幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第二十二話 愛の鞭

 

 やばいやばいやばい!

 

 俺、無職じゃん!

 

 しかも貯金もないし!

 

 稼ぐアテがないから今晩の食事も用意できない。

 

 今までは黙ってても命蓮寺で丁稚奉公してれば食事が出てきてたから、すっかり失念していた……。

 

 早急に仕事を探さないと! そう思って早速里長に相談してみたのだが、基本的に農家の手伝いをすれば野菜や米を分けて貰えるので、食うには困らない。

 

 だけど今日の募集はもう終わったので、紹介出来ても明日以降になるからまた改めて来てくれと言われてしまった。

 

 じゃあ今日はどうしよう?

 

 別に一日くらい飯を抜いても死にはしないが、空きっ腹を抱えたまま練習しても身が入らない。

 

 ここは手っ取り早くサクッと一食分稼げるくらいの仕事が見つけられればいいが……。

 

 俺がそう考えた時、ふと部屋の隅に置いてあるギターが目に入った。

 

 

 * * *

 

 

 そうだ。俺にはギターがある。

 

 だから稼ぎもギターで得ればいいんだ。

 

 路上ライブとかで稼げないかな?

 

 俺はそう考えて、キャスターでアンプをコロコロと転がしながら、人里の中を歩く。

 

 外の世界に居た頃とは考えられないくらい俺もアグレッシブになった。

 

 やはりあの恐怖の一夜を乗り越えたのがデカかったと思う。前まではネットで顔隠しながらやっても、路上で人前で弾くことなど考えられなかったからだ。

 

 だがもうあの時の俺ではない。俺は幻想郷を最大限楽しむ! そしてこの世界に生きたという確かな爪痕を残す!

 

 その為には、いちいち恥ずかしいだのなんだのと言ってられないのである。

 

「ここらでいいかな」

 

 俺は人通りの多い街角にアンプを設置して、ギターをコードに繋ぐ。

 

 あまり爆音でやっても迷惑なので、音量は最小限に、エフェクターでギャンギャン歪みをかけるのも嫌がられる可能性があるので、音もアコギに近い感じに調整する。

 

 路上ライブは聴き流せるくらいのライトな感じでいいだろう。

 

 俺はとりあえずケースに小銭を入れてもらえるよう口を開けて、ギターを鳴らしながら通行人に向かって歌い始めた。

 

「二酸化炭素を吐き出してぇ〜あの子が呼吸をしているよぉ~♪」

 

 正直歌はあんま自信はないが、YouT◯beのボイトレ動画でみっちり練習したことはある。

 

 自分がギターボーカルになってバンドをする妄想をずっとしてたからだ。もっともそんな機会は向こうでは訪れなかった訳だが……。

 

 ひとまず歌い始めたはいいが、路上の反応は芳しくない。

 

 皆俺に怪訝な目を向けるか、俺の目の前を足早で通り過ぎるかだ。やっぱり『たま』が幻想入りするには早すぎたらしい……。

 

 だが俺は、こんなものでは諦めんぞ!

 

 最後に偉大なことを成す人間は、最初は必ず周りから白い目で見られるもんだ。

 

 だから今はこれでいい。続ければいつか必ず日の目を見る時が――

 

「おい、そこで何をやっている!」

 

 そう俺が野望をもって演奏を続けていると、突如として真横から声を掛けられる。

 

 視線を向けるとそこには――厳めしい顔で仁王立ちする美人の女性。

 

 特徴的な紺色の学帽に、青みがかった銀髪を流した人里の守護神、上白沢慧音の姿があった。

 

 

 * * *

 

 

 「まったく店の近くでいきなり歌い出す変な奴がいると言われて来てみれば……」

 

「ハイ、スイマセン」

 

 俺はそのまま寺子屋に連行され、慧音先生から直々にお説教を受けていた。

 

 やってしまった……どうやら歌ってた場所の近くの住人から苦情が入ったらしい。

 

 真っ昼間だし賑やかな通りだから多少は大丈夫かと思ったが、どうやら考えが甘かったようだ。

 

 慧音先生は怒っているというより呆れた様子で言った。

 

「そう言えばお前、見たことがない顔だな? 人里で私の知らぬ人間など一人もいないはずだが……」

 

「あっ、俺、今日から人里で暮らし始めました。外来人の霧夜と申しまして……」

 

 俺は恐縮しながら自己紹介する。

 

 人里なんて何千人、それこそ一万人以上も住んでいるだろうに全員顔を覚えているのか……さすがは知識と歴史の半獣だな。

 

 そう感心する俺を他所に、慧音はこう続けた。

 

「外来人……そうか、なるほど。確か弥兵衛が今日から人里に暮らす人間が増えると言っていたな。お前がそうか」

 

