人里の生活も楽しい。
まだ慣れてない故に、目新しい事が多くてそう思ってるだけなのかも知れないが、少なくとも俺は今の日々に充足を感じている。
……だが音楽が足りない!
いや練習は毎日やってるんだが、あの宴会の土壇場を経験したあとだと、人前で演奏する経験を積みたいなと思う。
だからと言ってあの路上ライブみたいなことをやると、再び苦情が来て慧音先生に怒られることになる。
痛いと話題の慧音先生の頭突きを食らうのも経験として悪くないが、流石に自分から怒られにいくのは良くない。
なので今度は、自分で顧客を開拓しに行こうと思う。
「すいません、旦那方! 酒のお供に一曲どうっすか!?」
俺は、幻想郷の南の端にある、赤提灯が並ぶ飲み屋街で飛び込み営業をしていた。
言わば流しのギター弾きだ。
昔は日本中に居たらしいが、今や完全に絶滅危惧種。だからこそ幻想郷では受け入れられるのではないか?
外では軽くコミュ障気味だった俺だが、もはや死線を乗り越えて覚悟ガンギマリの今初見の飲み屋に凸って営業なんて屁でもない。
「今日〜人類が初めて〜木星についたよぉ〜」
「馬鹿野郎! 変な歌歌うんじゃねえ! 酒が不味くなる!」
そう言って、せっかく気持ちよく歌ってたのに俺は酔客に店から蹴り出される。
くそっ! たまが変な歌だと!?
誰もが認めるフォークロックの名曲だろうが!
……やっぱり幻想郷にはまだ早すぎたんだろうか?
そもそもここらで流行ってる曲が浪曲とか、森の石松とかなんだよね。
流石にそんなの昔過ぎてよく分からん。覚えようにも技術体系が違いすぎるし、CDとかないから聞きながら真似するとかも出来ない。
やはり俺は今ある手持ちで勝負するしかない。
何、まだ飲み屋はたくさんある。一軒くらい俺のロック魂に呼応してくれる店があるだろう。
俺はそう願いを込めて、次の店の入り口を叩く。
「下手くそ!」
「うちはそういうの求めてないから」
「忠臣蔵歌ってくれや。なに、出来ない? じゃあいらねえ」
がっ、駄目…………!
くそっ、やっぱり弾けるレパートリーと幻想郷の需要が噛み合わない……。
忠臣蔵とか言われても世代が違いすぎて分かんないよ……。
はあ……しかし求められる物を弾けないのは俺の責任だな。流しのギター弾きなんだから。
今日はとりあえずあと一軒回って、明日以降飲み屋でリクエストの多かった曲をどこかで勉強するか。
俺はそう思って、最後の飲み屋の入り口から顔を覗かせる。
「すいませーん」
「はーい、いらっしゃいませ!」
そう言って愛想のいい店員さんが出迎えてくれる。
うわっ、めっちゃ可愛いなこの子、なんかクジラみたいな変な帽子被ってるけど、おっぱいも大きいし。
……んん? この子もしかして!?
俺が慌てて店の外に出て屋号を確認すると、そこには鯨が描かれた障子の看板に『鯨呑亭』と確かに書かれていた。
ふぁっ!? じゃあ今のやっぱり美宵ちゃんじゃねーか!
「あの……どうしたんですか? お客様」
俺の行動に、美宵ちゃんが困惑したように言う。
「あ、いや、その……俺流しのギター弾きやってるんですけど、ここで一曲弾かせて貰えませんか!?」
俺は慌てて取り繕ってそう答える。
鯨呑亭ともなるとなおさらここで弾きたい!
お客さんの不興を買うと美宵ちゃんの好感度まで下がる可能性もあるが、それ以上にこの聖地の一つでもある鯨呑亭で弾きたいという気持ちが強い。
「旦那衆の酒のお供にぜひ一曲弾かせてください!」
「ええと……うちは飲み屋ですしそういうのはちょっと……」
「いや、そこをなんとか……!」
「――ほう、ギターの流しか? 珍しいのう。幻想郷にもそういう文化があったのか」
そう言って俺が店先で粘っていたその時――突如として店の奥から涼やかな声が響く。
年寄のような口調だが、声は明らかに若い女性のものだ。
「おーい、美宵よ、そう邪険にせずに入れてやれ。わしがその小僧に興味がある」
「ええ? もう……マミさんは本当に勝手なんですから」
「よいじゃろ? 店主」
「お好きに」
その女性の鶴の一声で、俺は鯨呑亭の中に入ることを許される。
鯨呑亭は人里の飲み屋としてはかなり大きい部類で、コの字のカウンター六席の他に四人がけの席が五つもある。
繁盛しているのだろう。それらの座席はほぼ埋まって活発に注文が飛び交い、美宵ちゃんは忙しく動き回っていた。
俺はそのカウンターの一番奥で、俺に手招きしている姉さんの元に向かう。
うっわ、この姉さんめちゃくちゃ綺麗じゃね?
