幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第二十八話 人里の怪

 

 聖との対面を終えたあと、俺は本堂から退出する。

 

 聖はもう少し瞑想してから休むそうだ。

 

 俺自身もなんだか疲れたから今日はゆっくり休みたい気分だ。

 

 しかしなんだか凄いことになったな……まさか俺があの聖白蓮と疑似姉弟になるとは。

 

 なんか頼んだら普通に膝枕耳かきとかしてくれそうだし、最近の俺は運が良すぎて怖いくらいだ。

 

 ……いやでも、なんか結構な頻度で死にそうになってるし、禍福のバランスは案外取れてるのかも知れない。

 

 ともかくこっちに来てから上にも下にも激動過ぎて日々追い付けないのが実情だ。

 

 だけど俺のやることは変わらない。音楽とギターを極めて、聖とこの命蓮寺との絆を大事にする。

 

 慧音先生や人里でお世話になった人に恩返しも忘れないこと。

 

 それさえ忘れなければ、俺はこの幻想郷で上手くやっていけるんじゃないかと自信が着いてきた頃であった。

 

「うおっ!」

 

 本堂までの廊下を歩いていると、突如として真横の襖が開いて、その奥から伸びてきた腕に引っ張られ、部屋の中に引きずり込まれる。

 

 なんだなんだと顔を上げるとそこには、ニヤニヤと笑みを浮かべた一輪と村紗の姿があった。

 

「聞ぃ〜ちゃった〜聞〜ちゃった〜」

 

「ふぅん、あんた、家族が欲しかったんだ」

 

「…………!」

 

 そう言って俺を見下ろす二人に、俺はただならぬ危機を察し、慌てて這いずってその場から逃げようとする。

 

 ――しかし人間の身で妖怪から逃げられるはずもなく、俺は即座に取り抑えられて動きを封じられる。

 

「ちょっ、なにすんですか!? 離してくださいよ!」

 

「暴れない暴れない。お姉ちゃんたちはちょ〜っと弟くんと遊びたいだけですからね〜」

 

「そうよ! 聖の弟なら私たちの弟も同然なんだから、当然言うことは聞くべきよね? 私たちのほうがずーっと姉弟子なんだから!」

 

 そう言って、一輪は俺の背中にドシンと乗っかり、そのまま両手で顎を掴んで後ろにぐいぐいと引っ張る。

 

 キャ、キャメルクラッチ!?

 

「ぐえええ! ギブギブ! 死んじゃう! これ以上は本当に死にますから!」

 

「なーにが死んじゃう〜、よ。弟が一丁前に姉に意見してんじゃないっての! 古今東西弟は姉の奴隷だって決まってるんだから、どっちが上かしっかり身体に分からせてあげるわ!」

 

 そう言って、一輪はますますギリギリと締め上げる力を強める。

 

 しかもなんだこれ、めちゃくちゃ密着してるから身体の柔らかさとか甘い匂いとかも全部伝わってくるし、地獄なのか天国なのかどっちかはっきりしてくれ!

 

「ふふふ、これは家族と認められるための洗礼だと受け入れて下さいね?」

 

 痛いやら気持ちいいやらで訳が分からなくなっている間に、今度は村紗がガラ空きになった脇腹をこしょこしょとくすぐり始める。

 

「ぐほぉ!? やめっ、いででで! ひっ、やめてくだひゃい!!」

 

「あっはっはっは! いいざまね! あんたのせいで姐さんはこの数日は本調子じゃなかったんだから、これくらいの報いは受けて然るべきよ!」

 

「一輪、あんまりやり過ぎると可哀想ですよ。それと、騒ぎが大きくなると聖が……」

 

「分かってる分かってる。流石に私も学んだっての」

 

 そう言うと一輪はあっさり技を解いたあと俺から離れる。

 

 俺はいきなり技を外されて、がっくりと脱力して床に突伏する。

 

「ま……あんたに頭来てたのは事実だけど、丸く収まったみたいだしこれくらいでお説教は許してあげるわ。今後は二度と姐さんを悲しませるようなことするんじゃないわよ」

 

