幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第三話

 

 「おはよーございまーす!!」

 

「うわぁ!!」

 

 俺は、突如耳元で馬鹿でかい声で叩き起こされて、慌てて飛び起きる。

 

 布団から転がり出るとそこには――頭からたれ耳を生やした緑髪の女の子が、こちらをニコニコしながら見つめていた。

 

 なんだこの状況!? と一瞬混乱したが、その直後にふと思い出した。

 

 そうか、俺……幻想郷に来たんだった!

 

 昨日のは夢じゃなかった、と心の中で盛大にガッツポーズをしていると、目の前の少女から再び爆音が放たれる。

 

「命蓮寺の戒律その一、挨拶は心のオアシス! おはよーございまーーす!!」

 

「わ、分かった! 分かったから! おはようございます!」

 

 俺はその声のデカさに気圧されるように挨拶を返す。

 

 あれ、この子ってもしかして……幽谷響子ちゃんじゃないか?

 

 たれ耳に緑色の髪、馬鹿でかい声……そうだよく見ると、原作そのままだ!

 

 まさかぎゃーてーちゃんのモーニングコールで起きれるなんて、実に贅沢な朝だ……!

 

 俺が感動に打ち震えていると、響子ちゃんが言う。

 

「お客様を食堂までお連れするよう聖に言われました! ご飯はみんな揃ってがここのルールですよ!」

 

「りょ、了解! すぐに起きるよ」

 

 そう答えて、俺は急いで身支度を整える。

 

 まさか命蓮寺の食卓にお呼ばれすることになるとは……俺はそんなことを考えつつ、急いで水桶で顔を洗って響子ちゃんの後に着いていく。

 

「あ、申し遅れました! 私、この命蓮寺で丁稚をやっています、幽谷響子です! よろしくお願いしまーす!」

 

「あ、俺は……ええと、霧夜っていいます! よろしく」

 

 そう互いに名乗ると、響子ちゃんはこめかみを抑えながら「霧夜さん、霧夜さん……」とブツブツと繰り返す。

 

 どうやら記憶に刷り込んでいるらしい。

 

 正直アカウント名のままなのもどうかと思ったが、一度聖に霧夜と名乗ってしまった以上、今更本名に訂正するのも嘘付いたと思われそうで厳しい。

 

 もう幻想郷では『ギタリスト霧夜』で通すしかないだろう。

 

 あと、響子ちゃんは幻想郷でも珍しい人間友好度:極高の妖怪だったはず。

 

 人懐っこい性格らしいので、この子と仲良くなれれば、色々命蓮寺のことも聞けるかも知れない。

 

 その後ろ姿を眺めながら、うわぁちっちぇ、尻尾可愛いなあ、などと思いつつ、命蓮寺の廊下を通り過ぎる。

 

 少し歩くと、前回連れられた奥の間とは反対方向の大きな間に通される。

 

 そっと襖を開けると――そこには、最奥の聖を含む全員が既に勢揃いし、御膳を前に静かに佇んでいた。

 

 げっ!? まさか俺が来るのを全員待ってたのか!?

 

 そう気付くと同時に、俺は慌てて部屋の中に入って頭を下げた。

 

「す、すいません、お待たせしましたぁ!」

 

 俺がそう謝罪するも、食堂の中はしんと静まり返り、俺に皆の視線が突き刺さる。

 

 なんだか居た堪れなくなっていると、助け舟を出すように聖の声が響く。

 

「ふふふ、違いますよ、霧夜さん。朝の挨拶はおはようございます、からです。挨拶は心のオアシスですからね」

 

「は、はは、すいません。おはようございます、聖様」

 

「はい、おはようございます」

 

 そう聖に優しく着席を促され、俺は慌てて末席の御膳の前に座る。

 

 全員が揃ったあと、聖の号令によってようやく食事にありついた。

 

「それでは……大地の恵みと農家の皆様方、本日の炊事係の方々、そしてなにより御仏の導きに感謝して――いただきます」

 

「「いただきます」」

 

「い、いただきます」

 

 皆からワンテンポ遅れて、俺も食前の挨拶を済ませる。

 

 いざ目の前の御膳に向き合うと、そこには今まで食べたことがないような、本格的な和食の懐石が並んでいた。

 

 これはやはり、精進料理というやつなのだろうか。肉や魚などは一切並んでおらず、野菜や芋、キノコなどの煮物がメインだ。

 

 どこから手を付けたら良いか分からず、とりあえず米を手にとって見ると、すかさず隣から指摘される。

 

「最初は汁物……!」

 

 その声に慌てて視線を向けるとそこには――何故か隣には一輪が座っており、俺の手元に咎めるような視線を向けていた。

 

 他の人を見ると、どうも順番通り食べるらしく、皆汁物椀から手を付けていた。

 

 やっべえ……和食のマナーなんか知らねえよ。

 

 俺は慌てて汁物に持ち替えたあと一口すする。

 