スラリと長い茶髪の髪を肩に流して、特徴的な丸眼鏡と上等な煙管の煙を漂わせながら、どことなく近寄りがたい雰囲気が漂う綺麗なお姉さん。
……どう見てもマミゾウです本当にありがとうございました。
書籍で見た人間の時の姿そのままじゃないか。
そりゃいるよな……鯨呑亭の常連だし、日中は人間に化けて呑んでるって言ってたしな。
だからと言って「マミゾウ親分ですよね?」なんて野暮なことは訊いたりしない。
俺はただのギター弾きでこの人はただのお姉さんだ。そうしておかないと後が怖い。
「ありがとうございます、お姉さん! 何かリクエストありますか? 大抵のものは弾けますよ!」
「ほう、大抵のものはねえ?」
「あくまでギター曲限定で、ですけどね!」
俺はそう念押しする。
もう炭坑節とかそういうのはやめてくれ。
知らない上にああいうのは元々三味線で弾く曲だからギターに合わないんよ。
「ふ〜む、ギター曲ねえ……」
マミゾウは少し悩んだあと、こちらに向かってニヤリと笑み浮かべながら言った。
「ならこれはどうじゃ? "いーぐるす"の"ほてる・かるふぉるにあ"じゃあ。あれが聴きたいのう。ギター弾きならそれくらいは出来て当然じゃろ?」
そうニヤニヤしながら言うマミゾウに、俺はぐっ、と息を呑む。
発音は怪しかったが、今確かにホテル・カリフォルニアって言ったよな……!?
ホテル・カリフォルニアだって……? そんなのまるで――
「なんじゃ、弾けんのか? まあ無理にとは言わんがのう」
「姉さん……そのリクエスト、渋すぎますよ! 今準備しますんで!」
俺のためのリクエストじゃないか!
ホテル・カリフォルニアは誰もが知る名曲であり、そのギターソロは世界で最も美しいと言われているリフだ。
当然、多くのギタリストが基礎として通ってきた道でもあり、俺もその例に漏れずガッツリ練習してきている。
しかしまさかマミゾウの口からあの往年の名曲の名前が出てこようとは……。
やはり外の世界を行き来しているだけにあらゆる事に精通しているのだろう。
そんなことを考えながら、俺は慌てて準備したあと、エフェクターを踏んで弦を掻き鳴らした。
「ほう……」
最初の一音を鳴らすと同時に、マミゾウからため息のような声が漏れる。
ホテル・カリフォルニアのギターソロは切ないメロディだ。
なのであまりギャンギャン鳴らしたりはせず、丁寧にビブラートを効かせながら演奏する。
それに、マミゾウなら激しい曲より、しっとり酒が飲める方を好むはずだ。
俺が演奏し始めてから酒場の喧騒はすっかり静まり返り、皆俺の出す音に集中している。
いい感じだ……! ここ鯨呑亭が、俺の今のステージだ!
それほど大きな音を出している訳でもないが、皆が聴き入っているということは、引き付ける演奏が出来ているのだろう。
俺は得意になりながら、時折アドリブも混ぜつつサビを盛り上げる。
そしてジャン、と一音立てて演奏を終わらせると、鯨呑亭の酔客たちからおお、という歓声が起きた。
「いいぞー兄ちゃん!」
「やるじゃねえか!」
「あ、ありがとうございます!」
俺は確かな手応えを感じながら、拍手と歓声に応え頭を下げる。
よっしゃあ! 俺のホームグラウンドのロックならこんなもんよ!
普段浪曲しか聴いてない人も、ちゃんとした演奏を聴けばギターの良さも分かってくれるのだ。
これは大きな収穫と言えた。
というか『さよなら人類』が攻め過ぎだった気がしてきた。名曲なんだけどなアレ。
「ふーむ、なかなかやりおるのう小僧。わしも西海岸に居た時の頃を思い出したわ」
「えっ、姉さんアメリカに行ったことあるんですか!?」
俺はマミゾウの言葉に驚きのあまり聞き返す。
いやまあ、行ったことがあっても不思議じゃないか。元々外の世界で人間社会に馴染んでた大妖怪だし、マミゾウなら簡単にパスポートも偽造出来るだろう。
「おっと! これは言ってはならんかったかのう。まあよいか、お主もわしらのことはよう知っとるだろうしのう」
「えっ、どういうことですか?」
突然不可解なことを言われ、俺は思わずどもる。
マミゾウはニヤニヤとこちらを見ながら、紫煙を燻らせて言った。
「お主じゃろ? 最近外界から入ってきたギター弾きの小僧というのは。萃香からもぬえの奴からも両方話を聞いておるぞ。萃香曰く、『謙虚かと思えば傲慢。小心と思えば大胆。死にそうな顔をしていたかと思ったら、急に元気になって私ら相手に噛みついてくるような面白いやつ』。ぬえの奴からは『妖怪をこき使う生意気で厚かましいやつ』だそうじゃ」
「は、はは……」
俺はその話を聞いて、引き攣った笑みを返す。
えっ、噛み付いてくるって……俺そんなことしたか?
