幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第三十一話 蓬莱の人の形

 

 そして次の日――俺は響子と一緒に命蓮寺の正門の掃き掃除をしながら、バンドの今後について話していた。

 

 一応俺は今鳥獣伎楽の臨時メンバーということになっている。

 

 ステージが壊れた今、今後のバンド活動について色々と話し合いたいことがあった。

 

「ステージ作るのって大体どれくらいお金が掛かるの?」

 

「う〜ん、前回私たちが建てたあのクラスのステージで全部で百円くらい掛かったから……もう一度同じものを建てようとするとそれくらいは掛かるかもねえ」

 

 そう尋ねる俺に、響子は箒で掃きながら答える。

 

 百円か……外の世界だと子供のお小遣いにもならないが、こちらの物価換算だと百万円を超える額だ。

 

 妥当と言えば妥当だが、今の人里でカツカツの生活をしている俺にはなかなか厳しい額であることは否めない。

 

「響子ちゃんは普段どうやってお金稼いでるの? 俺は人里で働いて少しずつ稼いでるんだけど」

 

 俺はそう尋ねる。

 

 残念ながら命蓮寺のお勤めは仕事ではなく、あくまで修行の一環なのでお金は出ない。

 

 たまに聖からお小遣いが支給されることはあるが、それも人里でお菓子を買えばなくなる程度の額で纏まったお金ではない。

 

 質素倹約を旨とする命蓮寺においては稼ぎというものは期待できないのだ。

 

 それでも衣食住を確保できてそれなりの自由時間もあるので不満はないが、今の俺には稼ぎ口が必要だ。

 

「私? 私はミスティアの屋台のお手伝いだよ〜。お勤めがない日はいつもあそこでバイトしてるの! ミスティアの屋台って人気だから、人妖問わず結構お客さん来て忙しいんだよ〜」

 

「へえ、それは俺もちょっと行ってみたいな」

 

 俺はチリ取り片手にそう答える。

 

 ミスティアの屋台といえば東方界隈でも定番ネタだ。

 

 鳥肉料理を駆逐するために始めたミスティアの八目鰻の屋台は、文々。新聞でもその味を絶賛されて、日夜人で賑わっているとか。

 

 実は屋台の近くを人が通った際は、歌で鳥目にしてから困っている者に八目鰻を売り付けて、その際に能力で鳥目を解除するというマッチポンプ的な商売もやっているらしい。

 

 あと八目鰻が採れないときは普通の鰻や泥鰌を混ぜたりとなかなかアコギなこともやっているようだが、味は普通に美味いと評判だ。

 

「あっ、じゃあ明日一緒に行く? 私もお勤め休みだし、霧夜さんも人里で過ごす日だよね?」

 

「えっ、いいの? 俺が行っても」

 

「もちろん! 霧夜さんも今は鳥獣伎楽のメンバーだし、ミスティアともちゃんと顔合わせしとかないとね!」

 

 おお……! なんだかなし崩し的に明日の予定が決まってしまったぞ。

 

 みすちーの屋台に行けるのは東方ファンとしては正直めちゃくちゃ楽しみだ。

 

 また、ミスティアともあのライブ中に少し話しただけでまともに会話出来てないし、これを機にじっくり話す機会があれば嬉しい。

 

「じゃあ、俺のことも霧夜って呼び捨てにしてよ。メンバーなのにさん付けはおかしいでしょ?」

 

「うん、分かった! じゃあ今後は霧夜って呼ぶね? だから私のことも響子って呼んでね!」

 

 響子はそう言って、ぶんぶん尻尾を振る。

 

 か、可愛い……さすがは珍しい人間友好度極高なだけはある。話してて普通に安心するいい子だ。

 

 それだけにあのハード路線の歌詞にはびっくりしたが……。

 

「分かった、響子。これからよろしくね」

 

 俺がそう名前で呼ぶと、響子は嬉しそうに頷いて言う。

 

「うん! じゃあ明日夕方頃にお店にね! お店は迷いの竹林の近くにあるんだけど……霧夜は人間だし危ないから、護衛を付けて来たほうがいいかも」

 

「護衛?」

 

 俺はその物々しい響きに少しばかり身構える。

 

「そう。私は妖怪だからあんまり人里に近付けないし、霧夜は戦えないんだから人間の護衛がいたほうがいいでしょ? 最近は竹林の周りも結構危ないし。大丈夫、私に心当たりがあるんだ。お店の常連さんで凄く強い人がいるから、私から頼んだら引き受けてくれると思う!」

 

「なるほど……じゃあその人への連絡は響子に任せていいかな? 報酬はどれくらい用意すればいい?」

 

