幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第六十一話 アポカリプティックサウンド

 

 無重力空間のようなフワフワした心地の中で、俺はただ音を奏で続ける。

 

 それに合わせて、響子は地の底から響くような声で歌い始めた。

 

Load up on guns, bring your friends.《ありったけの銃をかき集めて、お前の仲間を連れてこい》

 

It's fun to lose and to pretend.《騙したり騙されたりして騒ぐのも楽しいだろ?》

 

 響子は鬼気迫る顔で歌っている。

 

 どうやら今の騒ぎで相当怒っているらしい。その迫力に、先ほどまで騒いでいた連中も圧倒されて黙り込む。

 

 他二人も、心なしかいつもより演奏が荒々しい。

 

 雷鼓さんなんか周囲に電気が出て、バチバチと空気が弾けているほどだ。

 

Hello Hello Hello, how low...《ハローハローハロー、どこまで堕ちる……?》

 

Hello Hello Hello, how low...《ハローハローハロー、どこまで堕ちる……?》

 

 きっと俺と同じで皆色々言いたいことがあるんだろう。

 

 だが俺らは同じレベルに落ちて口論なんて無粋な真似はしない。俺らは音でぶん殴る!

 

With the lights out, it's less dangerous《光を失っても、堕ちるとこまで堕ちちまえばそんなもん大したことはねえのさ!》

 

Here we are now, entertain us《さあ俺らを楽しませろ!》

 

I feel stupid and contagious《バカは群れると伝染するってのは本当らしいな!》

 

Here we are now, entertain us《俺たちを楽しませてって? 黙ってろ烏合の衆が!》

 

 奇しくも痛烈にオーディエンスを皮肉ったような歌詞に聞こえる。

 

 ニルヴァーナのスメルズ・ライク・ティーン・スピリットの歌詞は、支離滅裂な文章の羅列で正確に訳すのは困難だと言われている。

 

 だが、受け手側によってどのようにも解釈出来る曲でもある。

 

 これは若者特有の生きづらさやフラストレーションを爆発させた曲なんだと思う。

 

 今の響子は声だけじゃなく、魂までカート・コバーンが憑依してるんじゃないかと思うくらいの迫力だ。

 

 それはきっと、外の世界でも二度と再現出来ない幻想の音なんだろう。

 

 俺はその熱に感化されたまま、ステージの喧騒に弦を弾いて応えた。

 

 

* * *

 

 

 響子は猛っていた。

 

(よくも私の霧夜を傷付けたな……!)

 

 自分でも何処にこんな力が眠っていたのかと思うくらい、腹の底からグツグツと力が湧いてくる。

 

 妖怪は精神状態に左右される存在である。

 

 それであるが故に、強い感情を抱くと一時的に力が増してくるのだ。

 

 今の響子を突き動かしているのは強い"怒り"だった。

 

 自分の大切な仲間が傷付けられたこと。ようやく掴んだ大舞台で理不尽に見舞われたこと。

 

 自分たちの夢にケチを付けられたこと。

 

 それらの不満や怒りが全て声に乗って――山彦のエコーによって山肌に共振していく。

 

 

 

 それを聴いた者たちに抱かせたのは、"畏れ"であった。

 

 

 

 人間は元より、妖怪たちすら怯え竦ませるほどの魂の咆哮。

 

 その暗い地の底から響くような響きは、聴くものに否応なく恐怖を思い起こさせる。

 

 それによって集まった恐怖が、響子の妖怪としての力を増幅していく。

 

 その循環は響子を山彦という無害で愛らしい存在から、人間に根源的恐怖を抱かせる、"山鳴り"の如き自然の化身へと進化させつつあった。

 

「これは……!」

 

 今目の前で人類の脅威が生み出されようとしているのを見て、客席に座っていた霊夢は思わず立ち上がる。

 

 このままでは、自分のまさに目の前で異変が起きる!

