あれから人里は様変わりした。
具体的にどう変わったかと言うと、そこかしこで音楽が聴かれるようになったのだ。
モリヤ・ロックが終わってからは、人里ではすっかり一大音楽ブームが沸き起こっていた。
居酒屋や茶店などでは、河童謹製のレコードプレーヤーが導入され、いつの間に録音していたのか、あのライブの時の音源が引っ切り無しに再生されていた。
聴こえてくるのは主にプリズムリバーwithHだが、俺たち鳥獣伎楽の曲を流している店もそれなりにある。
これの仕掛け人は河童か、それとも守矢神社なのかは分からない。だが俺らとしても、バンドの認知度が上がるのは決して悪いことじゃない。
「おい、あそこの店、鳥獣伎楽のいとしのレイラの音源が入ってるらしいぞ! 聴きにいこうぜ!」
そう言って、俺とほぼ同年代の里の若者たちがすれ違っていく。
レコードプレーヤーもまだ個人で買うには高く、なおかつSpotifyのような音楽配信サービスもない、そんな不便な時だからこそ本物の情熱が育つことだってあるはずだ。
(次は君らの番だぜ……!)
俺はすっかり大物アーティストの気分になりながら、彼らの背中に向かってサムズアップして見送っていく。
そんな明くる日のこと――
「おい……!」
「?」
突如として街角の暗がりから、押し殺したような少女の声が聴こえて、俺は思わず足を止める。
「いてっ」
そして間髪入れずに、コツンと俺の頭に小さな石ころが飛んできて、俺は思わず飛んできたであろう方向に顔を向ける。
するとそこには――例によって小さな女の子が家の角から半身だけ見せた状態で、こちらに手招きしていた。
あのメッシュがかかった髪の独特な色合いに、頭から生えた二本の角と真っ赤な目。
――鬼人正邪が何故か人里に姿を現していた。
「お前、ちょっとこっち来い」
「えっ……普通に嫌だよ。なんでそんな事しなきゃならないんだ?」
俺はごく当然の成り行きで断る。
いやまあ、そりゃそうだろ。東方キャラに会えた嬉しさはあるが……それはそれ。
人里でいきなり妖怪に誘いをかけられて、ノコノコ付いてくような阿呆はいつ死んでも文句は言えない。
むしろ、ここに妖怪がいるぞーっ! って大騒ぎしないだけ良心的ですらある。
「いいから来いっての! 話があるだけで何もしねーよ!」
「…………」
俺はすすす、と身を引いてそこから離れようとする。
東方ファンで正邪の言うことを真に受けるやつはほぼいないだろう。
こいつは嘘つきだし人に嫌がらせをするのが生き甲斐な、言っちゃ悪いがクズみたいなやつだ。
あと輝針城の五面は許さんぞお前。
いや嫌いじゃないんだけどね、可愛いし、キャラとしては好きだよ
さりとて積極的に関わりたくはない相手ではある。
見なかったことにして、俺がそのまま通り過ぎようとした、その時――
「……いいのか、オイ? 私はお前が隠してることを知ってるんだぞ?」
「…………?」
そう言われて、俺は思わずピタリと足を止める。
隠してること? はて、俺にそんなもんあっただろうか?