「あ、そうです」

 

 俺は慧音に答える。

 

 弥兵衛って誰だ……? と思ったが、もしかしたら里長の名前なのかも知れない。

 

 あの七十過ぎのお爺ちゃんが、見た目どう見ても二十代の小娘にしか見えない先生に呼び捨てにされてるのか……そりゃあ里長も形無しになる訳だな。

 

「まったく……そういう事なら今回は許そう。外界から来たばかりでまだ里のこともよく分かってないだろうしな。だが、今後人里でこういう事をする場合はまず私に話を通すように!」

 

「はい、分かりました! 以後気をつけます!」

 

 俺は背筋をピン、と伸ばしながら返答する。

 

 慧音はそれにうむ、と頷いたあと言った。

 

「それで、なんであんな事をしてたんだ? ただの目立ちたがりか?」

 

「いや、その……実は今一文無しで……ろくに食料も持ってないので、唯一持っていた楽器で稼ごうかと……」

 

「なにぃ……!?」

 

 俺の言葉に、慧音先生はピキリと青筋を立てて怒りを顕わにする。

 

 げっ! 何かまずったか!?

 

 何が地雷だったか考える間もなく、慧音から怒号が飛んだ。

 

「馬鹿者! そういうことなら何故一番に私に相談しに来ない! 私にはこの人里を護り、お前たち人間が飢えないよう保護する責任がある! お前が外来人であろうと人間である以上、それは変わらんのだぞ!」

 

「はいっすいません!」

 

 俺はコメツキバッタのように頭を下げる。

 

 なるほどそっちだったか……。

 

 確かに困ったことがあったら相談するよう里長から言われたが、基本的にお金のことで他人に相談するのは躊躇われたからな……。

 

 正直何も考えずに、何とかなるでしょの精神でギター持って出ていったことは否めない。

 

 そう考え込む俺を他所に、慧音はため息混じりに懐を探ったあと、机の上にドンと袋を置く

 

「はあ……とりあえず今日はこれを持って行きなさい。ひとまず一月は食べていけるくらいのお金は入っている。くれぐれも後先考えずに無駄遣いはしないように」

 

「えっ、いやその、それは申し訳ないというか……」

 

「人里の人間は皆等しく私の子のようなものだ。そんな者たちが飢えている方が辛い。いいから持って行きなさい。別に返さなくていいから」

 

 慧音はそう言って、無理やり押し付けるように俺に財布を持たせる。

 

 うおお……かっけーねだ……!

 

 これは人里の皆が頭が上がらない訳だ。なんなら俺も慧音先生の教え子だった気がしてきたもん。

 

 聖とはまた違った方向でバブみを感じる、愛に溢れた人里のビッグマザー、それが上白沢慧音という女性なのだろう。

 

「ありがとうございます! このお金は必ず返しますから……!」

 

「返さなくてもいいと言ったろう? まあお前が真面目に働いて稼いだ金なら受け取ろう。では行くぞ」

 

「へ?」

 

 そう言って立ち上がる慧音に、俺は思わず聞き返す。

 

「今日は私の家で食べて行きなさい。きちんと栄養を摂ったか確認せねばならんからな。明日からはしっかり仕事を探すように」

 

 慧音はそう言うと、スタスタと先に行ってしまう。

 

 俺はその背中を追い掛けながら、心の中でガッツポーズする。

 

 うおお、やった! 慧音先生のお家で晩御飯! 

 

 迷惑かけて怒られるかと思いきや、思わぬ役得だ!

 

 俺はワクワクしながら先生の後ろに付き従う。

 

 慧音先生はと言うと、特に俺を家に上げるということを気にした様子もない。

 

 いや、というか慧音先生から見れば俺は男ではなくただの子供なんだろうな。相手にもされてないってやつだ。

 

 まあそれでもいい。憧れの美人先生の手料理が食えると言うだけで俺は満足だ。

 

 俺もこんな先生が学校にいたら、不登校になって辞めるなんてことしなくて良かったんだろうか。

 

 慧音先生なら引きこもりや不登校生徒を無理やり引き摺り出してきそうだから、俺も卒業してたかも知れんな。

 

 いじめがあっても全員頭突きでワンパン解決って奴だ。外の世界ではすっかりこういう身体で分からせる熱血教師は廃れたが、慧音先生くらい愛と責任感があるならワンチャンありなんだろうか。

 

 愛の鞭も熱血指導も今や全ては幻想だ。

 

 だがこの幻想郷にはまだその幻想が生きているのだろう。

 

 俺はそんな取り留めのないことを考えながら、寺子屋のすぐ近くにある先生の居宅へと向かった。

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