境内ではすっかり宴会の準備が整っており、幻想郷の中において主要な人物が詰めかけていた。
紅魔館、白玉楼、永遠亭、守矢神社、神霊廟などなど。
流石に地霊殿や酒類や肉類が駄目な星蓮船メンバーはいないものの、恐らく幻想郷の中でも組織と名が立った者はほとんどが出席している。
妖精も賑やかしか何体か混じっているようだ。
そんな錚々たる面子の中でも、家主であり勝手に主催者だと思われている、霊夢の姿がないことにざわめきが起きていた。
「今日は宴会だって話なのに、なんで霊夢さんがいないんですか?」
「もう準備は出来ているのだけど……」
「まあ、居ないならいないで勝手に始めちまおうぜ。どうせ後から来るだろ」
「そうね〜もうお腹空いたわ〜」
「幽々子様はとっくに先に食べ始めているような……」
各々が言葉を交わしつつ、神社の境内ではなし崩し的に宴会が始まろうとしていた。
しかしその時――
「やーやー、皆の衆! こちらに注目だ!」
「?」
萃香が突如として声を上げて、全員の視線を一手に集める。
なんかゾワリと背筋に悪寒が……!
「皆知っての通り今日は宴会だ! だがこのままダラダラおっ始めるってのもいかにもハリがない。だから今回は、私の方で余興を用意したぞっ!」
「余興だと?」
「あの小鬼が?」
「というか、そもそもこの宴会は誰が言い出したことなんだ?」
その言葉に、その場の全員がざわつく。
おい嘘だろ……さすがにこの流れで紹介はキツイって!
「始まる前にここにいる楽師が皆に一曲披露してくれるそうだ! 景気のいい奴を一発頼んでるから、皆盛り上げてやってくれよ〜?」
そう言って案の定こちらを指し示す萃香に、俺は真っ白になりながら、魂が抜けたような気分で手を挙げる。
いや、確かにそのために居るんだけど……だけど演奏ってもうちょっとこう、宴会の隙間にさり気なく、会話の邪魔にならない程度のバックミュージックだと思っていた。
こんなアウェイな空気の中で独演会なんかやって、もし失敗したら普通に大惨事になるぞ!
「私の顔を潰すなよ〜?」
萃香はそう言ってニヤニヤしながら、俺の脇腹を小突く。
幻想郷の錚々たる顔ぶれが、全員俺に注目している。
その姿勢は興味深そうに観察するものや、こちらを値踏みするように見るもの。
無表情で見下ろすものや、こちらに憐憫の眼差しを向けるもの、様々であった。
「あ、あの魔理沙さん、あの方ってあの時の……」
「ああ、例の外来人のヘボ楽師だな」
真っ白になっている俺のすぐ近くで、早苗と魔理沙がヒソヒソ声で話してるのがこちらまで聞こえてくる。
「と、止めなくて良いんですか!? この流れ……いくらなんでも晒し者みたいで可哀想じゃ……」
「私は知らん。ま、良いんじゃないか? ヘタクソならヘタクソでひと笑い起きて、それはそれで酒のアテになるだろ。別に誰も期待しちゃいないさ」
「…………!」
その瞬間――俺は真っ白になっていた頭の中に微かに火が灯る。
――舐めやがって……。
どいつもこいつも、少しばかり力があったり、長生きしたり、権力がある程度で見下しやがって……!
お前らに俺の何が分かるッ!
俺には音楽しかないんだ。
学校でも家でも、誰からも必要とされなかった俺が、唯一己の価値を見出だせたのが音楽だったんだ!
ギターを持った俺は無敵だ! 神だろうと化け物だろうと関係ねえ!
――俺がこの幻想郷を食ってやるッ!!
「……おい、大丈夫か、君? 私の耳には君の心が軋む音が聞こえてくるが……無理なようなら私から皆に断ってやっても――」
「…………!」
俺は近付いてきた神霊廟の主、豊聡耳神子の手を静止したあと、思い切りギターを掻き鳴らす。
ギャーーンッ!! と、盛大なディストーションが鳴り響く。
盛り上げろだと? いいぜ、やってやる!
俺に沸かせられねえ
エントリーナンバー4
『童祭 〜Innocent Treasures』
* * *
「はあ……はあ……!」
俺は、一曲演奏しただけにも関わらず、冷や汗でびっしょりになりながら肩で息をする。
こ、怖かった……。
演奏前は悔しさを燃料に無理やりテンションぶち上げて挑んだが、今考えると危険過ぎる綱渡りだ。
演奏中もなんだかフワフワして上手く弾けたかどうか自信がない。
だが……やり遂げた感はある。
自分の指先が限界を超えた感覚だけは残っている。
受け入れられるかどうかは分からないが、少なくとも俺の中ではベストを尽くした。
まあこれで不評ならしゃーないな、と俺は何処かさっぱりした感情で前を向くと――
「おお……!」
軽いまばらな拍手とともに、小さな歓声が起きた。
それを聴きながら、俺は今の演奏が確かに人の心に届いたことを確信できた。
「やるじゃないか、なかなか魂に響く演奏だったよ。どうやら私の心配は杞憂だったようだ」
そう言って俺の肩をポン、と叩いてくれたのは、先ほど心配してくれていた神霊廟の主、豊聡耳神子であった。
うおっ! まさかこんな至近距離で太子様とお目見えするとは……!
