幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第三十四話 転機

 

 「ふむ……」

 

 全て演奏し終えたあとで、神奈子様は厳しい顔でただ一言だけそう呟く。

 

 そのふむ、はどういうふむだ?

 

 個人的には今の演奏は悪くなかったと思う。少なくともミスはなかったし、天国への階段のカッコ良さとメロディの美しさは表現できたはず。

 

 今回も一円は貰ったな、と俺は自信たっぷりに神奈子様の言葉を待つ。

 

 ――しかし、その口から出たのは俺の予想外の言葉だった。

 

「まず最初に聞くが……なぜ最初のイントロを演奏した? 私はギターソロから最後まででいいと言ったはず」

 

「えっ? いやそれは……」

 

 俺は思わず言葉に詰まる。

 

 何故入れたかと聴かれたら、その方が良いと思ったからとしか言えないんだが。

 

「恐らく気を利かせたつもりだろうが……この曲はイントロとギターソロとでは別々のチューニングが必要だ。なので一人で演奏するなら12弦のツインネックギターでないと不可能。君は6弦で上手く誤魔化していたようだが、それは本来の演奏ではない。私が求めているのは"本物"だ。そういう欺瞞は好まない」

 

「うぐはぁっ!」

 

 く、詳しすぎる……。

 

 俺は思わず心に大ダメージを受けて悶絶する。

 

 なんでそういう余計なことをしたかと言うと、俺は天国への階段はあの切ないイントロ部分も大好きなので、どうしても入れたかったのだ。

 

 だがそれは俺のただの押し付けだったのか……!

 

 既に致命傷を受けた俺だが、神奈子様の口はまだ止まらない。

 

「それと、ギターソロの部分に余計な音がニ音ほど入っていた。ミスをしたのではないと分かっている。君流のアレンジなのだろうが、私にはそれが自分の腕を誇示するために付け加えられたように感じられて少し鼻に付いた。演奏者ごとのアレンジを否定するつもりはないから、これは好みの問題だがね」

 

「…………ハイ、ソノトオリデス」

 

 自尊心をバキバキにへし折られながら、俺は消え入りそうな声で返事をする。

 

 言い返そうにも、マジで「俺はこんなことも出来るんだぜ!」で入れたアレンジなのでぐうの音も出ない。なまじ相手が神様なので下手な言い訳も通じなさそうだ。

 

 まさか幻想郷にここまでロックに造詣が深い人、いや神が居るとは……。

 

 真っ白になりながら項垂れる俺に、神奈子様はふっ、と笑いながら言った。

 

「そう落ち込むことはない。君の演奏自体は見事なものだった。その歳で既に熟練者の域に達しているとは大したものだ。よってこれは君のものだ」

 

 そう言って神奈子様はカウンターにすっ、と一円札を出す。

 

「えっ、あ、あの、いいんですか?」

 

「演奏もなかなかだったが、何より君のような若い才能が人間の中から出てきたことが喜ばしい。それも含めて私は満足したよ」

 

「ふふ、この人辛口ですけど、ちゃんと認める時は認めてくれますから。少し言葉はきついですけどね」

 

「う……それは私も悪いとは思っている。言いたいことをはっきり言ってしまう性分なんだ。気を悪くさせてしまったなら済まない」

 

 美宵ちゃんにからかわれて、神奈子様は少し気まずそうに言う。

 

「いえ……大変勉強になりました! 確かに最近少し天狗になっていたかもしれません。これを機に自分を見つめ直して精進します!」

 

 俺はそう答える。

 

 ちょっと最近何やっても上手くいっていたから、調子に乗っていたところは否めない。

 

 神奈子様の指摘はちょうど良く頭を冷やしてくれたのかも知れない。

 

「くっく、天狗になっていた、か。ここ幻想郷だと別の意味に聞こえるのう。しかしそこな御仁に美味しい所を持ってかれたわい。本当はわしが小僧の鼻っ柱をへし折ってやるつもりだったのじゃが」

 

