幻想オン・ザ・ロック【完結】   作:darnylee

9 / 77
命蓮寺編
第七話 奴はだいたい墓地にいる


 

 

 「おはよーございます!」

 

「ああ、おはよう響子ちゃん!」

 

 あいも変わらず朝っぱらから爆音の挨拶をかましてくる響子に、既に起きていた俺は元気よく挨拶を返す。

 

 今日も今日とて俺は絶好調だ!

 

 何せギターが返ってきた! ナズーリンさんとも少しだけ仲良くなれた。

 

 昨日なんて霊夢に魔理沙に早苗さんとも会話ができた!

 

 何より今俺は幻想郷にいる!

 

 元の世界の学校では常にダウナーで人と話すのも億劫だった俺が、今は誰かと話したい!

 

 この感動を共有したい! 世界よ、ありがとう!

 

「わ、早起きさんですね! 昨日まではこの時間まだぐーぐー寝てたのに」

 

「ああ、なんというか寝ている時間がもったいなくて! せっかく幻想郷にいるんだから、少しでも長く起きて多くのことを目に焼き付けたいんだ!」

 

「そ、そうなんですか」

 

 俺のテンションに若干引き気味だが、響子ちゃんはニコニコと笑顔で俺の話を聞いてくれる。

 

 そして、時折ちらっと俺の布団の横に置いてあるギターに、視線が向いていることに気付く。

 

 さっき俺のギターチラチラ見てただろ! とかそんな意地悪を言うはずもなく、俺は普通に尋ねる。

 

「ギター、興味あるの?」

 

「!?」

 

 俺がそう尋ねると、響子はピン、と毛を逆立てたあと、周囲をキョロキョロと見回す。

 

 そして、俺の耳元に近付いて、こしょこしょと小声で呟いた。

 

「あの……もしよければ今夜時間ありますか?」

 

「お寺を抜け出すの?」

 

「はい、裏に秘密の抜け道があって……よければ、なんですけど……」

 

 響子ちゃんからデートのお誘い来たーー! なんて浮かれるほど俺も馬鹿じゃない。

 

 要件は恐らく響子ちゃんとみすちーがやっているバンド、『鳥獣伎楽』のことだろう。

 

 幻想郷で数少ないギタリストということで、向こうも俺に興味があるのかも知れない。

 

 もちろんオッケー!

 

 鳥獣伎楽のライブにお呼ばれされて、断るなんて選択肢はねえ!

 

 幻想郷の名場面を俺は全てこの目に焼き付けるんだ!

 

「もちろん構わないよ。出る時間になったら呼んで貰える?」

 

「……! はい、じゃあ夜に!」

 

 響子ちゃんはそう言ったあと、いつも通り食堂まで先導してくれる。

 

 食堂ではいつも通り、一輪軍曹の厳しいご指導の元でどうにか食事を終えた。

 

 やはり何度か指摘を受けたが、初日よりは圧倒的に回数が少なくなったので、それで良しとしよう。

 

 食後に御膳を片付けて退出しようとした折に、何故か聖に呼び止められた。

 

「霧夜さん、少しよろしいでしょうか?」

 

「はい! なんでしょう?」

 

 俺はピシッ、と背筋を伸ばしながら答える。

 

 何故か聖の前では緊張して背筋が伸びてしまう。

 

 ゲームだけしか知らなかった時はふわふわ系の可愛いお姉さんとしてひじりんとか呼んでたけど、実際に会話してみるとそんなチョケた呼び方は無理だ。

 

 だって普通にお寺の偉い人だし、全身から凄い人特有のオーラが出てるんだもの。

 

 自然とこの人の前ではだらしない姿を見せられないと身が引き締まる。これがカリスマと言うやつなんだろう。

 

「ふふふ、そんな緊張しなくていいんですよ。今日は霧夜さんに少しお話がありまして」

 

「お話、ですか?」

 

 俺は思わず聞き返す。

 

「ええ、霧夜さんもこれから一週間命蓮寺で過ごされることになりましたので、もしよければ私たちと一緒にお勤めをしませんかと誘いに来ただけなんです」

 

「お勤めというと?」

 