俺が振り返って一瞬迷っていると、正邪は物陰から嫌らしい声で言った。
「お前……人間のくせに妖怪のフリしてバンドやってるだろ。鳥獣伎楽のギタリストの霧夜さんよぉ」
「…………ハァ」
そうニタァ、と物陰から笑う正邪に、俺はため息をつきながら話を聞くことにした。
「……で? 何の用だよ」
「いいからちょっとこっち来い。そこは人目に着いていけねえ」
そう言って路地裏に手招きする正邪に、俺は渋々着いていく。
まあいくら妖怪でも人里でそう滅多な事は出来んだろう。
正邪はそこら辺は悪知恵が働くし、下手に藪をつついて博麗の巫女や賢者を呼び出すようなことはしないと判断した。
しばらく進むと、路地のどん詰まりにたどり着き、正邪はこちらに背を向けたまま、くっくと肩を震わせた。
「まさか今どき妖怪の誘いにノコノコ着いてくる人間が居るとはなァ……命知らずもいいとこだ」
「もうそういうのいいから。なんの用か早く言えよ、俺もこの後用事あるし」
俺がそう言い放つと、正邪はぐっ、と言葉に詰まったあと、チッと舌打ち混じりに言った。
「……まあいいだろう。私もここに居るのが人間にバレると面倒だからな。じゃあ単刀直入に言う」
正邪はコホンと咳払いしたあと、改めて言った。
「お前、私を鳥獣伎楽に入れろ。さもなくば――」
「えっ、ダメ。もういい?」
「なあっ……!?」
そうSu○remeの店員ネタの如く爆速で断ると、正邪は驚いた顔でこちらを指差したまま固まる。
いや、そりゃダメだろ。
こいついつものアレだろ? あの弾幕花火大会のごとく、楽しそうなことやってる奴らがムカつくから、内側から引っ掻き回して妨害してやろうって寸法だろ?
そんな奴を入れられる訳がない。論外です。
「お、お前、良いのかよ……! 私はお前の秘密を知ってるんだぞ!? 断るなら、それを言い触らしても……!」
「別にいいぞ」
「えっ……!?」
その言葉に、正邪は今度こそキョトンと驚いた顔で硬直する。
「お前が知ってるその秘密は、知られたらメンドイけど、まあそれならそれでいいや程度のもんだしな。ちなみにメンバーも守矢神社や人里の偉い人たちも、博麗の巫女様も全員俺が人間ってことは知ってるから、知られたからってそんな大した影響はないぞ」
俺がそう答えると、正邪はうぐぐ、と苦々しい顔で呻く。
俺が人里に住んでいて、鳥獣伎楽のメンバーっていうのはイベント前にバレていたらちょっとヤバかったかも知れん。
あの時は謎のギター妖怪Kに対するヘイトがマックスだったからな。
だけど幻想郷の話題の移り変わりは早い。もうあの号外のことなど誰も覚えていない。
今の話題はもっぱら先の音楽祭のことと、その参加アーティストたちのことでいっぱいだ。
鳥獣伎楽もかなり高評価を貰っているようなので、バレたところで騒がれることはあっても真正面からヘイトをぶつけられることはあるまい。
「だ、だったら、私がお前のあることないこと言い触らして……!」
「周りが信じると思うのか? 天邪鬼の言うことなんか。お前幻想郷中に指名手配されてた奴だろ? 札付きの悪党が悪評広めたところで、被害者の俺に同情が集まるのが関の山じゃないか?」
「うぐっ……!」
俺がそう言い返すと、正邪は完全に言葉を失って沈黙する。
あとこれはちょっと反則技になるが、仮に悪評が広まっても慧音先生にお願いして歴史喰いしてもらえば悪評ごとなかったことに出来る。
あの人間大好きな慧音先生に天邪鬼の標的にされて困ってると相談したら、能力を使って助けてくれるだろう。
どちらにせよ俺の立場は揺らがない。日々の御縁を大切にした賜物である。
それを理解したのか、正邪は青ざめた顔のまま動かない。
「じゃあ、話は終わりだな? 俺は帰るぞ。今から合同練習があるし」
「ま、待てッ!」
そう言って立ち去ろうとする俺に、なおも正邪は食い下がる。
俺は若干うんざりしながらもこう聞き返す。
「なんだよ……鳥獣伎楽に入りたいって、そもそもお前、楽器の一つでも演奏出来るのか?」
「いや、それは……ない、けど」
「音楽の経験は?」
「ない……」
「最悪、楽器だけでも持ってんだよね?」
「…………」
「話にならんね。じゃあな」
俺はそう言って今度こそ踵を返す。
妹紅さんも楽器の経験はなさそうだが、あの人と正邪とじゃ仲間としての信頼度が天と地ほど違う。
妹紅さんは一から教えてでも一緒にやろうって気持ちになるけど正邪はならない。絶対裏切るもんコイツ。
そもそも担当楽器も空いてないので人員も必要としてないのだ。
俺はそんなことを考えながら立ち去り際に、ふと正邪の方を振り返る。
――すると、正邪は顔を赤くして目元をぐしぐし擦りながら、肩を震わせていた。
「えっ……お、お前もしかして泣いてんのか?」
「うるさいッ! 泣いてないッ!」
「いや泣いてるだろどう見ても……」
えっ? お前そういうキャラじゃなかっただろ?