「ふふふ、こうは言ってますけど一輪もあなたのこと結構気に入ってるんですよ? あなたに食事作法を叩き込んだのは私だ〜! って自慢してましたしね」

 

「村紗! 余計なことを言うなっ!」

 

 そう言い合いしつつ、二人は部屋から立ち去っていった。

 

 な、なんだったんだ……。

 

 一人残された俺は、困惑しながら肩を抑えて立ち上がる。

 

 少し痛むがまあ、後を引くほどでもない。本当に手加減はしてくれていたのだろう。

 

 まあ俺もここ数日で聖を悩ませてたみたいだし、その禊と思えばこれくらいは仕方ない。

 

 しかし今後、あの二人が俺のことを弟扱いしだしたら、事あるごとにそのことを盾にイビって来そうだな……。

 

 かといってまともにやり合って勝てる相手じゃないし、どうにかして主導権を取り戻さないと……!

 

 俺は頭を悩ませながら自室へと向かう。

 

 久々に戻った自室は綺麗に掃除されており、布団も干立なのかカラッと乾いていた。

 

 俺は掃除してくれた誰かに感謝しつつ、疲れを取るために今日は日が落ちると同時に床に着いたのだった。

 

 

 * * *

 

 

 「――おい、起きろ」

 

「ふぁ?」

 

 俺は寝ている最中、突如として顔にぐりぐりと何かを押し付けられる感覚を受けて、目を覚ます。

 

 なんだと瞼を開くとそこには――薄闇の中、こちらを不機嫌に見下ろす正体不明の少女、封獣ぬえの姿があった。

 

 本人が持つ蝋燭の灯りに照らされて、その朧気だった輪郭がはっきりしてくる。

 

 ぬえちゃんは寝ている俺の顔を踏んづけて爪先を頬にぐりぐり押し付けていた。

 

 当然その真下にいる俺には、ニーソックスで強調されたぬえちゃんの意外に肉付きのいいお御足と、その奥の中枢まで露わに見えていた。

 

「えっ、今日は白……? ぐへぁ!!」

 

「お、お前……!? どこ見てんだこのバカ!」

 

 俺はぬえちゃんに顔面を蹴られて悶絶する。

 

 痛ってえ!

 

 あまりの痛みに目玉がトン出るかと思ったが、そのおかげかはっきり頭が冴えた。

 

 えっ? な、何この状況……ここ俺の部屋だよね?

 

 なんでぬえちゃんがこんな所にいるんだ?

 

「な、なんで俺の部屋に居るんですか? 今日なんか約束とかありましたっけ?」

 

「ないよ! ないけど来ちゃ悪いのか!? ……それよりお前、さっき私のパンっ……見たときに『今日は』って言ったなァ!? 以前はどこで見たんだ、言ってみろッ!」

 

「い、いや、それはただの言葉の綾というか……あっ、そ、そうだ! あの時、ギターとアンプ持ってきて下さってありがとうございました! おかげで凄く助かりました!」

 

 俺は正直に言うとまた蹴られそうだったので、とりあえず土下座して強引に話題転換を計る。

 

「こいつ、露骨に話題逸らしやがって……! はあ……もういい。その事は後で詰めるとして、今は私が来た理由だ。お前、さっき自分で言ってたけど、楽器の件で私に借りがあるよなぁ?」

 

 ぬえちゃんがニタァ、と悪どい表情をしながら、俺の顔を覗き込んでくる。

 

 可愛い……じゃなくて、怖い。一体何やらされるんだ?