太子様はカッコいい系かと思いきや、実際に見ると以外と可愛い系の顔をしている。
ピンと長い睫毛に、切れ長の目と薄紅色の肌がなんとも美しく愛らしい。
身長もあの上のハネ髪で高く見えるだけで、実際には俺より一回り小さい。
だがそれでも全身からカリスマのようなオーラが溢れ、その場を支配するだけの魅力と迫力を持ち合わせていた。
「あ、ありがとうございます!」
俺がそう言って頭を下げると、太子様はうむ、と頷いて自分の席へと戻っていく。
そして今度はそれと入れ替わるように、早苗さんが近付いてくる。
「霧夜さん、凄いじゃないですか! 前に聴いたときは正直そんなに……でしたけど、今回のは凄いロックでしたよ! 今まで実力を隠してたんですか!?」
そう興奮気味にまくし立てる。
早苗さんは現代っ子らしくロックに寛容なのだろう。目を輝かせながらフンスと鼻息荒くそう尋ねてくる。
「い、いや、隠してた訳じゃなく、あの時は単に機材が足りなかったからで……」
そう説明する俺の横で、魔理沙が帽子を深く被りながら、少しバツが悪そうな口調で言った。
「おい、その……悪かったなヘボ楽師とか言って。お前、なかなか上手かったんだな」
「いや、そんな……」
そうは言うが、俺は感謝している。
あのままではプレッシャーで押し潰されそうだった俺に、燃え上がるきっかけをくれたのは魔理沙だ。
だから俺はそのまま伝えた。
「魔理沙さんのさっきの言葉に、俺は開き直って自分の実力を出し切ることが出来ました。あのままだとプレッシャーに押し潰されそうだったので……だからむしろ感謝してるんです。ありがとうございます」
「なんだお前、変な奴だな! 馬鹿にしてお礼を言われるとは思わなかったぜ」
そう言って、魔理沙はからっと笑う。
やはり彼女はこういう顔が良く似合う。ひたむきで真っ直ぐで、彼女の性格をよく表したような爽やかな笑顔だ。
泥棒したり魔法実験で爆発したり、彼女が周りに迷惑をかけてもなんだかんだ周りに愛されているのは、こういう底抜けに明るい性格があるからなのだろう。
「んふふ、なかなかいい余興だっただろ? こいつ。私が見つけてきたんだぞ〜?」
「よく言うぜ。こいつは外来人だから、ただ単に用事で博麗神社に居ただけだろ? 弾く前にこいつが真っ青になってたのはきっとお前のせいだろうぜ」
何故か得意げな萃香に、魔理沙がそう軽口を返す。
うん……まあ確かにそうなんだよね。でもそのプレッシャーのおかげで一皮剥けた気がするし、その点では感謝してもいいかも。
「――ちょっと、なんの騒ぎよこれは!? 今日宴会やるなんて一言も聞いてないわよ!」
そんな感じで和やかに会話していると、突如として空から声が響く。
全員が一斉に視線を向けると、そこには――待望の主人公、博麗霊夢が神社の境内に集まる人妖を見て驚いた声を上げる。
「おう、霊夢〜! もう私らで先に
「萃香ぁ! あんたの仕業ね!? 勝手に宴会を開くなと何度言えば分かるの!?」
「まあまあそう固いこと言うなよ〜。今日はちょっと面白いことがあったからさ、大勢で呑みたい気分だったんだよ。ほら、駆けつけ一献!」
「何よ面白いことって……」
そう口を尖らせつつも、霊夢は境内に降り立ってから、素直に萃香の酌を受ける。
やはり主人公と言うべきか、霊夢が来た途端にどこか浮ついていた宴会に芯が入り、本番が始まったように途端に騒がしくなる。
「おーい、霊夢〜!」
「あれやれ、あれ!」
霊夢は周りに囃し立てられながら渋々縁側に上がり、一段高い位置から人妖を見回したあと言った。
「あーもう! なんだかよく分かんないけど、とりあえず乾杯!」
「「かんぱーい!」」
そう一斉に声を合わせるとともに、正式に幻想郷の宴が開始する。
やっぱ主人公だな……霊夢が来ただけで場の盛り上がりが一段上がる。
幻想郷を食ってやるとか、テンション上がって嘯いていたが、今の俺にはこれは到底無理だ。
まあ真打ちも来たところだし、前座の俺は隅っこの方でバックミュージックでも奏でてますか。
俺がそんなこと考えながらアンプを持って端に移動しようとすると、早苗さんがぐるっと回り込んで言った。
「霧夜さん! 霧夜さんって外から来た人ですよね!?」
「あ、はい。そうですけど……」
