「上がってくれ。履き物はそこに揃えてな」
俺は慧音に誘われ、彼女の家に足を踏み入れた。
美人で可愛い慧音先生の家ということで多少は期待していた俺の心は、足を踏み入れてたった一秒で打ち砕かれた。
うわぁ、なんというか、その……質実剛健というか、質素倹約というか、慧音の家だなあという感じがする。
まず無駄な物は一切置いていない。
玄関の飾りもなければ花も置いていない、実用性のないものは全て省いているのだろう。
家の中もすごく綺麗だ。
隅々まで掃除が行き届いている。窓枠を指でなぞっても何も付かない。これには意地悪なお姑さんでもぐぬぬとしか言えないはずだ。
人里の名士のはずなのに家もそれほど大きくない。
一階建ての平屋で枯山水の庭を備えた、味のある家といった風情だ。
慧音先生らしいきっちりとした生き様が出ているようであった。
「食事を用意してくるから、少しここで待っていてくれ」
「はい」
そう言って俺が通されたのは、先生の家の居間であった。
慧音の家はほとんど物はないが、本や巻物の類だけは嫌と言うほど置いてある。
ペラっと1ページめくってみると、全てが楷書体や漢文でビッシリと文字が書かれている、はっきり言って一秒で読む気無くす奴だ。
なんだろう……可愛いしナイスバディな先生の家に招かれたのにびっくりするくらいドキドキしないな……。
だけどこの本や巻物を使って慧音は歴史を食って編纂したり、満月の夜に新しい項目を書き足したりしているのだろう。
そう考えると東方的には凄く価値のある資料だ。
「なんだ、歴史に興味があるのか?」
「……!? すいません、勝手に!」
俺はちらっとページを捲っていた歴史書を慌てて閉じる。
「いや、構わないよ。それは私が後世の人間の為に編纂したものだ。勝手に読んで構わない。……そう言えば君は外来人だったな? 外の世界の歴史はよく勉強しているのか?」
「いや……その、実はそんなには……」
俺はそう答える。
いや、そもそも俺不登校だし……出たとしても歴史の授業なんてつまらないから寝てただろう。
唯一飛鳥時代だけは太子様の影響でそれなりに勉強したが、他のことはほぼ知らないと言っていい。
基本的に俺の歴史知識は東方準拠に偏ってるので、歴史的な繋がりは全く理解できてない。
「なんだそれは良くないな。歴史とは先人の知恵と経験を引き継ぐものだ。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶというように、歴史を学ぶことで人生をより豊かにし、正しい方向に導くことが――」
ぐわあ、なんかお説教が始まったーー!
「せ、先生! 料理の方は……?」
「む? 今ちょうど汁物に火を入れている所だ。君には悪いが出すのは前日の残り物だ。米が炊きあがるまでにもしばらく時間があるから、それまでに簡単な外の世界の歴史をおさらいしよう。まずは神武天皇から――」
そう言って本を開いて講義しようとする慧音に、俺は慌てて言った。
「せ、先生! それより俺は幻想郷の歴史を知りたいです! これから暮らしていく土地の歴史を知らないのは色々まずいと思うので!」
「……ふむ、一理あるな。では歴代の阿礼乙女の書いた幻想郷縁起と、私が独自に編纂した歴史書を交えて簡単な幻想郷史を解説していこう」
慧音はそう言ったあと、居間で即席の講義を始める。
良かった……初代天皇から日本史なんか語り出したら、簡単にやっても終わるのがいつになるか分からない。
しかももう俺にはテストもないし外の世界の歴史を勉強する意味があまりない。
その点東方関連の勉強なら頑張れる気がする!
幻想郷の成り立ちは、千年前に八雲紫を始めとした名だたる賢者が、常識と非常識を隔てる境界によってこの土地を封鎖したことが始まりだったはず。
大まかな概要は書かれているが、詳しい内容や創設に深く関わった人物などは未だ分からない。
摩多羅隠岐奈と、あと茨木華扇も創設者だったのではないかと言われてるくらいだ。
そういう歯抜けになってる設定部分を学べるのは非常にありがたい! 普通に興味があるぞ!
「ではまず博麗大結界のことから勉強していこう。まずは資料の最初の
そうして、俺は慧音の家で即席の授業を受けることとなった。
普段は眠い学校のお勉強だが、興味のある幻想郷の歴史ということで集中できてすんなり知識が頭に入ってくる。
勉強って興味ある分野だと楽しいんだよなあ。それを理解できただけ今日は収穫か。
俺はその後、慧音先生にみっちり授業を受けたあと、食事を貰って帰途に着いた。
ちなみにご飯は里芋の煮っころがしと岩魚の塩焼きと澄まし汁だった。
なんだか幻想郷に来てから純和食ばっかり食ってる気がするな……たまには脂と肉汁の染み出すステーキに齧りつきたいと思うが、幻想郷ではなかなか肉の類は出てこない。
もっと言うなら海の魚も出てこない。
幻想郷にはバスは元より海もないからだ。
どうやって塩を手に入れてるんだろうと思うが、そこはなんか結界を超えられる力のある人たちがチョチョイとなんとかやっているのだろう。
でも美味い。慧音先生らしい素朴というか、質実剛健と言った味だ。
俺はやたらと米の量だけは多い夕食を平らげたあと、慧音先生にお礼を言って帰途についたのだった。