幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第五十三話 古い記憶

 

 「おお……!」

 

 ステージに上がり、そこからの光景を見て俺は思わず感嘆の声を上げる。

 

 なんというか凄い眺めだ。

 

 守矢神社は妖怪の山の中腹にあり、標高は千メートルを超える。

 

 その境内からは地平線の彼方まで見えて、結界の外まで視界に入る。

 

 雄大なロケーションもさることながら、明日はこの境内が三万人近くの超満員になっていることが予想されている。

 

 その時のここからの眺めはどんなものか、今から想像してもワクワクが止まらない。

 

「来たわね、皆」

 

 ステージを見回すと、既にステージ上で待機していた雷鼓さんが俺たちにそう声を掛ける。

 

「プリズムリバーの子たちは一曲しかやらなかったから、まだ全然余力があるわよ! 鳥獣伎楽は通しでやるのかしら?」

 

「いや、俺らも一、二曲だけで流して終わろうかと。明日に疲れを残したくないですし、それに……まだ手の内は隠しておいたほうがいいかなって」

 

「? どういうこと?」

 

 俺の言葉に、雷鼓さんは困惑しながら首を傾げる。

 

「いや実は、さっきですね……」

 

 そう言って、俺はルナサとのやり取りを簡単に説明する。

 

「あははは! そんな事があったの? なんだかごめんね、あの子たちの前で皆のことちょっと褒め過ぎて妬かせちゃったみたい」

 

「いいんですよ。俺らもプリズムリバーwithHさんにライバル視されるなんて光栄ですし」

 

「ま、侮られるよりはいいわよね」

 

「やるからにはびっくりさせなきゃ!」

 

 ミスティアと響子も、度肝を抜いてやろうとやる気になっているらしい。

 

「ふふ、今の皆の実力ならルナサたちもびっくりすると思うわ。まあ、それなら今日は挨拶程度に流して、続きは当日のお楽しみにしておきましょうか」

 

 雷鼓さんの言葉に、俺たちは一斉に頷く。

 

 もう出来得る限りの練習はしてきてるし、あとは本番でその成果を見せるだけだ。

 

 リハは音響の調節程度にやれば十分だろう。

 

「おーい、こっちこっち!」

 

 そんな時、ステージ上で会話を交わしている俺らに横から声が掛けられる。

 

 見るとそこには、ヘッドフォンを付けたにとりが、手を振りながらこちらに駆け寄ってくる所であった。

 

 にとりは俺たちの前に立つと、ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべながら言った。

 

「えーっと……二人はともかく、貴方とははじめましてかな? 私は河城にとり! 今回のイベントではPA(音響)を担当しているよ。まあ音響だけじゃなくて、機械設備全般も実質私が担当してるようなもんだから、ステージのことならなんでも気軽に相談してね」

 

 そう言ってにとりは、こちらに右手を差し出す。

 

「あ、どうも。俺は鳥獣伎楽withKのK担当、霧夜って言います」

 

 三人を代表して、俺がにとりと軽く握手を交わす。

 

 どうやら他二人は既に顔見知りらしい。

 

 水生生物故か、にとりの手は冷たくしっとりしていて、触れた瞬間ぺたりと肌に張り付くような感じがした。

 

「よろしく〜、って、げげっ! Kって言うと、あの号外で書いてたあの凶暴なヤツ!?」

 

「いや、違うから! あの記事はデタラメなんだって! この下り何回目だよ……」

 

 俺は若干うんざりしながら、にとりに誤解であることを説明する。

 

「あっはっは! なんだ、そうだったのか! ま、天狗様の新聞じゃよくあることだ。妖怪としちゃ怖いやつだと思われるのは箔が付いて結構なことじゃないか」

 

「いや、俺人間だから……。あんな記事書かれても百害あって一利なしというか……」

 

 俺がそう答えると、にとりはびっくりしたような顔で言った。

 

