「プリズムリバーwithHの皆さん、リハ入りまーす! 準備して下さい!」
わだかまりの解けた俺たちが会話していると、スタジオを設営していたモブ河童ちゃん……いや、これは失礼だな。
設営スタッフの河童さんからそう声が掛かる。
どうやらあちらが先にリハーサルに入るらしい。
「あら、私たちの番ね。じゃあ行きましょうか。霧夜くんたちもついでに見て行ったらいいわ。何せ幻想郷で一番人気の音楽ユニットの演奏だもの。きっといい刺激になるわ」
「雷鼓、そういう事を自分たちで言うのは……その、少し恥ずかしい……」
「いいじゃない、事実なんだから」
そう会話を交わしつつ、雷鼓さんとルナサはステージに向かっていく。
「うふふ、皆が本番でハッピーになれるよう頑張りましょうっ!」
「あー、めんどくさっ。早く終わんないかな〜」
そう真逆のことを言いながら、リリカとメルランの二人も続いていく。
「じゃあ、せっかくだし俺たちも見せてもらおうか」
「そうね」
「うん!」
そう言って、俺たち三人も客席に向かう。
客席とは言ってもステージを前にだだっ広い空間が広がってるだけだ。屋外フェスだから当日は皆立ち見なのだろう。
ただ、ステージ正面に一応いくつか関係者席が設けられており、そこに座って大声で指示を出している者が居た。
「そこの照明の角度が違う! ちゃんと仕様書を見ぬか! ……あ、こら! 勝手にステージを改造するな! 事故が起きたらどうするんじゃアホンダラっ!」
マミゾウPだ……どうやらステージの設営に殺気立って、俺たちが来たのにも気付いてないらしい。
その服装は何故か額のサングラスに、ピンク色のセーターを肩にかけて袖を前結びにするという、コテコテの業界人みたいな服装をしており、メガホン片手に河童や化け狸のスタッフに怒声混じりの指示を出していた。
俺はその後ろから恐る恐る近付いて挨拶をする。
「あの……どうも。お疲れさまですプロデューサー」
「その荷物はそこじゃない! 反対じゃ! ……ん? おお、小僧か」
「今日は前日のリハに来たんですけど……え〜っと、立て込んでらっしゃるようで……」
「立て込んでるかじゃと? おお、そりゃもう上を下への大騒ぎよ! どこかの誰かさんらがギリギリになって追加されたおかげで、演出やポスターも全部一から見直しになったからのう!」
マミゾウは妖怪らしからぬ、隈が入った疲れた顔をしながら、こちらに当て擦りのようなことを言う。
「いやー、ははは。その節はどうも……」
「なによ! 元はと言えばあんたらが私たちをハブろうとしたのが悪いんじゃない! あとから慌てちゃっていい気味よ!」
「そーだそーだ! ジゴージトクだよっ!」
愛想笑いを浮かべる俺を他所に、ミスティアと響子は全力で言い返す。
まあぶっちゃけ正論なんだけど、あんまプロデューサーと揉めないほうが……。そう考えてしまう俺はやはり幻想郷基準ではかなりのヘタレなのだろう。
「ぐぬぬ、生意気なクソガキども……!」
「プロデューサー!」
「……あん?」
そう一触即発の事態になりかけたその時――横から甲高い声がかかり、一旦口論が中断される。
見るとそこには、緑色の帽子を被った青髪ツーサイドアップの美少女――河城にとりの姿があった。
うおお、にとりキターー!
やはり他の河童と同じく、にとりも裏方として参戦していたのか!
