幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第三十話 無表情のエモーション

 

 少女の声はこちらに近付いてきているようで、辺りをウロウロしているようだ。

 

 ……っていうか俺の部屋、本堂の庭先に面してるから普通に外から人が入ってこれるんだよね。プライバシーもへったくれもない。

 

「あっ、こころちゃん! こっちこっちー!」

 

 こいしちゃんがその声に答える。

 

 ……なっ、こころちゃんだと!?

 

 俺は聞き覚えのある名前に思わず反応する。

 

 まさかこころちゃんって、あの秦こころちゃんか!? こいしちゃんと関わりがあるみたいだし一人しかいないよな!?

 

 そう期待しながら待っていると、廊下の角から、俺が予想した通りの人物が現れる。

 

 色素の薄い淡いピンク色の髪に、周辺にいくつも能面を浮かべた不思議な雰囲気の美少女。

 

 そしてこの世でただ一人しか履いてないであろう、顔のような穴が空いた謎のかぼちゃスカート。

 

 表情豊かなポーカーフェイス、秦こころの姿がそこにあった。

 

「おー、いたいた。探したぞ、こいし。一体何だってこんな所に……」

 

 そう言ってこころちゃんがこちらに近付く最中、俺の姿を見てピタリと足を止める。

 

 そして、頭に掛けた能面をすかさず女人から般若に入れ替えたあと、俺に向かってビシッと構えを取る。

 

「こいし、なんなんだそいつは! 侵入者か!? 敵か、敵なのか!?」

 

「いやいやいやいや!」

 

 俺は突如として臨戦態勢に入るこころちゃんを慌てて制止する。

 

 いやここ俺の部屋だから! 侵入者はむしろそっちだから!

 

 こころちゃんは顔こそ能面のように無表情だが、実際にはかなり感情豊かな妖怪だ。

 

 いやむしろ、感情豊か過ぎて若干情緒不安定ですらある。

 

 こころちゃんは面霊気という能面に憑いた付喪神で、全部で六十六もある能面の人格の集合体なのだ。

 

 だから付けてる面によっていきなり口調が変わって突拍子もない事をしたり、一人称も私だったり我々だったり、あらゆる意味で不安定な存在だ。

 

 だが、話せば分かる子でもある。元々意図せず異変を起こしてしまって、自分で異変を収めようとドタバタ奮闘していた子だ。

 

 いたずらに人を傷付けることはしないはず。

 

「そうか、お前ここの住人だったのか。初めて見たから分からなかったぞ」

 

「そ、そうそう。別に怪しい者じゃないから誤解しないでね。てか、他所様の敷地に知らない人が居ても、理由も聞かずに攻撃しちゃ駄目だよ」

 

「ん、分かった」

 

 俺は説明してどうにかこの場を収めることが出来てホッとする。あっ、お面が元の女人に戻った。

 

 こころちゃんは付喪神としては生まれたてなのか、すぐに暴走する危うい所がある。

 

 そのおかげで深秘録や憑依華では、見境なく襲い掛かる通り魔みたいになっていたが、ちゃんと話せば分かってくれる辺り素直ないい子ではあるのだろう。

 

「あはは! こころちゃんって面白いでしょー? 次に何やるかまったく予想が付かないから、見てて全然飽きないの!」

 

 こいしちゃんがそう言ってキャッキャとはしゃぐ。

 

 いやいや、こいしちゃんも見てたなら止めてくれよ……。

 

 俺が必死に説明している間もニコニコしながら見てるだけだったし、完全にこの状況を面白がっているようだ。

 

 しかし表情は明るいけど感情がほとんどないこいしちゃんと、表情は全く動かないけど感情だけはめちゃくちゃあるこころちゃん。

 

 この二人が公式で仲が良いってなんかエモいよな。

 

「何も面白いことなどないぞ。私は常に真剣だ。……ところで、こいしはこんなところで何をやっていたんだ? 急に修行場から消えたから、皆心配していたぞ?」

 