「あはは! その人お金も何にも欲しがらないからさ、毎回報酬はお酒を一杯奢ってあげるだけって決まってるんだ。凄くいい人だから安心していいよ。明日暮れの鐘が鳴る頃に霧夜の家に迎えに行くよう頼んでおくからさ、その頃にはちゃんと家で待っててね」

 

「うん、分かった。ありがとう」

 

 俺は響子に礼を言って頷く。

 

 そんな無欲な人が居るもんなんだな……妖怪撃退出来るくらい強いなら、幻想郷で荒稼ぎ出来そうなものだけど。

 

 強者であるが故の余裕って奴なのかも知れない。

 

 どちらにせよ今早急に金が必要な俺には安く護衛をしてくれる人はありがたい。

 

 しかも響子のお墨付きでいい人だって言うなら間違いないだろう。

 

 明日は安心してミスティアの屋台でディナーだ! なんだか今から楽しみになってきたな。

 

 俺は遠足前の子供のようにワクワクしながら、その日は命蓮寺のお勤めを最後までしっかりやり切った。

 

 

 * * *

 

 

 次の日の夕方、俺は響子に言われた通り家でギターの練習をしつつ待機していた。

 

 何せ今日はミスティアの屋台で夕食を取りながら、初顔合わせをする日だ。

 

 ある意味特別な日なので、今日は命蓮寺から支給された作務衣ではなく、外の世界から着てきた一張羅を身に着けていた。

 

 もう外の世界の衣服はこの一式しか手に入らないので、俺にとってはかなり貴重な品だ。

 

 なので特別な時にだけ着る正装のような扱いになっていた。

 

 正直今夜の食事が楽しみすぎて練習にもあまり身が入らない。

 

 しかし手持ち無沙汰のまま待ち続けるのも退屈なので、手癖のままギターを鳴らし続けていた。

 

 ――そして、その時は訪れた。

 

「!?」

 

 コンコン、と控えめなノックの音が響くと同時に、俺は慌ててギターをケースに片付けたあと、それを背負って立ち上がる。

 

 そしてそのまま出入り口の土間に駆け寄った。

 

「すいません、お待たせしました!」

 

「ん? ああ、別に待っちゃいないよ。さ、行こうか」

 

「うえっ!?」

 

 戸を開けた瞬間、俺は家の入り口前で待っている人物を見て思わず奇妙な声を上げる。

 

 膝丈まで伸びたとてつもなく長い銀髪を、大量の赤いお札で纏めた美しい少女。

 

 サスペンダーで支えられたブカブカのもんぺに白いシャツを着た男装の麗人――藤原妹紅、その人の姿があった。

 

 うおおおお! もこたん!? もこたんナンデ!?

 

 ……そうか、護衛か! 響子が言っていた、物凄く強い常連の人って妹紅のことだったのか!

 

 今にして思えば、迷いの竹林付近にいる、護衛してくれる強い人間ってだけで気付きそうなもんだが、あの時はミスティアの屋台が楽しみすぎてそこまで頭が回らなかった。

 

 まさかこんなサプライズがあるとは……響子、本当にありがとう。

 

「なんだ? 急に変な顔で固まって。私の顔になんか付いてるか?」

 

「……!? い、いえ、響子からもの凄く強い護衛の人って聞いてたので、ゴツい大男を想像してました。まさか女性の方が来るとは思わなくて……」

 

 そう咄嗟に言い繕う。

 

 我ながら即興で考えたにしては上手い言い訳だと思う。

 

 俺が妹紅のことを既に知っていて、それで顔見てびっくりしたっていうのも不審がられる気がしたからだ。

 

 ここは知らない体で通すのが吉だろう。

 

「ああ、響子は大げさだね。私なんて幻想郷じゃ大したことはないよ。どうする? 女の私じゃ不安って言うなら、他を紹介してやっても――」

 

「俺は響子のことを信頼してますので、ぜひあなたにお願いしたいです!」

 

 そう食い気味に答える。

 

 それをすてるなんてとんでもない!

 

 謙遜しているが、妹紅は幻想郷でも上位の実力者だ。少なくとも人里で最強の戦力なのは間違いない。

 

 護衛として最強クラスな上に、大人気の可愛い東方キャラと仲良くなれるチャンスなのに、他と代わられてたまるか!

 

 絶対に妹紅と一緒に行きたい!

