「ほら、ここが博麗神社さ。私は下で時間を潰しているから、巫女に会って少し話してくるといい」
「う、おお……!」
俺は、目の前の階段を見上げながら、思わず声を上げる。
これが博麗神社……! 幻想郷の中心にして、全ての始まりの地!
この先に、あの伝説の博麗霊夢がいるんだ!
俺は感動に打ち震えながら、ナズーリンに一言礼を言ったあと、その階段を登り始める。
実は俺は霊夢推しなのだ。東方キャラは基本全員好きなのだが、主人公では霊夢推し。
針巫女の張り付き火力によって俺は数々の難敵を打ち倒してきた。
そう言った意味で、霊夢もまた俺の相棒とも言える。もっとも向こうは俺のことなど知りもしない。
今はただ、推しに一目会えて会話出来るだけでもその感動を噛み締めるとしよう。
それにしても――
「なんだこの階段……!?」
俺は途中で汗だくになりながら、やたらと急な階段を上がっていく。
ほとんど手入れされていないのだろう。その石段は所々崩れて隙間から草が生い茂り、でこぼこしてやたらと登りづらくなっている。
角度もキツイ! 斜め45度で手すりもない階段が、遥か上までずっと続いていく。
これ危なくない? 後ろにコケたら死ぬだろ。
飛行能力を持つのがデフォの東方キャラたちは、そもそも階段など使わないので問題ないのだろうが、大半が俺のような何の能力もない凡人なのだ。
そりゃあ神社に参拝客が来ない訳だ。
あとギターも部屋に置いてくれば良かった。相棒に再会できた喜びに思わず持ってきてしまったが、こんなプチ登山をすることになるとは思わず完全なお荷物と化している。
ぐおおお! だがこれを乗り越えたら推しに会える!
俺はその一心で石段を踏み上がり続け、あと少しで頂上と言ったところまで辿り着く。
あとは最後の力を振り絞って、残り僅かな石段を駆け足で登り切った。
「はぁ……! はぁ……!」
俺は膝に手を当てて息を整える。
くそっ、息が苦しくて目がかすんでくる……! ざっと四百段は休みなしで上がってきたぞ。
俺が幻想郷に入ったら、毎日博麗神社にお賽銭入れて霊夢の好感度稼ぎしようとか妄想してたが、これは無理だ。
初日で心が折れかけてしまっている。
そんな時、息を整えている俺の上に、人型の影が重なってくる。
俺が顔を上げるとそこには――逆光で太陽を背にしながらこちらを見下ろす、推しの姿があった。
「あら、参拝客? 珍しいわね。素敵な賽銭箱ならそこよ?」
「れ、霊夢だ……! 霊夢に会えた……!」
俺はそう言ったきり、目眩を起こすとともにその場に倒れ込んだ。
どうやら酸欠と軽い熱中症も起こしてしまったらしい。
遠ざかる意識の中で、少女が慌ててこちらを呼ぶ声だけが脳裏に響いていた。
* * *
「信じらんないわ、本当に! 来るなりいきなり気絶するなんて!」
「す、すいません、階段がキツくて……」
謝る俺を他所に、霊夢はぷりぷりと怒りながら俺の額に乗せた濡れ布巾を変えてくれる。
ううう……役得だが推しに迷惑を掛けてしまった……。
ああしかし、なんやかんや文句を言いつつ面倒を見てくれる霊夢は優しいなあ。
俺の想像の通りの子だ。
その美しい黒髪と健康的な肌色。ぷっくりとした桜色の唇に美しく整った顔。
ああ、間違いなく美少女だ。
今はその眉間が不機嫌に顰められているが、笑顔になったらさぞかし可愛いんだろうなと思う。
「まあまあ、あの階段は仕方ないぜ。だって霊夢が巫女になってから一度も手入れしたことないんだろ? 私はてっきり霊夢がとうとう人を殺っちまったかと思ったけどな」
そして俺が涼んでいる縁側の反対側では、長い鍔広の三角帽子を被って、金髪の髪を編み込んでいる少し小柄な美少女――もう一人の主人公である霧雨魔理沙が、縁側に座って西瓜の種を飛ばしている。
二人の主人公に挟まれるとか、なんだこの天国みたいな状況……?
