控え室に戻るまでの道すがら、既に準備を整えた、プリズムリバーwithHが廊下の向かいから歩いてきていた。
雷鼓さんを先頭にプリズムリバーの面々も皆コスチュームが変わっており、全員が白を基調とした、ミニスカートのマーチングバンド風の服に変わっていた。
頭にはちょこんとミニシルクハットを乗せており、それぞれに雷鼓さんはリズムを表す音符、プリズムリバーは月、太陽、星のモチーフの飾りを付けていた。
……うん、マミゾウP実はセンス良いな?
コスチュームの勉強をしたらしいが、その努力の成果がしっかり出ているようだ。
普通に可愛いし、スカート丈をギリまで削ってる辺りおっさん心をよく理解している。
雷鼓さんたちもこちらに気付いたのか、軽く手を振りながらこちらに近付いてくる。
「霧夜くん、手!」
「えっ? あ、はい」
そして、言われるがままに軽く右手を挙げると、雷鼓さんが擦れ違いざまにパシーン、と俺の手を叩いていく。
「行ってくるわね!」
「……はい! 頑張ってください!」
そう言って颯爽と立ち去っていく雷鼓さんに、俺は背中越しに声援を送る。
雷鼓さんもかなり気合が入っているようだ。ハイタッチした手もビリビリと痺れているほどだ。
「皆さんも頑張ってください!」
「がんばって!」
「期待してるわよ」
「ん……ありがとう」
「ふふふ、鳥獣伎楽の皆もしっかり見ててね?」
「はいはーい」
そう言って、プリズムリバー楽団の三人もステージに向かっていく。
おお……なんかいいな、舞台裏のこういう、普通では見られない所を観てる感じ。
俺はにわかにテンションが上がりながら、ワクワクとした気持ちのまま控え室へと入る。
「お疲れ様でー……おわぁーーっ!」
「あ、おつかれー。どうだった? 私たちのステージっ!」
控え室に入ると、そこには――普通にネグリジェみたいな下着姿で汗を拭いながら、着替えているこいしちゃんの姿があった。
俺はビビって思わず壁に張り付いてしまったが、こいしちゃんもこころちゃんも全く動じた様子がない。
なんならこころちゃんはパン一で胸のところだけあの長い髪で隠れてるだけだ。
なんとけしからん姿に……!
「こら、このスケベ小僧が! ノックくらいせんかい!」
「す、すいません! 失礼しましたっ!」
俺は奥に居たマミゾウに見咎められて、慌てて控え室の外に飛び出す。
焦ったー……! こいしちゃんもこころちゃんも無防備過ぎるだろ……。
幻想郷の妖怪は大人組じゃないと羞恥心が芽生えないんだろうか……。ミスティアと響子もだいぶ無防備だもんな。
正直眼福だし許されるならガン見したいまであったけど、もしこの事で地霊殿を怒らせるようなことになったら俺なんか秒で死ねる。
心臓に悪いので本当に止めて頂きたい。
『おい、もう入ってきても構わんぞ!』
俺がそんなことを考えながら部屋の外で待機していると、中からマミゾウの声が聞こえてくる。
「失礼しまーす……」
俺がこっそりドアの隙間から顔を覗かせると、中ではすっかり着替え終えたこいしちゃんとこころちゃんが、椅子に座って水を飲んでいた。
俺がホッとしたような残念なようなで中に入ると、マミゾウがニヤニヤしながら言った。
「全く……偶然を装って女子の着替えを覗こうとはとんだエロガキじゃのう。お主のようなものをなんと言ったか、確か"らっきぃすけべ"じゃったかのう?」
「勘弁して下さい、悪気はなかったんですよ……。まさか控え室入ったら女の子が着替えてるとは思わないじゃないですか」
「あはは、そのくらい別にいいよ! 裸見られた訳じゃないし。それより、さっきの私たちのステージ、良かったでしょー?」
そう言って、こいしちゃんが椅子を逆向きに座りながら、ニコニコと笑顔でこちらに尋ねる。
「ああ、二人ともめっちゃ可愛かったよ! 弁々と八橋もすごく上手だったし!」
「えへへ、ありがとー。いっぱい練習頑張ったんだ〜」
「アイドルというのはよく分からなかったが……ああいう感じで良かったのか?」
胸を張るこいしちゃんを他所に、こころちゃんはキョトンとした顔で首を傾げる。
まあ無表情はいつものことか。
「もちろん、二人とも外界でも大人気になれるくらいのアイドルっぷりだったよ! 俺もファンになったよ」
そう全力で褒め千切る。
これに関しては純粋な本音だ。
こいここ二人の可愛さは間違いなく外界でもトップクラスだ。なんならぶっちぎってるまである。
なんかの漫画で見たけど、妖怪は長い年月を生きた者ほど狡猾になり、その見た目を禍々しいものから美少年や美少女に姿を変えていくという。
その方が人の目を欺けて生存や捕食に有利だからだ。
こいここがそうかは知らないが、少なくとも幻想郷の神や妖怪たちの中には、天然の人間には再現不能な美しさを持っているのが割といる。
