幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

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第五話 香霖堂での舌戦

 

 ガクガク震える膝をなんとか気合いで抑えつけて、どうにか博麗神社の階段を降りきったあと、ナズーリンは帰り道とは逆方向を指差して言った。

 

「次はこっちに行くぞ」

 

「そっちですか? 命蓮寺とは反対方向ですけど……」

 

「何を言ってるんだ。君が言ったんだろう? その"アンプ"とやらを探しに行きたいと。私の勘ではこっちにある。ペンデュラムもそう言っている」

 

 そう言って、ナズーリンは開いた地図の上で胸元の六角形のペンデュラムを回しながら言った。

 

 おおおお! さすがは"探し物を探し当てる程度の能力"!

 

 ことこういう状況において彼女以上に頼りになる存在はいない!

 

 俺が期待を込めて地図を覗き込むと、ペンデュラムがくるくると回っていた場所は――

 

「……香霖堂?」

 

「なんだ知っていたのか? そうさ、あのいけ好かない店主がやっている店だ。無縁塚で私の他に物を拾い集めている奴なんて、あいつくらいしかいないからね」

 

 ナズーリンはそう言って、香霖堂に向かって歩き出す。

 

 ――そうだ、確かにそうだ!

 

 なんで気付かなかったんだろう?

 

 幻想郷でも有名な蒐集家と言えば、ナズーリンか霖之助くらいしかいないじゃないか。

 

 しかもナズーリン自身も霖之助が持ってることを確信しているようだし、これはほぼ確定と言って良いんじゃないだろうか?

 

 しかし、原作でナズーリンと霖之助の絡みなんかあっただろうか?

 

「……あっ」

 

「ん? どうしたんだ急に」

 

「い、いえ何でもないです。ちょっと思い出したことがあって」

 

「? 変な奴だな……」

 

 ナズーリンはそう言うと、首を傾げながらも進んでいく。

 

 そうだ、確かにそうだった!

 

 星蓮船の異変の時だ。

 

 確かあの時、星ちゃんが落としちゃった宝塔をナズーリンが見つけ出したのが、香霖堂の店内だったはずだ。

 

 それで返して貰うよう交渉した時に、相当な金額をふっかけられたとか。

 

 なるほど、因縁の相手というわけか。

 

「ふふふ……あの時はしてやられたが、今回はそうはいかない。借りを返して貰おうじゃないか」

 

 ナズーリンはくっくっく、とドス黒い笑みを浮かべながら先を歩く。

 

 俺はそれを見て頼もしいやら恐ろしいやらで、おっかなびっくり後ろから着いていった。

 

 

 * * *

 

 

 しばらく進んでいくと、街外れのうらぶれた路地の先、木々に覆い囲まれた場所にその店はあった。

 

 『香霖堂』

 

 その屋号を古びた看板に掲げているその店は、書籍で見たものとよく似た姿をしていた。

 

「うおお……!」

 

 俺が聖地巡礼の感動に打ち震えていると、ナズーリンが呆れたように言った。

 

「君は時々そういう過剰なリアクションをする時があるな。こんなものただのつまらないボロ屋だろう? ほら、さっさと行くぞ」

 

 そう言うや否や、ナズーリンは香霖堂の扉をバン、と勢いよく押し開く。

 

「たのもう!」

 

「……随分と乱暴な来客だな。あまり騒がしくしないでくれるかい?」

 

 そう言ってカウンターの上で気怠く返事をする、銀髪に眼鏡を掛けた神経質そうな若い男。

 

 うおお、香霖だ……! 書籍からそうだったがリアルで見るとくそイケメンじゃねえか羨ましい……!

 

 流石霊夢や魔理沙と言った幻想郷の著名美少女たちの年上のお兄さん的な立ち位置でありながら、本人はそれを迷惑がってるやれやれ系という中学生男子の妄想を具現化したような男だ。面構えが違う。

 

 ちなみに俺は嫌いではない。東方キャラは全推しだし羨ましいだけだ。

 

「おっと悪いね。あまりに粗末な店構えだったから、立て付けが悪いかと思って少し強めに開けてしまったよ。もしかしてどこか壁でも崩してしまったかい?」

 

「……ああ、なるほど。今日は最初からやり合うつもりで来た訳か。まあ良いだろう。それで、僕に何の用かな?」

 

「霧夜、君の出番だ」

 

 そう言ってナズーリンが俺に振る。

 

 ええええ!? この空気で俺に回ってくるの!?

 

 もう向こうも臨戦態勢に入ってるじゃん!

 

 でもやらいでか! 俺のアンプの為だ!

 

「あ、あの! ここに、最近無縁塚から拾った、黒くてこれくらいのサイズの箱みたいなものがありませんか!? それを探してて……」

 

「ああ……あるよ。これのことかな?」

 

 そう言って、霖之助はカウンターの下からどん、と黒い箱を取り出す。

 

 Marshallの文字が印字されたそれは、見まごうことなく俺のアンプである。

 

 ありがたいことに付けっぱなしのまま持ち出して来たおかげか、自作のエフェクターボードも無傷のままくっついている。

 

「それです、それ! それ、俺のなんです! 返してくれませんか!?」

 

「ふむ、それなら五百円は必要になってくるね? 悪いがこちらも商売なんだ。一銭も負からないよ」

 

「五百円……ていくらぐらいなんです?」

 

 五百円は外では大した額ではないが、ここ幻想郷での通貨単位はまるで異なる。

 

 香霖の口ぶりからして相当な大金なのは見て取れた。

 

「人里で普通の男が一年働いて得られる稼ぎが大体二百〜三百円と言った所だ。この額をまともに払おうとするなら、まあ三~四年は働き詰めで生活しなきゃ無理だろうね」

 

 つまり外で五百万くらいかそれ以上ってことか!?