 

「ええと、はい。まあ、そうですね……」

 

「だろ? だからさ、その借りを早速返して貰おうと思ってね。お前……今から私に付き合え」

 

「ええっ、い、今からですか……!?」

 

 俺はそう聞き返す。

 

 今の正確な時間は分からないが、周りの音を鑑みるに多分今は深夜だろう。

 

 命蓮寺の灯りは完全に消えているし、誰かが動いている気配もない。

 

 こんな時間に外に出て一体何をしようというのか……。

 

「今から人里の人間を脅かしに行くぞ。お前はその助手だ! 言っとくけどお前に拒否する権利はないからな。私のためにキリキリ働け!」

 

「ええええ……!?」

 

 俺はぬえちゃんにそう言われて、抵抗も虚しく深夜に人里に無理やり拉致されていった。

 

 

 * * *

 

 

 「私がお前に正体不明の種を植え付ける。お前はそれを付けたまま、深夜の人里をウロウロするだけでいい。それだけで相手が勝手に怯えて、正体不明の種を通じて私の腹も満たされるって寸法だ」

 

 拉致されて人里に着いた直後、そう作戦を知らされる。

 

 ぬえちゃんも小傘と同じく、人間そのものではなく人の心を食う妖怪だ。

 

 小傘は人を驚かして、ぬえちゃんは人を恐怖させてという違いはあるが。

 

 だが同じ系統の妖怪でも格が違う。

 

 小傘は一人二人脅かしてキャッキャしてるだけの可愛いゆるキャラだが、ぬえちゃんは過去には都一つを恐怖に陥れ、当時の天皇すら震え上がらせたほどの大物だ。

 

 怯えさせてぬえちゃんが腹を満たすのが目的なので、怪我や死人が出ないのはまだ安心だが、バレたら俺も人里に居られなくなるんじゃないかと心配だ……。

 

「何浮かない顔してるんだ? まさか嫌だって言うんじゃないだろうな?」

 

「いやまあ……ぬえさんに協力するのはやぶさかではないんですが、なんでこんな回りくどい事するのかなって……」

 

「あ? 何言ってる。妖怪が人里に直接手出しすることは禁じられてるのは知ってるだろ? 私もルール違反で聖に苦情が行くのは避けたい。だけど、人間が人間の里をうろつく、これは何の問題もない。例えそれが正体不明の人間だとしてもな」

 

「…………」

 

 ぬえちゃんの説明を聞いてなるほどと思う反面、それってただのグレーゾーンじゃないの? って思わなくもない。

 

 いわゆるルールの抜け穴を突いた訳だ。さすが悪戯の年季が違うだけはあって悪知恵も働く。

 

「じゃあ、正体不明の種を出すぞ」

 

 ぬえちゃんがそう言って手をかざすと、その中からふわっと光の球が現れる。

 

 その球はふよふよと空中を漂ったあと、俺の胸に吸い込まれて消えていった。

 

「……ほら、これでお前の存在は周りから正しく認識されなくなった。あとは勝手に向こうがお前の姿を見て驚いて逃げてくだろ」

 

「ほ、ホントですか? 別に何か変わったようには感じませんけど……」

 

 俺は普段と変わらない自分の手や足を確認しながら言う。

 

「自分から見たらそんなもんなんだよ。だけど周りから見たら、お前は確実に謎の存在に見えている。……ちょっと待て、少し演出も加えてやろう」

 

 ぬえちゃんはそう言うと、そのデフォルメされた虫歯菌が使うみたいな三叉槍を顔の前に翳した。

 

「妖雲『平安のダーククラウド』」

 

 そうスペルカードを唱えた瞬間――周囲にもくもくと黒い霧が集まり始め、視界を黒く覆っていく。

 

「この霧はお前を中心に発動してある。効果範囲は二○メートルってとこかな。これでお前の正体がバレることはまずないし、効果的に怖がらせることも出来る。ほら、分かったらモタモタしてないで早く行ってこい!」

 

「うう……分かりました」

 

 げしっと背中を蹴られて人里に送り出され、俺も渋々それに従う。

 

 気が進まねえ……バレたら俺が退治されるんじゃないか? だけど、ぬえちゃんに借りがあるのは事実だし、ここで返しておかないと後が怖い……。

 

 仕方なく里に足を踏み入れて、ウロウロと中を徘徊してみる。

 

 流石にこの時間に人里に人影は見当たらない。

 

 普通なら全員寝静まってる時間だからだ。なので唯一例外があるとしたら、こんな時間まで外をほっつき歩いている酔っ払いくらいだろう。

 

 なので俺は酔っ払いが通りそうな赤提灯近くの大通りに身を潜め、しばらく機会を伺うことにした。

 

 …………来た!

