第二十一話 これからのこと
「お前の演奏、下品だったけどなかなか悪くなかったわ。仕事が欲しかったら紅魔館に来なさい。パーティの賑やかしくらいには呼んであげる」
「君の中にはなかなか光るものを感じた。人間を超えたくなったら神霊廟に来なさい。仙界は何処からでも繋がっている。君がその気なら私が直々に迎え入れよう」
そう白玉楼だけでなく、更に二つの組織の長から直々にお声がけを頂き、俺のデビュー戦は幕を閉じた。
一時はどうなることかと思った。プレッシャーでゲロを吐くことすらあり得たが、結果的に全てが上手くいったと言えるだろう。
……だが、これで終わりじゃない。
俺はもっと上を目指したい。
今回の土壇場を切り抜けてより強くそう思った。
幻想郷のモブにはなりたくない。
なにか強烈な爪痕を残したい。
だからこれからは、本格的に俺自身の音楽活動を始めよう!
とりあえず今は鳥獣伎楽というバンド仲間が出来たので、彼女たちと演奏するステージを作りたい。
そのために必要なのはお金だ。
ガンガン稼いで最高のステージを作らなければ……!
そう俺は、星空の下で死屍累々と酔っ払いが転がる神社の境内で、一人決意する。
……ところでこれ、誰が片付けんの?
* * *
「おえ"っぷ……ぎも"ち悪い……。悪いわね、あんた。一応客なのに片付け手伝わせたりして……」
霊夢は柄杓片手に、水瓶の上に突っ伏しながら言った。
「いやまあ、流石にこの惨状を放っては……。それに咲夜さんが洗い物はほとんどやってくれましたので」
「ありがと。あいつらにもあんたくらいの良識があればね……」
霊夢は境内に転がる死屍累々の酔っ払いたちを見て、うんざりしたようにため息をつく。
結局あのあと宴は深夜まで続き、そろそろ皆の呂律が怪しくなってきたところでお開きとなった。
紅魔館や永遠亭、神霊廟など名だたる組織の長は流石にそんな醜態は晒さないのか、日付が変わる前に帰って行った。
今残っているのは本当にただの飲んだくれか、妖精などの帰る家を持たない者たちだけだ。
霊夢は二日酔いで真っ青な顔で立ち上がったあと、こちらに向かって言う。
「……まあいいわ。とりあえず動けるようになったから、このままあんたを人里にまで届けちゃいましょうか」
「大丈夫ですか? まだ魔理沙さんとか、境内でぶっ倒れてますけど……」
「いいのよあいつは。起きたら勝手にどこへでも行くでしょ。いつも宴会明けはこんなもんだから、酔っ払いにいちいち構ってらんないわ」
そう言って霊夢は「行くわよ」とさっさと先を歩く。
あ、扱い雑だなあ……まあ親友故の遠慮のなさって奴なんだろうけど。
俺はギターとアンプを持ったまま、慌てて霊夢の後を追う。
ちなみに俺は、昨晩は一滴も呑んでないので、足元もしっかりしている。
ドンチャン騒ぎのせいで少々寝不足だが、参加者の中では一番コンディションはマシだろう。
それでもこの階段は怖いので、空を飛べる霊夢にギターを運んでもらいながら、おっかなびっくり下まで降りる。
「こっちよ」
ようやくの思いで下に降りたあと、俺は霊夢に人里に案内される。
なんだかんだで初めて足を踏み入れるな……。
近くを通ったことは何度もあるが、普通外来人が一番通るであろうルートを外してきている俺は、外から眺めているだけで一度も入ったことがなかった。
建造物で言うと江戸から明治中期くらいの感じだろうか。
古びた木造の建物の中に、時折石造りの近代的な建物や、ガス灯なども見られる。
美しいな……古き良き日本といった感じだ。
まさかこんな教科書の白黒写真でしか見られない光景を、現実に見られるとは思わなかった。
「ここが人里の長老様のお宅よ。皆からは里長と呼ばれているわ。今からご挨拶するから待っててくれる?」
「あっ、はい」
俺がそう答えると、霊夢は「ごめんくださーい」と宅内に声を掛ける。
しばらく待っていると、奥から八十代くらいの腰の曲がったお爺さんが顔を出した。
「おお! これはこれは博麗の巫女様、おはようございます」
「はい、おはようございます。今日は先日お話した、外来人の方を連れて参りました」
うおお……! 霊夢が敬語で礼儀正しく喋っている……!