「はい。私たち仏弟子は、普段は交代でお寺の中や周辺の掃除をしています。周りを清めることで、自分の心身も清める、いわば修行の一環ですね。そしてそれが終われば次は仏像に経文を上げ、瞑想して自己を振り返ります。霧夜さんもせっかくお寺で寝泊まりされているのですから、どうせならその生活を体験してみるのも良いのでは、と思ったのです。強制するつもりはありませんし、もし良ければなのですが……」

 

「やります!」

 

 俺は即答した。

 

 命蓮寺での普段の生活の体験! これも重要なイベントだ。

 

 原作では依神姉妹の妹、依神女苑が命蓮寺に入れられて、煩悩まみれの生活から心身を清めるために修行させられていた。

 

 つまりはそれとまったく同じ体験が出来るという訳だ。

 

 これは東方ファンならやるしかないだろう!

 

「あらあら! やる気があって大変素晴らしいですね。では、今日から一門徒として、命蓮寺の生活を体験してみましょうか」

 

「よろしくお願いします!」

 

 俺が頭を下げると、聖は笑みを浮かべてパンパン、と手を叩く。

 

 すると奥の襖が開いて、そこから両手に何かの服を持った村紗が現れた。

 

「ありがとう、水蜜。着替えが終わったら、霧夜さんにも掃除の場所を割り振ってあげて」

 

「分かりました」

 

 村紗はそう言うと、俺にその服を渡す。

 

「今から脱衣所に行って、この作務衣に着替えてきて下さい。着ている服は脱いで籠に入れて持ってきて下されば、全て私が洗濯しますので」

 

「えっ!?」

 

「?」

 

 俺はその言葉に思わず声を上げる。

 

 全て洗濯ということは、まさか村紗船長が俺のパンツを洗ってくれるということか!? 一ファンの俺がそんなことやってもらって良いのか!?

 

 だがしかし、他ならぬ本人と聖の命ならば仕方あるまい。

 

 俺は作務衣をうやうやしく受け取ったあと、急いで脱衣所に向かう。

 

 そこで素早く作務衣に着替えたあと、脱いだ服を一枚一枚丁寧に畳んで籠に入れていく。

 

 そしてそれを持って、慌てて聖と村紗船長が待っている部屋に戻る。

 

「お待たせしました!」

 

「まあまあ、ふふふ。とてもよくお似合いですよ、霧夜さん。まるで本物の修行者のようです」

 

「そ、そうですかね? へへ……」

 

 聖の言葉に、俺は頭を掻きながら曖昧な笑みで返す。

 

 それって褒め言葉なの? と一瞬思ったが、聖のことなので善意100%なのだろう。

 

「それでは水蜜、私は本堂の掃除を行いますので、霧夜さんのことをよろしくお願いしますね?」

 

「はい、畏まりました、聖」

 

 聖はそう言い残すと、こちらに軽く手を振って本堂の方へと行ってしまう。

 

 うわぁ、村紗船長と二人きりか。緊張するなあ……。

 

 船長って実際見ると、儚い系の美少女だし、常に冷たい敬語だからどこか近寄り難い雰囲気がある。

 

 シゴデキな感じもするし、聖からの信頼も厚いようだ。

 

 そんな人と一体何を話せばいいか……。

 

「では、まず霧夜さんには私の洗濯の助手をやって頂きましょうか。籠を持ったまま着いてきて下さい」

 

「あっ、はい」

 

 俺が一人で悩んでいると、村紗はそう指示を出して先々進んでしまう。

 

 慌てて後ろから着いていくと、村紗は玄関先から降りて裏庭に出る。

 

 こんな所で何をするのかと思いきや、村紗はある場所を指差して言った。

 

「ではあの(タル)の中に洗濯物を全て入れてください」

 

「え、あっはい」

 

 樽? たらいじゃなくて?

 

 俺は一瞬困惑したが、言われるがまま洗濯物を入れる。

 

 すると村紗は、樽の中に粉石鹸のようなものを入れたあと、穴の開いた柄杓からドボドボと水を出して入れていく。

 

 どういう構造になってんの、それ? と突っ込む間もなく、村紗は洗濯物がヒタヒタになるくらいまで水を入れたあと樽に蓋をする。

 

 そしてコン、と樽を柄杓で叩いて言った。

 

「『ディープヴォーテックス』」

 

 その瞬間――中でぐおんぐおんと水が動く音と同時に、樽が小刻みに揺れ始める。

 

 あれってもしかして……中で水が回転してる!?