ましてやこいここの二人は『無意識を操る』、『感情を操る』というパフォーマーとしては反則レベルのチート能力も持っている。
無意識に自分たちへの好意を刷り込んで、ライブで感情を爆発させるという無限コンボで外界のアイドルもvtuberも全員なぎ倒して無双できるはずだ。
「そうなんだ〜、えへへ、ちょっと自信ついたかも」
「ああ。外の世界を知っていて、なおかつ私たちとは違う男子からの意見だ。恐らく間違いはないだろう」
こいここの二人は、そう言って互いに頷き合う。
「むーっ!」
こいここを褒めそやす俺にへそを曲げたのか、響子がむくっと膨れながら俺の裾を引っ張る。
最近響子は、俺が他の人を褒めたりするとすぐに機嫌が悪くなる。
その度に両手で響子の顔を挟んで撫でくり回してご機嫌を取るのが日課になっているのだ。
「もちろん響子もミスティアも綺麗で最高に可愛いぞ〜! うりうり!」
「きゃあ! も〜、霧夜ったら、止めてよ!」
「何バカなことやってんのよあんたたち……ほら、そろそろプリズムリバーの演奏が始まるわよ! しっかり見なくていいの?」
やめてと言いつつキャッキャと喜んでる響子と、ノリノリで撫でくり回す俺に、ミスティアは呆れたように言う。
お、ついに本番が始まるのか。それは見逃す訳にはいかない。
俺は慌てて響子と共に、控え室にあるモニターに向かう。
モニターの前では既に先ほど本番を終えた四人やマミゾウが陣取っており、特に弁々は齧りつくように見入っていた。
「ああ、姐御……なんて凛々しいお姿……!」
「ちょっと姉さん〜身を乗り出し過ぎだよ。他の人が見えないって〜」
「まったくじゃ。ほれ、さっさと退かんか! わしとて主催側としてちゃんと見なければならんのに邪魔じゃ!」
「あう!」
モニターに齧りついていた弁々が、マミゾウPの蹴りにより無理やり退けられる。
映像では、今まさに演奏が始まる所であり、観客の歓声が止むと同時にリリカがキーボードを鳴らし始めた。
「おおっ……この曲は……!」
「なんじゃ、知っておるのか小僧?」
「はい、"今宵は飄逸なエゴイスト"ですね! 俺も大好きな曲です!」
「あんた、プリズムリバーのファンだったの?」
ナチュラルに曲名が出てくる俺に、ミスティアが初耳と言わんばかりに訊いてくる。
ファンと言えばファンだけど、俺はプリズムリバーの楽曲というより東方の原曲という形でこの曲を知っているだけだ。
東方の原作ファンと言った方が正しいかも知れない。
でもこの場では、とりあえずプリズムリバーのファンで通しておこう。
「うん、少し前からね。……でも、プログラムでは確か一番最初は幽霊楽団じゃありませんでしたか?」
「うむ、なにやら昨日あの長女が突如曲順を変更したいと言ってきおっての。ちょうどお主たちのリハが終わった後じゃったか。まあ曲順変えるくらいなら大した手間でもないから特別に許可したが」
「…………」
その言葉に、俺は少し考え込む。
もしかしてこれは……ルナサからのメッセージか?
今夜の私たちはエゴイスト、即ち自分たちこそが主役だという意思表示。
大トリを努める鳥獣伎楽に対する宣戦布告だろうか?
考えすぎかも知れない。だけど、リハとは段違いのとんでもないパワーの籠もった熱演を聴くと、あながち間違いでもない気がする。
『うおおおお!』
一曲弾き終えると、モニター越しでも熱気が伝わってくるほどに客席から怒号のような歓声が響き渡る。
「すご……」
「なんていうか……気合の入れようが違うね」
「姐御ぉぉぉぉ!」
「姉さんの顔、涙と鼻水で凄いことになってるよ〜?」
その迫力に絶句する俺たちを他所に、プリズムリバーwithHは淡々と次の曲の準備に取り掛かる。
しかしその時、ルナサだけはこちらのモニターと繋がっているカメラをじっと見つめていた。
……やはりただの考え過ぎじゃない気がする。少なくともルナサは明らかにこちらを意識しているようだ。
指が疼いてきた、こうしちゃ居られない!
あのプリズムリバーwithHが俺たちをライバル視してるんだ、だったらこっちも最高以上の演奏を見せなきゃ主役を食われる!
「響子、ミスティア! 本番前に軽く打ち合わせしておこう」
「うん、分かった!」
「……ええ、そうね」
二人も危機感を感じたのか、モニターの前を離れてすぐに準備に取り掛かる。
マミゾウPや他四人も、俺たちの慌てようを見て何も言わない。
当事者じゃなくてもプリズムリバーwithHの演奏を見て何か感じるところがあったのだろう。
モニターからは次の曲が始まったのか、上海紅茶館のメロディが流れてくる。
俺はそれを横に聴きながら、響子やミスティアと最後の打ち合わせを始めた。