その日の夕方――
「ほっほっほ! まさか聖殿御自らがお出迎えとは恐れ入るわい。勝手に出ていった身でこんな丁重に迎えられるとは身が竦むのう」
その言葉とは裏腹に、お供を三匹ほど引き連れて堂々たる態度でマミゾウが帰宅を果たした。
お供の子たちも頭の上に葉っぱを乗せているので、恐らくは変化した狸なのだろう。
「気にせずとも構いませんよ。居候とは言えあなたとて私たちの家族の一員なのですから。おかえりなさい、マミゾウさん」
「うむ、しばらくお世話になりますぞ、聖殿。こやつらはわしの子分で、狸の中ではなかなか目端の利く連中じゃ。掃除なり洗濯なり好きにこき使ってやって下され。寝床は納屋の隅でも宛てがってやれば十分じゃ」
マミゾウはそう言って、お供の狸衆を親指で指し示す。
「ふふふ、そういう訳には参りません。マミゾウさんのお仲間ならうちのお客様も同然です。ちゃんとしたお部屋をご用意致しますので、どうぞ我が家と思って寛いでくださいね?」
「なんと、少しは恩返しと思ったらかえって手間を増やしてしまったか。……おい! お前たち、この命蓮寺はわしが今世話になっている場所じゃ。くれぐれも粗相をするでないぞ!」
「へい!」
「合点でさあ、おやびん!」
「ん、がんばる」
「本当に大丈夫かのう……」
そう元気に返事をする子分たちに、マミゾウは不安そうに漏らす。
「まあ立ち話もなんですからどうぞ中へ。歓迎の席でも開いて差し上げたい所ですが、当寺は夕餉は出しておりません。心苦しいところではありますが、代わりに寝床と湯治の準備はしておりますので」
「うむ、気遣い無用じゃ。そうじゃと思って既に食事は済ませておる。差し当たっては会談の場を設けてくださればそれで十分よ」
そう言うと、マミゾウは今度は俺の方をチラリと見やる。
「ええ、伺っておりますよ。ではマミゾウさんと霧夜は私とともに本堂へ。水蜜と一輪はお連れの方を空いている部屋に案内してあげてください」
「はい!」
「畏まりました、聖」
聖の号令のもと、俺たちは二手に別れて各々の目的の場所に向かう。
ちなみにマミゾウは今は人間に化けておらず、狸の尻尾も丸出しのまま歩いている。
目の前でふさふさ揺れる狸尻尾に思わず手が伸びそうになるが、さすがに我慢して二人の後ろに従う。
再び本堂に戻ると、そこには三人分の座布団が用意されて、既に会談の場が整っていた。
聖は本尊を背にして座り、マミゾウがその対面によっこらせ、と腰掛ける。
俺が聖の隣の座布団に正座したところで、ごく自然に会談が始まった。
「さてどこから説明したもんかのう……。まあ、まずはわしの身分をそこな小僧に明かすところからか」
マミゾウはそう言ったあと、顔の前で印を組んで、ドロンと煙を出して変化する。
――するとそこには、予想通り鯨呑亭で出会った"マミさん"が正面に座っていた。
「……っとまあこういう訳じゃ。どうじゃ? 驚いたか?」
「えっと、はい、まあ……それなりに」
「なんじゃ!? 反応うっすいのう! もっと驚いてくれぬと化かしがいがないわ!」
マミさんの姿のまま不満げに言う。
「ふふふ、マミゾウさん、霧夜は既に酒場で出会った女性があなたであることは知っているんですよ。なので今更驚くようなことはありません」
「なんじゃと? まったく……大方ぬえのやつ辺りがネタバレしたんじゃろう。化け狸が種を明かされては
マミゾウはそう言うと、ため息混じりにドロンと変化を解く。
なんだか知らない間にぬえちゃんのせいになってしまったが、申し訳ないがそのままにしておこう。
何せ俺の事情は説明するにはややこしいし、周りに知られたらそれはそれで厄介なことになる気がする。
聖も訂正しないところを見ると、俺と同じ考えなのだろう。
「まあ良いわ。本題はそこではないからのう。実は今回命蓮寺にわしが参ったのは……そこな小僧に力を貸して欲しいからじゃ」
「霧夜に?」
「俺に、ですか?」
俺と聖は、ほぼ同じタイミングでそう聞き返す。
「左様。聖殿は小僧の保護者であるが故にきちんと話を通すべきと考えたまでじゃ。……実はこの度、山の神様から良い話を頂いてのう」
「八坂様からですか?」
マミゾウの言葉に、聖はそう聞き返す。
「うむ、その名も守矢神社奉楽祭――仮名称『モリヤ・ロック』じゃ! わしはそこの総合演出と総合"ぷろでゅーさー"に任じられてのう。外界から来たお主なら分かるじゃろう? これはとどのつまり、"ロックフェス"じゃよ、ロックフェス!」
「ろ、ロックフェス……!?」
俺は、その余りにも魅力的な響きに思わず声を上擦らせる。
ロックフェスと言えば、日本で有名なのはフジロックやサマーソニック、ロックインジャパンなどだ。
特に新潟のフジロックは、毎年十万人以上を動員する、世界レベルのロックフェスだ。
あんな大規模な音楽祭が幻想郷でも開催されるってのか!?