 

「そう? それなら良いんだけどね。じゃ、一緒に行こうか」

 

「はい!」

 

 俺は我ながら良い返事を返しながら、妹紅の後に続く。

 

 あー、可愛いよ〜。意外とちっちゃいなあ妹紅。160cmないくらいか。

 

 その身長と同じくらい長い銀髪がさらさらと風になびいて、夕日を反射してなんとも綺麗だ。

 

 どことなく身体から青竹の爽やかな匂いも漂って来ている気がするし、この護衛は本当に大当たりだ。

 

「……そうだ。まだ名を名乗ってなかったね。私は藤原妹紅だ。あんたは?」

 

「あっ、すいません! 俺は霧夜って言います。普段は命蓮寺にお世話になってて、週の半分は人里で暮らしています」

 

 俺はそう言うと、「よろしくお願いします、妹紅さん」と付け加えた。

 

「ん、そうだな。それにしても命蓮寺か……あの妖怪寺にあんたみたいな人間が暮らしているとはな。何か不自由はしてないのか?」

 

 妹紅は蓮っ葉な口調ながらも、そう気遣ってくれる。

 

「いえ、それがかなり良くしてもらってるんですよ。聖は元々妖怪も人間も差別しない博愛主義ですし、同門の妖怪の皆さんにも良くしてもらってます」

 

「へえ……意外だな。私はてっきりあそこは妖怪至上主義みたいな窮屈な場所かと思っていたが」

 

 妹紅は前を歩きながらそう言う。

 

「元々人間だった妖怪の人もいますし、そんな悪い扱いはないですよ。……まあ、お酒と肉類はダメなんで、それが無理な人は厳しいかも知れませんが」

 

「ああ、それは私は無理だな。お酒くらい好きに呑みたいんだ。たまには死ぬほど呑みたいときもある」

 

 そう希死念慮を覗かせる妹紅に、事情を知ってる俺は「ははは……」と乾いた笑いを返す。

 

 いやもう、なんて答えたら良いのか分からんよ……。

 

 気さくに色々話してくれるが、今のこの瞬間も死にたいんだろうなと思うとやるせない気持ちになるな。

 

 妹紅と会話する時の注意点は、妹紅自身の過去をあまり深く詮索しないことだ。

 

 人の身の上話を聴くのは好きだが、自分の話になると途端に「健康マニアの焼き鳥屋だ」としか言わなくなるそうだ。

 

 まあ長く生きている上で色々あったんだろう。空気の読める俺はそこら辺は察してあげたいところだ。

 

「ところで、今日行く店は人里からどれくらい離れてるんですか?」

 

 俺はそれを避けるために、当たり障りのない話題を振る。

 

「ん? ああ、まあ歩いて四半刻足らずってとこだな。近いっちゃ近いんだが、ただの人間が行くには辺鄙な場所だ。特に満月の夜は妖怪や妖獣がウロウロしてるしな」

 

「うげっ」

 

 俺は思わず声を上げる。

 

 どうやらミスティアの店は思ったより危険地帯にあるらしい。

 

 そんな場所にまで平然と呑みに行く人里の人間って何者だよ。

 

 まあ東方本編に出てくる以外にも、妖怪退治を生業とする戦える人間は結構いるらしいしな。

 

 そういう人は案外人里の外も平気で出歩いているのだろう。

 

「ふっ、大和男子(やまとおのこ)がそう情けない声を出すものじゃないな。……そういえばあんた、見慣れない服を着ているが、もしかして外から来た人か?」

 

 俺の方を振り返って、妹紅がそう尋ねる。

 

「そうです。実は俺、ほんの十日ほど前にこっちに来たばかりで……」

 

「そうか、その割には幻想郷によく馴染んでるな。もう妖怪の友達も出来たみたいだし……。こないだも外から来た奴が変な球を使って騒動起こしてたが、今の外来人ってのは皆そうなのか?」

 

 妹紅はそう尋ねる。

 

 こないだ騒動起こした外来人というのは、恐らくオカルトボールの異変を起こした宇佐見菫子のことだろう。

 

 あれは外界でもかなりの奇人変人だ! かたや俺はまともな常識人、一緒にされては困る!

 

「いやいや、俺はただ単に一番最初に保護してもらったのが命蓮寺だったから、妖怪とも普通に話せているだけですよ! 皆ああ見えて数百年とか千年とか平気で生きてるらしいですけど、凄いなと思うだけで別に何とも思いませんし」

 

「………………そうか」

 

 俺はさりげなく、「長命でも俺は全然何も気にしませんよ」アピールをする。

 

 我ながら狡っ辛いと思うが、長命で老けないことで外で忌み嫌われてきた妹紅にとっては、そういうことを気にしない人間であることは今後の付き合いを考えても大事なはずだ。

 

 まあ色々つらつらと心の中で言い訳しているが、端的に言って妹紅と仲良くなりたいだけである。

 

 もこけねやかぐもこの間に挟まるつもりは毛頭ないが、こうやって気さくに話せる仲になれれば東方ファン冥利に尽きるというものだ。

 

 しかしその後の会話は何故かあまり弾まず、妹紅は何かを考え込むようにじっと黙って先を歩き続ける。

 

 あちゃー……もしかして地雷踏んだか?

 

 俺は寿命に触れたことに少し後悔しつつも、だからといって訂正も出来ずに、黙って妹紅の背中を追い続けた。

 

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