幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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閑話 人里の日常 後編

 

 人里の中心部から外れた、うらぶれた通りにそれはある。

 

『鈴奈庵』

 

 今日は貸本の返却日だが、ついでにまた新たな楽譜を探そうと思って来たのだ。

 

 俺は二回目ということで既に見慣れた出入り口を押し開く。

 

「あ、いらっしゃいませ!」

 

 中に入ると小鈴ちゃんが、前回と同じ笑顔で迎えてくれる。

 

 危険物を蒐集したり、それが元で各方面に大迷惑を掛ける危険人物ではあるが、普段は鈴奈庵のしっかり者の看板娘として頑張っているらしい。

 

 お客さんと見るや、本を閉じてテテテ、とこちらに駆け寄ってくるのが実に愛らしい。本当にあの悪い癖さえなければね……。 

 

「お客さんは……前回来てくれた楽師のお兄さんですよね? 今日は返却ですか?」

 

「うん、返却日なんだけど、実はまだちょっと期間を延長したくてね。それとついでに別の楽譜も見にきたんだけど、新しいの入ってるかな?」

 

「はい! つい先日また新しいのが入ってきました。あっ、それとうちは貸本屋ですけど、一部の本に関しては売却も可能ですよ? 楽譜は今のところお兄さん以外に欲しがる人も居ませんし、売ることも出来ますが……」

 

 その提案に俺は少し考え込む。

 

 確かにそれは魅力的だな……。借りた楽譜はまだ全部練習しきれてないし、マスターするまで借り続けることを考えると買ったほうが安上がりかも知れない。

 

「それもありだね。ちなみに一冊いくらなの?」

 

「基本的に一冊二十文になります! 五冊以上まとめてお買い上げのお客様は、なんとドドンと一割引です!」

 

 小鈴ちゃんはそう両手で五本指を出しながら笑顔で言う。

 

 なんかゲ○みたいなサービスやってんな。あっちはどっちかと言えば買い取りだけど。

 

「それはお得だね。そうだな……今借りてるのが四冊だから、あと一冊新しい楽譜見つけて、それ合わせて全部買っても大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ。あと一冊持ってきてくださればこちらで手続きしますから、好きなの選んできて下さいね?」

 

 俺は小鈴ちゃんに言われた通り、楽譜の置いてある棚を見やる。

 

 前回と大きく違いはないが、新しく入荷された楽譜も結構入っているようだ。

 

 おっ、ボーイⅡメンがある。でもギター曲じゃないからパス。

 

 しかしここの本も一体どこから仕入れてるんだろうな。香霖堂もそうだけどやっぱり無縁塚か? それとも賢者様から購入か?

 

 海がないのに塩問屋はあるみたいだし、幻想郷の物流事情には謎が尽きない。

 

 俺はそんなことを考えつつ、更に本棚を物色する。

 

 ……うお、ロックの神様チャック・ベリーだ! 前回無かったからこれが新しく仕入れたやつか……これは絶対に買おう。

 

 俺は良さげな楽譜を見つけてそれを棚から取り出したあと、カウンターの小鈴ちゃんのもとに持っていく。

 

「これいいかな? 前回借りた分と合わせて全部購入で」

 

「はーい! 五冊分……から一割引いて、九十文です!」

 

 俺はそう言われた通りの額を支払う。

 

 いやー、いい買い物をした。今から練習するのが楽しみだ。

 

 俺がニコニコと上機嫌でお金を払っていると――ふと、小鈴ちゃんの首に見慣れない首飾りが掛かっているのが見えた。

 

 これは、まさか……!?

 

「て、店員さん、その首飾りは……?」

 

「え? あっ、これですか? 人里にいた怪しい占い師のお婆さんから貰ったんです! 何かこれを持つ者は、特別な人生を歩む運命にあるとか!」

 

 そう言って小鈴ちゃんが自慢げに見せびらかす、歪んだ人の顔のパーツが刻まれた卵型の物体。

 

 その禍々しい造形に、まるで本物の人体かと見紛うほどの生々しい質感。

 

 ……いやこれベ○リットじゃねーか!

 

 力を渇望するあまり因果律の環に結ばれちゃってるじゃん! 妖怪通り越してゴッ○ハンドにでもなるつもりか!?

 

 い、いや、まだ本物と決まった訳じゃない。前回のこともあるから警戒したが、ただ似せて作っただけのファングッズの可能性もある。

 

「あ、動いた! ほら、これ凄いんですよ? たまに瞬きするんです!」

 

 そう言って小鈴ちゃんが嬉しそうに首に下げたベヘ○ットを見せてくる。

 

 アカンこれ本物だ! このままでは小鈴ちゃんが使徒になってしまう!

 

「て、店員さん、もしかしたらそれちょーっと危ないやつかも知れないから、人里の偉い人か、妖怪の賢者様に相談したほうが良いんじゃないかな……?」

 

「えー? でも、しばらく付けてますけど、何も起きませんよ? それにほら、よく見ると可愛い気がしてくるし、そんな悪いものじゃないんじゃないかなあ?」

 

 駄目だ、相変わらず危機意識ゼロ娘だこの子……。

 

 かくなる上は小鈴ちゃんに嫌われるのを覚悟で、俺が霊夢か慧音先生にチクるしかない。

 

 そう覚悟を決めた、その時――

 

「あっ!」

 

 突如として小鈴ちゃんがそう声を上げたあと、プツン、とベヘ○ットを留めていた紐が切れて、カウンターの下に落ちる。

 

 そしてそのまま床をコロコロ転がったあと、コロンと床板のスキマに綺麗に入り込んでしまった。

 

「あ、ああ〜〜! 私のタマちゃんがぁ!」

 

 小鈴ちゃんは悲鳴のような声を上げながら、床板のスキマをのぞき込む。

 

 卵型だからタマちゃんね……名前をつけるほど気に入ってたのか。

 

 しかし俺は見たぞ……今の一瞬、小鈴ちゃんの背後で白い光のようなものが走って、首の紐をプツンと絶ち切ってしまった所を。

 

 恐らくあれは、ゆかりんの『飛行虫ネスト』だ。緋想天で見たのと同じ感じのレーザーだったから間違いない。

 

 今日も今日とて賢者様は鈴奈庵の警戒には余念がないらしい。

 

 まあ人里の火薬庫だもんなここ……。前回といい、一体どこからあんなものを引っ張ってくるのやら。

 

 いつもありがとうゆかりん。おかげで幻想郷で蝕が起きずに済みました。

 

「ま、まあまあ気を落とさないで。どっかいっちゃったってことは縁がなかったんだよ。それにそんな凄いものにも見えなかったし……」

 

「うう、タマちゃん……」

 

 俺はそう一声かけたあと、落ち込む小鈴ちゃんを他所に鈴奈庵を後にする。

 

 恐らくこの後床板を剥いで探したとしても、既にゆかりんが回収済みだろう。

 

 なんというか、幻想郷って色々と奇跡的なバランスで成り立ってるんだな……。

 

 ともすればきっかけ一つで一気に崩壊へと傾きかねない。

 

 均衡を保つ賢者様方の影の努力に感謝しながら、俺は帰途についたのだった。

 

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