「そこで私は諏訪子の奴に言ってやったのよ! 『国を差し出すか、それとも首を差し出すか選べ』ってな!」
「わっはっは! 流石は神奈ちゃん! 言うねえ! そういう血の気の多い話は大好物だよ!」
「よせやい、萃ちゃん、照れるぜ」
そう言いつつ、互いに酒瓶片手に赤ら顔で肩すら組みながら、萃香と神奈子は仲良く談笑していた。
「なんじゃ、あいつら……もう百年来の親友みたいになっとるじゃないか……」
「心配して損しましたね……元々性格的な相性は良かったんでしょうけど」
その光景を、引き合わせたマミゾウと、巻き込まれた美宵は呆れながら見守る。
先ほどまで殺気をぶつけ合っていたのも過去の話、元々妖怪相手の宴会をよく開いていた神奈子と、酒と喧嘩好きな萃香の気質が合わさって、今や二人は長年の友のように打ち解けていた。
いつ二人が喧嘩をおっ始めるかとヒヤヒヤしていた周りも、その変わり身の早さに呆れる他なかった。
「しかし……このまま放っといていいんですか? マミゾウさんは何か話があったのでは?」
文にそう指摘されて、マミゾウはようやくはっ、と本来の目的を思い出す。
「そ、そうじゃった。今日は本来打ち合わせに来たというのに……おい、山の神!」
その呼び掛けにもはや神に対する畏怖や敬意などはなく、どうでもいい酔っぱらいに対してのように扱っていた。
「ああん?」
「ああん、ではなくて今日は打ち合わせに来たんじゃろうが! ほれ、さっさとこの資料に目を通せ!」
「……おう、そうだったそうだった。今日はその事で集まったんだったな」
「お、なんだなんだ? 何かの悪巧みか?」
神奈子が受け取った資料に、萃香も興味を引かれたのか覗き込む。
「うむ、実はな……今回私の神社で大きな祭りをやろうと思ってるんだ。人妖隔たりなくかなり大規模な奴にする予定でな、その取りまとめ役をそこのマミゾウに頼んでいたんだ」
「おおー! 祭りか、面白そうじゃないか! 酒は出るのか?」
「一般には出さないが、貴賓席には出すつもりだ。萃ちゃんの席も取っておくか? 私が主催だからそこは好きに出来るぞ」
「もちろんだ! で、どんな祭りをやる予定なんだ?」
ワクワクと訪ねる萃香に、神奈子は得意げに言った。
「うむ、それはな……人呼んで守矢神社奉楽祭――いわゆる音楽祭と言う奴だ! 幻想郷中のあらゆる楽師や歌い手をかき集めて、それを聴いて全員で歌って騒いで盛り上がろうというものだ!」
「……へえ、それは私に知らせて良いことなのですか?」
神奈子の言葉に、傍で聞いていた文が抜け目なく手帳にペンを走らせながら尋ねる。
その目は爛々と輝いており、ダメだと言われても言いふらす気満々なのが見て取れた。
「もちろんだ。むしろ、お前にはこの催しの大々的な宣伝を頼みたい。詳しい日程などは追って知らせるが、文々。新聞に最優先で情報を知らせることを約束しよう」
「なるほど……当紙の影響力を利用しようと。ですが、私にも利があることならお引き受けしましょう」
文はニヤリと笑いながら手帳を仕舞う。
実際、文々。新聞は天狗の中では弱小紙だが、人里ではそこそこ発行されてるので人間に対しての影響力はあった。
「それと……この店には屋台の出店を頼みたい。鯨呑亭の料理は人里で人気らしいからな。集客力にも繋がるだろう」
「えっ、いいんですか? でしたらもちろん喜んで参加させていただきます! 私もそういう場に店を出すのは楽しいですし」
美宵も快く引き受ける。
「なんだなんだ、私には何かないのか? 神奈ちゃん」
「う、う〜ん、あるにはあるんだが……ここまで仲良くなると逆に頼みづらいというか……。その為に友達になったみたいになるし……」
「おいおい、それでは本末転倒じゃろうて……」
逆に変な遠慮をしてしまう神奈子に、マミゾウが呆れたような声を上げる。
「水臭いこと言わずに何でも言ってみろって。私と神奈ちゃんの仲だろ?」
