次の日の朝――いつも通り俺を起こしに来てくれた響子に、昨日あったことを説明する。
「ホントに!? 守矢神社がロックイベントやるの!?」
「ああ、まだ大っぴらには秘密らしいけど。それで、鳥獣伎楽と一緒に出たいって言ったんだけど、勝手なことしてまずかったかな?」
俺は響子にそう伝える。
響子たちも当然出たがるだろうと勝手にエントリーしてしまったが、よく考えれば独断専行も良いところだ。
もしかしたら普通に嫌がられるかも知れないと思ったが、響子の反応は俺の予想通りのものだった。
「ううん、そんなことない! 出られるなら絶対出たいよ! 霧夜、ありがとー!」
そう言って響子はぴょん、と布団越しに俺の上に飛び乗ってくる。
「うわっ、ちょっ……いてっ! ったく、響子は……」
「えへへへ」
俺は、腰にしがみついてくる響子の頭を撫でる。
響子は髪をぐしゃぐしゃにされながらも、俺の胸元で嬉しそうな笑みを浮かべていた。
その様はまるで人懐っこい犬のようだ。これでも俺よりずっと年上のはずなのに、まるで近所の女の子のような親しみやすさが響子の魅力だ。
「一応響子からミスティアにも伝えておいて貰えるかい? 俺たちは良くてもミスティアは嫌がるかもしれないしさ」
「あはは、大丈夫だって! みすちーもライブしたがってたからきっと喜ぶと思う! 今晩屋台の手伝いに行くつもりだから、その時に伝えておくね!」
俺はそれに頷いたあと、ひとしきり響子の髪をぐしゃぐしゃ撫でくってから一緒に食堂に向かう。
食堂では既に皆勢揃いしており、俺の隣の下座には、マミゾウが連れてきた狸衆が三人揃ってチョコンと座っていた。
「おはようございます、聖様」
「はい、おはようございます。では、皆揃ったので頂きましょうか」
そして聖の号令のもと、いつもの朝食が開始される。
「おお、懐かしいのう! 最近は不摂生な酒食に耽っておったからのう、命蓮寺のこの健康的な食事が一層身にしみるわい」
出された膳を見て、マミゾウははしゃぎながら箸を手に取る。
ちなみにマミゾウは客人扱いなので、聖の隣の上座だ。
子分たちは親分とだいぶ離されたとこに座らされて、不安そうに辺りをキョロキョロしていた。
「な、なあ、これってどうやって食べるんだ?」
「さあ?」
「隣の真似、すればいい」
そう最後の一言とともに、子狸たちは隣に座る俺のことをじ~っ、と見てくる。
た、食べづらい……。
妙にプレッシャーが掛かるが、俺の食事する姿がこの子たちの作法の基準になるなら、下手な姿を見せる訳にはいかない……!
俺は頭の中で教えられた作法を反芻しながら、出来る限り上品に見えるように口に運ぶ。
子狸たちも俺の動きを目で追いながら、それに倣ってぎこちないながらも各々が食事に手を付け始めた。
「ふぅん……あなた、お作法も結構さまになってきたじゃない。ここに来た当初は酷いもんだったけど」
そう言って、隣の一輪が感心したような声をあげる。
実際問題、俺もここに来た当初は食事の作法なんて微塵も知らなかったが、頑張って覚えたおかげか、今はひとまず恥ずかしくない程度には出来ている。
それもこれも、食事中にしっかり指導してくれた一輪教官殿のおかげだろう。
自分で言うのもなんだが俺は育ちが悪い。親からあんまり食事のマナーを教えてもらった経験もないので、彼女の功績は大と言える。
「ははは……一輪さんのご指導のおかげです。以前の俺は作法のさの字もまともに知らなかったので」
「ふふふ、そうでしょう? 感謝しなさいよ。あと、私を呼ぶ時は『一輪姐さん』と呼びなさい。あんたはもう客じゃなく弟弟子なんだから」
「わ、分かりました、一輪姐さん」
俺がそう言うと、一輪は満足げに頷く。
色々口煩く言われた時もあったが、何だかんだで一輪は良く面倒を見てくれたので感謝している。
それに、こういう扱いもちゃんと仲間だと認められてるってことだから、それに関してはちょっと嬉しくもあった。
その後は、いつも通り食事を済ませたあと、それぞれが自身のお勤めへと向かっていった。
* * *
「それじゃあ霧夜さんは今日も墓場の清掃をお願いします。以前やったのでもう要領は分かりますよね?」
「あ、はい。大丈夫です」
村紗から指示を受けて、俺はそう答える。
相変わらず俺のお勤めの指示は村紗が行っている。いわば直属の上司のようなものだ。
なので、いつまでもさん付けもあれなので俺はこう提案する。
「あ、もしよろしければ村紗さんも俺のことを霧夜って呼び捨てにして下さいませんか? 姉弟子にいつまでもさん付けで呼ばれるのもなんだか申し訳ないので……」
俺の言葉に、村紗はニヤニヤとしながら答える。
「あら、聖や一輪に飽き足らず、今度は私にまで食指を伸ばそうと? 人畜無害そうに見えて意外と手が早いんですねえ」
「がっ……! い、いや、そう言う下心ではなくてですね、単にもっと気安く接して欲しいというか……!」
俺は必死にそう弁解する。
いや、確かに少しはあわよくばって気持ちはなくはなかったけど、それはちょっと酷くないか!?