 マミさんが紫煙を燻らせながら愉快そうに言う。

 

「そこの方にも申し訳なかったな。少し出しゃばりが過ぎたようだ。今日はこの辺にしておこう」

 

 そう言うと神奈子様は、お代をカウンターに置いて席を立つ。

 

「あっ、もう帰られるんですか?」

 

「ああ、少し夜風に当たって帰ることにするよ。……よければそちらの方も一緒にどうかな? ちょうど道行く話し相手が欲しかった所なんだが」

 

「……ん? わしか?」

 

 そう去り際に声を掛ける神奈子様に、マミさんは徳利を傾けながらキョトンとした顔をする。

 

 しかしやがて、ぐっとお猪口の中身を飲み干したあと、立ち上がって言った。

 

「まあ良かろう。酔いを覚ましてからまた呑み直すも一興。わしの席はそのままにしておいてくれよ、美宵。後で戻ってくるからの」

 

「はーい!」

 

 そう言うと、神奈子様とマミさんは連れ立って店を出ていく。

 

 ただ一人店に残された俺は、店主さんと美宵ちゃんに一言礼を述べたあと、鯨呑亭から立ち去った。

 

 

 * * *

 

 

 「――して、一体何の用じゃ? わしを店から連れ出すようなことをして」

 

 鯨呑亭から去ったあと、神奈子とマミゾウは人里の中を二人連れ立って歩く。

 

 そんな中、マミゾウは奇妙な連れに不審そうな目を向けて言った。

 

「ふっ、この際、貴方が妖怪でありながら人間の里で呑んでいることには目を瞑ろう。分別のある呑み方をしているようだし、お代も葉っぱじゃなくきちんと支払っているようだ」

 

「そりゃどうも。酔客の作法を山の大神様に認めてもらえるとは光栄の至りじゃ。それで? わざわざそれを伝えるために呼び出したのか?」

 

 マミゾウは目の前のもはや正体を隠すことをやめた神に、少しばかり警戒心を見せながら尋ねる。

 

「まさか、今回は貴方に協力して欲しいことがあってな。我が神社で少し催し物を企画しようと考えている」

 

「催し物だと? 一体それはどんなものじゃ?」

 

 マミゾウは少し興味をそそられたのか、神奈子の隣を歩きながらそう尋ねる。

 

「その名も"守矢神社奉楽祭"……そう、"ロックフェス"だ。あの少年を見て思い付いたが、音楽には、人も妖怪の心をも動かす力がある。信仰を集めるのにとても効果的だと」

 

「"ろっくふぇす"じゃとぉ!? それはまた随分突拍子もないことを……」

 

 その提案に呆気に取られるも、マミゾウは即座にその有効性に思い至る。

 

 守矢神社は今幻想郷では最も信仰を集めている宗教組織である。

 

 とはいえ、その地位は安泰という訳ではない。

 

 ライバルは博麗神社の他に、命蓮寺や神霊廟と言った新たな勢力が出てきて人里では鎬を削っている状況だ。

 

 そしてここにきて、信者たちの高齢化も危ぶまれている。

 

 人里の若者や若い妖怪たちは基本的に宗教に関心がない。

 

 そう言った層を取り入って信者層の若返りを図るためには、若者に受けそうなポップカルチャーを宣伝に取り入れるのが一番いいと考えたのだろう。

 

 マミゾウは長年生きてなお冴え渡る頭でそう推察した。

 

「……ふむ、流石は湖ごと幻想郷に引っ越してきた神様なだけはある。やることが柔軟で思い切りがよいのう」

 

「褒め言葉と受け取っておこう。……それで、協力してくれる気はあるのか?」

 

「……その前にいくつか聞きたいことがある。一体何故わしに声を掛けた?」

 

 マミゾウはそう尋ねる。

 

 守矢の神ほどであれば多方面に顔が利く。

 

 自分とてそれなりに名が通った妖怪だが、わざわざ神が野良の者に頼る必要はなかろうに、とそう思った。

 