にとりはそのくしゃっと潰れた帽子の上から、大きなヘッドセットマイクを付けている。
「音響の最終チェック終わったよ! こっちはいつでもいけるからね」
「む、そうか。……ええい、クソガキどもの相手なんぞしとる暇はないわ! 大人は忙しいんじゃ! さっさと散れ!」
「何よ! そっちから絡んできたくせに!」
「そうよ! 私たちだって願い下げよこのバ――」
「わーっ!! 二人ともその辺で! 今からプリズムリバーwithHさんのリハだし、迷惑になるからあっちで見学しようね!?」
俺は決定的な一言を口にしようとしたミスティアの声に被せるように、大声を上げながら二人を制止する。
あっぶねー……今確実にBBAって言おうとしてたよね……。それ言ったら戦争だよ、マジで。
特にマミゾウはお婆ちゃんみたいな喋り方から太子様に年寄り扱いされて、ブチ切れたエピソードがあるんだからホントにやめていただきたい。
愚者は経験から学び賢者は歴史から学ぶって慧音先生も言ってた。
俺はギャーギャー騒ぐ二人をどうにか宥めながら、マミゾウから遠く離れた場所に座らせる。
椅子はそこらを駆け回ってるスタッフ河童さんに尋ねたら、なんかパイプ椅子っぽいものを貸してくれた。
しかしにとり……なんかデカいヘッドフォン付けてたけど音響関係か?
ちょっと話してみたくもあるが、今は何やらマミゾウPと色々話し込んでいる様子だ。
混ざりに行きたいが……今ここを離れるとうちの不機嫌マックスのお姫様方が何をするか分からない。
よってここは大人しく開演を待とう。
そんなことを考えているうちに準備が終わったのか、にとりがプロデューサーと会話を終えて駆け足でステージの方に戻っていく。
しばらくすると、『プリズムリバーwithHさん入りまーす!』というアナウンスと共に、ステージ上に雷鼓さんたちが現れる。
「ほら二人とも、出てきたよ!」
「あ、ホントだ!」
「しっかり見なきゃね」
そう言って、響子とミスティアも不機嫌を収めて居住まいを正す。
ステージ上ではルナサたちが音響と一緒に音合わせしており、こちらに気付いた雷鼓さんが軽く手を振ってくれる。
俺はそれに軽く手を振り替えしながら、ステージの上を眺める。
プリズムリバーwithHのフォーメーションは少し変わっている。
普通はドラムが後ろで、バイオリンやトランペットなどの花形の楽器が前に出てくるのが常だ。しかしプリズムリバーwithHに関しては全員横一列に並んでいる。
これは雷鼓さんの『打楽器が前で目立って何が悪い!』という主張によるものらしい。
雷鼓さんもグイグイ前に出てくるタイプなので、さもありなんと言ったところだ。
俺らのバンドでも前で演りますか? と訊いたところ、鳥獣伎楽はあくまで趣味でメインの活動じゃないので後ろで構わないと言われてしまった。
俺としては前列ど真ん中陣取ってもいいからうちもメインで活動して欲しいんだが……まあ仕方ない。引き抜きは良くないしな。
待っているうちに音合わせも終わったようで、ステージの上でバッチリ準備している。
雷鼓さんのカウントダウンと同時に、盛大に演奏が始まった。
「うおお……!」
「わあ!」
「いいわね……」
途端、俺たち三人は感嘆の声を上げる。
ステージ上の彼女たちが演奏しているのは、まずはプリズムリバーの代名詞でもある幽霊楽団だった。
雷鼓さんが入ることで若干ジャズ調にアレンジされており、原曲よりオシャレ感が増している……!
当たり前だけどめちゃくちゃ上手え!
なんというか、メルランの躁の音とルナサの鬱の音、それらを調和するリリカのキーボード。
そして雷鼓さんのリズムに乗せる力が渾然一体となって、感情がグチャグチャままゾワゾワと強烈な心地良さだけが怒涛のごとく押し寄せてくる!
これはまさに聴くドラッグだ! 中毒性が半端じゃあない、チケットが取り合いになるのも分かる気がする。
やはり幻想郷ならではの能力使った演奏はチートだ。いや、鳥獣伎楽もほぼ全員能力者だけど、俺らは果たしてプリバ並の演奏が出来るんだろうか……?
