幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第三十二話 鳥獣伎楽withK

 

 「ここだよ」

 

 そこから十分ほど歩いた先に、妹紅が立ち止まって言った。

 

 その視線の先には――夕暮れに浮かぶ赤提灯と、『うなぎ』の暖簾を掲げた趣のある屋台。

 

 おお……これがミスティアの屋台か!

 

 俺は来たかった聖地にようやく辿り着けたことに感動する。

 

 屋台とは言うが結構規模がでかい。

 

 屋台の他に、四人がけのテーブルが五つほど並べられており、どちらかと言えば屋外のビアガーデンに近い。

 

 これが全部埋まる事があるとしたら、二人で捌くのは結構大変だろう。

 

「あっ、霧夜に妹紅さん! いらっしゃいませ!」

 

 開店準備でバタバタ忙しそうに動き回ってる響子が、俺たちの姿を見るや駆け寄ってくる。

 

「こんばんわ、響子。約束通り連れて来たよ」

 

「結構でかい店だなあ。屋台だなんて言うからもっと小さいのかと思ってたよ」

 

 俺は竹林の開けた場所に、整然と並べられた赤提灯やまだ客がいないテーブルを見回して言う。

 

「うちはここらでは人気店なんだから! もう少し遅くなると人や妖怪でごった返すことになるよ? だから忙しくない今のうちに店主のミスティアと話しておいてね」

 

 響子はそう言って屋台の方を指差す。

 

 屋台の方では同じく、普段のドレスではなく和装を着たみすちーが慌ただしく仕込みを行っており、パタパタと団扇を扇いでこちらに魚の焼ける香ばしい匂いを送っていた。

 

 おお、おかみすちーだ……!

 

 概念上だけじゃなくまさか実際に存在していたとは!

 

 俺たちが近付くとミスティアもこちらに気付いたのか、ほんのり汗ばんだ顔を袖で拭いながらこちらに視線を向ける。

 

「あっ、妹紅さん、いらっしゃい! ……それと、誰? まだ開店前だけど、新規のお客さんかしら?」

 

「ん? なんだお前ら、知り合いじゃないのか? 最初に聞いた話と違うな」

 

 俺の顔を見て怪訝な表情を浮かべるミスティアに、妹紅も首を傾げる。

 

「いやいや、俺だよ俺。ほら、ライブに乱入したギター妖怪の……」

 

「…………まさか、K!? あなた、人間だったの!?」

 

 今更俺の正体に気付いたのか、ミスティアが驚きの声を上げる。

 

「なにやら立て込んだ事情がありそうだな。少し私にも話を聞かせてくれよ」

 

 そう言って屋台の座席に座る妹紅に、俺も続いて隣に座る。

 

 そして、短く掻い摘んで俺とミスティアの出会いの経緯を説明した。

 

「……ぷっ、あはははは! お前凄いな! 戦う力もないただの人間のくせに、妖怪に変装してこいつらのライブに乱入したって!? 元の住人なら怖くて出来ないようなことをよくやるよ」

 

 事情を聞いた妹紅が、珍しく大口を開けて笑いながら手を叩く。

 

「ホントよ! おかげでこっちは大変だったんだから。あれのお陰で騒ぎが大きくなって、魔法使いにステージはめちゃくちゃにされるし」

 

「でも盛り上がったじゃないか。まあ流石にもうあんなことはしないよ。あの後本当に死ぬかと思ったし……」

 

 俺はあの後の、ぬえちゃんにいたずらされた時の恐怖を思い出しながら答える。

 

 妹紅は酒をちびちび口にしながら、またククク、と忍び笑いを漏らした。

 

「あの宇佐見某もそうだったが……外の人間ってのはどうも危機意識が低い無鉄砲な奴が多いな。人里の人間がそんな無茶なことしてるって慧音が知れば、頭突きの上に二時間お説教コースが待ってるに違いない」

 

「い、いやそれは人里でお世話になる前の話ですから。慧音先生に言うのは勘弁して下さいよ。音楽活動出来なくなるかも知れないじゃないですか」

 

 よく考えたら慧音にこの事が知られたら普通に人里から外出禁止とかされそうだ……。

 

 あの人里のビッグマザーが、自分の身も護れない人間がノコノコ妖怪の領域に足を踏み入れるのを看過するとは思えない。

 

「さてどうだかな。もう何杯か呑めば私も今の話を忘れられそうなんだが……」

 

「わ、分かりました。ここのお代は俺が持ちますから、くれぐれも先生には黙ってて下さいよ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら空のグラスを揺らす妹紅に、俺は絞り出すように言う。

 

 痛い出費だが仕方ない。慧音先生の頭突きとお説教は正直興味あるが、その後の音楽活動を考えるとバレないほうが何かと都合が良さそうだ。

 

 それにしても、最初はぶっきらぼうだった妹紅ともだいぶ打ち解けられたな。やはり俺の身の上話でウケを取れたのが良かった。

 

 この笑顔が見れるなら、飲み代くらいいくらでも払っても惜しくはない。

 

「妹紅さんはそれでいいとしても……私があなたをメンバーとして受け入れるとは決まってないんだけど?」

 

「何言ってるのミスティア! あなた私たちだけの時には、『Kは絶対必要だからなんとしてもメンバーに引き入れて』って言ってたじゃない。もう忘れたの?」

 

