昼も過ぎてくると守矢神社の境内は人妖でごった返し、チラホラ幻想郷で著名な人物の姿も見かけるようになっていた。
それを眺めるために、俺は屋台を堪能するミスティアや響子たちと一旦別れて、物陰で有名人探しをしていたのだ。
この祭りは俺にとってはまるでオスカーのレッドカーペットだ。
何せ周りを見るだけで、俺にとってはスーパースターに等しい幻想郷の美少女たちの姿を見ることが出来るんだから。
実際の芸能人にはさして興味がないが、東方に関しては俺は結構ミーハーだ。許されるなら乙女のようにキャーキャー騒いで写真を撮ったあと、サインももらいに行きたい。
だけど怖いから見るだけにしておく。幻想郷の人外に対して距離感を誤るとひどい目に遭いそうだからだ。
ちなみにさっきはなんとあのイドラデウス様を見かけた。
あのちまたんと同系統の蛍光ペンみたいな色の服を見間違うはずもない。
まゆみんを連れて、普通に市場で人間の作った工芸品らしきものをニコニコ楽しそうに物色していたのだ。
自分が作ればその何百倍も凄いものをつくれるだろうに、子供が作った拙い工作物を眺めて癒されてる親の気分なんだろうか。
ちなみに袿姫様はほんわかした雰囲気の優しそうな可愛いお姉さんだった。あの人が邪神とかちょっと信じられんな……。
あとアレだ。
旧地獄の面子も今しがた見つけたとこだ。
こいしちゃんも出るので多分ステージを見に来たんだろう。
古明地さとりに火焔猫燐、そしてあのどデカい羽とマントは遠くから見てもすぐにお空だと分かる。
あと何故か知らないけど勇儀姐さんとパルスィも居た。多分お友達枠なんだろう。
姐さんに関しては妖怪の山関連のイベントでもあるので最初っから呼ばれてたのかも知れない。なんにせよ……旧地獄の面子なんて生で拝む機会は滅多とない。
地底なんてただの人間の俺が行けるような場所じゃないからなぁ。
しかも地霊殿の主なんて滅多に表に出てこないだろうし、かなり激レアなんじゃないかこれ?
うおお、さとりんちっちゃ。可愛いなあ、これを機にちゃんと目に焼き付けておかないと……!
俺がそんなことを考えながら、物陰から密かに旧地獄の面子をガン見していると――
「……あら」
さとりんが俺の隠れている方にぎゅるん、と顔を向けて、そのままツカツカとこちらに近付いてくる。
え、何なになに!? なんでこっち気付いてるの!? えっ、別になんかの気配を発してたとかじゃないよね!?
俺がめちゃくちゃにテンパっているのを他所に、さとりんは俺が隠れている物陰に向かって言った。
「……そんなに強い思念を向けられたら姿が見えなくても気付いてしまいますよ。敵意がないのは分かっていますから何もしません。出て来てください」
「おっ、なんだなんだ? 何か見つけたのかい?」
「ご主人様を付け狙おうってんなら、まずはあたいらが相手だ!」
「うにゅ……とりあえず焼いとく?」
「ちょ……!?」
俺はこのままだと黒焦げにされかねない危機を覚えて、慌てて物陰から飛び出す。
そもそも幻想郷ってスペルカードルールがあるんじゃないの!? とりあえず焼いとくんじゃねえ! 単細胞にもほどがあるだろ!
「ふむ、すいませんね。お空は少し考えなしな所がありますので。まあそこが可愛い所でもあるのですが……」
そう言ってさとりんは、少し背伸びして自分より高身長のお空の顎を撫でる。
ってか、普通に思考読まれて会話してるなこれ……。
「おや、私のことをご存知なんですね? それでなお恐れたり嫌悪してはいらっしゃらないとは……。ふむふむ……なるほど、あなたは私たちのファンだったのですか。だから物陰からこっそり見守っていたと?」
「なんだ、お前さん随分と奇特な奴じゃないか。まさか地底の妖怪を好きこのんで見たがる人間がいるたあね」
「その懐の深さと偏見のなさ、妬ましいわ……! ああ、妬ましい……!」
さとりんの言葉に、勇儀姐さんとパルスィまでもが俺の前に来て物珍しそうに眺めてくる。
うぉい! ファンであることを普通に暴露しちゃったよこの子! 推しにはあんま知られたくなかったのに!
