鬼人正邪は衝撃を受けていた。
最初は音楽祭などどうでもよかった。
なにやら山の神社が変な祭をやるらしいが、あわよくばそれを引っ掻き回して皆が楽しんでる所をぶち壊して邪魔やろうと思っていたのだ。
天邪鬼である彼女にとっては、人が嫌がることこそ至上の喜びだからである。
だが、山の警備は思った以上に厳重でつけ込む隙が見当たらない。
盗み一つとっても難しい。
上空に目のいい哨戒天狗も飛び回っていることから、幻想郷のあらゆる組織から目を付けられている正邪はただ身を隠すのに精一杯であった。
そんな時であった――場内に、激しい罵倒の声が響き渡る。
ステージの上で何かがあったのか、観客たちが大声で叫んでいたのだ。
「「かーえーれ! かーえーれ!」」
そう観客たちが喚いているのは、ステージ上に立っている、変な仮面を被った男に対してのものであった。
何やらあの男はこれだけの大勢を敵に回すことをやらかしたようだ。
「きひひひひ……」
それを見ていると、正邪の妖怪としての暗い部分が満たされていくのを感じる。
こういう空気は嫌いじゃない。
人の負の感情に触れていると、人を陥れることを悦びとする妖怪としての本能が刺激される。
この流れを作ったのが自分ではないというのが些か業腹だが、少なからず面白いものが見れそうだと正邪は内心期待していた。
しかし、その時――
「っ!?」
ガギィーーーン!! という頭が割れるような強烈な不協和音と共に、正邪を含む前列にいた全員が耳を塞いで顔を歪める。
「ははははははははははははははッ!!」
その笑い声に釣られてステージの上を見ると、そこには――なんと先ほど激しく罵倒されていた男が、観客を指差しながらゲラゲラと大笑いしているところであった。
『恐らく楽器の付喪神か何かであろう』、何の力もないその男は、散々観客をコケにしたあげく、上着を投げ捨てて激しく頭を振りながら演奏し始めたのだ。
最初はその態度に怒り狂っていた観客だったが、やがてそれは感嘆に変わり――そしてボーカルの山彦の女が続いて歌い出すと恐怖に変わっていくのを感じた。
やがてステージ上の四人がまるで一匹の巨獣のように統合して、ちっぽけな観客たちを威圧し、恫喝するような咆哮を上げる。
観客は恐怖と興奮が入り混じって恐慌状態となり、訳も分からぬまま右手を振り上げてそのうねりに呑み込まれていく。
――なんて、なんてとんでもない光景だと正邪は身を震わせる。
力弱き者が、圧倒的大多数を前にして一歩も引くことなく音で強引にねじ伏せていく。
種族に恵まれず、力なき者たちでも音楽という理外の手段においては頂点となり得る。
(これだ……これだったんだ、私が求めていたのは)
正邪はぐるっと自分の価値観がひっくり返されたのを感じた。
今この瞬間、鳥獣伎楽こそが間違いなく幻想郷において最強の存在だった。
それはまさに自身が目指した"リバース・ヒエラルキー"。
気が付けば正邪は他の観客と共に声を張り上げて、ステージ上の男に呼応するように右手にメロイックサインを掲げていた。
そして、その腕にあの男が投げた上着を握りしめ、胸に強かな種火を燃え上がらせていた。