まずは一組目。
巡目で言えば前座に当たるのかも知れないが、その面子を見るととてもそうは思えない。
こいここの二人は心綺楼異変以降は人里でアイドル的人気者だし、女子二楽房の二人もビジュアルと高い演奏技術で人気を博している。
この二組が組んだらそれはもう凄いことになる訳で。
「うおおーーっ! こ・こ・ろー! こ・こ・ろー!」
「こ・い・しーっ! こ・い・しーっ!」
既に最前列では大きなお友達たちが、団扇を振りながら大絶叫している。
てかグッズの販促なんかあったのかよ……俺もあのこいここの二人の顔がプリントされた団扇とTシャツ欲しい……。
「うわぁ、なんか凄く熱心なファンの人たちがいるね!」
「あそこだけちょっと空気違うんだけど……」
なんの偏見もなく感心してる響子を他所に、ミスティアはあの異質さに少し引いている。
うん、分かるよミスティア。なんかあの一角だけ熱気が違うもん。ヲタ芸の練習してる人たちもいるし……絶対あれ外の人間が広めたやつだよね?
『さあさあ、皆さんお待たせ致しました! ここからは守矢の巫女様に代わりましてこの私、清く正しい鴉天狗、射命丸文が司会進行役を務めさせて頂きます!』
「おおおおっ!」
「射命丸!」
「射命丸ッ!」
「射命丸ぅ!」
「\射命丸!/」
『はい、ありがとうございます! ええと……熱心に名前を呼んで下さるのは結構なんですが、文々。新聞の購読もよろしくお願いしますね?』
最前列の大きなお友達から仕切りに名前を連呼され、さすがの文ちゃんも頬を引きつらせる。
どっかで見た光景だなこれ……。
文ちゃんもよく新聞配達や取材で人里に出没するからか、人間からの認知度も高いようだ。
だがその愛想の良い笑顔に騙されるなかれ。文ちゃんはゴリゴリの人間見下し勢である。
なんなら天狗社会に関わる人妖以外全てを見下してるまである、典型的な天狗思想の持ち主なのだ。
あとマジであの記事に関しては許さんからな。
そんな文ちゃんだが、見た目も可愛いし喋りも上手いのでこういう場では映える。
『そして、大変お待たせしました! 開始の時間が来ましたので、只今より守矢神社奉楽祭、『モリヤ・ロック』本祭を開幕いたします!』
「「おおおおっ!」」
その宣言と同時に、集まった観客から歓声と拍手の音が響く。
おおおお……! いい、これぞイベントって感じで滾る!
本祭に入ると流石に屋台を物色している人もまばらで、皆ステージの前まで集ってきていた。
観客席には立ち見席とちゃんとアーチ状に座席も用意されており、見回すとそこには錚々たる面子の招待客が座っていた。
紅魔館、白玉楼、永遠亭、地霊殿、神霊廟などの有力者たちの中に、当然協賛である命蓮寺一行の座席も用意されていた。
俺は一旦響子とミスティアに断ったあと、その命蓮寺の方に挨拶に向かう。
向こうも近付いてくる俺に気付いたようで、聖が軽く手を振りながら出迎えてくれた。
「お疲れ様です、聖! 命蓮寺の皆さんも! 今日は来ていただいてありがとうございます!」
「ふふふ、うちの可愛い弟子たちの晴れ舞台ですもの。師である私が出て来ずして何になりましょう」
「あんたが変な演奏したら聖が恥をかくんだからね? しっかりやんなさいよ!」
ほんわかと笑顔で答える聖を他所に、一輪が横からそう口を挟む。
「お任せください! 今回は本当に自信ありますよ! 必ず皆さんをビックリさせてみせますから!」
「へえ、それでいいとこ見せて、あわよくば命蓮寺をハーレムにしてやろうって腹積もりですか?」
村紗が口元を抑えながらからかうように言う。
「い、いやいや……そんなこと考えてませんから! てか、そんな下衆いキャラでしたっけ俺……」
「そうですよ、水蜜。流石に失礼ですよ。霧夜殿、本日はこのような場にお招きいただきありがとうございます」
そう言って頭を下げたのは、星ちゃんであった。相変わらず真面目だ。
村紗船長に関しては、何故か俺をスケベ方向に誘導しようとしている節があるが、それはそれで俺としても結構楽しかったりするのだ。
からかい上手の村紗さんって感じである。
「いえいえ、皆さんを招待したのは守矢神社であって俺は何もやってませんよ」
「ふっ、だがこの祭りに命蓮寺を入れ込むように駆けあったのは君の力だろう? まったく大した孝行弟子じゃないか。最初に君を拾った私としても鼻が高いよ」
