第三十三話 神の巡り合わせ
人里で過ごし始めて二週目。
マミさんと約束した同じ曜日の夜、ほぼ同じくらいの時刻に俺はギターとアンプを持って、赤提灯横丁を訪れていた。
目的地はもちろんあの店、鯨呑亭だ。
前回は普通にリクエストを聞いてお小遣いを貰っただけだが、今回からは勝負という形になる。
内容は俺がマミさんのリクエストを聞いて、それを弾けたら一円、逆に弾けなかったらこちらが一円払うというもの。
リクエストは基本的に、『外界で誰もが知るロックの名曲に限る』という縛りがあるが、それで言っても数は膨大だ。
もし俺が曲自体を知らなかったり、技術不足で弾けなかったりしたらお小遣いどころか罰金という形になる。
ハイリスクハイリターンだが、俺の引き出しの多さと技術を試す絶好の機会とも言える。
「いらっしゃいませ! ……あっ、あの時の楽師さん!」
「こんばんわ! 約束通り、今日もやってきました。マミさんはいらっしゃいますかね?」
俺は鯨呑亭の暖簾をくぐったあと、出迎えてくれた美宵ちゃんにそう伝える。
「はい、既にお待ちですよ! 中へどうぞ!」
そう美宵ちゃんに誘われ、俺は店の中に足を踏み入れる。
店内は既に満席に近いほど賑わっており、マミさんは前回と同じ、カウンター席の端っこに座ってまったりと酒を嗜んでいた。
「おお、来たか小僧。待っておったぞ。まあ座れ」
マミさんは俺の姿を見るや、隣の席を勧める。
「えっ? いいんですか? 俺はただ演奏しにきただけなんですけど……」
「まあそんな急くことはないじゃろ。軽く一杯付き合ってからでも遅くはあるまい」
「酒は指先が鈍るんであれですけど……腹は減ってるんで軽食くらいなら」
俺はそう応えて、マミさんの隣に座る。
マミさん、と心の中で呼んでいるが実際の正体は二ッ岩マミゾウだ。
人間に化けている時は便宜上マミさんと呼んでいるに過ぎない。
昨日の妹紅に引き続き、まさか二日連続で東方キャラと隣り合って飲むとは思わなかった。
「なんじゃ堅い奴じゃのう。まあ良いわ。おい美宵! こやつに軽く摘めるもんでも出してやってくれ! わしのお代にツケておいて構わん」
「はーい!」
「えっ、いいんですか? なんだか悪いような……」
俺がそう遠慮すると、マミさんはくっくと笑いながら言った。
「構わん構わん、どうせこのあと一円の臨時収入が入ってくるんじゃ。小鉢の一つや二つくらい気持ちよく奢ってやるわ」
「…………! いやいや、そう上手くは行きませんよ! 俺だってギターにはそれなりに自信がありますからね。申し訳ありませんけど、今日も姐さんからお小遣いを頂いて帰ります!」
そう俺が返すと、マミさんはケラケラと笑う。
「言うのう、お主! ならばこちらも容赦する必要はなさそうじゃ。一音でも外したら遠慮なく毟らせてもらおうかのう」
「望むところっす!」
俺はマミさんにそう返す。
実際にはそこまで絶対的な自信があるわけではないが、他ならぬギターのことで俺が芋を引くわけにはいかない。
なんとしても勝ってお小遣いを貰って帰るぞ!
「お二人ともなんだか楽しそうですね。マミさんもちょうどいい暇つぶしが出来たみたいで良かったじゃないですか」
美宵ちゃんがそう言って、俺の前に小鉢を二皿置いてくれる。
一つは鶏とゴボウの煮物、もう一つは焼きおにぎりだ。
おお、美味そう!
「暇つぶしなどではないぞ、美宵。これは真剣勝負じゃからのう。この小僧とわしのどちらかの懐具合を賭けたな」
「ふふふ、そうですか。まあ私としてはお店がそれで盛り上がってくれれば何でもいいんですけど……。あ、お味はどうですか?」
「すげえ美味いです! 前回頂いた煮物もそうでしたけど、ここの煮物は絶品ですね!」
俺はガツガツと小鉢と焼きおにぎりを平らげながら言う。晩飯まだ食ってなかったから空きっ腹に染みる!