 

「そんな……無理ですって! そんな金払えません!」

 

「無理なら他を当たってくれ。残念ながらうちはこういうやり方で回ってるんだ。本当に必要なものならいくらお金を払っても惜しくはないだろう?」

 

「うぐっ……!」

 

 俺が言葉に詰まっていると、それを見かねたナズーリンが前に出て言った。

 

「やれやれ……相変わらず詐欺まがいの阿漕(あこぎ)な商売に手を出しているようだね。人の弱みに付け込んで金をせしめているようでは、商売人ではなくまるで"たかり"か"ゆすり"ではないかな?」

 

 ナズーリンはカウンターの上に身を乗り出しながら、非難するような口調で言う。

 

「聞き捨てならないな……。無縁塚で拾ったものは元々誰のものでもない。最初に拾った僕に自由に値段を付ける権利がある。それを必要とする人に相応の価格を付けて譲るのが阿漕(あこぎ)だと?」

 

「ああそうだ。無縁塚で落ちている物が誰のものでもないのは、それは所有者の多くがその場で亡くなっているか、そもそも外の世界で幻想入りして捨てられたものだからだ。誰もその所有権を主張する者がいないから自由に拾って持ち帰っても構わない。……だけどそれは違うだろう?」

 

 ナズーリンがそう言って、アンプを指差す。

 

 うおお!? そうか、理詰めでやり込めるつもりか! 流石は賢将!

 

「……そんなルールはない。無縁塚の物は誰のものでもない、それが全てだ」

 

「不文律というものだよ店主。弱肉強食に見える幻想郷にも最低限守るべきルールがある。例えば弾幕ごっこは、力だけじゃなく弱者でも強者に対して意見が言えるように編み出されたものだ。この幻想郷が獣の世にならぬよう、弱者であっても最低限守られるよう配慮がなされるべきなのさ。その点君のやったことはどうだ?」

 

「…………」

 

「ここの彼……霧夜と言うんだが、彼は外界からの渡来人でね。無縁塚で倒れていた所を私が保護した訳なんだが、彼はあちらの世界からいきなり右も左も分からない幻想郷に放り出されて、大事な物まで失って途方に暮れている。もちろん、頼る宛もなければこちらのお金なんて一銭も持っていない。そんな彼から君は五百円もの大金をゆすりとろうというのかい? 元々彼のものだった物を質草に?」

 

 ナズーリンの非難するような弁舌に、霖之助はどんどん不機嫌そうに眉間を顰めて、口がへの字に曲がっていく。

 

 なんか楽しそうっすね、ナズーリンさん……もしかして俺、香霖をやり込めるための当て馬にされてる?

 

「何と言おうと値段を曲げるつもりはないよ。そもそも、この箱が本当に彼の物だと証明された訳でもあるまい?」

 

「しょ、証明ならできます!」

 

 俺は霖之助にそう答える。

 

 ちょうど今ギターがある! 持ってきて良かった!

 

 あのアンプにはバッテリーも内蔵されている。家を出る前に満充電にしてきたので、まだ残っているはずだ!

 

「これは、アンプと言ってこの楽器とセットじゃないと使い道がないんです! ここのケーブルをエフェクターに差して……」

 

 俺の作業を霖之助は黙って見ている。

 

 もう諦めているのか、それとも単純に興味があるのか。

 

 ギターをセットしたあと、俺はすっ、と息を吸い込んで言った。

 

「行きます!」

 

 ギュイィィーン! とアンプからディストーションの音色が響く。

 

 くぅぅぅ、これこれー! ……じゃなくて、これで俺の物だと証明できたはずだ。

 

「このアンプはこのギターがないと何の使い道もありません。幻想郷で他にギターを使う人がいるかは知りませんが……少なくともこれは俺のです」

 

「……どうやらそのようだね」

 

 霖之助はそう言って両手を挙げた。

 

 やった、認めた!

 

 俺は心の中でガッツポーズを取る。

 

 てか確かギター使ってた人いたよな?

 

 みすちーだっけ。響子ちゃんとのバンドで使ってたはず。後で聞いてみよう。

 

「これで分かっただろう? これは間違いなく彼のものだ。これ以上続けるというなら私も然るべきとこに訴えるしかないな。具体的には、人里の堅物女教師や、よく食べ歩きしてるだんご仙人や、非番の閻魔様やらだ。彼女たちだって、遭難した外来人の物を勝手に着服する君のことをよくは思わないだろう。さぞかし良いお話を長時間聞かせてくれるだろうね」

 

「はあ……分かった分かった! 僕の負けだ。最初に店をオンボロ扱いされて少し意固地になっていたようだ。店が地獄の説教部屋になるのはごめんだよ。ただで持って行くといい」

 

 霖之助はうんざりしたように言う。

 

「……!? ありがとうございます!」

 

 俺は深く頭を下げたあと、アンプを受け取る。

 

 しかし、俺の手をガシッと掴んで、霖之助が言った。

 

「ただし! 条件がある。ここで一曲披露して行ってくれないか? 外来の楽器というものに少し興味がある。さっきの音だけじゃ、どんな演奏になるか想像もつかないからね。僕だってこのアンプとやらを無傷で保存してたんだ。それくらいは頼んでも罰は当たらないだろう?」

 

「あっ、はい! それくらいいくらでも」

 

「?」

 

 俺はそう答えたあと、ちらっと背後のナズーリンの方を見やる。

 

 彼女はキョトンと首を傾げていたが、俺が今ここに居て、ここまで来られたのも全て彼女のおかげだ。

 

 だから心を込めて弾こう。

 

 ナズーリンに感謝を込めて、彼女を称える歌を。

 

 

 

 

 

 

 

エントリーナンバー1

 

『小さな小さな賢将』

 




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