幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第四十五話 何でもリズムに乗らせる程度の能力

 

 それから一時間足らず。

 

 言葉通り早いうちから外に出てきた雷鼓さんは、俺たちの方に近付きながら怪訝な顔でしきりに首を傾げていた。

 

「おかえりなさい、雷鼓さん! どうしたんですか?」

 

「いやそれがね……なんか本殿から神楽殿ってとこに案内されたはいいけど、その中であの狸のプロデューサー? が妖怪の賢者さんに青い顔で淡々と詰められてて……。まあ私としては、そのおかげで話がスムーズに通ったから別にいいんだけど、どういう状況なの? アレ」

 

「ああ……」

 

 雷鼓さんの困惑したような言葉に、俺とミスティアは半笑いで互いに顔を見合わせる。

 

「それ、うちのマネージャーさんだよっ!」

 

「……ん? ちょっとよく分からなかったわ。もう一度言ってくれる?」

 

「だから、妖怪の賢者さんは今鳥獣伎楽のマネージャーさんやってくれてるの!」

 

「兼所属事務所の社長ね。信じられないと思うけど、これが本当なのよ。響子がやらかしたというか……」

 

 ミスティアが呆れたように言う。

 

「なんで!? お手柄でしょ! 頼もしいし凄い人だよ!」

 

「頼もし過ぎて後が怖いのよ……とんでもない対価要求されそうじゃない」

 

「そんなことしないよっ! いい人だもん!」

 

 疑心暗鬼のミスティアと、すっかり信用している響子で言い争いが始まる。

 

 まあミスティアの気持ちも分からんではないけど、俺も響子派だな。

 

 仮になんらかの対価を要求されても、ゆかりんが満足するほどのものを俺らが差し出せるとは思えない。

 

 それよりは響子の素直さと純粋さを気に入って個人的に手を貸してると考えたほうが辻褄が合う。

 

 というか、ゆかりん喋りが胡散臭いだけで割といい人なのに誤解され過ぎでは?

 

 俺がそんなことを考えるのを他所に、雷鼓さんは口元を抑えながらブツブツと呟く。

 

「もしかして、鳥獣伎楽がそれほど期待されてる……? 妖怪の賢者が肩入れするほどに……。今後私たちの立場を脅かすほどに成長するかも……だとしたら私が、両方のバンドの仲を取り持つように動くのが得策かしら……?」

 

 うん、雷鼓さん頭もいいんだよね。

 

 輝針城の異変の時も、誰よりも早く異変の元凶に気付いて、上手く立ち回って妖怪としての身体を獲得してたし。

 

 だけどその頭脳明晰っぷりが変な方に転んで勘違いを生んでる気がする。

 

 多分ゆかりんの加入については、たまたま巡り合わせが良かったのと響子のファインプレーが光っただけで、そういう複雑な思惑は何も絡んでないと思う。

 

 要するに考えすぎである。

 

「ああ、ほらほら……せっかく合格したばかりなのに喧嘩するなよ……。ミスティアの言うことも分かるけど、今は頼りになってくれてるのは確かなんだからとりあえず疑うのはやめて信じようよ」

 

「それはそうだけど……」

 

「響子も響子で熱くなりすぎかな。良い人なのは俺もそう思うけど、あまりに大物過ぎてミスティアが警戒するのも無理はないと思う。そこら辺の気持ちも汲んであげて欲しいかな」

 

「う……分かった」

 

 俺の言葉に二人はバツが悪そうに顔を逸らす。

 

 ふう……どうにか仲裁して喧嘩は収めたが、なんだか若干気まずい感じになってしまった。

 

 もうさっさと練習しに行こう。俺はそう思い、雷鼓さんに声を掛ける。

 

「雷鼓さん、とりあえず一緒に練習しにいきましょうよ。いつも俺たちが使ってる場所があるんで、そこでどうです?」

 

「……ん? ああ、そうね。それも良いんだけど……今から私のスタジオに来ない? あそこなら防音も整ってるから思い切り演奏できると思うのよ」

 

『えっ!?』

 

 その言葉に、俺たち三人は声を揃えて驚く。

 

「雷鼓さん、自分のスタジオ持ってんすか!?」

 

「すごいすごい! 行きたい行きたい!」

 

「さすが売れっ子は違うわね……」

 

「あはは、そんな大げさなもんじゃないわよ。披露する前の新曲を練習する時とかは、どうしても隠れて練習する場所が必要だから、バンドのお金を出し合って建てただけよ。たまに天狗のブンヤや熱心なファンの子たちが追いかけてくる事があるからね」

 

 雷鼓はそう言って苦笑する。

 

 うおお……建てた理由もまさに売れっ子のそれだ。

 

