「鳥獣伎楽withKさん、本番二分前です!」
そう控え室に河童のスタッフが声を掛けてくると同時に、俺たちは立ち上がる。
「来たわね……!」
「よし、行こう!」
「うん!」
そう互いに気合を入れあって、全員その場に立ち上がる。
会場では曲の終わりと共に控え室に響くほどの歓声が上がり、プリズムリバーwithHの面々が空気が弾けるような喝采に応えていた。
準備で途中までしか見れなかったが凄いライブだった……。この後に俺らが出ると考えると、自然と身が引き締まる思いだ。
「皆、がんばって! ここでしっかり観てるよっ」
「がんばれー、おー」
「ふん……姐御の足を引っ張るなよ」
「期待してるわよ〜!」
こいここと女子二楽房の四人に激励されて、俺たちも頷き返して控え室を出た。
控え室から外に出ると、ひんやりとした廊下の向こうから確かな熱気が伝わってくる。
スタッフ河童さんの先導でしばらく途中で待機していると――奥から演奏を終えたばかりのプリズムリバー楽団の面々がこちらに歩いてきていた。
「お疲れ様です!」
「おつかれ〜!」
「凄かったわよっ!」
俺たちがそう声をかけると、ルナサは珍しくふっ、と顔を綻ばせながら言った。
「ありがとう、少し疲れたが……そこそこ満足のいく演奏が出来た、と思う」
「ありがと〜! もうハッピーハッピーハッピーよ! 皆のことが大好きで胸からラブが溢れてきちゃいそう!」
「あ"ー、だる〜。やっと終わった〜」
相変わらず面倒くさがりなリリカと、目がキラキラして全身からとてつもないハッピーオーラを放っているメルランが続く。
「ところで……私たちのライブを観て、何か感じることはあっただろうか?」
一息ついたあと、ルナサが改まって真面目な顔で俺に尋ねる。
やっぱりあの曲順はなんかの意図があったのだろう。
俺は、ルナサをまっすぐ見返して言った。
「プリズムリバーwithHは凄く偉大なバンドです。画面越しからでも鳥肌が立ったくらいですが……だからといって俺らも負けてませんよ! こっから更に盛り上げてみせますから!」
「そう、か……なら、楽しみにしているよ。鳥獣伎楽の実力がどれほどのものか見せてくれ……」
「はい!」
「霧夜くん、こっちは準備出来たわよ!」
そう返事をする俺を他所に、プリズムリバー三姉妹たちの後ろから、雷鼓さんが顔を出す。
既にマミゾウPが衣装替えを済ませたのか、その姿は先ほどのマーチングバンドのような可愛らしいものから、ライダースジャケットに革のミニスカートを履いた、ワイルドなものに変わっていた。
足にはセクシーな網タイツを履き、耳には雷の図柄を模したピアスが掛かっていた。
「了解です! 雷鼓さんもすげえイケてますよ!」
「ありがと! ……霧夜くんはなんかいつもと変わんないわね?」
「色々ありまして……。まあ僕のことは気にしないで下さい。元々これ付けてステージに上がるつもりですし」
俺はそう答えると、仕上げとばかりに早苗さん謹製の蘇利古の雑面を被る。
「ポスターで見たけど本当にステージではそれ付けてるのね……。いいの? 人里で有名になれなくなっちゃうけど」
「今の状態で人里で顔が割れたらそれこそ大変なことになりますよ……僕の評判は最悪ですから。……それより皆、本番前に円陣組まない? 円陣」
「円陣?」
その言葉に、響子とミスティアも寄ってきて首を傾げる。
「そうそう。本番前に皆こうやって手を重ねて……それで、響子がなんか掛け声を上げて、皆がそれに合わせて結束を高めるみたいな」
「えっ、私!?」
響子が俺の言葉にびっくりしたように聞き返す。
「そうだよ。このバンドは響子が実質的にリーダーなんだから、響子が言わないと」
「私がリーダー!? てっきり霧夜か雷鼓さんがそうだと思ってたんだけど……」
「何言ってんの。俺は新参だし雷鼓さんはお助けメンバーでしょ? 最古参でボーカルの響子ほど替えがきかないメンバーは他にいないよ。なにより俺がリーダーとかミスティアが認めないでしょ」
「当たり前よ! リーダーは響子以外あり得ないわ!」
俺の言葉に、ミスティアは声を荒げて同意する。
「霧夜くんの言う通りね。流石に私も掛け持ちの身でこっちのリーダーまでやる気はないわ」
「ええっ、でも、その私、今までリーダーなんて……」
「本番二十秒前です!」
「ほら早く、もう始まっちゃうから!」
スタッフさんのカウントダウンを聴きながら俺がそう急かすと、響子は軽くパニックになりながらも、ヤケクソ気味に叫ぶ。
「ああ、もう! 分かったよ! ええと……鳥獣伎楽ふぁい、おーっ!!」
「「おーっ!!」」
そう掛け声を上げた瞬間――俺たちはステージに向かって駆け出した。
* * *
『それでは、新進気鋭のパンクロックバンド! 鳥獣伎楽の入場です!』
