幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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閑話 幻想郷の一日 後半

 

 巳の刻(午前10時頃)の鐘が鳴ると、どんどん人里も活気に溢れ、通りには客を呼び込む賑やかな声が響く。

 

 俺はその光景を見て散策しながら、何処かに東方キャラいないかなと目を光らせる。

 

 ……おっ、赤蛮奇いるじゃん。

 

 とはいえ見つけても話しかけられる訳でもなく、ただ見てるだけで満足して次に行く。

 

 そんなのんびりした時間を過ごして昼前に差し掛かったころ、ふとその店先の看板が目に入った。

 

 『鈴奈庵』

 

 ……は!? 鈴奈庵じゃねーか!

 

 見かけないと思ったらこんな所にあったのか。

 

 鈴奈庵といえば公式書籍、東方鈴奈庵の舞台であり、主人公である本居小鈴ちゃんとその一家が営む貸本屋だ。

 

 扱ってるのはほとんどが外来本で、中には妖魔が封印されてるようなヤバい本もある。

 

 これは東方ファンなら一度は顔出さないと駄目でしょう!

 

 それでなくともちょっと調べたいこともあるし、貸本屋に寄るのは普通にありだ。

 

 俺はその趣ある木造のドアを開く。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 ドアを開けると、奥から小鈴ちゃんが読んでいた本を閉じてパタパタとこちらに駆け寄ってくる。

 

 か、可愛い……!

 

 色々やらかす子だけど見た目だけは掛け値無しに美少女だ。

 

 小鈴ちゃんの集めた妖魔本のせいか、店の中は独特な雰囲気が漂っており、時折本棚の隙間から覗かれているような錯覚すら受ける。

 

 ……だが、この見るからに怪しげな雰囲気こそが鈴奈庵! 俺はまた一つ聖地を制覇したぞ!

 

 俺が感動に打ち震えていると、小鈴ちゃんはキョトンとした顔で首を傾げた。

 

「どうしたんですか、お兄さん? 急に立ち止まって……うちに何か本をお探しに来たんですよね?」

 

「あっ……ごめんごめん。ちょっと考え事してて。今日は外の世界の楽譜とかを探しに来たんだけど、この店に置いてあるかな?」

 

「あ、楽譜ですか? 数はそれほどですけど、ちゃんとありますよ! こちらへどうぞ」

 

 そう言って小鈴ちゃんに誘われた先には、棚の一角にビッシリと楽譜が敷き詰められているスペースがあった。

 

 おお、こんなにあるのか!

 

 正直あんまり期待してなかったが、おもったより数がある!

 

 鈴奈庵の蔵書から言うと全体の一割にも満たないだろうが、楽譜の品ぞろえとしては十分だ。

 

「お兄さんは楽器を演奏されるんですか?」

 

 楽譜を厳選していた俺に、横から小鈴ちゃんがそう声を掛けてくる。

 

「うん、そうなんだ。まだ修行中の身だけど、弾ける曲のレパートリーを増やしたくてね」

 

 楽譜を漁りながらそう答える。

 

 俺がレパートリーを増やしたがっている理由は一つだ。

 

 そう、マミゾ……ではなくマミさんとの勝負のためだ。俺の手持ちのレパートリーだけでも盤石だとは思うが、やはり念には念を入れて手札を増やしておきたい。

 

 何せ負ける訳にはいかない。向こうは遊びでもこっちはガチだ。

 

 鳥獣伎楽とのステージのために金を集める必要がある以上、マイナスを叩くことは許されないのだ。

 

 ……うお! ローリング・ストーンズのベストがある! これは激熱だぞ!

 

「あの……お兄さん、実は、それだけじゃなくて奥にも楽譜があるんですけど……。もしよければそれも見てもらえませんか?」

 

「へ?」

 

 俺が楽譜を漁りながら興奮していると、突如として小鈴ちゃんがそんなことを言い出す。

 

 突然の提案に面を食らってると、小鈴ちゃんは俺の返事も聞かずに「今持ってきますね!」と言って奥へと引っ込んでしまう。

 

 えっ、なんだこれ……もしかしてこれ、小鈴ちゃんが妖魔本持ってくる流れじゃね? 奥にあるやつって基本的に表に出せない奴だよね?