 

 まさに洗濯機そのものだ。これだけで彼女が洗濯係に任命されている理由が分かろうというものである。

 

 そりゃあこんな美少女が、俺のパンツを手洗いしてくれるなんてことある訳無いよな、はあ……。

 

「ふふふ、私の手で下着を洗わせられなくて残念でしたか?」

 

「!?」

 

 そんな不埒なことを考えていると、耳元でボソリとそう呟かれ、俺は心臓が跳ね起きて思わず腰を抜かす。

 

「がっかりしたのが顔に出ていましたよ? ご期待に沿えず申し訳ありませんが、私の洗濯はいつもこのやり方です。こちらの方が時短ですし、何より綺麗になりますからね」

 

「は、いえ、滅相もないです、はい!」

 

 俺は見透かされた恥ずかしさのあまり、真っ赤になりながら頭を下げる。

 

 ヤバい、この人結構小悪魔系だ!

 

 童貞の俺にはあまりに刺激が強過ぎる!

 

「さて……洗濯が終わるまでまだ時間があります。その間にあなたに少し聞きたいことがあるのですが」

 

「はい?」

 

 思わず顔上げると、村紗は俺の顔を覗き込みながらニッコリと笑みを浮かべて言った。

 

「――ナズーリンとは、どこまでいったの?」

 

「うえっ!?」

 

 俺は思わず妙な声を上げてしまう。

 

 どこまでって……恐らく外出のことを聞いてるんじゃないんだろうなこれ。

 

 そりゃ東方キャラとそう言う関係になりたくないと言ったら嘘になる。もちろん、俺だってあわよくばなんて期待もある。

 

 しかし向こうが俺なんか相手にしないだろうという悲しい自覚もある。

 

 ナズーリンにしたって聖の命令で付き合ってくれただけで、別に俺にそんな感情はないだろう。

 

「いや……別に本当に何もないですよ? ナズーリンさんが渋々俺に付き合ってくれただけで……楽器を取り戻したり、そりゃ色々助けては頂きましたけど」

 

「え〜、そんなことないでしょ! だってあの子、昨日は帰ってきてからずっとご機嫌だったのよ? 普段は仏頂面で、人を小馬鹿にしたような笑みしか浮かべないあの偏屈なネズミが、変な時計いじりながらニヤニヤしてたの。絶対何かあったはずだわ!」

 

 先ほどまでの知的でクールな雰囲気とは打って変わって、村紗はウキウキとした様子で尋ねる。

 

 しかし俺……まさかナズーリンさんとのフラグが立ってる!?

 

 いやそんな馬鹿な!

 

 確かに色々あったけど、それだけであのクールなナズーリンさんが俺に好意を寄せてくるなんて、そんな都合のいい展開がある訳が無い!

 

 多分普通に贈った時計を気に入ってくれてるんだろう。そうに違いない。

 

「いや、確かにその時計を贈ったのは俺ですけど……他に何もありませんよ?」

 

「ふぅん、ちなみに、どうしてプレゼントを贈る流れになったの?」

 

「いやプレゼントとか……単にお礼ですよ。ナズーリンさんに命を助けて頂いたので、そのお礼で外界でも珍しい時計を贈らせて貰っただけです」

 

「へぇ〜」

 

 村紗はニマニマと笑いながら言う。

 

 あ、これ全力で野次馬を楽しんでるやつだ。

 

 なんだかこの人、最初に見たときと随分印象が違うな……。

 

 もしかしたらさっきまでの敬語はキャラ付けで、こっちが素だったりするのかだろうか?

 

「とにかく、本当に何もありませんから……! 俺はともかくナズーリンさんに悪いので勘弁してください……」

 

「ふふ、今はそういう事にしといてあげましょう。ちょうど洗濯も終わる頃ですしね」

 

 村紗はそう言うと、ゴトゴト動いている樽に近付いて、コン、と柄杓で軽く叩く。

 

 すると振動が収まり、蓋を開くと中には、すっかり洗浄された俺の服があった。

 

「うん、あとは真水で一回やれば終わりでいいですね。……あ、もう行って良いですよ? 助手の仕事は終わりましたので」

 

「ええっ!?」

 

 助手って……俺何もやってねえ、樽に洗濯物入れただけじゃん。さてはこの話を聞くためだけに俺を呼び止めたな?