 

 そのまま待っていると、道の向こうから調子っ外れの歌を歌いながら、千鳥足で歩いてくるあからさまな酔っ払いが現れた。

 

「あ〜らよっと……月が出た出た月が出たぁ、あ、ヨイヨイっとくらあ……」

 

 なんともベタな酔っ払いだな……。

 

 俺は念の為にしばらく様子を伺ったあと、意を決して路地裏から顔を出す。

 

 そして、黒い霧を纏わせながら、その男の正面にゆっくり回り込んだ。

 

「あ〜、なんだァ? 道を塞ぎやがって、は……あわわ……ば、化け物ォ!!」

 

 俺の顔を見るや否や、その酔っ払いはもつれた足を必死にバタつかせながら、慌てて逃げていった。

 

 途中すっ転んでいたが、すぐさま起き上がって怯えた顔をこちらに向けて一目散に走り去っていく。

 

 ……やばい、これちょっと面白いかも知れん。

 

 というかどういう風に見えてるんだろう今の俺。

 

 ぬえちゃんの正体不明の種は、確か見ている本人のイメージに依存するんだっけ?

 

 例えば"歩いている人間"という存在から、"人間"という認識だけをさっぱり取り除いて、それを別の何かに誤認させる。

 

 だから見る者のイメージによって、歩いている何かが猿にも虎にも蛇にも見える、まさにぬえちゃんらしい能力と言える。

 

『上手くやったじゃないか。どうだ? 初めて人間を脅かす側になった感想は』

 

「! ぬえさん!?」

 

 俺は突如として頭の中に響く声に、そう答える。

 

『お前の中に埋め込んだ正体不明の種は、いわば私の分身だ。それを入れることでお前は一時的に私の使い魔になる。だからこうして頭の中で会話することも可能なんだ』

 

「そ、そうなんですね……」

 

 俺は頭の中の声と会話するというなんとも不思議な経験に戸惑いつつも、それを受け入れる。

 

 これってアルミホイルとか巻いたら遮断出来たりするのかな?

 

 ちょっと気になったが、幻想郷にアルミホイルなんかないし、怒られそうなので本当にやる気はない。

 

『で? どうだった、自分が恐れられる側になってみて』

 

「い、いやぁ……なんだかびっくりさせちゃって申し訳ないなあ、みたいな」

 

『嘘つけ、お前ちょっと楽しんでただろ。言い忘れてたが私は使い魔とある程度視界や感覚を共有出来るんだ。お前が逃げ回る相手を見て笑いそうになってたのもこっちには全部分かってるからな?』

 

「分かってるなら聞かないでくださいよ……」

 

 どこかからかうような口調のぬえちゃんに俺はそう答える。

 

 まずいぞこの状態……下手なことしたらぬえちゃんに更に弱みを握られそうな気がする。

 

 絶対にボロを出さないようにしよう。

 

『そのまま真っすぐ前に進めば、ちょうど道の先にまた酔っ払いが歩いてるぞ。せいぜい驚かせてやるといい』

 

「はあ……分かりました」

 

 その後俺は、ぬえちゃんに指示通りに動いて幾人かの酔っ払いを脅かして回る。

 

 ぬえちゃん曰く、「これで人里を徘徊する謎の化け物の噂が広がれば儲けもの」だそうだ。

 

 巷で謎の化け物に対する不安と恐怖が広がっていくと、間接的にぬえちゃんの力も増していくらしい。

 

 噂一つで強くなれるなんて妖怪ってのは本当に便利で不思議な存在だ。

 

 幻想郷は外の世界で存在を否定された神々や妖怪たちが集う最後の楽園だ。

 

 それ故に巷の人々の話題に上がるということは、曖昧な存在を強固にする一番の方法なのかも知れない。

 

 俺はそんなことを考えながら、丑三つ時にようやく帰宅を果たすのであった。

 

 

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