てっきり上手く騙せなかったと悔しそうな顔で舌打ちでもしてるのかと思いきや、普通に泣いてて罪悪感がヤバい。
こいつ下衆だけど見た目は女の子だからな……。
俺はやむなく引き返して、改めて問いかけた。
「お前なんでそんなにうちに入りたいんだよ……。別に音楽が好きとかそういうキャラじゃなかっただろ……」
「お前が私の何を知ってるんだよ……! ただお前らのステージを見て、音楽なら私でも頂点を取れるって思っただけだ……!」
そうべそをかきながら言う正邪の言葉に、俺は腕を組んで考え込む。
どうも嘘じゃないっぽいな……。考えが甘いと言わざるを得ないけど、少なくとも悪意があって近付いてきた訳ではなさそうだ。脅しは掛けてきたけど。
「……つまり、俺たちに憧れたってことでいいのか?」
「憧れてなんかいねえッ! 手ごろな目標にちょうどいいと思っただけだッ!」
そう正邪は言い放つ。
それを憧れたって言うんだろうよ。
しかしどうしたもんか……既にメンバー枠は埋まってるんだよな。これ以上増やしても邪魔になるだけだ。
さりとてこの正邪を放置するのも心が痛む。
人に頼む態度じゃないくそ生意気な物言いはアレだが、動機はよくあるギター小僧のそれだ。何とかしてやりたい気持ちはあるが……。
……いや、あの手があったか。
「分かったよ。メンバー入りできるかどうかは確約出来ないけど……口利きくらいはしてやるよ。今日ちょうど合同練習があるんだ。お前も一緒に来い」
「ほ、ほんとか……?」
俺の言葉に、正邪は縋るような目でこちらを見てくる。
えっ、何こいつ、こんなに可愛い奴だったかな……?
違うだろ、お前はなんかもっとこう、人を貶めて陰でケタケタ笑ってるようなゲスい奴だよ。
なんか俺の服の裾をちょこっと摘んでるし、俺らの演奏に脳を焼かれてちょっとおかしくなってるのかも知れない。
恐るべし響子の歌声といったところだ。あんまり可愛いと守護るからなお前。
俺がそんなことを考えながら人里の自宅に戻ると、既に妹紅さんが迎えに来ているところであった。
「おっ、霧夜。帰ってきたか。そろそろだと思ってな……ってなんだそいつ!? いつぞやの指名手配犯!?」
妹紅は俺に挨拶すると同時に、真後ろにいる正邪に気付いて声を上げる。
「実はさっきそこで拾いまして……。どうしても鳥獣伎楽に入りたいって言うんで、紹介だけはしてやろうかなって」
「ええ、大丈夫か……? 新参の私が口を出すつもりはないが、色々悪い噂の絶えないやつだぞそいつは」
妹紅さんが胡散臭げに正邪を見ると、正邪はぎゅっと俺の裾を掴む力を強くする。
「まあ、はい……言いたいことは分かりますけど、どうやら音楽をやりたいって気持ちだけは本物のようなので、一応皆に話はしてみようかと」
「ううん……まあお前がそう言うなら任せるよ。安心しろ、もしそいつが何かやっても私が守ってやるからな」
妹紅はそう言うと、見せ付けるように掌から炎を出す。
まあ多分今の正邪にそんな気はないんだろうけど、妹紅がそう言ってくれるのは心強い。
「あはは、頼りにしてますよ。それじゃあスタジオに行きましょうか」
「ああ」
「…………」
そう言って正邪を連れて、俺と妹紅はスタジオへと足を運んだのであった。