「ふう! 今日はこのくらいにしときましょうか」
そう雷鼓さんの言葉とともに、俺たちは今日の練習を終えた。
本番まであと七日――正直まだ練習しておきたいが、場所を借りてる上に付き合ってもらってる雷鼓さんの言葉には逆らえない。
レパートリーはあの時に覚えた二曲から七曲にまで増えた。
かなり急ピッチで覚えていっているが、響子のラーニングの速さと、俺の予備知識。
そしてミスティアの頑張りによってなんとか形になってきている。
雷鼓さんは一回聴いたら曲も覚えるし、大体理想のリズムでアドリブも交えて叩いてくれるのでまるで心配がない。
この人もチート過ぎてドラム版の響子みたいなもんだ。マジでうちに入ってくれないかな……。
「お疲れさまです、雷鼓さん! 今日もありがとうございました」
「ふふふ、霧夜くんもお疲れさま。皆メキメキ上達していってるし、一日ごとに違う曲を叩いてるからとても刺激的だわ。明日もよろしくね?」
「はい!」
俺は雷鼓さんに改めて一礼する。
「霧夜! 帰りにミスティアの家に寄っていかない? 明日練習する曲の打ち合わせと、ついでに晩御飯も」
「連日うなぎだな……。まあ好きだからいいけど」
「文句あるならあんたが作りなさいよ!」
そう言い合いながら帰り支度をする。
もう最近はすっかりこのルーティンだ。
一応人里の家には帰ってるし、たまに命蓮寺に顔出しはしているが、聖に事情を話したら「しっかり悔いのないようにおやりなさい」とのお言葉を賜ったので、ありがたくお勤めを休ませてもらっている。
俺たちの出来如何で保護者である命蓮寺や聖の立場も変わってくるので、手を抜く訳にはいかない。
恩返しの意味も込めて当日は最高の演奏を見せたいと思う。
「霧夜、帰るよー!」
「あ、ごめんごめん」
そう響子に呼ばれて、帰ろうとしたその時――
「ん?」
「おっと! 気を付けとくれ、楽器が傷付いちまうじゃないか」
ガチャリとドアを開けた瞬間、外にいる誰かとぶつかりそうになる。
「あっ、すいません!」
「……ん? なんだい、あんたは。見ない顔だが……
そう言って訝しげにこちらをジロジロ見てくる美人に、俺は確かに見覚えがあった。
長い青紫色の髪に、二つのお下げを垂らした琵琶を持った美少女。
九十九弁々じゃん!
「どうしたの? 姉さん。中に入らないの?」
「ちょっと待ちな。今この男の身元を問い質しているところさ」
そう言って、弁々は後ろから声を掛ける、茶髪ショートカットの美少女に応える。
やはり八橋もいる!
まさかこんな所で九十九姉妹と鉢合わせになるとは……。
二人ともめっちゃ可愛いな。特に弁々はマジでモデルみたいだ。
流石は公式で天女のごときルックスと評されるだけはあって、二人とも目を引く見た目をしている。
「どうしたの? そんな所で固まって……あら、弁々と八橋じゃない! 久しぶりね、前回のイベント以来かしら」
そうこうしている内に、入り口間際で固まっている俺たちを見て、雷鼓さんが近付いてくる。
そして九十九姉妹の二人を見て顔を綻ばせた。
「ご無沙汰しています、姐御! しばらくご挨拶も出来ずに申し訳ありません。今ちょうど不審者を見つけた所なので、お話はこいつを痛め付けた後で」
いや勝手に不審者にされてる!?
「ちょっと! こいつは不審者なんかじゃないわよ! まあちょっと怪しいのは認めるけど……」
「霧夜はうちの大切なメンバーなんだから、ひどいことしないで!」
そう言って、二人が俺の前に出て庇ってくれる。
いや嬉しいけど、ミスティアはなに一部相手の主張認めちゃってんの!?
