幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第十八話 歳月

 

 ……いやここ絶対外より妖怪のエンカウント率高いよね?

 

 俺は、視線の先ですっかり出来上がっている酔いどれ幼女の姿を見て思う。

 

 萃香は霊夢の名を呼びながら、ひょうたん片手に素足でペタペタと神社の本殿の中を歩き回っている。

 

 もはや勝手知ったる我が家と言わんばかりだ。

 

 神社的にはどうなのと思わなくもないが、幻想郷ではこれはありふれた光景なのだろう。

 

「うん?」

 

「あっ……す」

 

 やべっ!

 

 俺は萃香とばっちり目が合ってしまい、慌てて会釈して挨拶する。

 

 もしかして絡まれる!?

 

「……ふーん」

 

 一瞬身構えたが、萃香はこちらに元より興味はないのか、そのまま足音を立ててどこかに行ってしまう。

 

 俺はそれを見送って、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 まあこんなもんだよな。基本的に幻想郷の住人たちは人間なんかに興味はないのだ。

 

 むしろ命蓮寺の人たちが暖かすぎるだけでこれが普通だ。

 

 萃香に絡み酒されると言うのは、幻想郷に行ったら一度はしてみたい経験ではあったが、ただの人間にそんな機会は訪れない方がいいだろう。

 

 下手したら急性アル中で死ぬし。

 

「――おい」

 

 しかし俺が安堵するのも虚しく、耳元でドスの利いた声が聴こえる同時に、ガシッと腕を掴まれる。

 

 いででででで! 折れる折れる折れるッ!!

 

 俺が悶絶するほどの痛みに耐えていると、続けて耳元でこう聞こえた。

 

「お前、霊夢をどこへやった〜? さっきから探してもどこにも居ないんだよ〜」

 

「い、ででで! れ、霊夢さ……いや、巫女様なら用事があって人里に向かいましたッ!!」

 

 そう必死になりながら答える。

 

 なんつーパワーだよ、全く振りほどける気がしねえッ!

 

「ふーん、で? お前はこんなとこで何してんの?」

 

「み、巫女様にここで待ってるように言われましたッ!! お、俺は外来人なので、人里で住む家を紹介してもらうまでここで待ってるようにって! ちょっとそっちはホントに……!」

 

 危うく俺が腕を逆方向に拗られそうになっていたその時――突然パッと手が離される。

 

「なんだ、ただの霊夢の客かぁ。怖いもの見たさに居座ってるようなら、お望み通り脅してさっさと追っ払ってやろうと思ったのに」

 

「はあ……はあ……!」

 

 俺は未だにバクバクする心臓を抑えながら、どうにか息を整える。

 

 鬼、怖っ!

 

 ただの脅しだったの、今!? 俺再起不能になりかけたんだけど!

 

「ちぇっ、霊夢いないのならしょーがない、お前でいいや。ほら、注げ」

 

 そう言って、いつも萃香が持っている瓢箪――伊吹瓢をポイっと投げ渡される。

 

 これは中から無限に酒が湧いてくるという代物だ。味は微妙らしいが、とりあえず安い酒でも酔いたい呑兵衛にはいいのだろう。

 

「えっ……!?」

 

「注げって、何度も言わせるなよー。それともなんだ、私の言うことは聞けないってのか〜?」

 

「……! いえ、とんでもございやせん! 是非注がせていただきやす! へへっ」

 

 俺は慌てて正座に座り直したあと、萃香が突き出す盃にトクトクと酒を注ぐ。

 

 なんだこれ……なし崩し的に酒席が始まったぞ。東方ファンなら一度は憧れたシチュエーションなんだけどいいのか?