てか勇儀姐さん綺麗でめっちゃかっけえし、パルスィも可愛い!
まさか会話する機会が訪れるとは! 俺まだほとんどしゃべってねえけど!
「『推しには知られたくなかった』、『勇儀姐さんかっけえ!』、『パルスィ可愛い』ですか。ふふふ、すいませんね、こういう能力なもので。……しかしあなた、ほとんど地上に姿を現さない私たちの名前まで全て知っているようですね? 一体何者なんでしょう?」
「うげっ!」
俺は核心に迫る情報を読み取られそうになって、思わず声を上げる。
ヤバい、別に隠してる訳じゃないけどあんま知られたくないかも知れない。
でもどちらにせよ記憶の読み取りを防ぐ能力なんか持ち合わせてないし、どうしようもないんだが……。
「ふむふむ、あなたは外来人で、外の世界でなんらかの形で私たちのことを知ったと。……小五ロリ? どういう意味ですかそれは? どうもその辺りの記憶がモヤがかかったように上手く読み取れませんね……もう少し潜ればはっきり見えそうなんですが」
「――ちょっと待ちなさい! あんたら、祭りの場で人間一人取り囲んで何やってるのよ!」
そう言って、俺の思考が丸裸にされる前に助けてくれたのは、人間の味方であり幻想郷のヒーロー、博麗霊夢であった。
「『はー、面倒くさ。やるなら私の見えないとこでやんなさいよ妖怪ども』、ですか。相変わらず怠惰な巫女を続けているようですね、霊夢」
…………あれ? 幻想郷のヒーロー?
まあ霊夢は元よりこういう人だしな……助けに来てくれただけ良しとしようか、うん。
「うっさいわね、大きなお世話よ! 大体地底の嫌われ者どもが、地上の祭りに出てきて何のつもりよ!」
「妹の応援ですよ。うちのこいしが今回のイベントに出るらしいので。ちゃんと招待チケットもあります」
「私は萃香のやつに呼ばれたからだなあ。面白いお祭りがあるから来いって。ついでにただ酒も飲めるらしいしな」
「地底の妖怪なのに地上にも呼ばれるツテがあるなんて妬ましいわね……」
パルパルしてる約一名を他所に、旧地獄一行はチケットをヒラヒラと見せる。
一応はこの場にいる大義名分があることに若干霊夢は怯むが、それでなお旧地獄の妖怪たちに食ってかかる。
「うっ……だからといって、こんな所で人間に絡んでいいことにはならないわ! いいからさっさとその人から離れなさい!」
「おっ、やるかい? 祭りと喧嘩は旧都の華ってな! いっちょ力比べと洒落込もうかい!」
「やめましょう、勇儀さん。今日は妹の晴れ舞台なので地上で揉め事は起こしたくありません。……分かりました、この場は引き下がりましょう。そちらの方は少し気になりますが、ね」
そう言って、さとりんは俺の方にじとっとした視線を向けながら、旧地獄の面子を従えてその場から去っていった。
「ふう……ったく、嫌な奴らに会ったわね」
「あ、あの……すいません。助けていただいてありがとうございます」
俺は霊夢にそうお礼を言う。
別に命の危険があったり怖い思いをした訳では無いが……あのままだと俺のあられもない思考が暴かれて、さとりんにゴミを見るような目で見られることになるところだった。
人によってはそれはそれでご褒美かも知れないが、あいにく俺にそんな趣味はない、と思うんだよね、多分……。
「あんたもあんたよ。ぽやっと何も考えずに歩いてるからあんなのに絡まれることになるのよ。ちょっとはこっちの苦労も分かって欲しいわね」
霊夢はそう言って俺の胸元を指先で突く。
うおお、可愛い……! ではなく、何も考えてないという点においては霊夢に言われたくはないと思う……。
なにせ公式で頭が春な巫女だ。なんも考えなさすぎて空まで飛べるようになった奴に考え無しを指摘されるとは……く、悔しい……!