「ふふ、ありがとうございます。実はその煮物、店主さんじゃなく私が腕によりをかけて作ってるんですよ? たまには演奏だけじゃなくて、お客さんとしてもうちに呑みに来て下さいね?」
「うぐっ……! お、お金に余裕がある時はそうします」
俺は美宵ちゃんに笑顔で圧を掛けられて、苦し紛れにそう答える。
実際酒を飲めない俺が来ても良いお客さんにはなれないかも知れないが、晩飯くらいはたまに食べに来てもいいかもしれない。
鯨呑亭は普通に肴が旨いからな。酒は美宵ちゃんに悪夢を見せられるからアレだけど。
「わはは! こいつは一本取られたのう! じゃが、今日は酔客としてではなく、楽師としてきたんじゃ。酒も飲まない分、これから音色でわしらを楽しませてくれるんじゃろ?」
「……!? もちろんです! 是非お聴き下さい!」
マミさんにそう話を振られ、俺は慌てて小鉢を平らげたあと、椅子から降りる。
そして、ギターをアンプに繋いで、いつでも弾ける体制を整えた。
「準備出来ました! いつでもどうぞ!」
「よし、じゃあ今回のお題じゃが――」
俺はマミさんの言葉に耳を傾けながら、ゴクリとつばを飲み込む。
頼むぞ、まだ分かる曲が来てくれ……!
俺の内心を他所に、マミさんはコホンと軽く咳払いをしたあとにこう言った。
「今回は"でぃーぷ・ぱーぷるの"すもーく・おん・ざ・うぉーたー"を弾いてもらおうかのう。長い曲じゃから、ギターソロのところから最後まででいいぞい。大体二分半くらいで終わるじゃろ?」
「…………!」
俺はそのお題を聴いたあと、少しだけギターの音を鳴らしながら、弦の音を調整していく。
「……おい、一体何が始まるんだ?」
「なんだお前さん知らないのか? あの姉さんと、あそこの若造がちょっとした勝負をやってんのさ。あそこの姉さんが出したお題の曲を、あの若造が見事弾ききったら勝ちってわけだ」
そう周りの客たちも、俺たちの様子を見て何事かとざわつき始める。
その喧騒を他所に、俺は弦のチューニングを済ませたあと、マミさんに向かって言った。
「……最高のリクエストをありがとうございます! 全力で弾かせて頂きます!」
「ほう? 自信はあると見える。どれほどのものか見ものじゃの。……それとすまんの、店主。また騒がせることになるぞ」
「構いませんよ。お客さんのお好きに」
店主はそうぶっきらぼうに答える。
店内のざわつきが収まり、少しだけ静かになったタイミングを見計らって、俺は演奏を始めた。
ディープ・パープルのスモーク・オン・ザ・ウォーターのイントロは、恐らく地球人口の半分近くが何らかの形で聴いたことがあるだろう。それくらい有名だし出だしが耳に残る曲だ。
相変わらずマミゾ……いや、マミさんは絶妙な所をリクエストしてくれる。
ギタリストの腕を見せつつ、それでいてそれなりに難易度の高い曲だ。
俺は誰しもが知るイントロを切り上げたあと、ギターソロに入る。
この曲のギターソロは結構難しい。クセの強い独特なメロディが初心者殺しだ。
特に終盤のダウンピッキングからのアップの切り替えが難所だ。
だが、何だかんだで俺もギター五年目、この曲もしっかりと履修してきているので今更ミスはしない。
「どうっすか!?」
難なく最後まで弾き終えたあとにそう言うと、マミさんはう〜ん、と額を抑えて呻きながら言った。
「……やるのう。少しでもミスすればそこを突いてやろうと思ったが」
マミさんはそう言うと、しばらく悩まし気にため息を漏らしたあと、懐からお札を取り出してカウンターにぺしっ、と叩きつけた。
「ええい、くそっ、持って行け! 今回はお主の勝ちにしておいてやる。だが、次はこうはいかんぞ。もっと難しい曲を考えてくるからの!」
「ありがとうございます! 頂きます!」
俺がそう言ってお礼を言って一円を受け取った瞬間、店の中からおお、という声が上がる。
「兄ちゃん、やるじゃねえか!」
「今回のもなかなか悪くなかったぞ!」
「皆さん、ありがとうございます! 大変お騒がせしました!」
酔客たちに頭を下げながら礼を述べる。
よし、今回も成功だ! お金も増えたし顔も売れた、また夢に一歩前進だ!