「じゃあ、真・ゲッ○ーの曲を弾いて頂けませんか!? ST○RMと……あ、あとHE○RTSもお願いします! あっ、イエスプ◯キュア5も是非!」
「はい?」
俺はその怒涛のリクエストに思わず聞き返す。
ゲッ◯ーはギリ分かるけど、プ◯キュアは初代しか分かんないよ……。
早苗さん、そう言えば巨大ロボとか好きそうだもんな……非想天則でもそんなだったし。
「霧夜殿、とおっしゃいましたね?」
「へ? あ、はい!」
俺が早苗さんに困惑しているのを他所に、いつの間にか隣に妖夢が立って話し掛けてくる。
びっくりした……。全く気配を感じなかったぞ。これも武人ならではの特技なんだろうか。
妖夢はパッツンおかっぱの美少女で、主人公組の中では恐らく魔理沙に次いで一番小柄だ。
半人半霊故か皮膚や髪の毛の色素が薄く、それまるで透けているように真っ白に見える。
薄っすら桜色の頬から覗く、その真摯な眼差しがあまりにも可愛い。
「あなたの先ほどの演奏に……私は武に通ずるものを感じました! 荒削りの勢い任せのように見えて、それでいて一瞬の隙も見逃さぬような見事な立ち回り。その境地に辿り着くまでに、さぞや多くの研鑽を積まれたことでしょう!」
「あ、は、はあ……あの、ありがとうございます」
俺はいまいちピンとこないが、多分褒められてるのだろうと思い礼を言う。
やはり原作通り真面目でいい子だな、と思っていると――あろうことか妖夢は唐突に剣を抜いて、俺に斬り掛かってきた。
「おわぁーっ!?」
「ですので不肖、この魂魄妖夢、霧夜殿に立ち合いを申し込みます! あなたを倒して、私は一人前の剣士として――」
「は〜い妖夢ちゃん、大人しくしましょうね〜」
その言葉と同時に、妖夢の後ろ頭を幽々子がベシッと手刀で叩く。
その瞬間、妖夢は一発で気絶して、その場にバタリと倒れ込んでしまった。
「うちの子がごめんなさいね〜。お酒が入るといっつもこうなのよ〜」
「は、はい……!」
幽々子の言葉に、俺はバクバク跳ねる心臓を抑えながら頷く。
あっぶな……! 今の、あと一歩前に出てれば本当に斬られてたんじゃないの!?
酔っていたのか、剣筋がヘロヘロでまともに当たらなくて済んだが、一歩間違えれば物理的に大惨事だ。
そう言えば妖夢、公式でかなりのアホの子だったな……。その上酒が入ると抜刀する癖があるとかたちが悪すぎる……。
「でもあなたの演奏、なかなか良かったわよ〜? 今度うちでお花見やるのだけど、あなたも演奏しにきてくれるととても嬉しいわ〜」
「…………!? は、はい、喜んで伺わせて頂きます!」
俺は幽々子に向かって頭を下げる。
幽々子はそれににっこり微笑んだあと、気絶した妖夢を引き摺るように元の席へと帰って行った。
ゆるふわ主人を介護する苦労人従者のコンビのように見せかけて、妖夢がポンコツ過ぎてゆゆ様の方が介護している可能性もあるな、あれを見ると。
「ははは、災難だったな! あいつは酒が入ると見境なく斬り掛かってくるたちが悪い奴だからな。私もよくやられたもんだぜ」
「まったくあいつは……神社の境内が血で汚れたらどう責任取るつもりなのかしら」
そうホッと一息つく俺を他所に、霊夢と魔理沙は何でもないことのように酒を酌み交わす。
おーい、主人公ー! 見てないで助けてくれよ! 危うく死ぬとこだったんだぞこっちは!
「そんなことより霧夜さん! まだこっちの話は終わってませんよ? ゲッ○ーですよ、真・ゲッ○ー! もしかしてご存知ないんですか!?」
「えっと、その、不勉強で……」
いや、この子も大概だな!
今目の前で俺が斬られそうになってたの見てたでしょうに、そんなことで片付いちゃうのか……。
なんかちょっと目が据わってきてるし、早苗さんも酒が入ってアホになってるのかも知れない。
「わはは! 肴持ってこーい!」
「この小鬼、少しは静かに呑めないの!?」
「お嬢様、落ち着いてください! ここで弾幕はまずいですよ!」
その後ろでは巨大化した萃香が、大声で騒ぎながら紅魔組の不興を買っている。
幻想郷の宴はマジでカオスだ……。
しかし、これこそが俺の恋した幻想郷でもある。
危険だが美しく、刺激的で魅力的な世界。
俺は確かにその幻想の中に生きて、そしてこれからも生きていくことになる。
これからも危険はあるかも知れないが、今はこの地に自分の居場所があることに感謝を噛み締めたい。