 流石は幻想郷のトップアーティストのメンバーなだけはある。プリズムリバーwithHのチケットは常にプレミアで入手困難らしいし、俺らとは稼いでる額が桁違いなのだろう。

 

「プリズムリバーと雷鼓さんのお金で建てたものなのに、俺らが使わせてもらって良いんですか?」

 

「いいのよ、今使ってるのはほとんど私だけだし。あの子たちはあの湖畔のプリズムリバー邸ってあるじゃない? あそこで練習してて、スタジオまであんまり来ないのよ。だからあのまま腐らせておくより、色んな人に使ってもらったほうがマシだわ」

 

「なるほど……」

 

 その言葉に俺は納得する。

 

 プリズムリバー邸とはその名の通り、プリズムリバー三姉妹が暮らしている廃洋館のことだ。

 

 元は外界の洋館だったが、外で忘れ去られることで幻想入りしてきたらしい。

 

 昼間に館を訪れると、どこからともなくバイオリンやトランペットなどの音色が聴こえてくるそうだが、肝心の三姉妹の姿は何処にも見えない。

 

 姿を見せて驚かすのではなく、音で騒がす騒霊(ポルターガイスト)という存在なので、姿を消したまま練習しているのだろう。

 

「それじゃあせっかくなんでお言葉に甘えさせて頂きます!」

 

「やったあ! 雷鼓さんと一緒に練習するの楽しみっ!」

 

「ふふ、響子は元気ね。じゃあ一緒に皆で行きましょうか。ここからそこまで離れてないからすぐに着くと思うわ」

 

 そう言って雷鼓の先導のもと、俺たちはプリズムリバーwithHのプライベートスタジオに足を運んだ。

 

 

 * * *

 

 

 「おお……!」

 

 目的地にたどり着いた俺は、その建物を前にして思わず驚きの声を漏らす。

 

 プリズムリバーwithHのプライベートスタジオは霧の湖付近にあり、森の中に隠れるように立っていた。

 

 見た目としては幻想郷の建物とは思えない近代的な打ちっぱなしのコンクリートに、外装には小さな採光窓がいくつか並んでいるだけ。

 

 パッと見では要塞のような厳重な造りとなっていた。

 

「うわー、なんか秘密基地みたいでカッコいい……!」

 

「幻想郷にコンクリートなんてあったんだ……てか、めちゃくちゃ頑丈そうですね」

 

「仕方がないのよ。こうでもしないと天狗の子たちってスクープ目当てに窓や壁を突き破って勝手に入ってきたりするんだもの。河童に頼んでセキュリティのしっかりしたものを建てて貰ったの」

 

「迷惑過ぎでしょあいつら……」

 

 天狗の所業にミスティアはドン引きしながら言う。

 

「まあそんなことはいいから中に入りましょう? 着いてきて頂戴」

 

 雷鼓はそう言うと、建物の裏側に回ってドアの前に立つ。

 

 そしてドアの横に設置された、デフォルメされた河童のようなイラストが描かれたカメラに顔を近付ける。

 

『妖力パターン照合中……適合。ロックを解除します。おかえりなさいませご主人様!』

 

 そう可愛い女の子の音声がカメラのスピーカーから流れたあと、ガチャリと一人でにドアロックが開く音がする。

 

 うお、電子ロックまで付いてるのか。ハイテクだなあ。 

 

 ……しかし妖力パターンってなんだ? 相変わらず河童は訳わからん変態技術を持っているようだ。

 

「さ、入って入って! 土足でも構わないから」

 

「おお……!」

 

「ふわぁ……!」

 

 俺と響子は同時に魂が抜けたような声を漏らす。

 

 雷鼓さんに言われて踏み入れたスタジオ内部には、未だローテクな幻想郷とは思えない別世界が広がっていた。

 

 間接照明に照らされた防音室内に、ドラムやマイク、スピーカーが設置された演奏スペース。奥にはガラス張りのレコーディングブースまで付いている。

 

 かっけえ……!

 

 俺は憧れのあまりため息が漏れる。

 

 こういうスタジオを個人で持つのは、音楽家の夢の一つと言ってもいい。

 

 とんでもない金がかかるので相当稼がないと無理だが、どうやらプリズムリバーwithHは俺の目指す目標まで到達しているようだ。

 

「ふふ、呆けてないでさっそく使ってみる? いつでも使えるように手入れはしてあるわよ」

 

「…………! はい!」

 

「うん!」

 

 そう答えたあと、俺たちはさっそく演奏する準備を始める。

 

 ギターを取り出し、アンプとエフェクターに繋いだとこで、雷鼓さんが言った。

 

「まずは、そうねえ……霧夜くんが一人で演奏してみてくれないかしら? 運営から私たちプリズムリバーwithHとコラボを推されるほどに期待されてたんだもの。その実力の程を見てみたいわ」