「きょ、響子!」

 

 そう難色を示すミスティアに、すかさず響子が助け舟を出す。

 

「へえ……こいつはそんなに楽器が上手いのか? 前に鳥獣伎楽の二人のライブも見に行ったことがあるが、私にはよく分からなくてなぁ」

 

「すっごい上手だよ! ちょうどいい機会だし、妹紅さんにも聴いてもらいなよ!」

 

 響子の言葉に、俺は頷きながらケースからギターを取り出してアンプに繋ぐ。

 

 こんなこともあろうかとちゃんと一式持って来てて良かった。

 

 ある程度音を鳴らしてエフェクターのチューニングを済ませたあと、俺は外の世界では誰もが知る有名なギターリフを弾いた。

 

 ――いとしのレイラ。

 

 デレク・アンド・ザ・ドミノスの不朽の名盤である。

 

「ほう」

 

「すごーい!」

 

 俺の演奏に、妹紅は感嘆の声を上げて、響子は無邪気に手を叩いて喜んでくれる。

 

 個人的に宇宙一カッコいい出だしだと思う。この曲に馴染みがない幻想郷の人たちでも一発で伝わるくらいの魅力がある。

 

「ぐっ……悔しいけど腹が立つくらい上手いわね。どこでそんな曲覚えたのか知らないけど」

 

「俺は外来人だから、これは外の世界で覚えてきた曲だよ。ここに来る前は俺はずっとギターの練習ばかりしてたから。むしろ、ミスティアは屋台とバンドを両立させてて凄いと思うよ」

 

「ふ、ふん、べ、別に人間に褒められても嬉しくないから」

 

 ミスティアは口では刺々しいものの、本音は照れているのか、顔がほんのり赤みがかっている。

 

 求聞史紀ではミスティアは人間友好度悪とされている。

 

 基本的には人類に敵対的ではあるが、屋台をして普通に人間相手にも商売したり、博麗神社でも屋台を出したりしていたことから、案外今は友好度は改善されているのかも知れない。

 

 ただ、元々良い感情を抱いてないのは確かなようだ。

 

「またそんなこと言ってー。ミスティアが一番Kのことを認めてたクセに! 素直になりなよ」

 

「うるさいよ、響子!」

 

 響子の言葉に、ミスティアは焦った様子で言い返す。

 

「あっはっは! 女将さん、こりゃ私も賛成だな。さっきの演奏はなかなか良かった。この楽器を知らない私だって気分が高揚したほどだ」

 

「も、妹紅さんまで……」

 

 二人から集中砲火されて、ミスティアはぐぬぬ、と悔しそうに呻く。

 

 だが元々鳥獣伎楽は響子とミスティア二人のバンドだ。俺はあくまでおまけに過ぎないんだから、まずミスティアに認めて貰わなければこの先やっていけない。

 

「頼むミスティア、俺も仲間に入れてくれ! メインはミスティアで、俺はサブギターで良いからさ。俺も皆とバンド活動やりたいんだよ!」

 

「う……わ、分かったわよ! なんなの、もう! みんなして私を悪者みたいにして!」

 

 俺が拝み倒すと、ミスティアはついに折れたのか、半ばヤケクソになりながら認めた。

 

「やったぁ! ありがとう、みすちー!」

 

「これから一緒に頑張ろう!」

 

「みすちー言うな! ……あと、あなたはあくまで臨時メンバーだからね! まだ正規メンバーって認めた訳じゃないから勘違いしないでよ!」

 

 ミスティアは膨れながら言う。

 

 臨時メンバーか、まあそれでもいい。元々鳥獣伎楽は二人のバンドだ。俺はあくまで添え物で十分だ。

 

 それでも響子とミスティアと同じバンドで活動出来るだけで嬉しいのだから。

 

「ふふふ、これは少しだけ生きる楽しみが出来たな。もしライブをやるなら是非教えてくれよ。私も見に行くからさ」

 

「もちろんです! 妹紅さんは一番に招待しますよ!」

 

 俺は妹紅の生きる楽しみが出来たという言葉に嬉しくて思わずそう答える。

 

「こら、あんたが勝手に決めるな!」

 

「まあまあ良いじゃん! 霧夜、メンバー入りのお祝いになんか景気のいいヤツ弾いてよ! みすちーはそれに合わせて歌って、ほら!」

 

「よっし、任せろ!」

 

「だからみすちー言うな! ったく、もう響子は……」

 

 そうは言いつつも、俺がギターを弾き始めると、ミスティアも手だけはテキパキと仕込みをしながら歌い始める。

 

「あ〜今年も〜夏がきた〜♪」

 

「おっ、いいね。賑やかなのは嫌いじゃないよ。いい演奏と女将さんの歌を聴きながら晩酌なんて、なんとも贅沢な夜の過ごし方だ」

 

 そう言って妹紅は、またグラスの中身を一杯開ける。

 

「なんだなんだ。今日は随分賑やかだな」

 

「鳥の嬢ちゃん、酒くれや。あと鰻も」

 

「はーい!」

 

 そのまま俺たちの演奏に誘われるように、徐々に店の中に付近の人妖たちが集まり始める。

 

 日が落ちて夜の闇が訪れるにつれて、ミスティアの屋台は本格的な営業を開始した。

 

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