幻想郷に来てからずっと刺激的な毎日を過ごしてきたが、ここ数日でようやく生活が安定して落ち着いた日々を過ごしていると感じている。
命蓮寺を実家と定めてからは、毎日のお勤めも俺の生活の一部として上手く溶け込めていた。
相変わらず東方キャラと話したりすると、緊張するのは変わりない。
やはり俺にとっては皆が憧れのアイドルだからだ。
どの子も外界のテレビタレントみたいに綺麗だしそりぁ緊張もするわな。
それでも以前と違って自然に話せるようになったし、何より俺がこの地の一員として認められたという自信もついた。
もう今後は東方キャラに会ったとしても、以前のように浮ついたり取り乱すことはないはずだ。
そんなことを考えつつ、俺はいつも通りギターの練習を始めようとする。
命蓮寺ではあんまり大きな音は鳴らせないが、落ち着いた音色で演奏するなら練習しても構わないと、聖直々にお許しが出たのだ。
なので、ボリュームを最小限にし、エフェクターの歪みをあまり掛けずに演奏する。
クラシックギターのような音色になるが、これはこれで味があって嫌いじゃない。
命蓮寺に流れていても不思議ではない、落ち着いた曲というと……。
俺はふと思い当たる曲を一つ思い出し、ギターの弦を鳴らし始める。
弾いているのは星蓮船の一面道中、『春の湊に』だ。
個人的には一面の中では1、2を争うくらい好きだ。
暗い曲調が多い東方の中では、珍しく爽やかで軽やかなイメージのある曲だ。
この長閑な命蓮寺の昼下がりにはぴったりだろう。
俺が曲に熱中しながら弾いていると、遠くから信者さんたちの読経の声も響いてくる。
いいね、じゃあそれに合わせて勝手にセッションするか。
俺がそう思い、その声に合わせて曲を弾き始めたその時――
「ねえねえ、あなたとっても演奏が上手ね! その楽器はなんていうの?」
「おわぁ!?」
突如として目の前に女の子の顔が現れ、俺は思わず後ろに仰け反る。
なんだ一体……!?
俺はバクバクとする心臓を抑えながら、目の前の相手の姿を確認する。
そこには――黒い鍔広の帽子を被り、くすんだ淡いグリーンの髪をショートカットにまとめた、美少女が笑顔で立っていた。
何より目を引くのは、身体に巻き付いた青いチューブ状の導管と、それに繋がれた球状の閉じられた単眼だろう。
地底の閉じた恋の瞳――古明地こいしの姿がそこにあった。
……なんでこんな所にいるの!?
俺は、さっきまでの余裕ぶった態度も何処へやらで、めちゃめちゃに取り乱してしまう。
だってあのこいしちゃんだぞ!? 毎回人気投票5位以内で、まさに東方界隈のアイドルというに相応しい存在!
単純に人気順で言うなら、一位二位の霊夢と魔理沙にも会って会話しているのだが、こいしちゃんは会おうと思って会える相手じゃないのでそういう意味ではレア度は段違いなのだ。
「ねえねえ、聞こえてる? その楽器なに〜って訊いてるの」
「あ、ああ、ごめんごめん。この楽器はエレキギターって言ってね。こういう風に弦を揺らすとこのアンプから音が出るんだ」
俺はそう言って、ポロンと弦を鳴らす。
こいしちゃんはそれに、「へえ〜!」と興味深そうに眺める。
その間に俺は、こいしちゃんが何故この場にいるのか考える。
そういえば……こいしちゃんって命蓮寺の信徒だったよな。在家だからここに住んでは居ないけど、たまに通っているって設定があったはずだ。
もしかしたら今までもちょくちょく命蓮寺内で俺とすれ違ったりしていたのかも知れない。
ただ、無意識モードのこいしちゃんは普通の人間では察知できない。
今こうして会話出来ているのも、恐らくギターに興味を持ったこいしちゃんの方から意識的に姿を見せようとしてくれているからだ。
「ねえ、なにか一曲弾いてよー! 出来れば明るくて楽しい気分になるやつ!」
こいしちゃんはいつの間にか縁側に座り、足をパタパタさせながら言う。
「明るくて楽しいか……今は本堂で信者さんたちがお経を上げてるから、その邪魔にならない程度のやつならいいよ」
「やったー!」
俺の言葉に、こいしちゃんは無邪気に喜ぶ。
うむ、やっぱ可愛いな……。さすがは幻想郷のアイドルだ。
しかしこの花が咲くような笑顔にも、実はなんの感情もこもってないのだろう。
こいしちゃんは第三の目を閉じてからはほとんど無意識下で過ごし、感情の起伏があまりない。
基本的に喜怒哀楽の楽の感情以外は何も感じない、空っぽな少女なのだ。
過去にどれほど辛いことがあったら、自分の能力を封じてしまおうと考えるのかは俺には分からないが……だったらせめて、俺のギターの魂を震わせる程度の能力で、こいしちゃんの心に波風を立ててあげたい!