 

「あ、分かりました! いつでも大丈夫です!」

 

「えへへ、霧夜すっごい上手なんだから! 見たら雷鼓さんびっくりするよ?」

 

 響子が嬉しそうにハードルを上げてくるのを他所に、俺は一体何の曲を演奏するか考える。

 

 いや、ここはさっき二人がオーディションで演ったマリオネットを演奏するか。

 

 ここ最近練習してたし、今一番完成度が高いはずだ。

 

 俺は、指先でボディを叩いてリズムを取ったあと、思い切りギターを掻き鳴らした。

 

「へえ……!」

 

 前奏を弾いている最中、雷鼓さんから感心したような声が聞こえてくる。

 

 まだまだこんなもんじゃねえぜ!

 

 俺の全力を見やがれ!

 

 俺は心のなかでそう格好付けながら、どんどん演奏を続ける。

 

 やがてギターソロのところも完璧に弾ききったあと、俺はジャン、と一音ならして演奏を終えた。

 

「こんなもんでいかがでしょう?」

 

「ヒュー! やるわねえ、あなた! 確かに上手だわ。推薦されるだけの実力はあるってことね」

 

「うぐぐ……悔しいけどまだ敵わないわね……。どうやったらそんなにくっきりした音が出せるのかしら」

 

 拍手する雷鼓さんを他所に、ミスティアが悔しそうに言う。

 

「ミスティアもだいぶ上手くはなったけど、ミュートの効かせ方はまだまだみたいだね。でもこれ以上は教えるつもりはないよ。ミスティアは綺麗なコーラスも出せるんだし、響子は歌が抜群に上手くなった。ギターくらい俺の独壇場にさせてくれなきゃ鳥獣伎楽に居場所がなくなっちゃうからね」

 

「う……ケチね!」

 

「ケチで結構」

 

 俺の言葉に、ミスティアは口を尖らせる。

 

 なんと言われようとこれ以上は教える訳にはいかない。この細かいテクニックは俺が必死に練習して会得したものだ。

 

 大体ミスティアも響子も急激に成長し過ぎなのだ。この上ギターまで追いつかれてしまうと、本格的に俺の存在価値がなくなる。

 

 こすいと言われようと俺はバンド内の自分の居場所を死守するぞ!

 

「むう……霧夜なら例えダメになっても私がずっと面倒見てあげるのに……」

 

「ふふ、そうもいかないのが男の子なんでしょう。女の子の前では常に格好を付けたいものなのよ」

 

 なにやらダメ男製造機みたいなことを言う響子を他所に、雷鼓さんが愉快そうに笑う。

 

 そして雷鼓さんが続けざまにこう言った。

 

「……うん、良いわ! あなたたち凄くいい。それじゃあ、今から全員で今の曲をセッションしましょうよ! ミスティアも響子も以前より上手くなってるみたいだし楽しみだわ」

 

 雷鼓さんはそう言うや否や、自身もドラムの位置に着いてスティックを構える。

 

「えっ、そりゃ俺らは構いませんけど……雷鼓さんは大丈夫ですか? さっき聴いたばかりの曲を演奏なんて」

 

「あら、私を誰だと思ってるの? 幻想郷一のパーカッションで太鼓の付喪神なのよ? その曲に最適なリズムなんて一度聴けば十分です」

 

 そう言ってくるくるスティックを回しながら、雷鼓さんは何でもないことのように言う。

 

 うおお……! 流石は雷鼓姉さん!

 

 いちいちカッコいいし頼もしすぎるぜ!

 

「分かりました! じゃあミスティアは本来オーディションで弾くはずだったパート分けでいこう。響子はいつも通りボーカルで」

 

「ええ、分かったわ」

 

「オッケー!」

 

 そう互いに準備を整えると、真ん中にドラムの雷鼓さんを加えて、俺たちはマリオネットを再び演奏し始めた。

 

 

* * *

 

 

 「すっ……」

 

 演奏を終えたあと、俺は思わず息を呑む。

 

「すっげえ……! ドラムがいるとやっぱり全然違うよ! なんていうかこう、音楽に一本筋が通ったっつーか……」

 

「うん! いつもより断然カッコよくなった!」

 

「演奏しやすさも段違いね……。リズムを勝手にキープしてくれるから弾いててめちゃくちゃ楽だわ」

 

 そう三人で雷鼓さんのドラムを褒めそやす。

 

 いや、ていうか雷鼓さんのドラムが普通にやべえ……なんか勝手に身体が動くというか、それぞれが音とリズムで最善のタイミングに再配置されているような感覚がある。

 

 雷鼓さんの能力は"何でもリズムに乗らせる程度の能力"だったか。

 