「ううむ……そうか? なら萃ちゃんには、祭りの集客を頼みたいんだ。そこのマミゾウに聞いたんだが、人を集めたりするのは大の得意だそうじゃないか」
「はっはっは、なんだそんなことか! お安い御用だ! 私が本気を出せば幻想郷中の人や妖怪もなんだって萃めることが出来るぞ!」
萃香はそう言ったあと、資料をトントン、と指差してこう続けた。
「それと……これ妖怪の山でやるんだろ? 私から天魔に一言言っておいてやるよ。あいつら天狗は伝統だ格式だと何かと口出ししてきてやかましいからな。大恩ある鬼の名前を出せば、今後の交渉も楽に進むだろ」
「おお、流石だ! 萃ちゃんがいれば、この祭りは成功したも同然だな!」
「へへ、まあ神奈ちゃんの為ならこれくらいどうってことはないさ」
萃香は人差し指で鼻をこすりながら得意げに言う。
「はあ……天狗としては一言物申したい所ですが、うちの上層部の頭がカチカチなのは事実ですしね」
「しかしそうなってくると交通手段が問題じゃのう。守矢神社はロープウェーでしか行き来出来んのじゃろう? 妖怪は飛べばええが、人間はそうもいかんじゃろう」
ため息をつく文を他所に、マミゾウは冷静に問題点を指摘する。
「うむ。それは河童に言って、一時的にロープウェーを増便することで賄おうと思っている。人里の者たちには少し不便を強いることになるが仕方あるまい。医療チームは既に永遠亭からの派遣を依頼してある。その辺りのことは抜かりはないはずだ」
酒が入ってご機嫌でも、仕事のことになると頭が冴える。
八坂神奈子は少しワーカホリック気味な神であった。
「うむ、それなら問題はなかろう。それで……次は演者についてじゃが」
「ああ、どうやら目ぼしいものは集まったようだな。……だが、この暫定というのはなんだ?」
神奈子は、資料の中の出演者目録に目を通しながらそう尋ねる。
そこには霧夜の名前の横に(暫定)という文字が刻まれていた。
「うむ。実は、出演者として声をかけた者たちの中に、条件を出してきた者がおってな。まあ出してきたのは、開催のきっかけとなったあのギター小僧なのじゃが……」
「ほう、あの若者が……。若さ故の傲慢か増長か。年長者として多少は聞いてやらんこともないが、内容によるな。どんな条件を出してきたんだ?」
「うむ、実はな……」
マミゾウはそう言うと、話題の中心となった、かのギター弾きの青年、霧夜の出した条件について説明し始める。
「ほう、命蓮寺を協賛に?」
「うむ。わしもじゃが、あの小僧は今命蓮寺に世話になっておる。増長というよりは、主人である聖に対する忠誠心と言ったところじゃな」
「ああ、あの妖怪寺ですか……。酒も自由に飲めないあんな場所のどこが良いのやら」
命蓮寺の話が出ると、文は嘲笑するようにそう言った。
「それに関してはわしも同意じゃが、飲まぬ者と力なき者にとってはあそこは居心地良いのじゃろう。保護を受けられるし危険もないしのう」
「ふっ、保護してくれた親に対する忠誠心か。感心なことだな。最初に拾ったのが守矢なら、聖ではなく私を主人と仰いでいたろうに惜しいことだ。よかろう、この条件に関しては飲んでも良い」
神奈子の言葉に、マミゾウは意外そうに目を見開く。
「良いのか? これに関しては説得を要すると思っておったわい。何せ御身は人里の信仰を独占したがっているように見えたからのう」
「神道と仏教では信仰の司る分野が違う。神道は現世利益と厄払いを、仏教では死後の利益と成仏。よって正月や七五三、婚姻や祈願などでは守矢に詣で、盆や年末、葬式や墓参りなどでは命蓮寺を使えば良い。警戒は怠ってはないが、共存可能であると最近は考えを改めた。これを機に連携を取るのもいいだろう」
「なるほどのう」
その説明に、マミゾウは納得がいったのか深く頷く。
「……だが、これは頂けんな。自分だけではなく、鳥獣伎楽と一緒にステージに立ちたいなどと」