村紗と話すといつもこうなるな……俺はそんなにスケベ野郎に見えるんだろうか?
俺が若干落ち込みながらそんなことを考えていると、村紗はぷっ、と吹き出しながら言った。
「あはは! 冗談ですよ、冗談。霧夜はすぐに顔に出るから、ついからかいたくなってしまうんです。私の悪い癖ですね」
そう悪戯っぽく微笑む村紗に、俺は不覚にもドキッとしてしまう。
くそっ、悔しいが船長はからかいさえなければ儚い系の美少女だ。いつも負けてばかりだが構ってもらえて少し嬉しい自分もいる。
「は、はあ……。あ、今霧夜って」
「そうですね……霧夜が自分の呼び名を指定してくるなら、私も今度から霧夜には『水蜜お姉ちゃん』って呼んでもらいましょうか。それでおあいこですし」
そうとんでもない要求をしてくる村紗に、俺は思わず顔が引き攣る。
「い、いや、いくらなんでもそれはちょっと……!」
「あら、聖のことは影で姉さん、なんて呼んでるくせに、私はダメなんですか?」
「な、なぜそれを……!? ではなくて、流石にそれは勘弁してください……!」
俺はそう懇願する。
流石に水蜜お姉ちゃん、なんて呼び名を公で呼ぶのは恥ずかしすぎる……!
嬉しさよりも恥ずかしさが数倍勝つので罰ゲームにしかならない。聖に一体どんな顔されるか……。
「ふふふ、冗談ですよ。可愛い弟を取ったら聖に怒られてしまいますから。……では今後は水蜜とお呼びください。あ、丁寧語に関しては私が好きでこうしてるだけなのでお気になさらず」
「分かりました……。では水蜜さんで」
俺はどっと疲れながらそう答える。
くそっ、この小悪魔め……! いつか分からせてやるからな! 勝てるビジョンがまったく思い浮かばないが……。
俺はそんなことを考えつつ、命蓮寺の裏の墓地へと向かう。
勝手知ったる墓地はいつも通りおどろおどろしい雰囲気だが、二回目ともなれば慣れたもので大した怖さはない。
そりゃたまに人魂を見ることはあるが、はっきり言って幻想郷ではそんなもんより怖いものがたくさんいる。
一応幽霊の中でも、近づいちゃいけない危険なものがいるそうで、そういうのは聖から教えてもらっている。
まず白くて薄いモヤのような、存在が希薄な霊は浮遊霊や生き霊なので放っておいて大丈夫。
次に赤かったり黒かったり、ちょっと色の付いた霊は害意があるので近付かないようにとのことだ。
青紫色だったり、赤黒かったり髑髏の顔が付いている人魂は危険な怨霊なので、即座に逃げるか助けを呼ぶこと。
一番危険なのは、存在がはっきりとした人型でありながら足だけがない霊――それはもう霊の枠を超えた力を持つ特別な悪霊なので、絶対に刺激しないようにとのことだ。
これは蘇我屠自古や宮出口瑞霊、そして旧作になるが魅魔様などがそれに当たるのだろう。
そらもうそんな連中と喧嘩なんか出来るか! 俺はただの人間だぞ、自分の部屋に帰らせてもらう!
そんなこんなで聖から危険な霊の見分け方を伝授されたので、俺は警戒しつつも安全に墓地の掃除に挑むことが出来ていた。
もしかしたらもう一度小傘ちゃんと再会出来るかと期待したが、残念なことに今日はいないらしい。
なのでさっさと掃除して終わらせちまおうかと、竹箒片手に墓地を徘徊していたその時――
――ザクッザクッ
と何処からともなく、土を掘り返すような音が聞こえてくる。
「…………!?」
その瞬間――俺は背筋にゾワリと悪寒を感じつつ周囲を見回す。
なんだこの音!? 今日誰かの墓掘りとかあったっけ!?
