幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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※三人称です


第三十八話 神と鬼の酒比べ

 

 その日の晩、草木も眠る丑三つ時に、人里を通る者の姿があった。

 

 風光明媚な山の神、八坂神奈子である。

 

 神奈子は前日にマミゾウにより指定された会談場所に、足を運んでいた。

 

 自身もたまに顔を出す居酒屋『鯨呑亭』。そこを会談場所にしたいと言ってきたのだ。

 

 それもこんな夜遅くの時間に。

 

 一体あの狸は何を考えてるんだと思いつつも、律儀な神奈子は店へと足を運んでいた。

 

(まさか……あの狸に謀られたか? いや、流石に神を欺くようなことはしないはず。だとしたら何でこんな時間に……)

 

 神奈子は不審がりつつも、件の店の前に立つ。

 

 そして、暖簾を下ろしてしっかりと閉じられた店構えの前で呆れ混じりに戸を叩いた。

 

(まったく私は何をしているんだ? もしこれが嘘なら、奴にはそれなりの報いを与えねばなるまい)

 

 もし、と声を掛けてトントン、と控えめに戸を叩く。

 

 すると――中から『はーい!』という聞き慣れた明るい声とともに、ガラリと閉じられた戸が開かれた。

 

「あっ、山の神様ですね? マミゾウさんから伺っています! 中へどうぞ!」

 

 そう言って顔を見せたのは、昼の鯨呑亭では馴染みの給仕、奥野田美宵であった。

 

「む……本当にこんな時間に店をやっているのか?」

 

「ふふふ、中には入れば分かりますよ。どうぞ!」

 

 そう言って美宵に導かれて足を踏み入れると、中は昼間の活況とは違う、如何にも怪しい雰囲気が漂っていた。

 

 カウンターで酒を飲みながら、自分にチラリと視線を向けてくる、角を生やした少女――あれは確か伊吹萃香だろうと神奈子は当たりを付けた。

 

 そしてその隣に座るは、馴染みの天狗のブンヤ、射命丸文であった。

 

 帽子を取って会釈してくる文に、神奈子はうむと頷き返した。

 

 そしてマミゾウは――座敷の奥の席で、神奈子に対して手招きをしていた。

 

「さあさあ、よくおいでなされた山の神よ。どうぞこちらに座られよ。御身が上座じゃ。上座であり神の座でもあるとはなんとも洒落の効いたことじゃ」

 

「……大物妖怪が徒党を組んで人里で我が物顔で飲み食いか。あまり感心はせん光景だな」

 

 えらく歓待されているものの、幻想郷の秩序を護るスタンスに身を置いている神奈子としては、目の前の光景ははいそうですかと受け入れ難いものがあった。

 

 もっとも『騒動の陰に守矢あり』と言われるほどに守矢神社は騒ぎの代名詞となっている。そのトップが秩序を説いたところで、耳を傾ける者がどれほどいるかは定かではなかった。

 

「まあそう固いことを仰られるな。我ら妖怪とて、ちゃんとした店で飲み食いしたくなることはある。だが人里で大手を振って飲むことは出来んから、人目を憚って深夜にコッソリやっておるのじゃ。慎ましいものじゃろう?」

 

「どうだかな……。まあいい。深夜に集まって呑むくらいなら口煩くは言うまいよ。騒動を起こすようなら排除するが……」

 

「……あ? お前が私たちを排除だって? どうやるんだ、言ってみろ」

 

 神奈子の一言に、カウンターで静かに呑んでいた萃香が食って掛かる。

 

 途端その場は騒然となり、店内の空気がピンと張り詰める。

 

「ふ、鬼か……妖怪の中では無類の強さを誇り、確かにその力は神にも届こう。だが、私をそこらの三級神と一緒にするなよ。お前ごときひねり潰す力はまだ残っているつもりだぞ」

 

「信仰を失って幻想郷に逃げ込んできた分際で何を言う。私の力の源泉は百鬼夜行、怪異を恐れる人の心そのものよ。人に忘れ去られ、うらぶれた神など恐るるに足らず!」

 

 そう言って互いに睨み合いが始まった所で、慌てて他の者が割って入る。

 

「ま、ま、山の神どの、ここはわしの顔を立てて引いてくれんか? な?」

 

「い、伊吹様、ここはどうか穏便に……」

 

「お願いですからお店で喧嘩は辞めてくださいっ!」

 