「ぬふふ、予想通り目を輝かせておるのう。……それでじゃ、総合ぷろでゅーさーに任命されたわしは演者を集めねばならん。当然、大規模にやる以上、おままごとのような演奏は許されん! 演者は皆高い水準で固めて、観客に満足と興奮を与える必要がある!」
マミゾウはそう言ったあと、ビシッと俺に指先を突き付けた。
「お主にそれに出てもらいたい。これは山の神様直々のお達しでもある」
「神様が……? あっ、一昨日のことか!」
俺は、鯨呑亭で神奈子様に酷評された苦い記憶を思い起こす。
「ほう! 察しが良いのう。そうじゃ、あの時の
「そうだったんですか……それは大変光栄ではありますが……」
俺はそう応えつつも、ちらっと聖の顔を見やる。
俺自身が出る気満々でも、聖がどう思うかは分からない。
多分駄目と言われても俺は強引に出るだろうが、出来れば聖にも応援して欲しい。
当の聖は、目を瞑ってじっと黙り込んだままその場に佇んでいた。
「あの、聖……」
「聖殿、保護者である貴女の意見も伺いたいのう」
「――霧夜を、この子を山の信仰稼ぎの為に利用しようという訳ですね?」
聖は閉じられていた口を開き、ポツリとそう呟く。
その言葉に俺はハッとする。確かに、守矢神社がそういう催しをする時には、大抵裏に信仰稼ぎがある。
俺は自分がやりたいかだけを考えていたが、聖はその裏の思惑も読んでいたということだ。
「ふむ……なるほど、さすがは聖殿と言ったところじゃ。山の神の腹の内などお見通しという訳か。だが、これは悪い話ではないぞ? ……人間にとっても山の神は庇護者とも言える存在じゃ。その力が強まるのは小僧にとっても歓迎すべきことじゃろう。それに報酬も出るし、顔だって売れる。演奏家として大勢の前で楽器を弾くのもこの上ない名誉とは思わぬか?」
「そ、それは確かに……」
マミゾウは途中から、こちらの方に視線を向けて語り掛けてくる。
聖を説得するよりこちらの方が組み易しと判断したのだろう。
……大正解だ。正直俺はめちゃくちゃ出たい。多分俺一人だけだったら二つ返事で出ていただろう。
だけど、聖の不利益になるような事はしたくない。
命蓮寺の建立に守矢神社が協力していたりと、実は二つの組織はそれほど険悪な訳ではない。
だけど、二つの組織は一応人里での信仰を取り合う宗教組織としてのライバルでもある。
曲がりなりにも命蓮寺の一員である俺が、自分の欲望のためにライバルである守矢神社に一方的に利するのは正しい行動なのか?
なんかかなりデカいイベントっぽいし、これをきっかけに人里での信仰が守矢一強になってしまったら、後々聖の悩みのタネになりそうな気もする。
なんとかして命蓮寺も守矢神社も利益が出る方に誘導出来ないだろうか……。
「霧夜、全てあなたにお任せします。私に遠慮する必要はありませんよ。あなたは命蓮寺の一員ではありますが、それ以前に一人の人間なのですから」
「…………!」
その聖の言葉に、俺はふとあることを思いつく。
――そして、意を決してマミゾウに答えた。
「俺は……参加したいと思います。ただ、こちらから二つ条件を出しても良いでしょうか?」
「ほっ、条件とな! たかが一演者がずいぶんと強気に出たものじゃのう。まあ良いわ。言うだけ言うてみよ」
マミゾウは、煙管から紫煙を燻らせながら、こちらを値踏みするような眼差しを向けて言う。
「はい。一つは……俺は今、鳥獣伎楽ってバンドと一緒に活動しています。出演するならその子たちと一緒に出たいです」
俺の言葉に、マミゾウは少し考えたあと言った。
「ふむ……まあそれは良かろう。一応山の神に確認は取るが、まあ問題なく許可されるじゃろう。してもう一つは?」
その問いに、俺はすう、と息を吸い込んだあと、意を決して言った。
「はい、それは……運営側に命蓮寺も加えて欲しいんです。主催は守矢神社で構いませんが、協賛や共同開催のような形で、命蓮寺も信仰をアピールできる形になるのが望ましいです」
「…………!?」
その言葉に、聖が驚いたようにこちらを見やる。
「それは……ちと難しいかも知れんぞ? 山の神は人里の信仰を独占したがっておるぞ。わざわざ他所に信仰が流れるようなことを許可するかのう」
マミゾウは渋い顔で難色を示す。
だが、悪いがこれだけは譲れない。
流石に聖にこれだけ世話になっておきながら、後ろ足で砂をかけるような真似はできない。
どうにかして命蓮寺もこのイベントにねじ込みたい。その為にはもう少し強気で交渉する必要がある……!