星の隣に腰掛けている、ナズーリンがそう言う。
「あ、ありがとうございます! 命の恩人のナズーリンさんにそう言って頂けると……」
「ふっ、最初に見たときはなんともつまらない人間だと思ったものだが……まさか短期間でここまで大それたことを成し遂げるとはね。君は思ったよりレア度が高い人間だったらしい。今日は君たちがメインなんだろう? 精々楽しませてくれよ」
「はい!」
俺はナズーリンさんに答える。
最初は見た目十歳くらいの女の子にめちゃくちゃ偉そうにされるのに違和感を覚えたが、今はこれでこそナズーリンさんだと思える。
彼女が見つけてくれたから今の俺がいる。そしてアンプも取り返してくれた大恩人だ。ナズーリンさんにだけは一生尊敬と感謝の念を忘れないでおこう。
「おい」
「痛ぁ!」
俺がそんなことを考えていると、突如として尻に何か鋭いものをブスリと刺されたような痛みを感じる。
振り向くとそこには――あの虫歯菌みたいな槍をこちらに向けた、ぬえちゃんがムスっとした顔で立っていた。
「な、なにすんですかいきなり……」
「別に。刺しやすい尻があったから刺しただけだ」
俺の抗議に、ぬえちゃんは平然とそう答える。
そして、俺の横を通り抜けてドスンと乱暴に座席に腰掛けたあとこう言った。
「それで……お前、いつ帰ってくるんだよ」
「えっ?」
「だから、お前はいつ命蓮寺に帰ってくるんだっての!」
「いてっ!」
ぬえはイライラしたように言いながら、靴の先で俺の向こう脛を蹴る。
「いや、いつって……今日のイベント終わったら普通に命蓮寺に帰りますよ。外で寝泊まりしてたのはあくまで今日に向けて練習する為でしたし……」
「そうか……ならいい」
俺の言葉に満足したのか、ぬえちゃんはプイっとそっぽを向いた。
「ええ……」
「ふふふ、ぬえは霧夜の帰りをずっと待ってましたからね。たまに部屋の中をコッソリ覗いてるのを見かけますよ?」
「余計なこと言うな村紗!」
そうニヤニヤ顔で暴露する船長に、ぬえちゃんは怒って声を荒げる。
なんだそれ、可愛すぎんか?
やはりぬえっちょの正体は天使なんじゃないかという俺の仮説は正しかったようだ。
「……何ニヤニヤしてんだ。さっさとあっちに行け!」
「いてっ!」
俺は再び蹴られてすごすごとぬえちゃんの前から追い立てられる。
そして目の前には――何故か命蓮寺の門弟に混じって、所在なさげに座っている小傘の姿があった。
「……わちきなんでここに居るんだろう?」
「いや知らんけど……」
そうキョトンとした顔で尋ねてくる小傘に、俺はそう返す。
いやホントに何でいるんだ?
命蓮寺勢ですみたいな顔で座ってるけど、小傘は別に弟子じゃないよね?
聖とかはもう半分くらい小傘のこと命蓮寺の一員だと見做してるふしがあるけど、小傘本人は否定してたはず。
なのに普通にここにいるのは多分拉致されて連れてこられたんだろうな……。
まあいいんじゃないかな、あなた良くお勤めで廊下の雑巾がけしたり、本堂でお経上げたりしてるじゃない。主に墓場でイタズラしたり墓石倒した罰でだけど。
罰を受けすぎてお経も諳んじられるようになってる辺り、一個もお経が読めない俺より高弟まであるよ。
「まあ、うん。よく分からんけど……どうせなら楽しんでいきなよ。なかなかこんな機会ないと思うし」
「うん……そうだね。霧夜も出るんでしょ? 頑張ってね!」
小傘は釈然としないながらも、一応は応援してくれているようだ。
俺は小傘にありがとう、とお礼を言ったあと、聖の方に戻る。
「では聖、行って参ります」
「ええ、しっかりやるんですよ。ここで見ていますから」
「はい!」
そう返事をしたあと、一礼してその場を後にする。
いやあ、本番前に命蓮寺の皆の顔を見られて良かった。
本番に向けてのワクワクと緊張が混ざってて浮足立ってた部分もあったが、皆と話したことで良い感じに落ち着いた。
あとは本番で実力を発揮するだけだ。
「お、霧夜じゃないか。ちょっとこっちに来いよ!」
俺がそんなことを考えつつ響子たちの元に戻ろうとすると、ふと背後からそう声を掛けられる。
振り向くとそこには、妹紅がここから少し離れた座席に座って、俺に向かって手招きしている所であった。
一旦足を止めて、俺はそちらに向かう。