ここは寺なので、人里で不幸なんかがあった時は、普通に葬儀と埋葬を引き受ける時はある。
命蓮寺の墓地は管理が行き届いていると評判が高く、それ目当てで入信する人もいるくらいだ。
だがおかしい……今日は土葬の予定は入ってなかったはず。
普段土葬をする時は、墓掘り人を呼んで聖の立ち会いの元埋葬するのが普通のはずだ。
だけど今日は土葬の予定は聞いてないし、聖も今は本堂にいるはず。
怪しい……聖を呼ぶべきかと思ったが、万が一勘違いだったら迷惑なので一応正体だけは確かめておきたい。
俺はそう思い、こそっと息を殺しながら音の出どころに向かう。
土を掘っているのは墓地のかなり奥の方らしく、竹藪近くの暗がりから一定の間隔で聴こえてくる。
墓石の影に隠れながら、俺は息を殺して慎重にそちらに向かっていく。
「…………!」
緊張で思わずゴクリとツバを飲み込む。
心臓の鼓動がやけに大きく聞こえるが、俺は物陰に身を潜ませながらどうにか気付かれずに数メートルの距離まで近付くことが出来た。
そして、いざ墓石の陰から相手を確認しようとした、その時――
「うらめしやーっ!」
「うわぁーー!?」
突如、うなじにペタリと生温かい何かが触れる感触と同時に、真後ろからの大声に俺は絶叫を上げて腰を抜かす。
「あはははは! やったー! 驚いた! また驚いたー!」
振り向くとそこには――先ほどまで居ないと思われていた小傘が、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大喜びしていた。
先程のうなじに付いた生温かいものは小傘のナス傘の舌だったのか……!
だが今はそれどころじゃない!
「しー、しー! 静かに!」
「?」
俺が口元に人差し指を当てるジェスチャーをすると、小傘はキョトンとした顔で首を傾げる。
いつの間にか先ほどまで、ずっと続いていた土を掘る音がピタリと止まっている。
恐る恐る後ろに振り向くとそこには――赤髪のおさげを両肩に垂らして、緑色のドレスを着た獣耳に二又尻尾の妖怪が、こちらに背を向けてじっと佇んでいた。
その少女の手にはスコップが握られ、地面からは……掘り返したであろう、新鮮な死体の手が飛び出していた。
「……見ぃ〜た〜なぁ〜〜!?」
「うわぁぁぁ!」
「ぴゃああああ!」
あ、あのシルエットは……お燐!?
俺は会えて嬉しいのと、死体を掘り返しているというシチュエーションの恐怖が同時に押し寄せて、半ば混乱しながらそう叫ぶ。
お燐は振り向きざまにこちらに向けてニヤリと笑みを浮かべ、口元の牙を光らせた。
その周囲には青紫色の怨霊をいくつも従え、こちらを威圧するように飛び回っていた。
……てか小傘はお化け側だろ! 俺と一緒になってビビってどうすんだ!
「にゃははは、な〜んてね! つい先日命蓮寺で葬式があったって聞いたから、やっとの思いで忍び込んだのにまさか見つかっちゃうなんてねえ……こうなったら仕方ない! 三十六計逃げるに如かずだ!」
お燐はそう言うや否や、すかさず死体を猫車に乗せたあと、その場から脱兎のごとく走り出す。
「……あっ、コラ! 泥棒! 死体泥棒ー!」
正気を取り戻した俺は、慌てて大声で叫ぶも、お燐はぴょんと軽々と塀を飛び越えてそのまま走り去ってしまう。
速っ!
埋葬された死体に興味はないはずなのに……まだ死にたてホヤホヤならその限りではないってことか!?
いや、そんなこと考えている暇じゃない! 早く誰か呼ばないと死体が持ち去られてしまう!
俺が慌てて聖に報告に向かおうとした次の瞬間――頭上をビュン、と凄まじい速さで黒い影が通り過ぎて、塀の向こうにすっ飛んでいく。
あの黒いドレスに長い髪のシルエットは……まさか聖!?
俺がそう考える間もなく、お燐と聖が消えた塀の向こう側から、ゴスッという鈍い音と同時に、ギニャーーっ! と猫が潰されたような壮絶な絶叫が響く。
……おおう、南無三されたか。
俺は塀の向こう側に合掌したあと、ホッとため息を吐く。
小傘は小傘で何かのトラウマが刺激されたのか、涙目になりながら俺の足に縋り付いてガタガタと震えていた。