奥の間へと通される道すがら、俺は建物の造りをよく観察していた。
その建物はしっかりとした木造で、長い歴史を感じさせる古い伝統的な造りをしていた。
最初は『境界サテライト』さんが和風の配信スタジオを借りて、俺がその前で事故にでもあったのかと思ったがそうじゃない。
和風スタジオとかそんな見せかけのものではなく、本当に千年単位の歴史を感じさせる建造物だった。
周囲の景色もどことなく現実感がなく、光源も村紗が持っている一本の蝋燭だけ。
これは一体どういう状況なんだ? と考える間もなく、俺はある一つの大きな襖の前まで案内される。
「どうぞ、この先に聖がいらっしゃいます。くれぐれも失礼のないように……」
「さっきみたいなのを姐さんにやったら、今度は本気でぶん殴るわよ、あなた」
そう二人に促され、俺はおっかなびっくり襖に手を掛ける。
この先に居るのが何か未だに分からないが、俺は今後の人生が今この瞬間に永久に変わることを予感していた。
「あ、あの……失礼、します……」
そう言って、俺はコソッと襖を開けて部屋を覗き込む。
背景に大きなマンダラ模様? の掛け軸と、スラリとした美しい仏像を背景に、部屋の奥で座している一人の女性。
その髪は天辺が紫で、そこから先端に掛けて金色のグラデーションが掛かっていた。
ニコニコと柔和な笑顔を浮かべながら、部屋に顔半分だけを覗かせている俺に鈴が鳴るような声を掛けた。
「どうぞ、中に入ってお座りください」
「へ? は、はい!」
俺は緊張からギクシャクとロボットのような動きで中に入って、その女性の前にある座布団に正座する。
うわぁ……と、俺は思わずその女性の佇まいに圧倒される。
大人の女性の美しさと、少女のあどけない可愛らしさを矛盾なく同居させた美貌に、まるで聖母のようなアルカイック・スマイル。
それ自体がまるで生きた人形のような完璧な美しさに、俺は思わずゴクリとツバを飲み込んだ。
えっ、てかこの人ひじりんだよね? コス? いや、コスで再現できるレベルを遥かに超えてないか?
三次元のトップアイドルでもこの非人間的な美しさを再現するのは無理だろう、そう確信できる佇まいだった。
「ようこそおいで下さいました。私は非才ながらこの命蓮寺の住職をしております、聖白蓮と申します」
「は、はい! わ、私は、その、しがない配信者というか、YouTuberというか……と、とにかく"霧夜"という名前で活動させて頂いておりましゅ!」
俺はテンパって、何故か本名ではなくYouTubeでのアカウント名を名乗ってしまう。
しかも噛み噛みだ。
白蓮さんはそんな俺の醜態を笑うでもなく、柔和な笑みを浮かべたまま聞き入る。
「まあ、霧夜さんと仰るのですね? ありがとうございます。うちのナズーリンが言うには、霧夜さんは外の世界からいらっしゃったのではないかということですが、間違いありませんでしょうか?」
そう尋ねられて、俺は一瞬きょとんと思考を奪われる。
外の世界……外の世界? 内に対しての外の世界? 一体何処を指すのか、俺の知る限り、そんな聞かれ方をする場所の心当たりは一つしかない。
だがしかし、それはファンの誰しもが夢見て、そして誰も辿り付けなかった夢の場所。
もしかして俺は、そこに今足を踏み入れているのではないだろうか?
「あ、あの……ここはもしかして"幻想郷"っていう場所だったり……なかったり」
俺は尋ねながら思わず声が尻すぼみになる。言っといて何だが、まさかそんなバカな事がと思ったからだ。
しかし、俺の不安を他所に白蓮さんは我が意を得たりと言わんばかりにポン、と手を打った。
「まあ! 幻想郷をご存知なのですか? それなら話が早いです。そうです、ここは幻想郷の人里に面する、命蓮寺という場所になります」
「え、えええ!? 幻想郷、ほ、ホントに!? じゃあ、本物の聖白蓮!?」
俺は思わず立ち上がって声を荒げる。
――しかし次の瞬間、スパン、と後ろの襖が開いたかと思うと、即座に二つの影が飛び込んで俺を抑え込んだ。
「いでででで!」
「無礼者! 聖様になんて態度を!」
「聖、お怪我はありませんか?」
「水蜜、一輪、手を離して差し上げなさい。彼には悪意はありません。ただ慣れない環境に動転しているだけなのですよ」
そう白蓮さんに窘められて、二人は渋々手を離す。
俺は慌てて居住まいを正したあと、ひじりんに対して深く頭を下げた。
「す、すいません! 自分たちにとっては、幻想郷というのは憧れの場所というか、行きたくても辿り着けない幻みたいな場所でして……本当にそこに居ると言われて、興奮して声を荒げてしまいました……」
「ふふふ、良いのですよ。誰にだってそういう時はありますものね。……しかし、今の口振りからして霧夜さんは私のことも既にご存知だったようですが、外の世界には命蓮寺のことも伝わっていらっしゃるのですか?」