俺がそうウキウキでギターを片付けようとしたその時、
「もし」
酒場の酔客たちの雑踏に紛れて、小さいがよく通る、凛とした声が響く。
「あ、はい!」
咄嗟に自分に向けてのものだと直感した俺は、即座に声の方に振り向く。
するとそこには――
「そこな少年、もう帰ってしまうのか? よければ私のリクエストも聞いて欲しいのだけど」
青紫色の髪をショートに切り揃えて、頭に荒縄のような髪飾りを付けた上品な和服美人が、こちらに向かって軽く手を挙げていた。
あれ? この人どっかで見たことが……俺はそう疑問に思うも、うまく記憶から引き出せずにいた。
「ええと……一応俺はここにいらっしゃるマミさんに招待して頂いてるので、マミさんがいいと仰るなら……」
「ふふふ、わしと同じ条件なら構いやせんよ。どうやらそこな御仁もわしと同じで、外界の音楽にも詳しそうだしのう」
俺の言葉に、マミさんは快く了承する。
「……!?」
その言葉でようやく、俺は目の前のお姉さんの正体に気付いた。
――この人、神奈子様じゃん!
こんなカリスマオーラを放ってる人がカウンターに座ってるのに、どうしてもっと早くに気付かなかったんだ!?
そりゃ外界の音楽にも詳しいだろうよ、外から来た神様なんだから!
そう言えば酔蝶華でたまに鯨呑亭にお忍びで呑みに来るって言ってたもんな……。見た目も書籍そのままだし。
絵でも綺麗だったが、リアルで見ると美人過ぎてびっくりする。
「同じ条件、というのは?」
そう尋ねる神奈子様に、俺はビシッと背筋を伸ばして緊張しながら答える。
「はい! ええと……俺がお客様のリクエストを聞いて、見事弾ききってご満足頂ければ一円、うまく弾けなかったりご満足頂けなかった場合は逆に俺が一円支払うルールになってます。俺が外来人なので、リクエストは外界で誰もが知るロックの名曲に限らせて頂いてるんですが……」
「ふふ、なるほど。酒の席での余興ということですね? いいでしょう、ではその条件で」
「あ、ありがとうございます! では何を弾きましょう?」
俺はそう応えてギターを構える。
うおお、緊張する! 神奈子様は一体どんなお題を出してくるんだ!?
そう言えば神奈子様って駄目だったらボロクソにダメ出ししてくるんだよな……俺のハート的な意味でも絶対に失敗出来ないぞ、これは。
「そう難しい注文をする気はないから緊張せずともよい。……"レッド・ツェッペリン"の"Stairway to Heaven"を頼めるかしら?」
「…………! お任せ下さい!」
やたらと本格派な発音でリクエストする神奈子様に、俺はそう答える。
ステアウェイ・トゥ・ヘブン、直訳すれば"天国への階段"だ。
別にロック好きでなくとも、曲名だけは聞いたことがある人も多いだろう。
ロック界の伝説的な名曲であり――そして当然、俺のカバー範囲に入っている!
よっしゃああ! これならなんとか弾けるぞ!
「これもギターソロから終わりまでの部分でいいでしょう。今回はあくまで腕を見るだけの小手調べのつもりですから」
「分かりました!」
俺はそう返事をしたあと、すう、と大きく息を吸い込む。
集中だ、集中……! なんとなくだが、この一回の演奏で俺の今後の人生が大きく変わりそうな気がする。
幻想郷の大物神妖二人が相手だ。絶対にいい演奏して度肝を抜いてやる!
俺はそう意気込みながら、弦を鳴らし始めた。