「貴方は幻想郷の人妖に幅広く顔が利く。人里は元より、まだ若い妖怪や力のない者たちの面倒も見てよく慕われているようだ。そういった者たちを集める力がある」

 

「…………」

 

 神奈子の言葉に、マミゾウは特に訂正するところもないのか黙って聞き入る。

 

「そして、基本的には物腰柔らかで温厚。愚弄されない限りは人間相手にも高圧的に出ることはない。……そういった意味で貴方には交渉事を任せやすい。長く生きているだけはあって経験も積んでいるだろうしな」

 

「なるほどのう。あ、ちょっと一服かまわんかの?」

 

「どうぞ」

 

 そこまで聞いて、マミゾウは一応の納得がいったのか、懐から煙管を取り出してマッチで火を付ける。

 

 神を前にしてその無礼な態度にも、神奈子は特に気にせず続けた。

 

「貴方にはイベントの総合演出とプロデューサーをお願いしたい。演出で誰かを化かしたりするのもお手の物のはずだ」

 

「ふむ……もし仮にじゃ、わしがそれを引き受けることで、一体何の得がある?」

 

 煙を吐きながらのマミゾウの言葉に、神奈子は自信を持って答えた。

 

「私たち守矢神社は名を取る。私が欲しいのは、里の若者や若い妖怪たちが我が神社に集まるというその状況だ。実利は貴方が取ればいい。数多くの子分を抱えて、あなたも彼らを食わせるのに苦労しているのだろう? 二ッ岩の親分……いや、同じ神格を持つ者として、二ッ岩大明神とお呼びした方がいいか?」

 

 そうニヤリと笑いながら言う神奈子に、マミゾウはゲホゲホとむせながら言う。

 

「やめいやめい! わしは多少長く生きただけの化け狸に過ぎん。あれは人間たちが勝手に祀り上げただけで、わし自身は神を名乗るような器ではないと分かっておるわ!」

 

 マミゾウはそう断ったあと、続けて言った。

 

「だが……この話はなかなか面白い。わしが人集めや演出などを担当するとして、そちらは何をやってくれるんじゃ?」

 

「場所と資金を提供しよう。舞台設備などは河童に造らせて、宣伝や警備などは天狗と交渉すれば何とでもなる。そちらは演者の確保と、人里の有力者や他の若い妖怪たちに声を掛けてくれればいい。その上で舞台の演出や細かな調整などを任せたい。……どうだ?」

 

 神奈子がそう言うと、マミゾウは厳しい顔で考え込む。

 

 マミゾウの頭の中では、今高速でそろばんが弾かれていた。

 

 引き受けたはいいが、くたびれ儲けなどになってはつまらない。やるからにはガッポリ儲けたいと思うのが人情だ。

 

 人間相手に金貸しもやっていたマミゾウは、狸の皮算用ならぬ損得勘定にも長けていた。

 

 やがてその解が出たのか、クック、と喉を鳴らしたあとに言った。

 

「……これはデカいシノギになりそうじゃな。子分たちにも全員声をかけねばなるまいて」

 

「どうやら話に乗る気になったようだな。どうだ、後日非公式に会談の場を設け、具体的な話を詰めようじゃないか」

 

「うむ、そうじゃな。会談の場は……あの店がよい。先ほどまで呑んでいた鯨呑亭じゃ」

 

 マミゾウの言葉に、神奈子は少し眉をひそめる。

 

「なに? あの店は駄目だ。他の客が多すぎる。いずれ大々的に広告を打つことにはなるが、事前に人里に情報が漏れるのはつまらんぞ」

 

「なに、安心せい。あの店は日中と深夜では見せる顔がガラリと変わる。騙されたと思って深夜の丑三つ時に鯨呑亭を訪ねられよ。腹を割って話すにはちょうど良い場所じゃ」

 

「いまいち信じられんが……」

 

 そう言葉を交わしながら、一匹と一柱はその場で別れる。

 

 後に幻想郷に大きな文化革命をもたらすきっかけの会話は、何の変哲もない人里の道端で交わされた。

 

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