 そう神奈子はマミゾウが、萃香は文が抑えてどうにかその場は収まる。

 

「……ふん、どうやらあまり客層のガラは良くないようだな」

 

「まったく、一体誰がこんな奴呼んだんだ、酒が不味くなる!」

 

 そう互いに文句を言いながら、ドカッと荒々しく自分の席に座り直す。

 

 マミゾウはそれにふう、と冷や汗を拭ったあと、自身も神奈子の対面に腰かけた。

 

「まったく肝を冷やしたぞ……。まさか来るなり萃香と一悶着起こすとはな」

 

「私から喧嘩を売ったわけじゃないぞ。向こうから絡んできたんだ。そこを間違えられては困る」

 

 非難するようなマミゾウの口調に、神奈子は平然とそう答える。

 

「そうは言うがな、山の神よ。わしが御身をこの『蚕食鯨呑亭』に呼んだのは、何も酒を飲みながら話したいからと言うだけではない。御身の目的のためにこの場にいる者たちの協力が必要不可欠だと思ったからじゃ」

 

「なんだと?」

 

 マミゾウの言葉に、神奈子は怪訝な顔で聞き返す。

 

「そうじゃ。まず第一にあの天狗のブンヤじゃ。奴は人里ではそれなりに多くの購読者を抱えておる。広告を大々的に打ち出すために、今のうちから情報を共有して内々に味方につけておくに越したことはなかろう」

 

「それはそうだが……」

 

 その言葉に、神奈子は一応納得する。

 

「そして次は美宵じゃ! あ奴の料理は人里で人気が高い。鯨呑亭の名前で屋台を出店すれば、それだけで人を集められる要因となるじゃろうな」

 

「うむ」

 

 神奈子はそれにも異議がないのか、頷きながら同意する。

 

「極めつけは萃香じゃ! 奴は人妖問わず、ありとあらゆる場所から人を萃める力を持つ。その力は強力無比で、奴さえ味方に付ければぶっちゃけ他の集客要素などおまけじゃ。この席で仲良くなって、上手く祭りの運営側に引き込めればと思っておったのじゃが……」

 

 マミゾウはその言葉の途中で、先ほどまでのやりとりを思い出して頭を抱える。

 

 今や萃香はすっかりへそを曲げており、神奈子たちとは離れた席で、不機嫌な表情のまま酒をがぶ飲みしている。

 

 あれでは到底協力など望めないだろう。

 

 かくなる上は別のプランを考えねばならぬと、マミゾウがため息をついた、その時――

 

「なるほど……そういう訳だったか」

 

 神奈子はそう言うと、ガタンと席を立つ。

 

 そして、萃香の方にツカツカと歩み寄った。

 

「お、おい、どうするつもりじゃ!?」

 

「まあ見ていろ」

 

 神奈子はそう言うと、ドカッっと乱暴に萃香の隣の席に座る。

 

 そして、カウンター内で給仕をしている美宵に言った。

 

「給仕、私のボトルがまだあっただろう? それを開けて、こいつに一杯呑ませてやれ」

 

「えっ、は、はい!」

 

 いきなりのその言葉に、美宵は険悪な空気に怯えつつも注文通りに従う。

 

「……あ? なんだ、さっきの詫びのつもりか?」

 

「詫びだと? 違うな。二流の安酒しか知らぬ田舎妖怪に、洗練された本物の酒の味を教えてやろうというのだ。神の慈悲というものだな」

 

「なんだと……!?」

 

 更に煽る神奈子に、萃香はピキピキとグラスを握り潰しながら激昂する。

 

「な、なんちゅうことを……!」

 

「ひえっ……!」

 

 そのもはや殺気すら混じり始めた空気に、文は愚かマミゾウすら割って入れず、蚕食鯨呑亭の雰囲気は悪化の一途を辿る。

 

「お、おおお待たせしましたぁ!」

 

 美宵はそんな空気の中でもプロであった。

 

 真っ青になりながらも、萃香の前にコップに注いだ清酒を提供する。

 

 そのまますすす、とカウンターの端まで移動したあと、お盆をまるで盾のようにして小さく縮こまった。

 

「どうだ、飲んでみろ」

 

「…………ふん、こんなもの」

 

 萃香はそう言うと、グラスの酒を手に取って、蚕食鯨呑亭の淡い蝋燭の光に透かして見る。

 

 ――そして、グイッとそのまま一気に飲み干した。

 

「…………!」

 