そう思い、俺は音は控えめではあるが、心を込めてギターを弾き始めた。
――『神々が恋した幻想郷』。
東方にしては珍しく明るい希望に溢れた曲調で、なおかつこいしと恋しで語呂もいい。
どっちかといえばにとりの曲だが、まあ誰に弾いったっていい曲はいいんだから問題ないだろう。
情感たっぷりにギターを弾きながら、俺はちらっとこいしちゃんの様子を伺う。
こいしちゃんはキョトンとした顔で俺の指先を目で追い掛けながら、プラプラと足でリズムを取る。
おっ? ちょっと曲に乗ってくれてるのか?
俺はそう考えると嬉しくなり、ますます演奏に熱が入る。
やがて一曲弾き終えて最後の音をジャン、と鳴らすと、こいしちゃんはぽへーっとした顔で俺の手元のギターを見やる。
俺はその反応の薄さに若干不安になりつつも、こいしちゃんに尋ねる。
「ええと……こんな感じなんだけど、どうだった?」
「? ……うん、なんかよく分かんなかった!」
その感想に、俺は思わずガクっとつんのめる。
くそっ……今の俺の実力ではこいしちゃんの心を震わせるまでには至らなかったか。
「ねえねえ、あなた名前なんて言うの!?」
しかし興味を引くことには成功したのか、こいしちゃんは俺の顔面にぐい、と詰め寄ってくる。
うおっ、近い近い!
俺は間近に迫るこいしちゃんのプリティフェイスにドギマギしながらも、どもりながら答えた。
「き、霧夜だけど……」
「霧夜……じゃあお霧でいいわね? あなた、地霊殿でお姉ちゃんのペットにならない?」
「へ?」
俺はあまりに突飛なお誘いを受けて、思わず間抜けな声を上げる。
お霧って……お空とかお燐とかと同じ、ペットの通称みたいなことか?
若干魅力的なお誘いに感じてしまった自分が悔しいが、いくらなんでもそんな誘いに乗れる訳がない。
「いやぁ、流石にそれはちょっと……。命蓮寺から離れたくないし、そもそもただの人間の俺がそんなとこ行ったらすぐに死んじゃうでしょ」
「ええ〜、そんなことないよ? しっかり面倒見るし、きっと楽しいもん」
俺の返答に、こいしちゃんはやや不満げに言う。
まあワンチャンお燐やお空の同僚になって、さとりやこいしちゃんのペットとして生きるのもある意味楽しいかも知れない。
だけど茨歌仙で描かれていたが、地底には石桜とかいう妖気の塊みたいなのが空から降り注いでくるし、怨霊や悪霊がそこかしこに飛び交っている。
ただの人間が行ったら一週間と保たずに死ぬだろう。そうと分かって行くのはもはやただの自殺だ。
「無理無理、俺はまだ死にたくないよ。俺は週の半分は命蓮寺でこうやってギターの練習してるからさ。ここに来ればいつでも弾いてあげるからそれで勘弁してよ」
「う〜ん……じゃあそれでいっか! ねえねえ、じゃあもう一曲弾いてよ! 今度は激しいやつ!」
「まああんま騒がしくは出来ないけど、それなりにアップテンポのやつならいいよ」
そう答えて俺は、もう一曲披露しようとする。
しかしその時――
「おーい、こいしー。どこに行ったんだ、こいしー」
どこからともなく、そう抑揚のない少女の声が響いた。