 その後も一輪は逐一、「お椀は両手で戴くように」とか「食べる音は立てずに」とか色々小声で指摘してくる。

 

 ありがたい……教えてくれるのはありがたいんだが、息苦ちいよぉ……。

 

 まあしかしこれも東方キャラが俺に構ってくれると考えると全然嫌ではない、むしろご褒美に感じるというのが信者脳というやつだ。

 

 聖は時折こちらを見てはにこりと笑いかけてくるし、なんだろうこの嬉し恥ずかしの変な空間は。

 

 ちなみに食事は普通に美味しかった。物足りなかったけど。

 

 食事を終えて御膳を片したあと、聖が俺に近づいて言う。

 

「それでは、霧夜さんは今日は博麗神社に向かって頂きます。外界の方は最初は一度博麗神社に顔を出すのが決まりになっていますので。その後は博麗の巫女から幻想郷の説明を受けて、以後どうするかを決めて頂きます。お供の者にはナズーリンを付けさせますので」

 

「分かりました」

 

 聖の言葉に、俺は言われるがままに頷く。

 

「また私かい? 今日は掃除の当番も外れてるから一日中宝探しをしようと思ってたんだけどなあ」

 

 それを聞いて、横からナズーリンがため息混じりに言う。

 

「す、すいません……」

 

「お願いしますよ、ナズーリン。他の者は皆手が離せないんです。あなただけが頼りなんです」

 

「はあ……仕方ない。ほら、君、霧夜って言ったっけ? 着いてくるといい。さもなきゃ置いていってしまうよ」

 

「は、はい!」

 

 俺は去り際に聖に一礼したあと、慌ててナズーリンの背を追いかける。

 

 ナズーリンは小学校の高学年の女の子くらいの大きさだが、二つの耳が生えていることで少しだけ身長がかさ増しされている感じだ。

 

 身体はちっちゃいが態度はめちゃくちゃデカい。だがこの生意気な感じがいいのだ。

 

「きみはじつにばかだな」と言ったことはないが言われたいキャラナンバーワンだ。

 

 そしてそんなナズーリンだが、話を聞く限り俺の命を助けてくれた恩人らしい。

 

 無縁塚とかいう公式にも言及された幻想郷の危険地帯から、命蓮寺に保護されるという奇跡的な生存ルートに乗れたのはナズーリンのおかげだ。

 

 ここは一言お礼を言ったほうがいいだろう。

 

「あの〜、ナズーリンさん?」

 

「…………」

 

 俺の言葉を無視して、ナズーリンは先を歩く。

 

 耳がぴくっと動いていたので聞こえてはいるはずだ。

 

 俺はめげずに声を掛ける。

 

「えーっと……聖様から聞きましたが、無縁塚から俺のことを助けてくれたそうで。本当にありがとうございます」

 

「……はあ、拾ってきておいて何だが、今は少し後悔しているよ。こうして面倒事を押し付けられるようになったし、楽器も結局返すようご主人からも言われてしまったしね」

 

「あははは……あ、そうだ」

 

 俺は少し考えて、自分の腕に巻いている時計を外す。

 

 そして、ナズーリンの前に差し出した。

 

「何のつもりだい? これは……」

 

「命を助けてもらったお礼です。流石にギターは俺の相棒なので差し上げることは出来ませんが、これなら構いませんよ」

 

「馬鹿にされたものだな。腕時計くらい幻想郷にないと思ったのかい?」

 

 俺の時計に、ナズーリンはハッ、と馬鹿にしたように笑う。

 

「ただの腕時計ならあるかも知れませんけど……これは記念モデルのG−sh◯ckで、日本国内で500本しか生産されてない奴です。外界でもレア物なので、幻想郷でも同じかなって」

 

「…………」

 

 俺の言葉に、ナズーリンの耳がぴくっと動く。

 

 ちなみにこのG-sh◯ckは、俺のY〇uTube収益が安定した時に、自分へのご褒美として奮発したものだ。

 

 当時十万で買ったが、今はもっと高騰しているかも知れない。

 

 正直これも俺の宝物だし惜しいが、命を助けてもらったのだからこれくらいのお礼はすべきだろう。

 

 それに、幻想郷の色んな場所を知っているナズーリンと仲良くなっておいて損はない。

 

「ま、まあ、君の厚意を無下にするのもなんだ。特別欲しい訳では無いが……仕方ないから貰ってあげよう」

 

 そう言って、ナズーリンはめちゃくちゃ偉そうにG-sh◯ckを受け取った。

 

 生意気過ぎる! だがそれがいい!

 

「それであの……」

 

「なんだい? もう一度受け取ったものは返すつもりはないよ?」

 

 ナズーリンはそう言って、G-sh◯ckを日に透かして見ながらあれやこれやと弄り回す。

 

 いや、めちゃくちゃ気に入っとるやんけ。

 

「いやもうそれは大丈夫なんですけど、俺のギターは……」

 

「ああ、あの楽器か。そうだな。今のうちに渡しておいた方が良いか。私の部屋に置いてあるから着いてくるといい」

 

 そう言ってナズーリンは歩き出す。

 

 えっ!? 東方キャラのお部屋を拝見できるんですか!?