「どうだ? 美味いだろう。それは私が特別な伝手を辿って手に入れた最上級の銘酒だ。鬼と言えどそうそう呑めるものじゃないぞ」

 

「くっ……!」

 

 勝ち誇ったような神奈子の言葉に、萃香は悔しそうに呻く。

 

 それもそのはずで、神奈子が出したのは、外の世界の最高級の大吟醸で、それも希少な新酒の一番搾りである。

 

 殊の外味にうるさい神奈子は、幻想郷の酒では満足出来ず、秘密裏に外の世界から酒を入手しては鯨呑亭にボトルでキープしていた。

 

 神奈子は他者を動かすために頭を下げることも厭わぬが、鬼に関しては頭を下げるより、力を見せ付けて自分に従わせる方が良いと考えた。

 

 酒に対して一家言ある鬼に、同じ酒の土俵で格の違いを見せ付ける。

 

 それこそが神奈子のやり方であり、そしてそれは確かに効果的であった。

 

「ぐっ……美宵! 私の酒虫の酒の残りがまだあっただろうが! それをこいつに出せ!」

 

 萃香は対抗心を剥き出しにしながら言う。

 

「えっ? で、でもあのお酒は……」

 

「いいから早くしろっ!」

 

「ひぇっ、わ、分かりましたぁ!」

 

 ドン、とカウンターを叩きながら凄む萃香に、美宵は慌てて注文通りに従う。

 

 そしてしばらくして、神奈子の前に酒が提供される。

 

「ふむ……これが鬼の出す自慢の美酒か」

 

 神奈子はそれをグラスに透かしてみたあとに香りを嗅ぐ。

 

「……この匂い、何処かで嗅いだような……?」

 

「いいから早く呑めよ。肝心なのは味だ」

 

 首を傾げる神奈子に、萃香が焦れたように急かす。

 

「ふ、まあそう急ぐな。どれ……」

 

 神奈子はそう言うと、くい、と酒を一口運ぶ。

 

 そしてカッ、と目を見開いたあと、袖から手拭いを出して上品に口元を拭った。

 

「この酒は――美味い」

 

「だろう!? やはり、酒で鬼の右に出る者など……」

 

 その萃香の言葉に被せるように、神奈子は言った。

 

「だが……呑んだのは二度目だ。そこに新鮮さはないな」

 

「……なんだと?」

 

 神奈子の言葉に驚いたあと、萃香は美宵の方を見やる。

 

「あの……以前にうちの店のお酒に文句を付けた、口うるさいお客様がいると言ってたじゃないですか……それがこの人です」

 

 美宵は神奈子の方を指し示しながら、気不味そうに言う。

 

 神奈子が鯨呑亭にたまに顔を出すようになったのも、以前美宵が博麗神社の屋台で提供した、萃香謹製の酒虫の酒にもう一度出会う為でもあった。

 

 奇しくも神奈子は、この降って湧いた酒比べの場で念願の酒に再会することが出来たのだ。

 

「ぐっ……それじゃあ既に博麗神社でネタバラシしてる後じゃないか! 何故それをもっと早く言わない!」

 

「だって萃香さんが早く出せって……!」

 

「ふ、ふふ……そうか。これは鬼の酒だったのか。道理でどこを探しても見つからぬ訳だ。店主が出処を知らなかったのも無理はない」

 

 言い争う二人を他所に、神奈子は額を抑えたまま、くっく、と喉を鳴らしながら一人呟く。

 

 その様子に全員が戸惑いながら、神奈子の動向に注目する。

 

 神奈子はふう、と大きく息を吐いたあと、酒を高く掲げながらこう宣言した。

 

「この酒比べ……私の負けだな。私はこの酒をずっと探していたんだ。最高の材料を使って、熟練の杜氏が造った洗練された清酒はもちろん美味い。……だが、この荒々しくも調和した、不思議な味わいの酒は他に代え難いものがある」

 

 神奈子はそう言って一口酒を呑んだあと、コップを萃香に突き出して言った。

 

「……どうだ? 互いに禍根は酒に流して呑みこんでしまわないか? 良い酒は良い出会いにつながるとも言う。これほどの銘酒が揃いながら、互いにいがみ合っては風味も損なうというものだろう」

 

「…………ふん」

 

 萃香は不精不精ながらも、神奈子の盃に自分のものを突き合わせて乾杯の音を鳴らす。

 

 酒精には、神と鬼の不和すら解く不思議な魔力が備わっていた。

 

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