俺は今レイマリに挟まってるのか? カップリング厨が見たら殺意を抱きそうな状況だが、当の俺にはそれに喜ぶ元気もない。
「とうとうって何よ、とうとうって! あんな階段、私が普段使う訳じゃないんだから、いちいち手入れなんかする訳ないじゃない。どれだけ手間が掛かると思ってんのよ」
「そういう所が博麗神社に参拝客が来ない理由なんじゃないですかね? 霊夢さんもうちの神社みたいにロープウェーを開通すればいいじゃないですか。いい河童の技師、紹介しますよ?」
――そして居るのは二人だけではない。
なんと三人目の主人公、東風谷早苗までいたのだ。
早苗さんは他二人に比べて少し背が高く、お姉さんな感じだ。
それでも大人という感じではなく、少し大人びた年頃の美少女というのは変わりない。
自然色ではあり得ないはずの艶やかな緑髪が驚くほどマッチしており、守矢の二柱を表す白蛇とカエルの髪留めで纏めていた。
多分だけど、俺とほぼ同世代な気がする。
そんな彼女は、奥の部屋からお盆に乗せて新しく切り終えた西瓜を持ってくる所であった。
「それで、お前は一体なんの用でこの神社に来たんだ? まさか本当に参拝しにきたってことはないだろ?」
魔理沙が大して興味もなさそうにそう尋ねる。
「あによ、うちの神社に参拝客が来たらおかしいって言いたい訳?」
「ああ、おかしいぜ。こんな寂れた神社に参拝客が来るなんてな。何か大きな異変の前触れかもな」
「……喧嘩なら買うわよ?」
霊夢はスッ、といつもの大幣(お祓い棒)を持って立ち上がる。
そんな二人のやり取りに、早苗さんが慌てて割って入った。
「もう、お二人とも落ち着いて下さい! まずは本人に聞いてみないことには分からないじゃないですか。ねえ?」
「アッハイ」
早苗さんにそう振られて、俺は思わず棒読みで返す。
もしかしたら今の流れで放置していたら、あのレイマリの弾幕ごっこが間近で見れたチャンスだったかも知れない。
だけどまあ、自分が原因でレイマリが喧嘩をおっ始めるというのも心が痛いので、止めてくれた早苗さんに感謝しかない。
俺は縁側からようやく身を起こしたあと、二人に向かって言った。
「あの実は俺……外から来た人間でして。外界から幻想郷に迷い込んだ人間は、まず博麗神社の巫女に顔見せするのが決まりと言われて……」
「ほーら、やっぱり参拝客じゃなかった」
「魔理沙さん!」
おちょくるような魔理沙の声に、早苗が咎める。
「それであの……色々幻想郷のこととか、これからどうするかとか、色々説明を受けて来いと言われまして……なんかすいません」
「はぁぁぁぁ……もういいわ。どうせそんなこったろうと思ったしね。それにしても最近は外来人が多いわね。ちょっと必要なものを持ってくるから待ってなさい」
そう言って、霊夢はそこから立ち去る。
俺がその背を見送っていると、なんと早苗さんが俺の隣に座ってぐっと顔を近付けてきた。
うおっ!? なんだなんだ!? と思う内に、早苗さんはこんなことを言い出した。
「これって……ギターですよね!? 外来人さんは、もしかして有名ロックバンドのメンバーさんなんですか!?」
そう言って、早苗さんは目を輝かせながら、ふんすと鼻息荒く尋ねる。
早苗さんは基本真面目でいい子なイメージだが、時折ピントの外れたことを言い出したり、急にはっちゃけたことをしだしたりする天然なとこが魅力のキャラだ。
なんというか、そのはっちゃけた性格から意外にもロックに興味を持ってくれているのかも知れない。
「あはは、いやまあ……そこまで超有名って訳じゃないけど、まあ外じゃあ俺のファンも居たには居た、かな?」
俺はさりげないドヤ顔を織り交ぜつつ、嘘でも本当でもない返答をする。
確かに俺のファンも居たには居たんだろう。これでも最大同接千人を超えたこともある、界隈ではちょっと有名人だったのだ。
だがそれはギタリスト霧夜ではなく、上海アリス幻樂団の曲を弾いてくれるギタリスト霧夜を追いかけてくれてた二次創作ファンに過ぎない。
俺個人のファンなんてどれだけ居るかも定かじゃないだろう。
……だがそれでもいい! 俺は早苗さんにちやほやされてえんだ!