「んー? えっとね、ここのお兄さんに演奏を聴かせて貰ってたの。霧夜っていうんだけど、楽器弾くのすっごい上手なんだよ?」

 

 こいしにそう紹介され、俺は照れ臭さから頬を掻く。

 

 自慢じゃないがギターの腕だけならプロにだって負けていないつもりだ。

 

 もっとも上手いだけじゃプロにはなれないのは骨身に染みて良く分かっている。

 

 俺にはまだオリジナリティがない。ただ既存の曲を上手にコピーしたりアレンジ出来ているだけだ。

 

 それでも誰かに喜んでもらえるならそれ以上のことはない。

 

「ふむ、楽器か。確かに私も能楽で楽器を鳴らしてもらうこともあるぞ。どれ、お前の腕前が如何ほどのものか、この私に披露してみるがいい」

 

「ええ……」

 

 そう言って、こころちゃんは俺の鼻先にビシッと指先を突き付ける。

 

 なんか急に偉そうになったな……相変わらずキャラがブレブレでよく分からん子だ。

 

 まあいいか、俺は演奏を求められれば、よほど気が進まない時以外は応じることにしている。

 

 むざむざ東方キャラにギターを披露する機会を逃す手はない。

 

「構わないけど、どんな曲がいいの?」

 

「そうだな、能楽に使えそうなのがいいぞ。出来ればカッコいい曲がいいな」

 

 こころちゃんは無表情のままフンスと鼻息荒く語る。顔も口調も平坦なままだけど、感情は豊かなんだよな……。

 

 しかし能楽に使えそうなカッコいい曲って……難題過ぎないか?

 

 そもそも能楽に使う曲って、あのイヨー、ポン! ってやつだろ? あれをギターで再現出来るとは思えない。

 

 なのでとりあえずカッコいい曲を演奏するか。

 

 俺は演奏する曲を決めたあと、ギターを弾き始める。

 

「お、おお……!」

 

 そうイントロから演奏し始めると、こころちゃんは無表情のまま手拍子を始め、「よっ」、「ほっ」などと言いながらその場で奇妙な踊りを踊り始める。

 

 なんでこの曲でそんな面白い動きが出てくるのか分からんが……見ている分には超絶可愛くて面白い。笑って音を外しそうだ。

 

 ちなみに弾いているのは"il vent d'oro"。

 

 一昔前にジ○ジョの処刑用BGMとして世界的に流行ったやつだ。

 

 俺が外に居た時点で一億再生超えてたし、一時期はYouT○beのショート動画で流行っていたから、かなりの人が聞いたことがあるはずだ。

 

 これならあんまり音を張らなくていいし、熱くて盛り上がる。

 

 能楽に使えるかはさっぱり分からないが、こころちゃんも盛り上がっているようなので問題はないだろう。

 

 例のサビに差し掛かった頃にこころちゃんが扇子を取り出し、本格的な能楽を踊り始める。

 

 おお……これがこころちゃんの能楽か。

 

 正直ジ○ジョに合わせて踊り出すとは思わなかったけど、見れた事自体には感動だ。

 

 やがて一番盛り上がるところを弾き終えて、最後に一音鳴らして終えると、こころちゃんもピタリと踊りを止める。

 

 そしてスタスタと俺に近づいたあと、俺の顔をガシッと両手で掴んで言った。

 

「……よし、お前私のものになれ」

 

「は!?」

 

「あー、こころちゃんズルい! お霧は先に私が目を付けたんだよ!? 地霊殿に連れて帰るんだから!」

 

 そう俺の返事を聞く前に、二人があれこれと言い合いを始める。

 

 いやだから地霊殿には行かねーって! ただの人間が暮らせる場所じゃないだろ!

 

 あとお霧じゃねーから!

