幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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閑話 幻想郷の一日 前半

 

 「ぐおお……か、身体が痛い」

 

 次の日目覚めると、俺は全身がバキバキと痛むのを感じながら、ようやく起き上がる。

 

 明らかに昨日見た悪夢のせいだ……。

 

 家でギター弾いてると、いきなり何メートルもあるような馬鹿でかい鶏が壁を突き破って襲い掛かってきて、必死に逃げる夢を見たのだ。

 

 これアレだよな……昨日食べた美宵ちゃんの煮物が原因だよな。あれちょっと酒の味したもん。

 

 鯨呑亭の給仕、奥野田美宵ちゃんは人間の娘のフリして人里で働いているが、実は酒に酔った人間に悪夢を見せる力を持っている妖怪だ。

 

 どうやら俺はそれにしてやられたらしい。

 

 ……あれ? でも美宵ちゃんと関わったものは、記憶を消されて美宵ちゃんのことを思い出せなくなるはず。

 

 俺は普通にガッツリ覚えてるけどな。

 

 まあ俺は外の世界の書籍で美宵ちゃんを知ったから、幻想郷の住人とは少し条件が違うのかも知れない。

 

 とりあえず今日は夕方から命蓮寺に帰って、明日から再び修行開始だ。

 

 お金に余裕もあるし、今日は休みにして普通に人里を散策するか。

 

 俺はそんなことを考えながら、慧音先生から頂いた財布を持って人里に出る。

 

 人里ってこうしてみると結構デカい。23区とは言わないまでも山手線一周くらいはあるかも知れない。

 

 そんな中で大勢の人がひしめき合って暮らしている。

 

 基本妖怪は入れないことになっているが、人型に近い妖怪の中には普通に入ってきている者もいる。

 

 霊夢も問題さえ起こさなきゃそんなもんまでいちいち取り締まってられないんだろう。

 

 まあ妖怪も人里で無闇に問題を起こそうとする者はそう多くはないはずだ。

 

「――それでは、我が守矢神社の御祭神、八坂様の御神徳についてお話しましょう」

 

 そう言って広場の中心で人を集めて辻説法ならぬ辻布教をしているのは、グリーンの髪にいつもの脇出し服を着た、東風谷早苗であった。

 

 守矢神社はやはり人気があるらしく、早苗さんの周りには老若男女問わず人集りが出来て、皆ありがたそうに話を聞いている。

 

 早苗さんは広場を横切る俺に気付くと、さり気なくにこりと微笑みかけてくれた。

 

 うおっ、めっちゃ嬉しいな。一応挨拶を交わす中だと認識してくれてたのか。いやまあ、早苗さん愛想がいいから皆にやってる可能性もあるけど。

 

 ちょっと話を聞きたさもあったが、今は朝飯を食わなきゃならないので、軽く会釈してその場を去った。

 

 しかし守矢神社か……行ってみたいな。

 

 ロープウェイあるらしいし、今度の休みに行ってみるか。

 

 俺はそう決意しながら、どこかいい店がないか探す。

 

 幻想郷って朝からやってる店少ないんだよなあ。

 

 外の世界だと朝マックとかコメダとかいくらでも選択肢があったんだけど。

 

 そんな時、ふと俺の目に団子屋が映る。

 

 団子か。幻想郷ではよく聞く甘味処だな。

 

 朝食のイメージはあんまないけど、とりあえず開いてるしここでいいや。

 

 俺はそう決めて中に入る。

 

「いらっしゃいませー」

 

 中に入ると古いがよく手入れされた店内と、お給仕さんが迎えてくれる。

 

 俺以外は客が居ないようだが、特にハズレっぽい感じもしないので席についてメニューを見る。

 

 うん、三色団子セットとお茶。これで決まりだな。

 

 俺はサクッとメニューを決めたあと、お給仕さんに注文する。

 

「すいません、三色団子セットとお茶ください」

 

「はーい」

 

 そう注文すると、お給仕さんは愛想よく返事をしたあと店の奥に引っ込んでいく。

 

 俺はその間しばらく店内を見たり、手作りの紙の装丁のメニュー表を見たりして時間を潰す。

 

 そういえば俺、こっち来てからスマホなんて一度も使ってないけど全く暇しないな。

 

 前は事あるごとにスマホを開いてコメント欄確認したり、ショート動画見たり、エゴサしてニヤニヤしてたけど、今はそんなもんなくても毎日充実している。

 

 あれも結局便利なんだけど、人間って便利過ぎるよりほどよく不便な方が生きやすいんじゃないかってこちらに来てから思うようになった。

 

 少なくとも健康的になったのは間違いない。

 

 俺がそんなことを考えてると、ほどなくして注文した品物がテーブルに届く。

 

「お待たせしました! 三色団子セットと緑茶です!」

 

「おおう……」

 

 俺は、目の前にドン、と置かれるデカい団子串を前に言葉を失う。

 

 赤白緑の団子が三つ連なった串が三本。

 

 団子一つ一つが外の世界の三倍くらいでかい。幻想郷は肉体労働者が多いので、健啖家向けの店なのかも知れない。

 

 ちなみにこれたったの六文。日本円換算で六百円ってとこだろうか。

 

 幻想郷は物価が安い。関東首都圏だったら普通に千円くらい取られそうだ。

 

 うむ、美味い。

 

 一口食べたらもっちりとした食感と、あくまで素朴でほのかな甘みが伝わってくる。

 

 あんこ団子セットとかみたらし団子セットとかあったけど、これで正解だ。

 

 この上甘ったるいソースまで掛かって、それが三本もあったら朝から胸焼けしてしまう。

 