白蓮さんにそう尋ねられて、俺は即座に知っている設定を呼び起こして答える。
「ええと……確か白蓮さ、いえ聖様は魔界に千年も封印されていたのを、そこにいらっしゃる一輪さんや村紗さんたちのような、かつての仲間だった妖怪の方たちが協力して復活させたんでしたよね? それで今は、人間と妖怪の共存の為に、命蓮寺を営んでらっしゃるとかなんとか……」
若干うろ覚えのところがあるが概ね合っているはずだ。
実際には聖を復活させたのはたまたま飛倉の破片を集めていた主人公――博麗霊夢なのだが、まあそこは割愛していいだろう。
なにせ星蓮船では霊夢は聖をぶっ倒そうとしていただけで、救うつもりはなかったっぽいしな。
「まあ! そこまでご存知なのですか……特に私の目的まで外に知られているとは」
「そ、それであの……そこにいらっしゃるキリッとした仏像は……あの、もしかしなくても毘沙門天の代理の寅丸星様、ですよね? 確かご自身を本尊として祀られているとかなんとか……」
そう言って俺は、聖の後ろに立って、ピクリとも動かない仏像を差していう。
指差すと失礼だと言われたばかりなので、今度は下手で差し示している。
「…………」
「星、構いませんよ。既に霧夜さんはご存知のようですし」
「……なんと、私のことも外に伝わっているのですか?」
そう言うや否や、先程まで石のようにピクリとも動かなかった仏像が、普通に動き出して聖の隣に正座する。
どうやら今まで仏像のフリをして、俺の様子を伺っていたらしい。
しかしやっべえ、星ちゃん……くそイケメンだわ。
よく見たら身体のラインで女性だと分かるのだが……男装しててしかも身長も高く、金色の虎柄のメッシュの髪も相まってビジュアル系バンドのメンバーみたいだ。
頭の上にお花が咲いてなければ完璧だっただろう。
まさに男装の麗人と言うべきか、こんな顔だったらさぞや女性にモテまくるに違いない。仏門に仕える本人には迷惑かもしれないが。
「驚きました。外の世界ではそこまで私たちのことが知れ渡っているのですね? だとしたら、幻想郷を目指して入ってくる人もこれから増えるのでしょうか……」
「ああいえ、確か幻想郷は、幻と実体の境界を隔てる大きな結界で守られているので、そうそう入って来られないんではないでしょうか? 自分が入ってきたのも、なんかの事故みたいなもんだと思いますし……」
俺は慌ててそう答える。
この寺の妖怪たちにとって自分たちを迫害し、聖を千年も魔界に封じ込めた外の人間は警戒の対象なのかもしれない。
とはいえもうその頃の人間など一人も生きてないだろうし、今更幻想を失った外の人間に妖怪をどうこうする力もないと思うが。
「よく分かりました、霧夜さん。あなたを命蓮寺のお客様として歓迎致します。本日はごゆっくりお休み下さい。明日、朝食を食べたあと、博麗神社までお送り致しますので」
「は、はい、ありがとうございます。それであの……もし心当たりがあればなんですが……」
「はい?」
俺の言葉に、白蓮はきょとんと首を傾げる。
そのあどけない動作にめちゃくちゃドキッとしてしまったが、今はそれどころじゃない。
俺の相棒が……肌身離さず持っていたはずのギターが何処にも見当たらない!
「俺がここに入ってきた時に、そのギターっていう、楽器みたいなものが一緒にあったと思うんですけど……」
「ああ、それならナズーリンが持っていってしまいましたよ。なんだか珍しい形の楽器のお宝だとか言って……。ただ、持ち主不明ならともかく、人の物ならちゃんと返させますのでご安心を。明日本人に届けさせましょう」
「あ、ありがとうございます! アレがないと不安で……」
「あら! 霧夜さんは楽師様でいらっしゃったのですか?」
俺と星の会話を他所に、聖が口元を抑えて言う。
「いやあ、楽師様なんてたいそうなもんじゃないですけど……まあ一応腕に覚えはあるといいますか、はい」
「ふふふ、素晴らしいですね。音楽は人の心を豊かにします。元は読経のリズムも、お釈迦様の教えを広く衆人に伝える為に出来たもの。音楽と仏門は切っても切り離せません。もし機会があれば、今度霧夜さんの演奏も是非聴かせて下さいね?」
「……! は、はい! 喜んで!」
聖にそう言われて、俺はウキウキな気分で一礼して、奥の間から退室していく。
……俺、本当に幻想郷に来たんだよなあ。
ついさっきまで、あの聖白蓮と話してたとかマジかよ……夢じゃないか?
俺は未だフワフワと現実感のないまま、村紗船長と一輪に連れられて部屋へと戻る。
朝目覚めたら幻想入りしたのは全てが夢で、大型コラボ配信をすっぽかしたという現実だけが残る絶望的な結末になりませんように。
俺はそう願いながら、興奮冷めやらぬまま無理やり眠るために布団の中でぎゅっと目を閉じた。