 

 現実の女の子の部屋すらリアルで見たことないのに!?

 

 しかも別に男子に見られることに忌避感とか変なこだわりもないらしい。

 

 まあ男として見られてないだけかも知れないが。

 

 ともかくこれはとんでもない役得だ。記念に目に焼き付けておこう!

 

 そう心に決めて俺はナズーリンの後ろに着いていく。

 

 しばらく進むと小さな部屋がいくつも並ぶ区画に出て、ナズーリンはその内の一つに入っていく。

 

 もしかしたらここは一輪や村紗などの弟子たちの部屋も並んでいる区画なのかも知れない。

 

 ちょっと興味をそそられるが、下手に覗くと生命が危なそうなので、大人しくナズーリンの元に向かう。

 

 そして、その部屋を見た。

 

「うわぁ……」

 

 見た瞬間――俺は思わずため息が漏れた。

 

 女の子らしい可愛い部屋……などではない、ナズーリンの部屋はまさしくガラクタ小屋だった。

 

 色んなところから集めてきたのだろう。価値があるのかないのか分からない雑多な物が積み上がっていた。

 

 唯一布団の場所だけはキープされているが、それ以外は足の踏み場にも困るほどだ。

 

 別に汚い訳では無い。整頓も掃除もされているが、あまりに物が多すぎる。

 

 ただ色気もくそもない部屋に、それまでの期待がすっ飛んで俺も完全に素に戻ってしまった。

 

「ええと、確かこの辺に……」

 

 ナズーリンはガラクタの山に顔を突っ込んであれやこれやと探している。

 

 しばらくすると、その奥から見覚えのある形の物を持ってきた。

 

「はい、これで間違いないかい?」

 

「お、おお……! 俺の相棒! ありがとう、ありがとうございます!」

 

 俺はようやく再会できた相棒に頬ずりしながら、ナズーリンに礼を言う。

 

 これは俺の初めて買ったギターで、親からも友達からも見放された俺にとっての唯一の家族だ。

 

 日常で追い詰められて、動画投稿で生活が安定するまでの酸いも甘いもずっとこいつと共にやってきたのだ。今更離れられる訳が無い。

 

 彼女はそれにうわっ、と引くような顔をしながら言う。

 

「そんなにかい……。まあ、私もそれの使い道には困っていたから構わないけどね。軽く弾いてみたけど、ろくに音も出ないし」

 

「そりゃあエレキはアンプがないと話になりませんから。……あれ? そう言えばアンプは?」

 

「うん?」

 

 俺の問い掛けに、ナズーリンはキョトンとした顔で首を傾げる。

 

 かわいい、じゃなくてマジで俺のアンプどこだ?

 

 俺がここに来る前の最後の記憶が、ギターとアンプを持って、コラボ配信の会場に向かうために家を出たところなんだよ。

 

 そこからプッツリ記憶が途切れて、いつの間にかここにいる。

 

 だから俺とギターがここにあるなら、アンプも一緒に幻想郷に来ているはずなのだ。

 

「だからそのっ……アンプっていう、これくらいの四角い黒い箱みたいな奴が……!」

 

「? 何言ってるんだ? そんなもの見なかったぞ? 私が見たのは君自身と、その楽器だけだ」

 

「…………!」

 

 俺はあまりのショックに言葉を失う。

 

 そんな……アンプのないエレキなんて……ただペケペケ音が鳴るだけのおもちゃだ。

 

 エレキはアナログで演奏する楽器じゃないので、生音だと大した音は鳴らない。

 

 アンプが、アンプがなければ、こいつの力を発揮させてやれない……!

 

 俺は絶望のあまり目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちる。

 

「お、おい、大丈夫か? 楽器自体は無事なんだからそんな落ち込むことないだろ?」

 

「ううう……駄目なんですよ。アンプがなきゃ、こいつは実力の半分も発揮出来ないんです……」

 

「とは言っても本当にそれ以外は何もなかったしなあ。私以外にあそこから何かを持っていくやつなんて……ん?」

 

 そこまで言った所で、ナズーリンは何かを思い出したのか、一瞬言葉に詰まる。

 

 そして少し考えたあとこう口にした。

 

「もしかしたら心当たりがあるかも知れないな。あの店になら、君の探しているものがあるかも知れない」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 俺はその言葉に微かな希望を見出して顔を上げる。

 

「ああ。博麗神社の帰りに寄ってあげよう。あそこの店主には以前に少し借りがある。もしそうなら多少思い知らせてやるのも面白い」

 

 ナズーリンはそう言うと、少し意地悪な笑みを浮かべながら歩き出す。

 

 俺はそれに慌てて着いて行きながら、彼女の別名が小さな賢将であるということを思い出していた。

 

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