 

 帰ったほうが良いという本能から危険信号が送られてきている気がするが、正直俺も妖魔本に少し興味がある。

 

 ほんの少し見るだけなら大丈夫、見るだけなら――そう考えた俺は、すぐにその浅はかさを後悔することになる。

 

「これです!」

 

「げえっ…………!」

 

 そう言って小鈴ちゃんが満面の笑みで持ってきたものは、途轍もなく不気味な何かであった。

 

 表紙を人の顔の皮膚のようなもので装丁し、何人もの苦悶の表情を貼り付けているような楽譜本。

 

 その表面には日本語でも英字でもない、この世のものとは思えない図形のような不思議な文字でタイトルが描かれていた。

 

 霊感とかがない俺でも分かる。これは絶対ヤバいヤツだ……! だってさっきから見てるだけで鳥肌止まんねえもん。

 

 それをニコニコと可愛い笑顔で持ってこれる小鈴ちゃんはちょっと頭のネジが飛んでるとしか言いようがない。

 

 この子、もう妖気も感じ取れるはずなのにどんだけ恐怖心のブレーキぶっ壊れてんの……!?

 

「こ、これは……?」

 

「これは……いつの間にか本棚に入ってて私にも詳細はよく分からないんですけど、表紙には『闇のソナタ』って書いてます! よければ楽師のお兄さんに演奏してみて欲しいと思いまして!」

 

「ぶはっ!」

 

 俺はその名前を聞いて思わず吹き出した。

 

 闇のソナタってあれじゃん!

 

 ハンター✕ハ◯ターでセン◯ツが生涯をかけて探してる呪いの楽譜じゃん!

 

 なんでこんなとこあるの!?

 

 妖魔本とかじゃないよこれ、魔王が書いた楽譜だから! 弾いたが最後身体がグチャグチャになって死ぬやつだよ!

 

 そして俺にこれ弾けとかアホなのこの子!?

 

「店員さん」

 

「はい?」

 

 俺が真剣な顔で言うのを、小鈴はキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「あのね、それは絶っっ対に演奏しちゃ駄目だよ? 誰かに演奏させるのも聴くのも駄目! 早急に霊夢さんか、マミゾウさんや幻想郷の偉い人たちに相談しなさい、早く!」

 

「え? え? そ、そんなに危ないものなんですか、これ?」

 

 小鈴はあわあわと慌てふためきながら言う。

 

 この危険鈍感娘が! そんな特級呪物をよく分からないまま無邪気に人に演奏さそうとすな!

 

「弾いたら確実に死ぬからねそれ! 半端じゃない呪いが掛かってるから、曲聴いただけでも恐ろしいことになるよ」

 

「そ、そんなに凄いものなんだ……」

 

 俺の必死の警告にも、小鈴ちゃんはむしろ魅入られたようにじっと手の中の本を見やる。

 

 あかんこの子……むしろより一層この楽譜に対して興味が増してないか?

 

 流石に誰かを犠牲にしてまで呪いの中身を確かめようとはしないだろうが、所有欲を満たす為に密かに隠し持つくらいは普通にやりそうだ。

 

 かくなる上は俺がこれを奪って博麗神社に駆け込むか……?

 

 俺が、幻想郷のために汚名を被る覚悟を決めたその時――

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 突如として現れた空間の亀裂から、にゅっ、と細い手が伸びて小鈴ちゃんの手から楽譜を奪う。

 

 俺たちがろくに反応も出来ぬままそれを見ていると、楽譜は亀裂の中に吸い込まれて、そのままスキマごと閉じて消えてしまった。

 

「……あーーっ!? 私の妖魔本がぁっ!」

 

 小鈴ちゃんが絶叫を上げるが、俺は内心でぐっと親指を立てた。

 

 ありがとうゆかりん! ありがとう幻想郷の賢者様! これで人里は未曾有の危機から護られました!

 

 早くセン◯ツに渡してあげて!

 

 そう俺が安堵しているのを他所に、小鈴ちゃんはがっくりと項垂れて呟く。

 

「う、うう……私の……妖魔本……」

 

「いやこれは仕方ないでしょ……。幻想郷の賢者様が動くくらい危険なものだったってことだから、むしろ処分してもらえたことに感謝しなきゃ」

 

「で、でも! 演奏しなくても、持ってるくらいは良いじゃないですか……」

 

 小鈴ちゃんはそう言ってさめざめと泣き始める。

 

 駄目だこの子……危機意識よりも好奇心やコレクター魂が勝ってやがる。早く鈴奈庵燃やさないと……。

 

 俺はイヤイヤと首を振る小鈴ちゃんに呆れながら、お目当ての楽譜を何個か見繕って借りて帰る。

 

 お代は一冊二文、一週間以内にお返しくださいとのことだ。

 

 安いな。これなら毎週通って楽譜探すのもありかも知れない。

 

 妖魔本騒ぎはもう懲り懲りだが……。

 

 今日はもう疲れたから帰って命蓮寺に向かう支度をしよう。

 

 本当に幻想郷は退屈だけはしないな。三日に一度は死にかけてる気がするが……。

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