可愛い推しキャラの前で少しばかり見栄を張って何が悪い!
「わあ〜凄いですねえ! 楽器一本でそこまで人を引きつけられるなんて……カッコいいです!」
「いやあ、そんな……へへっ」
いやこんなん好きになってまうやろ!
キャバクラに入れ込んで破産するおじさんの気持ちがちょっと分かった気がする。
そりゃあお前こんな若くて可愛い子にチヤホヤされたら、誰だっていいとこ見せようと頑張っちゃうよ。
俺も守矢に入信しようかな……。
「ほんとかぁ? こんな冴えないやつに追っかけファンが居たとはとても思えんがな。大方、話を少し盛っていい顔しようとしてるだけだろ?」
「うぐっ!」
「ちょっと、魔理沙さん失礼ですよ! ……あっ、そうだ! もしよければここで軽く一曲披露していただけませんか?」
「…………!?」
出た! ギタリスト泣かせの要求!
『ちょっと軽くなんか弾いてみてよw』
エレキは基本的に色んな下準備とか機材が必要なので、いきなりなんか弾いてよとか言われても正直困るのである。
しかし、俺はそこらの対策も怠っていない!
いつ好きな女の子にそう無茶振りされても良いように、軽くワンフレーズ弾いただけで腕前をアピール出来る曲をいくつか練習してきている。
これでどんな無茶振りが来ても大丈夫! そう思っていたのだが……。
「…………」
俺は無言でケースからギターを取り出し、軽く一曲披露する。
「わっ! 凄い、これってM◯テの曲ですか!? あれ、でも……?」
「うう、エレキはアンプがないとまともに音が出せないんです。エフェクターがないと音も歪みませんし……」
「なんだか出来の悪い三味線みたいな音だな? 外の世界ではこんなのが流行ってるのか?」
「うぐぐ……」
違う! 違うんだ! と言いたい所だが、実際に知らない人にしてみればそういう反応になるのも仕方ない。
「ま、まあでも、その……お上手でしたよ! ちゃんと元の曲も分かりましたし!」
「ぐはっ!」
早苗さんの気遣いが一番胸に刺さる。元の曲も分かったよは誉め言葉のようで全然褒めてないのよ……。
くそ、いいとこ見せるチャンスだったのに……!
俺が悶絶して、悔しさに塗れていると――ふと、神社の境内に何者かが降り立った。
「随分と遅いから何をやっているのかと様子を見に来てみれば……何をやっているんだ、君は? 人を待たせておいて、自分は女性に囲まれて楽器を披露とは、随分と良いご身分らしい」
「ナズーリンさん!?」
「おや、命蓮寺の妖怪ネズミじゃないか? こいつは珍しい奴が現れたもんだ。こんな寂れた神社になんか用か?」
驚く早苗さんを他所に、魔理沙はからかう様に言う。
「私だって用事がなきゃこんなうらぶれた場所に来やしないさ。そこの彼を下で待っていたんだが随分と遅くてね、ちょっと様子を見に来たんだが……」
「す、すいませんナズーリンさん。実は……」
俺は、カクカクシカジカで遅れた理由を説明する。
「はぁ!? 階段が急過ぎて、目眩がして倒れてただって!? それでこんな時間になったっていうのか! まったく、これだから人間ってのは脆弱なんだ」
「おいおい、言葉に気を付けろよ? 少なくともここにはお前より強い人間が一人いるぜ? それに、空を飛べない普通の人間ってのは大概そんなもんさ。特にここの階段は、参拝客を拒む心臓破りだ。私だって魔法なしじゃこんなとこ登りたくないぜ」
「こんなとこで悪かったわね! お帰りはあちらよ。……あら、あんた聖のとこのネズミじゃない。参拝ならお賽銭入れていって頂戴ね」
そう言って、霊夢がいくつかの紙と、一冊の本を持って帰ってくる。
「仏門の私が神社に賽銭など入れるはずがないだろう? そこにいる彼のただ付き添いだよ。さっさと説明だけ受けて帰りたいんだ、私は」
「ああ、なるほど。つまり今は聖のとこで世話になってるって訳ね? まあそう言うことなら一緒に聞いていきなさいよ。お茶は出ないけどね」
そう言うと霊夢は、俺の今後の処遇についてと、これからどうすべきかについての大まかな説明をしてくれた。
「あなたは一週間以内に決めなければならない。このまま幻想郷に残って移住するか、それとも元の世界に帰るか。移住するつもりなら人里に行けば家も用意してもらえるし、そのまま聖のところに世話になるのもいいわ。それ以降は結界も強化するし、あんたの身体が
「…………!」
霊夢の言葉に、俺は緊張した面持ちのまま聞き入る。
幻想郷に移住――なんて甘美な響きだろうか。
あれだけ夢見ていた希望が、今まさに現実のものになろうとしている。
だがいざ目の前にその選択肢を突きつけられると、即決するのに迷いが生じてしまう。
親やクラスメートなんてどうでもいい。そんなくそみたいなものじゃなくても、俺がギター一本で築き上げてきたキャリアは?