「この条件が通らないなら……申し訳ありませんが、俺は参加することは出来ません。俺も命蓮寺の一員ですから、他所の組織のためだけに働くのは不義理に当たると思っています」
「ふむ……言っておくがお主一人が欠けたところで、なんの問題もなく奉楽祭は開催されるぞ? わしや山の神はお主のことを知ってはいるが、他の大衆にとってお主はまだ何者でもない。そんな者が不参加をチラつかせたところで、なんらかの交渉材料になるとは考えぬことじゃ」
俺の言葉に、マミゾウは冷淡にそう告げる。
確かにマミゾウの言う通りだろう。
これが誰もが知る有名なアーティストなら、不参加というのは強力な交渉カードになるが、俺は幻想郷では呑み屋でギターを弾いているだけの無名な若造だ。
そんな奴が出ないと言ったところで、相手にはなんの揺さぶりにもならないだろう。
――だが、俺には俺の交渉材料がある!
「自分で言うのもなんですが、幻想郷で一番ロックに精通してるのは俺です。外の世界の楽曲に関してのレパートリーも豊富ですし、ギターの演奏に関しては誰にも負けません!」
俺はそう前置きしたあと、更にこう続ける。
「逆に聞きますけど……そんな俺を欠いてロックフェスが成り立つんですか? 八坂の神様は常に本物を求めていると仰っていましたが、一番実力のある演者を抜いて開催されるイベントは、果たして本物と言えるのでしょうか? 中途半端なことをすると、かえって八坂様の顔を潰してしまうのではないかと心配してしまいます」
「…………!」
そう言い放つと、マミゾウは苦虫を噛み潰したような顔で押し黙る。
かなりぶち上げたが、こうまで言わないとマミゾウを動かすことは出来ないだろう。
それに事実でもある。俺よりギターが上手いやつも居ないだろうし、俺より経験豊富で外の楽曲のレパートリーが豊富な奴もいないはずだ。
イベントを盛り上げるには俺の存在は必要不可欠、向こうは何としても俺には出て欲しいはずだ! 自分の価値を信じろ!
俺がそうぐっと覚悟を決めてマミゾウに対峙すると、相手はトントン、と指先で膝を叩きつつ厳しい顔で黙り込む。
しかしやがて――ニヤリ、と笑みを浮かべたあと言った。
「くくくっ……謙虚かと思えば傲慢、小心と思えば大胆、か。どうやら萃香のやつの講評は的を得ていたようじゃのう。……良かろう! その条件で山の神をなんとか説得してみよう。だが上手くいくかは分からぬぞ。あくまで向こうの意向次第だと言うことを忘れるな」
「あ、ありがとうございます!」
「霧夜!」
俺がほっ、とマミゾウに頭を下げた瞬間、隣に座っていた聖が俺に抱きついてくる。
「えっ!? あ、あの……」
「ふふふ……孝行な弟子を持って私は幸せ者ですね。私たちのことまで考えてくれるなんて、霧夜は本当にいい子ですね」
「あ、あの、聖、マミゾウさんがいらっしゃいますけど……!」
俺がそう必死に訴えるも、聖は耳に入らないのか、ぎゅっと抱きしめたまま頬ずりまでしてくる。
う、嬉しいし気持ちいいが恥ずかしい……! というかこれ大丈夫なのか!? 一組織の長としてあるまじき姿を晒しているような……。
「おうおう、お熱いのう! 見ているこっちが恥ずかしくなるわい。ま、とりあえずわしから話すことは以上じゃ。明日には山の神と会談の予定があるから、その後に交渉の結果を直接伝えよう。あちらさんが呑んでくれると良いがのう」
マミゾウはそう言うと、膝を叩いてその場から立ち上がる。
「あ、はい! よろしくお願いします」
「ご苦労さまでした。あなたの部屋はそのままにしていますので、今夜はどうぞそちらでお休みください」
「うむ。しかしあの堅物の聖がのう……」
マミゾウはそう言って、不思議なものを見るような目でこちらを見やりながら本堂を後にした。
俺はその後も、聖にベタベタに甘やかされたあと、どうにかそれを固辞して部屋に戻った。
なんだか最近、俺が弟(仮)になってからスキンシップが過剰なような……。
もしかしなくても聖ってブラコンだったのか?
いや嬉しい、聖のことは好きだしめちゃくちゃ嬉しいんだが……おかげで下半身が大変なことになって困る。
そりゃあんなナイスバディに抱きつかれたり頬ずりされたりしたら反応するだろ! 俺だってまだ19だぞ!
くそっ、ここから二日は命蓮寺で過ごす予定だし、スッキリしようにもタイミングが悪い……!
どうにかしてこの二日は乗り切ろう……!
俺はそう決意を滲ませつつ、前屈みになりながら自分の部屋へと帰っていった。