくれませんか!? こんなこと頼めるのぬえさんしかいないんです!」

 

「おまっ……誰になに頼んでるか分かってるのか!? お前の目の前に居るのは、千年来の大妖であるぬえだぞ!?」

 

「ぬ、ぬえさんが凄い妖怪だってのはよく分かってます! ですが俺、他に頼れる人がいなくて……お願いします! 俺に出来るお礼なら何でもしますから!」

 

「…………」

 

 ぬえは俺の言葉にむっ、と黙り込んだあと、しばらく考え込む。

 

 俺は土下座から見上げるような姿勢のまま待っていると、やがてポツリと言った。

 

「……自分で取りに行けない事情はあるんだろうな?」

 

「その……霊夢さんから、明日まではこの神社の境内から出ないように言われてまして。それに、さっきの今で皆さんに合わせる顔が……」

 

 俺がそう言うと、ぬえははあ、とため息を吐いたあと、ガシガシとその癖っ毛を掻く。

 

「どうせそんなことだろうと思った……。分かったよ! 取ってくれば良いんだろう? だがお前はこのぬえをあろうことかパシリに使ったんだ! その貸しはいつか必ず返してもらうぞ!」

 

「あ、ありがとうございます!! 本当に助かります!」

 

 俺はそう言って文句を言いながら飛び立っていくぬえちゃんに、地面に擦り付けんばかりに頭を下げる。

 

 いやもう……マジで天使かよ。正直ダメ元だったんだがまさか引き受けてくれるとは……。

 

 しかも飛び立つ時にサービスパンチラのおまけ付きだ。やっぱりあのスカート飛ぶには短すぎるよなぁ……。

 

 マジでぬえちゃんには色々世話になりっぱなしなので、貸しとは別に今度お礼しよう。

 

 果たして俺に何か出来ることがあればいいが……。

 

 俺がぬえちゃんの飛び立つ姿を見送りながら、そんなことを考えていると、神社の奥から、何かがぺたぺたと素足で近付いてくるような音が聞こえてくる。

 

 そしてそれと同時に、真っ昼間からむわりと濃密なアルコール臭さが漂ってきた。

 

 うっ、これは……!

 

「おおーい、霊夢ぅ。つまみが足らんぞー。早く何か作って持ってこーい!」

 

 そう言って姿を現したのは、案の定、小さな百鬼夜行――伊吹萃香その人……いやその鬼であった。

 

 

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