「なぬ? 逆にそっちに引っかかるのか! わしはむしろそっちは簡単に許可されると思っておったぞ」
マミゾウの意外そうな言葉に、神奈子はやれやれとため息混じりに首を振る。
「そういう訳にはいかん。私は催事でもなんでもやるとなったら徹底的に質を追求する。萃ちゃんの力で人集めに成功したとしても、肝心の中身がお粗末では話にならん。……お前はこの鳥獣伎楽という連中のステージを見たことがあるか?」
「いや、ないのう。プリズムリバーwithHや女子二楽坊は見たことがあるが」
その二グループは既に神奈子から直々にオファーが届いており、ステージに立つことが確約されている。
つまりは実力を認められているということだ。しかし鳥獣伎楽に関してはその限りではなかった。
「私は以前縁あって奴らのステージを見たことがあるが……酷いものだったぞ。日常の不満を断末魔のように絶叫して、稚拙なギターを掻き鳴らすだけ。不満がある妖怪たちにはカルト的な人気があったようだが、あんなものを私は音楽とは認めん。守矢神社の名を冠した音楽祭に、低レベルな演者を出すことは許可できん。私は幻想郷の人々に本物の音楽を届けたいからな」
「う〜む……」
そう断固として言い切る神奈子に、マミゾウは何も言えずに唸る。
「しかし……あの小僧は切り捨てるには正直惜しいぞ。あ奴は外来人で外の音楽にも精通しておるし、ギターの腕も本物じゃ。ロックフェスを名乗るなら、自分の存在は絶対に必要だと抜かしおった。まあ確かに言うだけの実力はあるわい」
「外来人の楽器弾きの小僧……おー、あいつか! 霧夜とか言ったな!」
断片的な情報から、萃香は心当たりのある人物を当てた。
「なに? 萃ちゃんも知ってるのか?」
「おうよ! 以前博麗神社の宴会の余興に演奏させたことがあるんだが、なかなか良かったぞ! こう、なんというか血が沸き立つというか……」
萃香の言葉に、マミゾウは続けて言う。
「ほれ、あの小僧まだ幻想郷に来て間もないというのに、既にいくつかの名だたる人妖や神からも顔を認知されておるのだ。たかが楽師とは言え、この影響力はなかなか侮れんのではないか?」
「むむむ……しかし演者全体のレベルを下げる訳には……」
マミゾウの言葉に、神奈子は葛藤する。
全体の質を取るか、それとも影響力を取るか、神奈子としても落とし所が難しいところではあった。
「では、審査をすればいいんじゃないですか? 鳥獣伎楽の」
「……なに?」
文の言葉に、神奈子はピクリと反応する。
「だってそうじゃないですか。求められない水準に達してないのなら、表に出ないのは当たり前です。天狗の新聞大会でも出来の悪いものは審査から弾かれますから。私はその霧夜さんという方は存じ上げませんが、その方はとりあえず暫定合格にして、鳥獣伎楽のお二人を不合格にすれば合法的に弾けるのでは?」
「むむ、それは確かに……」
「妙案、だな。オーディション形式にして、霧夜だけ合格にしてあとの二人は弾いてしまえばいい。あの若者もこちらに二つも条件を出したんだ。こちらから条件を出されても否やとは言えまいよ」
神奈子はそう結論付ける。
「逆に言えば私の求める水準に達したなら、全員合格にしてもいい。まあそんなことは起きないだろうが……。よし決まりだ。期限は十日後、守矢神社にてオーディションを行う。それまでにしっかり練習しておくよう、あの若者に伝えておいてくれ」
「うむ、分かったぞい」
マミゾウの返事にうむと頷いたあと、神奈子は再び酒を取って言った。
「さあ、そうと決まれば今日は祭りの大成功の前祝いだ! 給仕、私のキープしたボトルは全部開けろ! 皆に振る舞ってやれ!」
「はーい!」
「神奈ちゃん、景気がいいね〜!」
「あたぼうよ! 今日は良き友の出会いと、我が守矢神社の繁栄を決める記念すべき日だからな!」
神奈子は上機嫌でそう宣言する。
その後は来たるべき祭の日の空想を肴に、神妖たちの夜は更けていった。