 

 まあ公式の漫画とか見てると萃香って意外と人間に気さくだからな……。バレバレの変装して人里に出てきたり、節分大会のトラブルを未然に防いだりしてるし。

 

 案外話が分かるのかも知れない。

 

「あの、つかぬことをお伺いしますが……」

 

「んあ?」

 

 俺が好奇心がてらにそう尋ねると、萃香は酒盃から口を離して、こちらにトロンと酔っ払った目を向ける。

 

 うおっ、可愛い……顔ちっちゃ。じゃなくて、聞きたいことがあるんだった。

 

「さっき言ってた怖いもの見たさどうこうって言うのは……」

 

「ああ、最近どうも人里の中で"博麗神社は妖怪に乗っ取られてる"って噂が流れてるらしくてな。無鉄砲な若造がたまーに肝試し感覚でやってくるのさ。だからお望み通り、妖怪の怖さを身体に教えてやろうと思ってな。ま、外の世界風に言うと、"ふぁんさーびす"って奴だ!」

 

 萃香はそう言って、縁側から足をパタパタさせながらケラケラと笑う。

 

 今のファンサだったのか……。危うく握手会でギタリスト引退することになりそうだったんですがそれは大丈夫なんですかね……。

 

 だがまあ、見方を変えると妖怪の怖さを知らない無謀な若者に、しっかり恐怖を植え付けてこれ以上危険に踏み込まないよう警告しているようにも見える。

 

 ファンとしての欲目かも知れないが、萃香なりの優しさなのかも知れない。というかそうであって欲しい。

 

 こんな事してたらますます参拝客は遠退きそうだけど……。

 

「で、お前、外来人なんだって?」

 

「はい、そうです!」

 

 俺はそう尋ねられ、背筋をピーンと伸ばしながら答える。

 

「最近外界で何か面白いことでもあったか?」

 

「いや……まあ、定期的に大災害が起きたり、首相が暗殺されたり、そういうきな臭いことはよく起きてますけど、別に面白いことは何も……」

 

「ふーん、そいつは歪みが原因だな」

 

 萃香は何でもないことのように言いながら、酒を煽る。

 

「歪みですか?」

 

「そうさ。本来自然界では、自分のやったことは自分に返ってくる。悪人が最後に悪事の報いを受けて、善人が最後に良い思いをするという因果の法則が成立しているんだ。……だけどお前ら外の世界の連中は、"せーじ"やら"けいざい"やらのややこしい概念をいくつも作って、その因果を覆い隠してしまっただろ?」

 

「まあ……もしかしたらそういう側面があるのかも知れません」

 

 俺は急に真面目なことを言い出す萃香に、驚きつつも聞き入る。

 

「その結果、悪党が金や法を悪用して自分の悪事から逃げ回り、因果の法則を捻じ曲げてしまった。その歪みが自然界や人心に溝を作り、災害や事件、はたまた大きな戦といった形で表に現れてるのさ」

 

「おお…………!」

 

 なんか凄く為になっていることを言われている気がする……!

 

 ただのよっぱっぱ幼女かと思いきや、長く生きてるだけに含蓄があるんだろう。

 

 まあなにせあのゆかりんと友達やれてるくらいだもんな……。

 

「幻想郷は私たち妖怪という脅威の元で人間は一つに纏まってる。だからそこまでの歪みが生じることはまずないんだ。……まあ、どこぞの天人くずれが気まぐれで地揺れを起こすことはあるがね。人間は妖怪を恐れ、時にはそれを退治する。妖怪は人間を脅かす存在であり続ける。これがまあ、健全な関係ってもんさね」

 

 萃香はそう言ったあと、「ん」と言って盃をこちらに突き出す。

 

 俺はそれに敬意を込めて丁寧に酒を注ぐ。

 

 おお、なんか凄い為になる話を聞けた気がする……!

 

 そう言えば鬼は大昔の人間との真剣勝負を楽しんでたって話だし、これも戦いを通じて絆を確かめる鬼独自の考え方なのかも知れない。

 

 聖の目指す人妖平等とは少し違うが、これもまた一つの真理なんだろう。

 

「じゃあ……妖怪のいない外の世界で、その歪みを作らないようにするにはどうすれば良いんですかね?」

 

「んー? それは知らん! 人の世のことなんて私は知らんよ、鬼だからね! 旨い酒が呑めればそれで良いんだ」

 

 萃香はそう言ってにゃはは、と笑う。

 

 思わずガクッと来たがそりゃそうか……。関係ないよな、鬼なんだし。

 

 だがいい話は聞けた。

 

 役に立つかは分からないが、東方キャラの別の側面が見られたということで、今の話は心に留めおこうと思う。

 

 そのまましばらくぼんやり酌をしながら時間を過ごしていると、突如として境内に人影が降り立つ。

 

「おい! これでいいんだろ? 持ってきて――げっ」

 