文ちゃんのアナウンスと同時に、俺たちはステージに突入する。
既に観客席は超満員であり、先ほどまでのプリズムリバーwithHの熱気冷めやらぬままひしめき合っていた。
しかし歓声はまばらだ……それも無理はないだろう。
正直言って、鳥獣伎楽はプリズムリバーwithHと比べるとかなりマイナーだ。
真夜中に少数の妖怪相手にボロいステージでゲリラ演奏していたマイナーバンドが、こんな大イベントのラストで出てくるのだ。
知っている人は知っているだろうが、恐らく観客の頭のほとんどに『?』が浮かんでいることだろう。
だがこんなことでへこたれない。ここから爆発的に有名になればいいのだ。
『鳥獣伎楽です! 今日はみんな集まってくれてありがとーーっ!』
それでも響子がマイク越しに大声を張り上げると、それなりに歓声は返ってくる。
ひとまず安心して、響子が一人ひとりメンバーを紹介していく。
『こんな大きなイベントに出るのは初めてだけど、今日は一生懸命歌うよっ! まずメンバーは、私幽谷響子と、ミスティア・ローレライ!』
おおーっ、という歓声とともにパチパチパチとまばらながら拍手が返ってくる。
『そして次は、プリズムリバーwithHから続いてうちに参加してくれることになった、ドラムの堀川雷鼓ーっ!』
その瞬間、先ほどより大きな歓声が響く。
やはり雷鼓さんは人気があるのか、俺らよりも客からの認知度は圧倒的に高い。
雷鼓さんもそれに応えて、ドラムの音を打ち鳴らす。
『そして最後に、私たちの仲間であり新しいメンバー! 謎のギター妖怪K!』
響子がそう俺を紹介した途端、場内の空気が変わる。
観客の視線も一気に剣呑なものへと変わり、重苦しい雰囲気が立ち込める。
やがて誰ともなく始まったのか、俺に向かって心無い言葉が投げかけられ始めた。
「かーえーれ! かーえーれ!」
そう一人が言い出した瞬間、それが周りに派生して徐々にその声が大きくなっていく。
本当に俺を嫌っている者、中には面白半分で便乗している者もいるだろう。
だがその意図とは関係なく、ただ悪意だけが膨れ上がっていく。
「「かーえーれ! かーえーれ!」」
やがてそのうねりは会場内を埋め尽くす一大コールとなり、観客のヘイトが一身に俺へと向かってきた。
『ちょ、ちょっと! 皆、話を――』
「…………」
必死に観客を宥めようとしていた響子に、俺はマイクをこちらに渡すようジェスチャーで示す。
これは多分、あの号外記事から始まった炎上騒ぎだろう。
他に原因がないし、そもそも俺はこいつらとはほぼ面識がない。
だから他ならぬ俺がこの騒ぎを納めなければ、まともに演奏する事も出来ないだろう。
なので俺は、マイクを受け取ったあとギターの音量をマックスまで上げる。
そしてマイクをスピーカーに押し当て――あろうことか、全力でギターの弦を掻き鳴らした。
「――――ーー!?」
ガギィーーーン!!
というとんでもなく歪んだ爆音が場内にハウリングしながら響き渡ると、先ほどまでギャーギャー騒いでいた連中も思わず耳を押さえて言葉を失う。
「ははははははははははははははははッ!!」
俺はそのザマに指差して哄笑しながら、響子にマイクを投げ返した。
「き、霧夜……?」
「ちょっとあんた……大丈夫?」
二人が心配したようにこちらを見るが、俺は人差し指と小指を立ててメロイックサインを作ったあと、メンバーに、そして場内全てに見せ付ける。
『ロックしようぜ!』
そう暗に告げると同時に、俺は騒ぐ観客共をステージから見渡す。
――分かるぜお前ら、俺が羨ましいんだろ?
可愛い女の子たちに囲まれて、キラキラしたステージの上に立って、皆から愛されて仲間から信頼されてる俺に嫉妬してんだろ??
だからくだらねえゴシップや噂話を真に受けて、それで人を簡単に分かった気になって、輝いてる人間をあわよくば自分の位置まで引きずり降ろそうとしてんだろ?
――そんなんだからてめぇらは
いいぜ、そっちがそのつもりなら――
お前ら全員俺の踏み台にしてやるッ!!
そこで俺が昇っていくさまを指咥えて見てろ負け犬どもッ!!
俺はぺっ、と唾と共に腐った内心を吐き捨てたあと、上着を脱いで観客に向かってぶん投げる。
そして上半身だけ裸になり、周りの了承も得ずに頭を振りながら勝手に前奏を鳴らし始めた。
スメルズ・ライク・ティーン・スピリット――本来の曲順とは違うが、もはや打ち合わせなんて関係ない。
グダグダと長ったらしい口上も必要ない。ただ音だけ鳴らせればそれでいい。
ルール無用でも、ここに居るメンバーなら上手く合わせてくれる。それだけの信頼関係を築けている自信があった。
そう、それがまるで予定調和であるかのように雷鼓さんが俺のギターにドラムを合わせたあと、ミスティアが追奏し始めた。