「なんだ、お前さん人間だったのか!? 道理で妖気もなーんも感じない訳だ。そういう事なら仕方ない。なんか困った事あったらこのにとり姉さんに相談しな! 荒事は得意じゃないけど、機械関連のことなら大抵なんとかできるからさ!」

 

 そう言って、にとりはケラケラ笑いながらバシバシと乱暴に俺の背中を叩く。

 

 なんか俺が人間って分かってから急に馴れ馴れしくなったような……。

 

 まあ河童と人間は盟友(商売相手)みたいなとこあるからな。向こうからしても仲良くしとくに越したことはないんだろう。

 

 俺としてもステージとか楽器のメンテで河童にツテが出来るのはありがたい。

 

「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」

 

「まかせなって! ……あっ、ところで、ステージの音響のことについてなんだけど、なんか希望ある? 高音とか低音とか、あとエコーとかのエフェクトかけたりとか」

 

 そうにとりに尋ねられて、俺たちは顔を見合わせる。

 

 本来ならそういうのは、リハの時に入念に打ち合わせが必要だが……うちに関してはそれほど必要ない。

 

 何故ならエコーに関しては響子の能力でいつでも好きに掛けられるし、過剰なエフェクトが必要な曲もあまりない。

 

 常に生演奏の腕で勝負ってやつだ。

 

 なので三人で相談した結果、最低限の注文だけ付けておくことにした。

 

「音量マックス、低音マシマシで!」

 

「あいよ〜」

 

 にとりはそう言うと、音響設備のあるステージ裏に引っ込んでいく。

 

 ある程度準備が整ったあと、ステージ上で音のチューニングをやっていると、ステージの最前列に座るマミゾウPから声を掛けられる。

 

「おい、最初は何の曲をやるつもりじゃ?」

 

「"いとしのレイラ"です。今日はその一曲だけ流して終わりにしようかと」

 

 俺がそう答えると、マミゾウは渋面を作りながら難色を示す。

 

「そりゃ曲目は事前に渡されておるからある程度は把握しておるが……正気か? これ英語の曲じゃろ。もしかして歌なしで楽器だけでやるつもりか?」

 

「いえいえ! もちろんフルボーカルですよ。うちの響子が歌えますから」

 

 そう答えると、マミゾウは胡散臭そうに首を傾げる。

 

「……万が一あまりに聞き苦しい、下手くそ過ぎるようならわしの権限でお主らの順番を強引に前座に回すこともあり得るぞ。そこら辺ちゃんと考えておるのじゃろうな?」

 

「まあまあ、とりあえず聞いてみて下さいよ。きっとびっくりしますから」

 

 俺はニヤける口元を抑えきれずに言う。

 

 マミゾウは一度マリオネットで響子の歌唱力は理解しているが、その力が洋楽にまで及ぶとは思ってないだろう。

 

 あの時だって、たまたま氷室京介の声色がピタリとハマっただけに思ってるみたいだが、響子のチート能力ははっきり言ってそんなレベルではない。

 

 恐らく今回のイベントで一番注目されるのは響子のはずだ。

 

『鳥獣伎楽さん、リハ開始してくださーい!』

 

 そのアナウンスと共に、俺たちはチューニングをピタリと止める。

 

 各々が演奏位置に付いたあと、雷鼓さんがスティックを鳴らしながらカウントダウンを始めた。

 

「3、2、1……GO!」

 

「…………!」

 

 そうして、俺のギターの前奏から曲が始まった。

 

 

 * * *

 

 

 「こ、これは……」

 

 曲が終わると同時に、マミゾウPは唸るように首を振る。

 

 どうやらかなりの好感触だが、それよりも驚愕のほうが勝っているようだ。

 

 まあ氷室京介でも相当おかしかったのに、響子の見た目から発音が完璧なエリック・クラプトンのダンディ声が出てくるとは思わんよな。

 