絶対有名なギタリストになってやるという夢、付いてきてくれたファン、徐々に増えて人気になってきた俺のチャンネル、向こうで慣れた便利な生活。
それらを全部捨てて、一からこっちでまたやり直すとなると、すぐには踏み切れないのも確かだった。
「ま、悩んで当然ね。むしろ、この場で軽々しく即断するような奴は信用ならないからそっちのほうがいいわ。今日から一週間後、また同じくらいの時間に結論を聞くから、精々それまでに自分の中で答えを出しておくことね」
「はい……」
俺は霊夢の言葉に神妙に頷く。
「ふふふ、そういえば申し遅れました。私は、守矢神社で風祝をしております、東風谷早苗と申します。移住するとなったら、是非一度当神社にお越しくださいね? お二柱の素晴らしい教えをお伝えさせて頂きますので」
「あんた、どさくさに紛れて人んちの神社で宗教勧誘してんじゃないわよ!」
早苗さんはそう言うと、怒る霊夢を尻目にこちらに軽く手を振りながら、山の方に向かって飛んでいく。
「あー? 正直これから関わるかどうかも分からないやつに名乗るのは気が進まないが……私は霧雨魔法店の店主、霧雨魔理沙だ。魔法店とは名乗っちゃいるが、実質なんでも屋だな。何か困りごとがあったら魔法の森を訪ねてくれ。何だって良心価格で請け負うぜ」
「こら! あんたも西瓜の食べかす散らかして帰るな!」
そう言って魔理沙も、西瓜のガラを散らかしたまま逃げるように箒で飛んで行った。
「ったく、あいつらは……! はあ……まあ、そういう事だから。今日はこのまま帰りなさい。あとこれは、幻想郷の大まかな地理を記した地図と、阿求の書いた本よ。特に幻想郷には人間が近付いちゃ駄目な場所や危険な奴がいっぱいいるから、これを見てしっかり予習しておきなさい」
「お、おお……!」
俺は感動しながら、その地図と本を受け取る。
これはまさか……幻想郷縁起ではないか!?
代々阿礼乙女が書き記してきたという幻想郷縁起……!
外の世界でも求聞史紀や求聞口授と言った形でその一部がファンブックとして発行されていたが、まさか原典が手に入るとは……!
これはしっかり穴が開くほど読み込んでおきたい! そしてあわよくば、その妖怪たちが載っているページに本人にサインして欲しい!
「それと、一応名乗っておくけど、私の名前は博麗霊夢よ。まあ知ってるわよね、あんたさっき私の名前呼んでたし」
「あ、その節はすいません。朦朧としてたもので……。俺の名前は霧夜って言います。よろしくお願いします、霊夢さん」
「はいはい。次来る時はお賽銭くらい用意しときなさいよね。こっちはとんだ手間取らされたんだから」
「は、はは……」
そう言うと、霊夢さんは既にこちらに興味を失ったのか、境内の掃き掃除に戻る。
俺はそれに軽く一礼したあと、ナズーリンの元に戻る。
「すいません、大変お待たせして……」
「まったくだ。聖には、君が神社で女の子に囲まれて、だらしなく鼻を伸ばしていたことは報告させてもらうからね」
「そ、それは勘弁してください……」
俺は呆れたようにため息をつくナズーリンの後ろに付いて、博麗神社を立ち去る。
ところでこの階段、降りる時怖すぎやしませんかね?
作った人頭おかしいよホント。