そうこうしている間に演奏は終盤に差し掛かり、ゆっくりとフェードアウトしながら曲が終わる。
「おおおお……!」
「すご……ちょっと自信無くすわね」
「そんなことないよ! 私たちだって負けてないもん!」
全力で拍手する俺を他所に、二人がそんな会話を交わす。
確かにちょっと圧倒されたが、クオリティに関しては俺らも負けてないはずだ。
他ならぬ響子の歌声が桁外れだし、ミスティアの演奏とコーラスもだいぶ仕上がってきた。
今ならプリズムリバーwithHとも対等に渡り合える……と思いたい。
俺がそんなことを考えていると、なんとプリズムリバーwithHは一曲演奏しただけでさっさと撤収し始める。
「あれ、一曲だけ? 通しでやらないんだ」
「ホントだね〜なんでだろ?」
「直接聞けばいいんじゃない? どうせ私たちも今から控室入るんだし」
ミスティアの言葉にそれもそうかと納得して、俺たちは楽器を持って移動を始める。
プリズムリバーwithHが終わったら次は俺たちのリハだ。他所のバンドを気に掛けてる場合ではないが、ちょっと聞くくらいはいいだろう。
控室に入ると、プリズムリバー三姉妹が椅子に座って、なにやら先ほどの演奏のことについてあれこれ話し合っていた。
ちなみに雷鼓さんはまだステージの上だ。彼女に関しては俺たちのリハにも参加するので、いちいちステージを降りる必要もないのだろう。
「お疲れさまです! さっきの演奏、痺れましたよ!」
「そうそう、なんかゾワゾワってした!」
「ああ、ありがとう。私たちとしてはまずまずの出来だったが……」
「もう、姉さん、そういうこと言わないの! 二人ともありがとうねっ」
相変わらずダウナーなルナサに代わり、メルランが答える。
「にしても……演奏するの一曲だけなんですか? さすがに全部通しでやるとは思いませんけど、もう二、三曲は演奏するものだと思ってましたけど」
「ああ……私たちはリハはいつもこんな感じなんだ。音合わせだけで軽く流して、あとは本番のライブ感を大事にしたい。……それに、必要な分はもう見せた」
「えっ?」
俺は、ルナサの言葉の意図が理解出来ずにそう聞き返す。
「これ以上は見せない。……あとは、そちらの実力を見せて欲しい」
「!?」
「ふふふ、姉さんったら、雷鼓ちゃんがあまりにもあなたたちのことを褒めちぎるから、ちょっと嫉妬して対抗心燃やしちゃってるみたい。悪意はないから許してあげてね?」
「メルラン!」
そう注釈するメルランに、ルナサが珍しく大きな声を出す。
ああ、なるほど……いきなり久○重明みたいなこと言い出すから、てっきりまだ敵視されてるのかと思った。
「でも、私も気になるわぁ。あの雷鼓ちゃんがあそこまで肩入れするんですもの。次代の幻想郷の音楽シーンは鳥獣伎楽が席巻するかも、とまで言ってたしね。だから、そのお手並みを私も聴いてみたいわあ」
「何言ってんのよ、姉さん。こいつらの演奏前にも聴いたことあるけど、下手くそだしめちゃくちゃに叫んでるだけで素人丸出しだったじゃない! いくら雷鼓姉が手を貸したからって、そんなに急に変わるわけないでしょ?」
メルランの言葉に、リリカが呆れたように否定する。
「なにを〜! このチビ!」
「お前もチビじゃんっ!」
「こら、失礼よリリカ! ……まあ、言葉は悪いけど正直言うと以前の私たちもそれに近い感想だったわ。だけど、そこの霧夜くんがメンバーに入ってから変わったんでしょう?」
響子と口喧嘩をし始めるリリカを他所に、メルランは俺の方に向かって言う。
「まあ……そうね。確かにこいつが入ってから、かなり上達はしたかも」
「皆で練習した結果だよ」
「すっごいレベル上がったから楽しみにしてて! びっくりすると思うから!」
俺たちのその言葉を受けて、ルナサたちはコクリ、と軽く頷く。
「ん……楽しみにしてる」
「ふふふ、じゃあ私たちは観客席から聴かせて貰いましょうか」
「ね〜、もういいじゃん! 早く帰ろうよ〜」
そう言いながらプリズムリバー三姉妹が控え室から立ち去るのと同時に、呼び出しのアナウンスが掛かった。
『鳥獣伎楽さん、リハ入りまーす! ステージに上がってくださーい!』
それを聞いて、俺たちは互いの顔を見て頷きあったあと、楽器を担いでステージへと向かっていった。