 

「こいつは私の能楽に使える。まだ弱い付喪神みたいだから、子分にして私が護ってやる」

 

「自分だけズルーい! 私だってお姉ちゃんに楽器弾けるペットをプレゼントしたいって思ってたもん!」

 

 なんかいきなり熱烈な告白をされたと思ったら、やっぱそういうことか……。

 

 ……ん? 付喪神?

 

「あの……こころちゃん、なんか勘違いしてるところ悪いけど、俺付喪神じゃなくてただの人間だからね? 妖怪でも何でもないよ」

 

「む? そんなはずはない……。さっきお前が演奏しているときに、確かにその楽器と一体化した妖力を感じたぞ。ただの人間が妖力を放つことはあり得ない」

 

「それはこの楽器……ギターっていうんだけど、これが半分妖怪化しかけてるのと、俺自身がこいつと相性が抜群だからだろうね。ギターから離れたら、俺は本当にただの人間だよ」

 

 俺はそう言うと、その場にギターを置いて三メートルくらい離れる。

 

 するとこころは無表情のまま、額の能面を女面から驚き顔に変えて言った。

 

「確かに……付喪神が依り代の道具からそんなに離れられるなんて考えられない! まさかお前、本当に人間なのか?」

 

「だからそうだって。こいつは俺の相棒だけど本体とかじゃないよ。ただ弾いてるだけ」

 

 俺はそう答えて、再びギターを拾い上げて縁側に座る。

 

「あはは、こころちゃん勘違いしてたんだ! 付喪神じゃないからこころちゃんに守ってもらう必要もないし、これで心置きなく地霊殿に来れるね!」

 

「あの……さっきも言ったけど、地底なんて危ない場所は絶対いかないから。瘴気が蔓延してるし、危険な怨霊だってそこらにウロウロしてるって話じゃないか。人間の俺じゃ三日と保たずに死ぬよ」

 

 俺がそうバッサリと切り捨てると、こいしちゃんは「えー!」 と不満げな声を上げる。

 

「まあ、演奏者が欲しいなら、何日か前に言ってくれればできる限りは付き合うよ。俺は週末は命蓮寺のこの部屋に居て、それ以外は人里の端に住んでる。そのどちらかを訪ねてくれれば多分居るから」

 

「む……それなら仕方ない。もしかしたら能楽に呼ぶかも知れないから、その時はよろしく頼むぞ」

 

 その言葉に、俺はいいともと安請け合いする。

 

 実際能楽の演奏担当なんてやったことはないが、何事も経験だ。

 

 東方キャラと共同で演劇をやるなんて如何にも面白そうだし、やらない手はない。

 

 俺がそんなことを考えていると、こころちゃんはふと俺に尋ねる。

 

「なあ……ところでお前、霧夜と言ったか?」

 

「え? ああ、うん。そうだけど……」

 

 いつの間にか額の能面も狐に変わり、どことなく真剣な声色でそう尋ねるこころに、俺は少しばかり身構えて答える。

 

「そうか。お前……その道具、楽器は大事か?」

 

「? そりゃあまあ、俺の相棒だし。付喪神ではないけど体の一部みたいなもんだよ」

 

 そう思ったまま素直に答えると、こころちゃんはこくりと頷いたあと言った。

 

「……お前に使われる道具は幸せ者だな。私たち道具は話す口は持たないが、かつての持ち主にどう扱われたかは皆良く覚えている。その子が人間を恨まないで済むように、これからも大切にしてやって欲しい」

 

「…………! もちろん!」

 

 俺はなんだかこころちゃんに認められたような気がして嬉しくなる。

 

 やはり道具の気持ちは、かつて物言わぬ道具だった付喪神たちが一番よく分かるのだろう。

 

 こころちゃんの言葉は肝に銘じておこう。

 

 その後興が乗った俺は、こいしちゃんの手拍子とこころちゃんの能楽の舞に合わせながら、何曲か披露した。

 

 

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