 

 そう直感した霊夢は、非番でありながら封魔針を取り出し、巫女としての務めを果たそうとする。

 

 ――しかしその時、目の前に立ち塞がる影が現れた。

 

「おっと、何処に行くつもりだ? いくら博麗の巫女といえど、我が祭での狼藉は許さんぞ」

 

 御柱を地面に突き立てながら、八坂神奈子が目の前に立ちはだかる。

 

「何言ってるの! あいつをこのまま放っておいたら大変なことになるわ! さっさとそこを退きなさいッ!」

 

「――ふふふ、そうは行きません。響子は私の可愛い弟子です。弟子の成長を助けるのも師たる者の務めですから」

 

 そう言って霊夢の背後から肩に手を添えて、命蓮寺の住職たる聖白蓮も現れた。

 

「なっ……! あんたまで……ひ、卑怯よ二人がかりなんて!」

 

「――あら、二人がかりではありませんわ。わたくしも居ましてよ、霊夢」

 

 今度は空間にぱかりと亀裂が開き、奥から八雲紫までもが参戦する。

 

 霊夢はそれを見て目を丸くして信じられないような顔をしたあと、声を上げて抗議する。

 

「……紫、あんたまで何を言ってるの!? 今目の前で異変が起きつつあるのよ!? 賢者として放置していい状況じゃないでしょう!」

 

「ふふ、残念ながら今のわたくしは賢者ではありませんわ。鳥獣伎楽withKのマネージャーですもの。所属タレントのステージを邪魔させる訳にはいきません」

 

「巫山戯ないでッ!」

 

 この期に及んで煙に巻くような返答をする紫に、霊夢が痺れを切らして声を荒げる。

 

「そう騒がずに見なさい、霊夢。……この幻想の力の弱まった現代において、一匹の妖怪が存在進化を果たそうとしている。こんなことは百年……いえ、数百年ぶりのことかも知れない。なかなか見れるものじゃありませんわよ?」

 

「……だからなんだってのよ。人間にとっては迷惑極まりないわ」

 

「ですが幻想郷を長く存続させるためには、幻想の存在である神や妖怪が力を持つことは必要不可欠。短期的には脅威でも、長期的には人間を含め幻想郷全体の利益にもなり得る。それは調停者たる貴女にも理解出来るでしょう?」

 

「…………」

 

 紫の言葉に霊夢は押し黙る。

 

 外の世界と幻想郷を隔てる『幻と実体の境界』を維持するには、内部の幻想の力を強めることが必要不可欠。

 

 そうでなければ外の世界の現実に押し流されて、幻想たちは脆くも消え去ってしまう。

 

 幻想郷は強力な存在が多く集まっているように見えて、その実吹けば飛ぶような儚い世界でもあった。

 

 そんな中で山彦という本来は弱い妖怪が、大妖怪へと姿を変えることは、幻想郷の安定性を高めることにも繋がるのだ。

 

「……言っておくけど、"山鳴り"はその声で地震や噴火を呼ぶわよ。もしその力が暴走したら……山の上に建てたあんたの神社が一番被害を受けるってことは分かって言ってるのよね?」

 

「――ふっふっふ、それは心配ご無用!」

 

 そう言って神奈子の背後から姿を現したのは、カエル帽を被った金髪の美少女、洩矢諏訪子であった。

 

「地上の巫女よ、私の権能を何と心得る! 坤(地)を司る神なるぞ! 大地のこと、特に地鎮に関しては私がいる限り変なことは起こさせないよっ!」

 

 諏訪子はパタパタとその長い袖を揺らしながら言った。

 

 そしてその後ろから、新たな影も姿を現す。

 

「――特別に私も力を貸してあげるわっ! 地を這う民にしてはなかなか面白いものを見せてもらったしね。この崇高なる天人が居れば、幻想郷が大地の災厄に見舞われることはないでしょう」

 

 そう言って、自分が地震を起こした側であることも都合よく忘れて、比那名居天子までもが参入した。

 

「うぐぐぐ……ま、魔理沙!」

 

「おいおい、無茶言うな。私らだけでこんな連中全員相手できるわけ無いだろ? 流石に今回は私もパスさせてもらうよ」

 

 隣に座る最も信頼できる相棒すらも、団子片手に肩を竦めた。

 

「うふふ、そうですよ霊夢さん。今日はお祭りなんですから、多少のことには目を瞑って頂かないと。ほら、りんご飴あげますから」

 

 そう言って、早苗から差し出されたりんご飴をぶすっと仏頂面で乱暴に受け取ったあと、霊夢はどかっと席に腰掛けた。

 

「……分かったわよ! もう私は何がどうなっても知らないからねっ!」

 

 霊夢はそう拗ねたように言ったあと、バリッと乱暴にりんご飴に齧りつく。

 

 ステージの上では、ちょうど最初の曲が終わろうとしていた。

 

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