「三、二、一……いくよ!」
「……!」
響子のそのカウントダウンと共に、ミスティアが前奏を始める。
よしっ! 出だしは綺麗に入った!
俺はそれを確認して、思わず小さくガッツポーズする。
ミスティアももう覚悟を決めたのか、吹っ切れたような顔で演奏に集中している。
響子はそれを見て頷いたあと、自らの歌唱パートに入った。
「持て余してるFRUSTRATION! You′ve got an easy day……」
「…………!」
そう響子が歌い始めた瞬間、審査員たちの空気が変わり、真剣な様子で聴き入っている。
正直響子に関しては何の心配もしていない。
元々完成度が高かったが、この十日間で細かいイントネーションの調整や、ライブパフォーマンスを取り入れたことでほとんど完璧にまで近づいた。
本物そっくりの声を再現できるという山彦の種族特性も相まって、今では本物のヒムロックが憑依してるんではと思うほどだ。ご本人はまだご存命だが。
『鏡の中のマリオネット 操る糸を断ち切って』
響子と一緒に、ミスティアも同じマイクに口を近付けながら声を重ね合わせる。
ギターはまだ俺のほうが上だが、ミスティアにはこれがある。声が綺麗でハモリが抜群に上手いのだ。
流石真夜中のコーラスマスターを名乗るだけはあって、響子の声と重なるとハーモニーが活きる。
これは響子と同じく種族的な特性によるものだろう。やはり妖怪は何かしらチート能力を持っているのだ。
俺もうかうかしていられない。
そんなことを考えているうちに、曲の難所に差し掛かり、俺は思わず固唾を飲み込む。
ミスティアのギターソロだ。
一応ここも練習はしていたが、ミスティアは通し練習中ではここは一回くらいしか成功したことがない。
だからここは俺が担当して、ミスティアには簡単かつ目立つメインフレーズを弾いてもらおうと思っていた。
だが、その手はもう使えない。ステージを降ろされた俺に出来るのは、ただ神に祈るのみだ。
って、その神様に試験されてる訳なんだが……とにかく頑張れミスティア!
「…………!」
俺がそう拳を握って念を送っているのを他所に、響子が舞台上で手拍子を始める。
それに合わせて、ミスティアがギターソロを始める。
お、おお……! いいぞ! かなりいい!
ちょっと走り過ぎな気もするが、ミスもなく上手く弾けている!
元々弾ける実力はあったが、何回も失敗したせいで苦手意識が芽生えていたんだろう。
しかしこの土壇場で吹っ切れたことで、本来の実力が出し切れたようだ。
これは熱いぞ! かなりいい感じだ!
「よしっ……!」
ミスティアが全部弾ききった所を見て、俺は思わず小さく声を出す。
審査員の何人かにチラッと見られた気がするが気にしないことにした。
ミスティアも上手くいった確信があったのか、弾きながら自然と笑みがこぼれているように見える。
「目を逸らすなよComplication! You′ve got an easy day……」
そのまま二番に突入し、ミスティアも響子も順調に曲を消化していく。
「MOONSHINE! 馬鹿げてるヤツラの言いなりさ」
「…………」
その歌詞に差し掛かった所で、響子が審査員たちを指差すパフォーマンスをする。
その瞬間、神奈子様の表情が若干強張った気がする。
やべっ……バレたか?
この歌にも鳥獣伎楽の現状への不満や、反権力のメッセージが込められている。
歌詞で上手いことカムフラージュされてるからバレないと思ったが……神奈子様にはその意図に気付かれたようだ。
権威や力の象徴たる神様からすれば、さぞかし面白くないだろう。
……だが関係ない! 演奏で圧倒してしまえばいいんだ!