だが俺がそんなこと面と向かって言えるはずもなく、「すいやせん……」と平謝りした。
「まったく、手間掛けさせないで欲しいわね……。ん? そう言えばあんた、どっかで見たような……?」
霊夢はそう言って、しげしげと改めて俺の顔を見やる。
「い、いやいやいや、ついこないだ人里に送り出してもらったばっかりじゃないですか! 外来人の霧夜ですよ! ほら、宴会で演奏してた!」
「…………ああ、いたわねそんな奴。あんた薄い顔だから忘れてたわ」
その言葉に俺はガックリ項垂れる。
まあ霊夢ってのはこういう人だ。
冷たいように見えて割と優しかったり、かと思えば他人に全然興味がなかったりする。まあ単に忘れっぽいだけなのかも知れないが……。
この掴みどころのなさも霊夢という少女の魅力なのだ。忘れられててもドントクライ(泣くのはおよし)俺。
「ま、ともかくあんま面倒起こさないでよね。私だってただの招待客なんだから。そもそも守矢神社は私の管轄外だっての……まったく、早苗のやつ、会場内の警備くらいちゃんとしなさいよね」
霊夢はそう愚痴る。
「えっ? 霊夢さんも招待されてたんですか?」
「そうよ、悪い? 早苗のやつが、『今度うちの神社でお祭りやるので霊夢さんも来てくださいよぉ〜』とか言うから仕方なしにね。大方この人の入りを自慢したかっただけに決まってるわ、まったく腹の立つ……」
「――も〜、そんなんじゃありませんって。私はただ霊夢さんにもお祭りを楽しんで欲しかっただけですよ」
そう言って会話に割り込んできたのは、実行委員の法被を着た早苗さんその人であった。
「……ふん、どうだか。あんたのとこがうちの神社を乗っ取ろうと狙ってるのは分かってるわ。今回だって、商売敵の敵情視察のつもりなんだから」
「それはここに来たばかりの時の話で、今は神社同士仲良くやろうってことになってるじゃないですか! あ、良ければ屋台の無料券要ります?」
早苗さんはそう言うと、その長い袖口から無料券を何枚かピラリと差し出す。
「ふ、ふん、そんな物で釣ろうったって……い、いるわよ。さっさと寄越しなさい!」
霊夢は一瞬ためらったあと、早苗さんの手から引ったくるように無料券を受け取る。
要るのか……もう完全に餌付けされてんな。
「まったくもう、素直じゃないんですから……。それで、霧夜さんはどうですか? お祭りは楽しんで頂けてますか?」
霊夢の態度に苦笑を零したあと、早苗さんは今度はこちらににこりと微笑みながら言う。
「あ、はい! 凄い人の賑わいですね。屋台の数も種類も凄いですし、外の世界でもこの規模のお祭りはなかなか見られないかも知れません」
「ふふふ、そうでしょう? これも八坂様の御神徳の賜物です」
早苗さんは誇らしげに言う。
ホントに神奈子様のこと好きなんだなあ……なんかエボ○の賜物みたいなこと言ってるし。
「それに……こんな大勢の人の前で演奏するって思うと緊張もしますね。皆を満足させられるかどうか……」
「大丈夫ですよ。霧夜さんたち鳥獣伎楽は八坂様の太鼓判付きですから! きっと上手くいきますよ」
「なに、あんたも出るの?」
俺らの会話を聞いて、霊夢はそう尋ねる。
「あ、はい。一応鳥獣伎楽で……俺とミスティアと響子、それと雷鼓さんの四人で出ることになってます」
「ふーん、人間が妖怪に混じってチンドン屋やってるなんて命知らずもいいとこね」
霊夢はそう呆れたような口調で言う。
いやチンドン屋って……まあパフォーマーって意味では一緒だけども。
今の言い方で分かったが、霊夢はたまに居るまるっきり音楽に興味ない人だ。
多分俺が見事なギターリフを魅せても、チヤホヤどころか「騒がしいわね」の一言で一蹴されそうなのが悲しい。
「ふふふ、霧夜さんたちは今日のメーンイベンターですからね。どんな演奏するか楽しみです! 期待していますよ?」
「あ、ありがとうございます!」
「まあ精々頑張んなさい。失敗しても骨は拾ってあげるから」
「ははは……」
俺は霊夢の優しいんだが優しくないんだがよく分からん言葉に曖昧な笑みを返しながら、一礼してその場を後にする。
くそーっ、こうなったら意地でも霊夢の記憶野に俺の名前を刻み付けてやる!
メインイベントで絶対「キャー霧夜さん素敵!」って言わせてやるからな!
俺は内心に悔しさを抱えながら、出演者用の控え室へと向かっていった。