 幻想郷には団子マシンなんてないだろうから全部店主の手作りなのだろう。職人技か、やっぱりモチモチ感が違って美味いねえ。

 

 俺が甘みを緑茶でリセットして、二本目に取り掛かろうとしたその時――

 

「いらっしゃいま……あっ、いらっしゃいませ!!」

 

「お世話になります。注文はいつものものでお願いします」

 

「か、畏まりましたぁ!」

 

 一人の客が現れたと同時に、突如として店の中が緊張感に包まれ、お給仕さんが慌てて厨房に引っ込む。

 

 なんだなんだと思って件の客を見てみると――

 

「…………!」

 

 俺は驚きのあまり団子を詰まらせそうになり、胸を叩きながら慌ててお茶で流し込む。

 

 そこにはピンクの髪の両側に付けたシニヨンキャップ。

 

 何故か右腕を覆うように念入りに巻かれた包帯。

 

 真面目で凛とした佇まいに、どことなく可愛らしさを兼ね備えた美少女。

 

 ――茨木華扇、その人の姿があった。

 

 とにかく華扇ちゃんが普通に団子屋に現れてびっくりした俺は、団子を食いながらそれとなくチラッと様子を窺う。

 

 華扇ちゃんは俺とは対角にある窓際の席に座ったあと、まるで精神を統一するようにじっと目を閉じて佇んでいる。

 

 何故か店内に謎の緊張感が走る中、しばらくしてお給仕さんが暖簾の奥から、デカいお盆で何か巨大なものを運んできた。

 

「お、お待たせしました! 団子デラックスセット黒蜜がけ、白玉ぜんざい大盛り、抹茶濃いめです!」

 

 うわぁ……なんだその甘さの暴力みたいなメニューは……。

 

 団子は俺のセットの二倍の六本入りで、あんこときな粉がかかった草団子にたっぷりの黒蜜が掛かっている。

 

 ぜんざいはこの角度からは中身をうかがい知ることは出来ないが、あのラーメン鉢みたいなどんぶりを見るに、中身も推して知るべしと言ったところだ。

 

 てかそんなメニューあったか? あれ華扇ちゃん専用メニューなんじゃないの?

 

「いただきます」

 

 華扇ちゃんは目の前にうず高く積まれた糖質の山を前に、丁寧に食前の挨拶を済ませる。

 

 そして団子をぱくりと一口で食べたあと、ずずっ、とお茶をすする。

 

 失礼なので出来るだけジロジロ見ないよう目線を外しつつも、チラチラ横目で様子を窺う。

 

 華扇ちゃんはずず、と大きなどんぶりからぜんざいを啜ったあと、上品に手拭いで口元を拭う。

 

 そして、ハラハラとするお給仕さんに一言声をかけた。

 

「店主を呼んで頂けますか?」

 

「は、はいぃ〜!」

 

 お給仕さんが慌てて奥へ引っ込んだあと、店主らしき男性がドタバタと汗を拭いながら奥から駆けてくる。

 

「も、申し訳ありません、仙人様! 何か不手際でもございましたでしょうか!?」

 

 もはや壮年から老年に差し掛かろうという店主が、冷や汗をかきながらまだ小娘程度の見た目の華扇ちゃんにペコペコと頭を下げる。

 

 うわお……もしかしてパワハラ? いやこの場合カスハラ?

 

 このアライを作ったのは誰だぁ! ってなるのか?

 

「? いいえ。今日はとても美味しいと、それを伝えに来たのです。前回私が指摘した改善点を取り入れて下さったようですね?」

 

「は、はい、それはもう……!」

 

 その言葉に、店主は露骨に安堵しながら何度も頷く。

 

 おお、違った。良かった、お褒めの言葉だった。

 

 その割には店主が異様に華扇ちゃんを異様に恐れてるのが気になるけど……。

 

 というか団子屋でそんな高級フランス料理店みたいな、シェフを呼んでくださいをする人がいるとは……。

 

「引き続き、驕り怠ることなく精進し続けてくださいね。決して他者の成功を妬んだり羨んだりしてはなりません。ご店主の腕なら地道に頑張れば、いずれ日の目を見る時がくるのですから」

 

「はい……はい! ありがとうございます!」

 

 店主は男泣きに震えながら頭を下げる。

 

 おおう……なんか謎の美談が始まったぞ。まあ丸く収まったようで何よりだ。

 

 しかし何だかんだ華扇ちゃん優しいよな、幻想郷では数少ない人間の味方だし。

 

 実は腹黒い部分もあるけど、何処かで悪になり切れない甘さがあるのも華扇ちゃんの可愛いところだ。

 

 華扇ちゃんが「では冷めますので」と言って食事を再開すると、店主は一礼して厨房へと駆け足で帰っていく。

 

 その目は少年のように爛々と輝き、憑き物が落ちたようにスッキリしていたという。

 

「美味しかったです。ごちそうさまでした」

 

「はーい! ありがとうございます!」

 

 俺はそれを見届けたあと、お金を払って退店した。

 

 もう全部食ってるのに居座っても迷惑だ。

 

 俺が表に出てふと正面を見ると、向かいの蕎麦屋には開店前だと言うのに待ちの行列が出来ていた。

 

 それを見て俺はふと気付く。

 

 あっ、これ……東方茨歌仙の仙台四郎どうこうの話で出てきた美味いのに流行ってない団子屋だ。

 

 まさかあれから専用メニューが出来るくらい常連になっていたとは……。

 

 華扇ちゃんが定期的に現れるなら、俺もこれから通おうかな……団子も美味かったし。

 

 俺はそんなことを考えつつ、人里の探索を再開した。

 

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