「おや、こりゃなんとも珍しい奴が姿を現したもんだ!」

 

 ぬえちゃんがギターを届けてくれるも、すぐそばにいる萃香に口をへの字に曲げる。

 

「ぬえか! やーやー、こんな所でさる大妖にお目見えとはね! 何しに来たんだ? 霊夢なら今いないぞ〜?」

 

「ちっ……鬼か。また面倒くさい奴が……おい、私は確かに届けたからな! あとはお前の勝手にしろ!」

 

 ぬえちゃんはそう言うと、境内にギターとアンプを置いてさっさと帰ろうとする。

 

 ――しかし飛び立とうとした瞬間、萃香はぬえの腰に飛び付いて動きを制止する。

 

「まあまあ、そう急ぐなよ〜。せっかく私らがこうして顔を突き合わせることになったんだ。ちょっと一献付き合うくらいいいだろ?」

 

「くっ、なんて力だ……! 離せ、この……!」

 

 萃香は軽くぬえの腰に手を回しているだけに見えるが、相当な力で締め付けているのだろう。

 

 必死にぬえが引き剥がそうとするもビクともしなかった。

 

「そう邪険にするなよ〜。お前の連れと私はよく呑み歩く仲なんだ。私たちもこれを機に友誼を結ぼうじゃないか」

 

「ええい……鬱陶しい! ――正体不明「紫鏡」!!」

 

 そうスペルカード宣言した瞬間――ぬえちゃんの眼の前の空間が歪み、紫色に妖しく光る丸い手鏡が現れる。

 

 ぬえちゃんはその鏡の中にしゅるっと一瞬にして吸い込まれたあと、そのまま鏡ごとポン、と姿を消す。

 

 ――そしていつの間にか頭上の遥か上にまで移動して、こちらにビシッと指を突きつけて言った。

 

「いいか、これで貸し一つだからな! 覚えておけ、必ず返してもらうからなっ!」

 

 ぬえはそう宣言したあと、身を翻してさっさと遠くに飛んで行ってしまった。

 

「ありゃ? 逃げられちった。まさか私の拘束を解かれるとはねえ。あいつも紫みたいなインチキ能力持ってるみたいだし、長く生きてる奴はこれだから厄介なんだ」

 

 萃香はそう言うと、余り気にしてもいないのか、縁側にポンと飛び乗り、そのまま瓢箪を傾ける。

 

 すっげえ……っていうか今、ぬえちゃん亜空間転移みたいな能力使ってたよな。

 

 封獣ぬえは公式でもマミゾウと同じく、外の世界と幻想郷を自由に行き来してる妖怪の一人だ。

 

 その力は八雲紫や摩多羅隠岐奈と言った賢者すら警戒させるほどらしい。

 

 普段あまりにも可愛いから天使かと勘違いしてたが、ぬえちゃんしっかり大妖怪なんだなあ。

 

「……んで、それはなんだ? あいつほどの奴が、ただの人間であるお前にわざわざ渡しに来るなんて、よほど貴重なお宝か?」

 

 萃香は今度はギターに興味を示す。

 

「あ、いや……これは俺にとっては宝物ですが、ただの楽器ですよ。俺はぬえさんと同じ命蓮寺で世話になってるので、同門のよしみでなんとか頼み込んで持ってきて頂いたんです」

 

「ほう楽器か! いいねえ。このまま静かに呑むのも味気ないと思ってたんだ。何か一曲弾いておくれよ」

 

「…………!」

 

 そうリクエストされて、俺は内心待ってましたとばかりに立ち上がる。

 

「いいですよ! さっき素晴らしい話を聞かせていただいたんで、お返しに全力で弾かせて頂きます!」

 

「おう、やれやれー!」

 

 萃香は両手でパチパチ叩きながら囃し立てる。

 

 おおし、俄然やる気がみなぎってきた!

 

 さっき萃香の意外な側面も見れたことで、今の俺はインスピレーションが湧きまくりだ!

 

 今こそ讃えよう、強大な鬼の力と知恵を!

 

 そして人々と共に歩んだ連綿の絆を!

 

 俺は派手にギターを掻き鳴らしたあと、アンプから高らかに音を響かせて見せた。

 

 

 

 

 

 

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『砕月』

 

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