 響子自体は女の子なので、こんな野太い声で歌って嫌じゃないのかと尋ねたことがあるが、むしろこの見た目から出てくる声の意外性でびっくりしてる人の顔を見ると、妖怪としての存在意義(レゾンデートル)が満たされて最高に気持ちがいいそうだ。

 

 妖怪ってのは実に不思議な存在だが、本人がいいならこれからもどんどんやっていくべきだろう。

 

「お疲れ! いい感じだったよ、相変わらず響子の歌声は凄いな」

 

「えへへ、でしょ〜?」

 

「見てよ、あのプロデューサーの顔! 狸なのに化かされたような顔してるわ」

 

 そうミスティアが言うと、マミゾウはうぉっほん、とわざとらしく咳払いしながら仏頂面で言う。

 

「……ま、最低限と言ったところじゃの。お情けで順番はそのままにしておいてやるわい。せいぜい本番で恥をかかんようにな」

 

「何よあいつ、聴き入ってたくせにほんとムカつくわね!」

 

「まあまあまあ! いいじゃないか、結局認めてくれたんだしっ!」

 

 今にも喧嘩をおっ始めそうなミスティアに、俺が慌てて割って入る。

 

 てか、エキストラボスに2ボスが挑んでもボコボコにされるだけだからやめようね。マミゾウは妖怪の中でもかなり上の方だし……。

 

 俺がミスティアを必死に宥めていると、背後からパチパチと拍手する音が聴こえてくる。

 

 振り向くとそこには――いつの間にかステージの最前列まで近付いていた、ルナサとメルランが拍手していた。

 

「良かったわ〜! 凄いわね、響子ちゃんあんな声出せるなんて!」

 

「ん……さすが、雷鼓が言うだけのことはある。ただ……一つ気になることがある」

 

「気になるところ?」

 

 ルナサの言葉に、俺は一旦ミスティアから離れて耳を傾ける。

 

「レイラ……っていうのは誰かをモデルにしているのか? 変な意味ではなくて、何かその……気になって」

 

「えっ? ああ、これは俺たちのオリジナルじゃなくて、外の世界の楽曲なので、モデルも外の世界の人間だと思いますよ」

 

 俺はそう答える。

 

 実際には、「いとしのレイラ」の元になったレイラは、当時エリック・クラプトンが横恋慕していたパティ・ボイドだと言われている。

 

 だが、幻想郷でレイラと言えば確かもう一人居たはずだ。

 

「そう、か……すまない。少し気になっただけだ。良ければこの曲、私たちにも弾かせてもらってもいいだろうか? イベントではなく、個人的に弾いてみたいんだ」

 

「…………! もちろん、いいですよ! そもそもうちのオリジナルじゃありませんし、許可なんか必要ありません。どうぞご自由に」

 

 俺がそう答えると、ルナサは「ありがとう」と短く礼を言う。

 

 個人的に弾いてみたいというのは、故人を偲んでのことだろうか?

 

 プリズムリバー三姉妹の幻の四人目、レイラ・プリズムリバーはもうこの世にはいない。

 

 それは花映塚の四季様のセリフからも明らかなことだし、あの口振りからして恐らくあの世にも冥界にも居ないのだろう。

 

 そもそもメルランもリリカも、生みの親のレイラのことを覚えてすらいない。

 

 だがその中で、ルナサだけはレイラのことを微かに覚えていたようだ。

 

「言った通りでしょ? ルナサ。次はこの子たちが来るわよ。私たちもこの波に乗らなきゃ!」

 

 そんな事情もいざ知らず、雷鼓さんはステージ上からルナサに向かって言う。

 

「波に乗るって、他所のバンドの人気にどうやって?」

 

「コラボするに決まってるじゃない! 新進気鋭の勢いがあるバンドと、大人気の古参バンドがコラボすることでお互いに相乗効果を生み出すのよ! プリズムリバーwithHも最近頭打ちになってきた頃だし、ここらでテコ入れするのもいい時期だと思わない?」

 