「そうよ。霧夜くんは私の楽師仲間で大事なお友達よ? ひどいことはしないであげて頂戴。……あと、その姐御っていうのやめてって何度も言ったでしょ? 普通に雷鼓って呼んでくれればいいから」
「そういう訳には参りません。姐御は私たち道具にとって大恩あるお方。そして、付喪神を統べるリーダーとなられる方です。そのような方を軽んじることなど出来ません」
「だから軽んじるとかじゃなくて普通に接してって言ってるのに……」
そう言って深々と頭を下げる弁々と八橋に、雷鼓さんは頭痛を堪えるようにこめかみを抑える。
九十九姉妹は輝針城の異変の際に、異変解決と共に力を失って消え去る運命にあった。
そんな時に手を差し伸べたのが雷鼓さんだったのだ。
細かくは割愛するが、雷鼓さんは異変解決後も力を失わずに、存在を保てるある特殊な呪法を二人に伝授した。
そのお陰で、本来消え去るはずだった弁々と八橋は、今こうして付喪神として存在を永らえてるのだ。
まあ二人が雷鼓さんを慕うのは経緯から分からんではないが、まさかここまで熱烈な信奉者になっていたとは……。
「しかし姐御……先程こやつを楽師仲間と言いましたか? 更に大事なお友達とまで……こんな男を……」
「え、ええ、まあそうだけど……」
困惑しながら返答する雷鼓さんに、弁々は俺の方に向かってビシッと指先を突き付けた。
「――あんた、私と勝負しな!」
「ええっ!?」
その突然の申し出に、俺は思わず声を上げる。
「私には分かるぞ。お前の背負っているそれは、弦楽器だな? 私たち姉妹もだ。同じ弦楽器として、どちらが姐さんの隣に侍るのが相応しいか決着を付けてやる!」
「何考えてるのか分からないけど、物騒なのはダメよ! 霧夜くんは戦えないんだから」
突拍子もないことを言い出す弁々に、雷鼓さんが慌てて口を挟む。
「もちろんです、姐さん。弾幕ごっこなんかじゃなくて、私たち楽器同士の戦いにはもっと相応しいものがある。それは……演奏勝負だ」
「え、演奏勝負……?」
ちょっと何言ってるのかよく分からない。
演奏なんて良し悪しはあっても勝ち負けはないだろ。一体何に対して勝負するつもりなんだ?
「私たち姉妹と、あんたが演奏してどっちが美しい旋律を奏でたかを姐御に決めてもらうんだ! 負けた方は二度と姐御に近付かない。この条件でどうだい!?」
「ちょっと、そんなの決められるわけないじゃない! どっちの実力も知っているし、第一霧夜くんがそんな勝負受けるとは思えないわ」
「……いや、俺は大丈夫ですよ!」
「ちょっ……ええ!?」
その答えに、雷鼓さんが素っ頓狂な声を上げる。
「俺はギターに関しての挑戦からは逃げませんよ! それに、今後も雷鼓さんと一緒にやっていきたいですから、しっかり実力で認めてもら……いだだだだっ!」
俺はいきなり右手に鋭い痛みを覚えて、思わず言葉を途切れさせる。
見るとそこには、再び俺の右手にガブリと噛み付いている響子の姿があった。
「ちょっ、ええ!? 何やってんの!?」
「む〜……なんだか分かんないけど、今のを聞いてモヤモヤしたのっ!」
「そうよこのスケベ男。そんなに必死になってるのは、どうせ雷鼓がキレイだからでしょ!」
そう言って、今度はミスティアまで加勢して俺の足を踏んづける。
あだだだだ! いや違う違う! 俺はただバンドの為を思ってだな……。
「もう……ホント霧夜くんは仕方がないわね」
それを見て、雷鼓さんは何故か頬に手を当ててため息をつく。
いや、その前に二人を止めてくれませんかね!? 結構マジで痛いんですけど!
「その覚悟は認めよう。……だが、今の姐御の顔で確信した。やはりあんたみたいなのがそばにいちゃダメだ! 私がなんとしても引き離してやる!」
謎の使命感に駆られている弁々は、俺の鼻先にビシッとその細い指を突きつけてそう宣言する。
そして、ずかずかとスタジオに上がり込んだあと、その真ん中で楽器を構えて言った。
「それじゃあいくよ、八橋! 私たち姉妹の力を見せつけるんだ! しっかり聴いていてくださいね、姐御!」
「ほいほーい」
「はあ……もう好きにして頂戴」
軽い返事をする八橋とは裏腹に、雷鼓さんは頭を抱えながら呆れたように言う。
それにも構わず、弁々たちは自らの依代でもある楽器を鳴らし始めた。
後ほどもう一話投稿します