 ドラムとしてこれ以上頼りになる能力はないかも知れない。なんとかうちに引き入れられないだろうか……。

 

「ふふふ、あなたたちも良かったわよ! っていうか響子、あなたそんな声出せたの? 別人みたいにカッコいい声で歌い始めるからビックリしちゃった」

 

 はしゃぐ俺たちを他所に、雷鼓さんは驚き顔で言った。

 

「うん! 妖怪の賢者さんが持ってきたレコードに入ってた、外の世界の歌い手さんの真似してるの! カッコいい声でしょ?」

 

「響子は凄いんですよ。一度聴いたら外の世界の歌い手さんの声や歌い方まで完全コピー出来て、しかも自分流にアレンジも出来るんです。とんでもない能力だと思いませんか?」

 

「えへへ……」

 

 俺が髪をくしゃくしゃに撫でながら言うと、響子は照れくさそうにはにかむ。

 

「そ、そんなことが出来るの……!? 以前はただ大声でがなってるだけのイメージだったけど、そんな実力を隠してたなんて……。もしかしてこれからこの子たちの時代がくるかも……」

 

 雷鼓さんはそう言って、顎に手を当てて再びブツブツと考え込み始める。

 

 俺はそれを聞いて、ここがチャンスとばかりに畳み掛ける。

 

「雷鼓さん、よければ今後正式にうちのドラムとして参加してくれませんか!? もちろんプリズムリバーと掛け持ちで構いませんし、ブッキングした時はあちら優先で構いません。メンバーとして正規の報酬もお支払いしますから!」

 

「えっ? い、いきなりそんなこと言われても……助っ人くらいならいいけど……」

 

 俺の言葉に、雷鼓は困惑したようにそう返す。

 

「そこをなんとか……! 見ての通りうちのバンドはパーカッションが絶対的に不足してまして、雷鼓さんの力が必要なんです! 雷鼓さんの実力なら即うちの中軸は間違いないですよ!」

 

「そうだよ! 雷鼓さんが来てくれたらもっとバンドが盛り上がると思う!」

 

「うん、私からもお願い。雷鼓のドラムがあると、バンドの質がぐっと上がった気がしたわ。それに、雷鼓なら信用出来るし……」

 

 そう俺たち三人に熱心に勧誘されて、雷鼓さんはドラムスティックで頬を搔きながら照れくさそうに言う。

 

「そ、そこまで熱烈に誘われると迷っちゃうけど……」

 

「雷鼓さんは綺麗でカッコいいですし、絶対うちでも人気出ますよ! だから是非正規メンバーに……いででで!」

 

 俺は突如として手に鋭い痛みを覚えて、視線を向けるとそこには――何故か響子が俺の手にガブリと噛み付いていた。

 

「何やってんの響子!?」

 

「むう……酷いよ霧夜は! 私にはそんなこと言ってくれたことないくせに! 大体演奏に見た目は関係ないと思う!」

 

「そうよ! 綺麗でもカッコよくもなくて悪かったわね!」

 

「いや違っ……二人はどっちかといえば可愛い系だから、ここで大人っぽい雷鼓さんが入ることで全体が映えるというか……いでででで! 指はやめて指は!」

 

 俺は再び響子にガブリと噛みつかれ悶絶する。しかも追撃で、今度はミスティアまでも俺の足をグリグリと踏んづけてくる。

 

 アレぇ!? 二人ともさっきまで喧嘩して気まずそうにしてたのに、急に連係取れてません!?

 

 どうやら俺という共通の敵を見つけたことで知らず知らずの内に仲直りしたらしい。うん、良かった。良かったんだけど、なんだろうこの釈然としない感じは……。

 

「ぷっ……あはは! ダメねえ、霧夜くんは、女心がまるで分かってないわ。大事な子たちの前で、他所の女の容姿なんか褒めちゃダメよ? まあ褒め言葉はありがたく受け取っておくけどね」

 

 俺の醜態を前に、雷鼓さんはケラケラと笑いながら言った。

 

 そして、続けてこう言った。

 

「ま、掛け持ちでメンバー入りの件については考えておくわ。さすがに私一人では決められないもの。プリズムリバーの子たちとも相談してから返事をするって形でいいかしら?」

 

「あっ、はい、もちろんです! 痛っ! いいお返事お待ちしてま……いたたたた!」

 

 俺は会話の途中でも爪先を容赦なくグリグリと踏まれて、思わず声を上げる。

 

 雷鼓さんはそれを見て爆笑しながら、その場はお開きとなった。

 

 今日以降俺たちは雷鼓さんと一緒にスタジオで練習させて貰えることとなったが、何故か俺の立場はオーディション以前より一段低くなってしまった気がする。

 

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