 困惑するルナサに、雷鼓さんは自信満々に言い放つ。

 

「確かに……雷鼓の言うことも一理ある。うちが更に躍進するためにも、外部からの刺激も必要、か……」

 

 ルナサはいつも通りダウナーな顔でそう口にする。

 

「ふふふ、一緒に演奏して一緒にハッピーになりましょってことね? とてもいいと思うわ!」

 

 メルランも乗り気なのか、楽しそうに言う。

 

「正直大人気のプリズムリバーwithHさんとコラボなんて……俺らからしたら得しかないので望むところです!」

 

 俺の言葉に、他二人も頷いて同調してくれる。

 

 ってかあの麻薬みたいな演奏を見る限り、プリズムリバーwithHはどこまで行っても一定の人気は保ち続けるだろう。

 

 需要が尽きることは永久になさそうなので、この誘いは実質俺らが一方的に得してるようなもんだ。

 

 もっともおんぶに抱っこはイメージが悪いので、俺たちもしっかり本番で実力を見せてプリズムリバーwithHの人気に少しでも追い付くつもりだ。

 

「さしあたって、その手始めとして今回のイベントの最後に、全員で合奏しましょう!」

 

「合奏ってもしかして……前に言ってた、"カノンロック"のことですか?」

 

 雷鼓さんの言葉に俺はそう聞き返す。

 

「そう! あの曲はフィナーレにピッタリだと思わない? イベントのラストに皆で合奏すれば最高に盛り上がると思うわ!」

 

「おい、ちょっと待てい! さっきから黙って聞いておれば何を勝手な事を! このイベントの"ぷろでゅーさー"はわしじゃ! 演出や構成に関わることを演者が勝手に決めるでないわ!」

 

 そう言って、マミゾウPが真っ当なツッコミを入れる。

 

 それはそう。なんだけどその程度の正論では雷鼓さんは止まらないだろう。 

 

「まあそう堅いこと言わずに見逃してよ。多少イレギュラーがあってもイベントが盛り上がるならプロデューサーとしても鼻が高いでしょ?」

 

「アホウ、勝手なこと抜かすな! 大体わしはその"かのんろっく"とやらの曲も知らん! だのに勝手なことされて失敗でもしたらわしの面子丸潰れじゃろうが!」

 

 そのマミゾウの言葉に、雷鼓さんはへえ、と挑戦的な眼差しを向ける。

 

「だったら一回聴いてウケそうだったら許可しても良いってことね? オッケー! それなら今から皆で演奏しましょ! ルナサたちもステージに上がって!」

 

 雷鼓さんはそう一方的に話を打ち切ったあと、さっさと自分の持ち場に入る。

 

「ちょっ……待てい! 誰もそんなこと言っとらんわい! 余計なことはするなと言うておるんじゃ!」

 

「ん……でも、雷鼓が絶賛してたカノンロック、確かに少し気になる」

 

「普通のカノンなら私たちも演奏出来るんだけどね〜それをロック調にアレンジしたなんて、どんな風になるのかしら?」

 

「え〜!? 私たちもやるの!? もういいから帰ろうよー」

 

 制止するマミゾウを他所に、ルナサたちは言われた通りステージに上がっていく。

 

 リリカはぶーぶーと文句言っていたが、メルランにピシャリと叱られてすごすごと従っていた。

 

 いきなりだけど、まあ雷鼓さんも結構押しが強いというかグイグイ引っ張っていく性格なので、こうなってくると演奏するまで絶対諦めないだろう。

 

 俺たちとしても実力をアピールする場が増えるのは悪くないので、雷鼓さんに乗っからせて貰おう。

 

「それじゃあ行くわよー! ワン、ツー、スリー!」

 

 その号令とともに、俺たちはカノンロックを演奏する。

 

 最初は断固反対していたマミゾウPも、一度演奏を聴いたあとは、ラストで合奏することを渋々ながらも認めたのであった。

 

 

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