「妹紅さん! 今日は来てくれてありがとうございます」
「ああ、チケットまで貰っちゃあそりゃ見に来ない訳にはいかないさ。メンバー全員私の知り合いだしな。まさかこんなに人が来るとは思っちゃ居なかったが」
妹紅さんは人妖でごった返す境内を見て肩を竦める。
「……霧夜か」
会話している妹紅さんの隣から、座っている慧音先生が顔を覗かせる。
「慧音先生も来てくださってありがとうございます! 今日はゆっくり楽しんでいってください」
「ああ、うむ……。妹紅さんから聞いたんだが、お前、何やら妖怪たちに混じって楽器を演奏しているそうじゃないか。その、大丈夫なのか? 喰われそうになったりとかは……」
慧音先生は俺に心配するような目を向けながら言う。
てっきり怒られて頭突きかお説教コースかと思ったが、普通に心配されて若干申し訳なくなる。
「大丈夫ですよ! 響子もミスティアも凄くいい子ですし、雷鼓さんも付喪神なんで人を食べたりしません。現に俺も何度か一緒の部屋で寝泊まりとかもしましたが何もされてませんし」
「慧音、大丈夫だって。こいつらの仲間も皆知ってるけど、気の良い奴らさ。少なくとも、人間でも友人を手に掛けるような事だけは絶対しないよ。なあ?」
妹紅の言葉に、俺は大きく頷いて答える。
「妹紅さんがそう言うなら……。だが、あまり危ないことはしてくれるな。人里なら私が守ってやれるが、外だとそうはいかないからな。もし危険を感じることがあったら、すぐに私か妹紅さんに相談するんだ、いいな?」
「……はい! ありがとうございます!」
俺は慧音先生に心から頭を下げる。
いや本当にありがたい。聖も慧音先生も俺の母親のようなものだ。
実際の母親とろくな思い出がない俺にとっては、こういう人が身近にいてくれると言うだけで心の救いになる。
俺は慧音先生に丁重にお礼を言ったあと、他に並んでる人たちにも挨拶する。
「お疲れ様っす、先輩!」
「おお、霧夜ぐん! 今日はこんなええ席に呼んでくれてありがどなぁ!」
そう挨拶すると、椅子からはみ出すほどの巨体で座っているフドウ先輩がニコニコ顔で応えてくれる。
余ったチケット三枚をどう使ったかと言うと、人里でお世話になった人に配る事にしたのだ。
渡された招待チケットは全部で五枚。もちろん俺一人のものじゃなく、響子とミスティア、全員のものだが、二人とも馴染みの妹紅さん以外は別に招待したい人もいないということで、俺が五席分全部使うこととなった。
「いえいえ、普段畑仕事でお世話になってますし。あ、そちらが奥さんですか?」
「ええ、主人からいつも霧夜さんのことは伺っております。本日はこのような場に呼んでくださってありがとうございます」
そう言って、大きくなったお腹をさすりながら軽く頭を下げるのは、フドウ先輩の奥さんだ。
……は? てかむっちゃ美人じゃね、この人?
食べ物や環境がいいのか、幻想郷は人妖問わず女性の顔面偏差値が高めだが、にしたってこの人は人間の中では最上位だ。しかも清楚系。
ぐうう、実はフドウパイセン超勝ち組だったのかよ!
「ほっほ! まさかこのような場にわしまでお呼ばれするとはのう。霧夜殿、今日は招待してくださり感謝いたしますぞ」
「……は!? いえいえ、里長には人里の自宅を探す際にお世話になりましたので。今日はぜひゆっくりして行ってください」
危うくパルパルオーラに飲まれるところだったが、どうにか正気に戻って里長に挨拶を済ませる。
里長も奥さんに先立たれて寂しそうにしてるし、こういう騒がしいところにいれば少しは気が紛れるだろう。
基本的に俺が人里で関わってるのはこの人らくらいだ。
いつも世話になってるのでこういう時くらいはお返ししてもバチは当たらんだろう。
「霧夜、そろそろステージが始まるよー!」
俺が招待した人々に挨拶していると、客席の下から響子が呼んでくれる。
「分かった、すぐいくよ! ……すいません皆さん、今日は来ていただいてありがとうございます! どうぞ終わりまでゆっくり楽しんでいってくださいね」
「おう、しっかりやれよ! 期待してるからな」
妹紅さんの声援を背に受けて、手を振りながら響子とミスティアの元へ戻る。
ステージの上では、既に文ちゃんの前説が終わり、女子二楽房とこいここの二人がマイクパフォーマンスに入る所であった。