俺は引き続き、声には出さず心の中で応援する。
『Marionette in the Mirror...』
最後にミスティアのコーラスとともに曲がフェードアウトして、綺麗に終わった。
「…………!」
俺は審査員に見られないように、後ろから舞台上に向かって、両手で親指を立てて必死にアピールする。
それを見た響子は、汗びっしょりの顔を綻ばせてやり切ったような笑顔を見せた。
ミスティアはそれどころじゃないのか、肩で息をしながら放心状態になっている。
かなり手応えはあった……! 今二人が出来る最高の演奏をこの土壇場で発揮出来たのは感服だ。
……だが、俺の思いとは裏腹に、審査員たちは一切動きを見せない。
なんでだ? 会心の演奏だったはず。
どちらか迷っているにしても、相談する声すら聞こえない。
神楽殿の中は重苦しい沈黙で覆われていた。
しかし次の瞬間――パチパチと小さな手で拍手する音によって、その静寂は破られた。
「あははは! いいねえ、カッコよかったよ! 外界の音楽だけど、まさか幻想郷でもう一度聴くことになるとは思わなかったな〜」
諏訪子だった。
ケロちゃんはそう言ってひとしきりパチパチと手を叩いたあと、テーブルに置いてある一枚の札を上げる。
「はい、私はこれ! 二人とも本番でも頑張ってね〜」
そう言って諏訪子が上げたのは"是"の札だった。
よし、一人目! 俺は小さくガッツポーズする。
そしてそれを皮切りに、次々と審査員から手が上がる。
「これは天狗を代表しての言葉ではなく、私の私見に過ぎないが……今の演奏には商業的価値があるように感じられた。よって私も是とさせて貰おう」
「うんうん! いい感じに市場にお客さん呼べそうよね! 私もこっちかな〜」
そう言って、さらに龍、千亦の二人から是の札が上がる。
おおお、三人目! 過半数は超えたぞ!
だが……一番手強いであろう神奈子様は、腕を組んだまま厳しい顔でずっと佇んでいる。
そのままどうするのかと、全員の注目が集まった、その時――
「気に食わんな……」
神奈子様がそうボソリと呟いた。
き、気に食わないってまさか、今の演奏で不合格か……!?
俺が緊張するのを他所に、神奈子様は続けて口を開いた。
「まず最初に言っておく。これはお前たちの功績ではない。外の世界の楽曲をそのまま模倣したに過ぎん。自分の実力などと思い上がらんことだ」
「…………!」
神奈子様は厳しい口調でそう言い放つ。
ぐっ、そりゃまあ確かにそうなんだけど、十日しか準備期間が無かったんだから仕方ないじゃないか!
……あれ? でもその言い方はまるで……。
俺がそう首を傾げるのを他所に、神奈子様はミスティアに向かって言う。
「まずはギター」
「な、なによ……!」
急に声を掛けられて、ミスティアは警戒しながら答える。
「お前は走り過ぎだ。譜面を追い掛けるのに必死過ぎて、周りがまるで見えていない。お前のギターが速すぎるせいで、ボーカルが後半かなり早口になっていたのに気付いていたのか?」
「うぐっ!」
神奈子様にぶっ刺されて、ミスティアは胸を抑えて呻く。
おおう、辛辣ぅ……。
それは俺も思ったけど、パーカッションが居ないから仕方ない部分もある。
ドラムかベースでも居ればリズムが安定するんだけど……それも言い訳と取られそうだ。
「それとボーカル、お前はマイクに近すぎて所々歌詞が聞き取りづらい時がある。あと、感情が高ぶるとエコーが掛かったり声が大きくなる癖があるようだな。お前のせいでギターの音がかき消されるところが多々あった。よってお前も減点だ」
「うう……」
その指摘に、響子もがっくり項垂れる。
きっついなあ、神奈子様……正論なんだけど。
だけど何だかんだ、その後のことを考えての正確なダメ出しなのでありがたい面もある。
言い方はキツイけど……。
「他にも色々言いたいことはあるが……何より気に食わんのは、借り物の曲の分際で我に対して挑戦状を叩きつけるような真似をしたことだ。神をも畏れぬつもりか?」
「神奈子〜、もういいじゃん! グチグチ文句ばっかりいい加減くどいって〜。小ジワ増えるよ?」
説教を始める神奈子様に、隣の諏訪子がうんざりしたように茶々を入れる。
「やかましい! ……まったく、気に食わん、気に食わんが……くそっ、是とするしかあるまい」
そう言って神奈子様も、是の札を上げる。
うおおおっ! マジで!?