正直少し驚いたが、霊夢だって目上の人に敬語使うくらいは普通にするか。相手が妖怪や亡霊だったりすると容赦がなくなるだけなのだ。
ただその分、どことなく冷たくて近寄りがたい印象を受けるのも否めない。まさに巫女様といった感じだ。
「はい、はい、伺っておりますよ。でしたらそちらの方が?」
「――霧夜と申します。これから人里の皆様にお世話になります。よろしくお願いします」
俺はそう言って頭を下げる。
「はい、お願いしますよ。霧夜さんね。では、これから空き家の方にご案内しますので」
「それでは、私はこれで。後はよろしくお願い致します」
そう言って立ち去ろうとする霊夢に、俺は最後に頭を下げた。
「今までありがとうございました! 大変お世話になりました」
「…………ま、精々がんばんなさいよ」
そうぶっきらぼうな激励をしたあと、霊夢は里長に一礼してその場を辞した。
雑ではあるが、その霊夢の素の言葉に不器用な優しさが詰まっているように感じられて嬉しくなった。
もっともそうであって欲しいという俺の欲目かも知れないが。
「では今から早速参りましょうか。霧夜殿にあてがわれる家はあちらにありますので」
「はい、よろしくお願いします!」
俺はそう言われるがまま、里長に案内を受ける。
その道中、俺は里長からこんなことを言われた。
「私もねえ、里長なんて呼ばれてますけど……人間の中で一番年長ってだけで実際にはなんの権限もありません。あるのは住人や空き家の管理などの雑用くらいで、基本的に人里の方針は全て先生と稗田のご当主様が相談して決めておられるのです」
「えっ、そうなんですか? 稗田のご当主様というのは……幻想郷縁起を書かれた方ですよね? それで先生というのは?」
「人里の守護者である上白沢先生のことですよ。あの方はわしがこーんな鼻タレ小僧の時から寺子屋で先生をやっておりましてな。まあはっきり言って人里出身の人間で、あの方に頭が上がる者はおりません。何かしら相談したい時はわしなどよりも先生を頼った方が早いでしょうな」
「なるほど……!」
慧音きたーー!
俺は予想通りの名前が出たことに、内心で小躍りする。
そりゃそうだよな。人里で先生と言えば慧音だわ。
稗田のご当主様というのは阿求のことだろう。
今はたまたま稗田阿礼の生まれ変わりである阿礼乙女がいる時代なんだろうが、御阿礼の子は基本的に三十歳くらいで死ぬと定められている。
そして次の転生まで百年くらい地獄の閻魔様の手伝いをしているらしいので、御阿礼の子が空白の時代の方が長いのだ。
その間は慧音がほぼ独断で人里のことを決めているのだろう。
「こちらが空き家になります」
そう言って里長に案内されたのは、人里の中心部から少し離れた空き家であった。
古い木造建てではあるがまあボロくはない。手入れが行き届いているのだろう。
ある程度隣家から離れているのも好印象だ。ギターを練習してもそこまで苦情は来ないだろう。
「霧夜殿は確か命蓮寺のお弟子さんであるとか」
里長の言葉に、俺は頷いて答える。
「はい! 半端者ではありますが、今は聖様の元で修行を積んでいる真っ最中です。週の半分は命蓮寺に泊まり、後の半分は見聞を広めるために人里で過ごすようになっています」
「おお、そうですかそうですか! 実は私も在家ですが命蓮寺に入信しておりましてな。白蓮様に尊い教えを授かっております。霧夜殿は命蓮寺のお弟子さんで、楽師様でもあると伺いまして、でしたらこのように少し離れた場所にある家のほうが良いかと思ったのですが、如何ですかな?」
「願ってもないことです! 私などが楽師を名乗るのはおこがましいですが……里長様に親切にしていただいたことは、聖様にしっかりと伝えさせて頂きます」
俺の言葉に里長は満足したのか、頷きながら空き家の鍵を渡してくる。
まさかこんな所で聖の威光に助けられるとは……!
やっぱり俺、出だしで命蓮寺に拾われたのってSSSクラスの幸運だったよな……。ナズーリンさんと、聖に感謝だよホント。
「最低限の家具は置いてありますが、空き家でしたのでまだまだ足りないものも多かろうと思います。何か必要であればわしにご相談ください。その程度のことならわしでも力になれますので」
「何から何までご親切にありがとうございます」
俺は深々と頭を下げる。
いやホント有り難いわ。里長自身もいい人っぽいけど、何より聖の威光がデカすぎる……。
多分なんのツテもない外来人だったらもっと生活苦しかったんだろうなと思うと、命蓮寺には足を向けて寝られない。
俺は里長にお礼を言って別れたあと、ガチャリと鉄の鍵を開けて中に入る。
里長の言葉通り手入れはしていたようで、傷んでるところも少なくそれほど埃っぽくもない。
だがやはり古いので、歩くたびに床がキシキシ軋む音がする。
家具は箪笥と鍋と囲炉裏と布団のみ。ちょっとした食器類はあるが、基本的に何もないというのは事実らしい。
まあ上等だ。俺は思い切りギターを弾く場所を得られればそれでいい。
後は雨風凌げてゆっくり眠れる場所があればそれでいいのだ。
……ところで俺、どうやって飯食えば良いんだろう?