いや確かにあの時は、畜生こいつら全員俺のギターでぶっ飛ばしてやる! くらいの気持ちで弾いてたけど、もしかしてそれが雰囲気だけでバレてたのか!?
妖怪、怖っ!
「おみそれしました。たしかにそれは俺のことです。お二方には以前に良くして頂きました。……ということは、姉さんも?」
「うむ。ま、わしはこの店ではマミで通っておる。わしが何者かは知らんで良い。どうせどこかで顔合わせることになるじゃろうしな」
マミゾウはそう言ったあと、俺の手に何か紙を握らせる。
「ほれ、駄賃じゃ。なかなか良いものを聴かせてもらった。多少色はつけておるぞ」
「ありがとうござ……ええ!? 良いんですか!? 一円も!」
俺は渡された金額を見て驚く。
幻想郷の一円と言えば現在の日本円のレートで換算したら一万円くらいだ。
俺が一日農作業して貰える駄賃がその半分の50文くらいなので、たった一曲弾いただけでその倍稼いだことになる。
「これ、卑しいから額を言うでないわ。……だがまあそうじゃな、ただ一円くれてやるだけってのも面白くない。それを使ってひと勝負せぬか?」
「勝負、と言いますと?」
ギターを指差しながら言うマミゾウに、俺は尋ねる。
「そうさな。わしは毎日のようにこの店に入り浸っておるが……最近は少し刺激が足りないと思っておったところじゃ。お主はこれから毎週この曜日、この時間にギターを持ってこの店に来い。そこでわしが指定した曲を弾いて、見事弾ききったらもう一円やろう。逆にその曲を知らなかったり、失敗したりしたらお主がわしに一円払うのじゃ。どうじゃ、受けるか?」
マミゾウの提案に、俺はなんとも言えずに微妙な気分になりながら首を傾げる。
俺だって全部の曲を弾ける訳じゃない。浪曲とかもそうだが、全然聞いたこともないような曲とか指定されると一方的に毟られるだけな気がする。
「う、うーん……それって俺が圧倒的に不利なような……。とんでもなくマイナーな奴とか出されると流石に俺も分かりませんし……」
「ふふふ、安心せい。出題するのは外の世界で誰もが知るロックの名曲だけにしてやるわい。わしもこんな小銭に拘って格を下げたくはないからのう」
うーむ、そうか……それなら受けてもいいかも。
少なくとも、マミゾウにとってはこれは遊びだ。狸の大親分で金もあるだろうし、わざわざ小銭で大妖怪としての格や評判を落としたくないというのも真実だろう。
だとしたらちゃんとある程度公平に勝負を仕掛けてくるのではないかと思う。
俺もギターの技術と弾けるレパートリーには相当自信がある。伊達に青春捧げて死ぬほど弾いてきた訳じゃないんだ。
もしかしたらマイナスになる可能性もあるが、上手く行けば鳥獣伎楽とのステージが大幅に近付くかも知れない。
「……分かりました! その勝負お受けします!」
「よーし、それでこそ
「はい!」
俺はマミゾウに頭を下げたあと、他のお客さんと店主にお騒がせしましたと謝ってその場を後にする。
お客さんは概ね好感触で、来週の勝負楽しみにしてるぞ、などの暖かいお声を頂いた。
「ふふふ、演奏してる姿、かっこよかったですよ。私もファンになっちゃいました。あ、こちら私からのサービスです♪」
「あ、ありがとうございます!」
美宵ちゃんにまでそう褒められて、俺は有頂天になりながら差し出された煮物の小鉢に手を付ける。
……う、美味い! ジューシーに出汁が染み込んだ椎茸と、ほんのり酒の香りがする鶏肉の煮物!
まさか書籍で見て味を想像するしか出来なかった美宵ちゃんの煮物を実際に食べられるなんて……!
俺は感動しながら一息でそれを平らげたあと、上機嫌で店を後にする。
……もしかして俺、美宵ちゃんとワンチャンある?
いや……美宵ちゃんは誰にでも礼儀正しくて優しい子だから、童貞をすぐに勘違いさせてしまうだけだ。
だけどあの感じだと嫌われてはないな? なんならちょっと好かれてるまであるかも!
来週もマミさんとの勝負に勝って美宵ちゃんにいいとこ見せよう!
俺はそう強く決意しつつ、一円を稼いで堂々たる帰宅を果たした。
ちなみにその晩、俺は馬鹿でかい鶏の化け物に追い掛けられる悪夢を見たのであった。