今のどう考えても否の流れだったけど……でも、最初の時点で功績とか思い上がるな、とか言ってた時点で、もう腹の中で是とするのは決まっていたのかも知れない。
隣の諏訪子様は驚きもしてないことから、長い付き合いでこうなることは最初から予想していたのだろう。
「うぉい! ちょっと待てぃ、山の神よ! 今のはどう考えても否の流れじゃっただろうが! あれだけ長々と文句を垂れておきながら、最後には是とするとは何事ぞ!?」
しかし最後の一人マミゾウが、その決定に抗議する。
まあ鳥獣伎楽は落とす前提で話が決まっていたらしいので、今更合格とされても運営側のマミゾウは困るのだろう。
「まだ未熟で気に食わんところも多々あるが……それを差し引いても私の舞台で演奏させる価値があると判断した。よって是としたまでだ。流石に私も自分の心に嘘は吐けん」
「そ、それは困る! 既に当日の出演者の日程や、記者の取材の予定まで事細かく決まっておる! いや、それはまだ調整すれば何とかなるが……当日に配る目録や人里に貼るポスターはどうする!? あれはもうほぼ完成して刷り始めておるぞ! 鳥獣伎楽を入れるとなると、また一から作り直しになる!」
マミゾウはそう抗議する。
語るに落ちたというべきか、自ら鳥獣伎楽は最初から受からせるつもりがなかったことを自供してしまっている。
「それに関してはすまんと思っている。開催の準備を急がせるよう指示したのは私だったからな。だから……マミゾウ殿が別の判断を下しても私は咎めたりはしない」
「なっ……別の判断じゃと?」
マミゾウはその意味を測りかねたのか、そのまま聞き返す。
「そうだ。この審査はこの五人の審査員のうち、全員が是とせねば合格とならない。逆を返せば、一人でも否が居れば不合格ということ。マミゾウ殿は、まだ是か否かの判断を下してはいないな?」
そう言って、神奈子様はマミゾウの前の札を指差す。
「なっ……! わしに汚れ役を押し付けるつもりか!? あんた神のくせにずっこいぞ!」
「神とは綺麗事だけでは務まらん。清濁併せ呑む度量が必要だ。……まあ、そもそもこの審査のルールを決めたのはマミゾウ殿だ。流石にそこまでは責任は持てん」
「ぐぬぬぬ……!」
そうプイっとそっぽを向く神奈子様に、マミゾウは悔しそうに歯軋りする。
なんだろう……責任の擦り付け合いという大人同士の醜い喧嘩を見させられてるこの感じ。
マミゾウはマミゾウで板挟みになってる感じがあるし、なんだか可哀想になってくるな……。
一応大物の大妖怪なんだけど、神様の前では悲哀の漂う中間管理職か。
「あーあー、もう格好悪いなあ……。こんな姿早苗には見せらんないよ」
「ふっ、早苗なら今の私を見ても『さすが神奈子様』と全力で甘やかしてくれるぞ。あの子は私のやること成すことを全肯定してくれるからな」
呆れたように言う諏訪子に、神奈子様は自信満々に酷くカッコ悪い事を言い放つ。
「それはそれで後で早苗に言い聞かせることが出来たよ……。ま、ともかく神奈子はもう使いものにならないからさ、後は狸ちゃんが決めちゃってよ。一つ助言しとくけど、神も妖怪も精神で生きている存在なんだ。自分の心に嘘付くのだけはやめたほうがいいよ?」
「うぐぐぐ……!」
最後は諏訪子にそう言われ、マミゾウは頭を抱えて苦悶する。
――しかしやがて、一枚の札を手にとって上げた。
「ええい、くそっ! 分かったわい! わしが苦労すればええんじゃろうが!」
そうやけくそ気味のマミゾウの手に握られていたのは、"是"の札。
「よっしゃー!」
「やったよ、霧夜、ミスティア!」
「響子ぉ!」
その瞬間――俺は壇上で抱き合う二人に合流して喜ぶ。
見事合格だ!
二人ともめちゃくちゃ努力してたし、俺も手伝った甲斐があった!
両手挙げてハイタッチしにいくつもりが、二人から同時に抱き着かれ、色々柔らかいものが当たって思わず鼻の下が伸びる。
ぐっ、いかんいかん! 今は感動の場面だろうが! 変なスケベ心はしまっておかないと……。
「おい、小童ども! いつまでもはしゃいでないで、別室で細かい話を詰めるぞ! 取材やギャラや、他の細かい日程まで決めねばならんからな!」
「――あら、それには及びませんわ」
そのマミゾウの言葉に被せるように、その場にいないはずの者の声が響く。
全員の視線が一斉に声のもとに向かうと、そこには――虚空のスキマから身を乗り出して、たおやかに微笑む妖怪の賢者、八雲紫の姿がそこにあった。
「なっ……八雲紫じゃと!? 妖怪の賢者が何故ここに!」
「ふふふ、何故もなにも……私はそこにいる子たちのマネージャーですもの。うちの所属のタレントたちの大事なオーディションに付き添うのは当然のことですわ」
「しょ、所属たれんとじゃと?」
「ええ、申し遅れましたわ。わたくし、こういう者ですの」
そう言って、ゆかりんは手元に小さなスキマを作り、その中に手を突っ込む。
そしてマミゾウの前に小さな紙を差し出した。
「なになに……? ええと、スキマプロダクション社長兼、鳥獣伎楽withKマネージャー八雲紫、じゃとぉ!? なんじゃこれは、ふざけておるのか!?」
マミゾウはその名刺らしき紙を読んで声を荒げる。
ちなみにこれに関してはゆかりんから事前に説明を受けている。
俺たちがギャラや演出などで不遇な扱いを受けないよう、ゆかりん傘下の所属タレントとして守ってもらおうという訳だ。
本人の能力の高さと、その賢者という立場も相まって、味方ならこれほど頼りになる人はそうはいないと思える。
「ふざけてなどおりませんわ。その証拠に今の私は賢者としての姿ではなく、マネージャーとしての正装で来ております。所属タレントの為に来ているのは本当ですわよ」
そう言って、ゆかりんは自分の服の胸元をくい、と引っ張る。
確かに今のゆかりんは、いつもの賢者然とした道士服ではなく、ビシッとキメたパンツスーツを着ている。
いかにも美人で仕事が出来るお姉さんと言った感じだ。
「そんなことより……お前どうやってここに入った。ここ守矢神社には、お前のスキマとやらでも入れないくらい厳重な結界が張られているはず」
神奈子様が、ゆかりんに鋭い視線を向けて言う。
「あら、簡単ですわ? 確かに普段の守矢神社なら、わたくしでも入り込むことは出来なかったでしょう。ですがこの部屋に限っては入り込むことが出来ますわ」
「ほう……?」
「だってこの部屋、妖気がとても濃いんですもの。わたくしを含めて妖怪が全部で六体、それも舞台上の子たちを除いて上位妖怪ばかり。ここまでになると、如何に守矢の結界が堅牢であろうと、入り込む小さなスキマくらいは見つかるものです」
ゆかりんはそう答える。
六体……? 飯綱丸龍に、二ッ岩マミゾウ、響子とミスティアに、ゆかりんで全員で五人じゃないか?
そう首を傾げる俺を他所に、ゆかりんは続けてこう言った。
「ねえ、居るんでしょう? 萃香、出てきなさいな」
「……あちゃ〜、バレたか。なんで分かるんだ? 相変わらず不気味なやつだなぁ」
そうゆかりんが言うや否や、モワモワと虚空に霧が集まって、中からぽん、と萃香が出てくる。
うおお、居たのか……! 全然気付かなかったぞ……。
「ご挨拶ですわね、萃香。この部屋の妖気の総量を探れば、あなたがいることくらいは容易く推測出来ます。……それよりも、わたくし抜きで山の神と随分と楽しくやっていたようですわね」
「だってお前普段何処いるか分かんないんだもん。私だって飲み友達くらい作るさ、そりゃあ。……神奈ちゃん、こいつ一人だけ除け者にされたことにいじけてるみたいだ。あとで運営側にこいつの役職も用意してやってくれないかなあ?」
萃香は霧の中でふよふよと浮かびながら言う。
「はあ……分かった分かった。まあ賢者が一人いたほうがいざという時になんかの保険になるだろう。監査役ということで構わんか?」
「いいでしょう。祭りが度を越した騒ぎにならぬよう、わたくしがしっかり監査致します。……それはそれとして、今はうちの子たちについての交渉事が先ですわ」
ゆかりんは満足げにそう言うと、マミゾウの方にチラッと視線を向ける。
「なぬっ!?」
「……あー、うん。その辺りのことはそこの総合プロデューサーと話をしてくれ。私たちはここで失礼する」
神奈子様がそう言うと、皆ぞろぞろとお偉いさんが一斉に退出していく。
おおう、皆なんというか……そんなゆかりんと関わりたくないのか。
なんか可哀想じゃね? いい人なんだけどな、ちょっと厄介だけど……。
「おい、ちょっと待てぃ! わし一人でこんなバケモン相手に交渉しろと言うのか!? 責任者くらい残ってくれてもええじゃろうが!」
「私は警備のことについてまだいくつか打ち合わせがある。総合プロデューサーなのだから、いち演者の案件なら私を介さずともマミゾウ殿の裁量で決めてもらっても構わんぞ。では後は任せた」
「おのれ山の神ィ!!」
そう言ってさっさと立ち去る神奈子様に、マミゾウは恨みがましい声を上げる。
その間に、ゆかりんは俺たちに『ここは任せろ』とばかりに軽くウィンクして目配せしてくる。
俺たちはそれに頷いたあと、舞台裏から神楽殿を後にした。