 

 ぐっ……色々言いたいことはあるが我慢しよう。

 

 東方キャラが俺に絡んでくれるだけでありがたいことなんだから。

 

「ええと……行っていいと言われても何処に行けばいいのやら……」

 

「ああ、そうでしたね。……ではここからまっすぐ西にある墓地の清掃を頼めますか? 古くなったお供え物を回収して、たまに墓石が倒れたりしているので、それも起こして頂ければ」

 

「分かりました」

 

 俺は指示された通り、命蓮寺の敷地にある墓地に向かう。

 

 命蓮寺は意外と敷地が広い。居住区画はそれほどだが、庭先や周囲の竹藪、管理墓地なども含めるとおよそ野球場くらいになる。

 

 そんな中を整備したり清掃したり手入れしたりしなきゃならないんだから、そりゃ毎日やらなきゃ追い付かないわけだ。

 

 命蓮寺の墓地は竹藪で囲まれており、日中なのに日が遮られて結構雰囲気がある。

 

 夜に来ると普通に怖いかも知れない。

 

 ここは外界と違って亡霊も怨霊も当たり前にいる世界だ。村紗が俺を一人で行かせたくらいだから、日中に何が起きる可能性は低いだろうが、一応気を付けておいた方がいいだろう。

 

 ……ん? 待てよ、確か命蓮寺の墓地って……。

 

 俺が何か引っかかるものを感じ、それを思い出そうとしていたその時――

 

「うらめしや〜〜!」

 

「うおおっ!」

 

 突如真後ろから耳元に大声を浴びせられ、思わず尻もちをついた。

 

「あははは! びっくりした? ねえ、びっくりした?」

 

「…………!」

 

 そう言って心底嬉しそうにこちらを見下ろす少女――水色の髪にサファイアブルーとエメラルドのオッドアイ。

 

 イタズラっぽい笑みを浮かべた眩しいほどの美少女に、極めつけはあのデカい茄子色の傘!

 

 この女の子は――

 

「こっ……!」

 

「こ?」

 

「小傘だぁ!!」

 

「うひゃあ!? びっくりした! いきなり大きな声出さないでよ!」

 

 そう叫んで指差す俺に、小傘は慌てて距離を取って警戒する。

 

 ちなみにさっき後ろに倒れ込んだ拍子に、一瞬パンツが見えたのは内緒だ。

 

 だっていきなり後ろから声かけてくんだもん、事故だよ事故。ちなみに白でした。

 

 俺は慌てて立ち上がったあと、パンパンとお尻の砂を払う。

 

 小傘と言えば、東方でも屈指のゆるキャラとして人気だ。

 

 何せこの子は人間に害を為さない。付喪神という妖怪の一種だが人を襲ったりせず、驚かした時の相手の心を食べて空腹を満たす妖怪なのだ。

 

 むしろ驚かし方が下手で、常に腹ペコで見かける度に霊夢に退治されているという結構不憫な子だ。

 

 そしてここ命蓮寺の墓地は、小傘の根城として有名な場所でもある。

 

「いや、悪かった! ちょっとびっくりして動揺して大きな声を上げてしまったんだ。別に驚かすつもりはなかったんだよ」

 

「本当!? 私に驚いたの!? やったー!」

 

 そう言って、小傘はぴょんぴょん跳ねる。

 

 なんだこの可愛い生き物……。

 

 こんな小動物みたいな性格をしている癖に、意外に発育がよくて身長も結構高い。

 

 普通に高校生くらいの見た目なので、跳ねると色んなとこがバインバインと揺れる揺れる……。

 

 俺がデュフフと鼻の下を伸ばしていると、小傘が俺の顔を覗き込んで言った。

 

「ねえねえ、あなた初めて見る人間ね! ここで暮らしてるの? 名前は?」

 

 そう矢継ぎ早に尋ねる小傘に、俺は若干気圧されながら答える。

 

「あ、ああ、俺は外来人なんだ。名前は霧夜。しばらくこの命蓮寺でお世話になる予定だ」

 

「霧夜……霧夜ね! わちきは多々良小傘! あなたの驚きっぷりはすっっごく良かったから、また見かけることがあったら、優先して驚かしに行くからよろしくね!」

 

 そう言い終えるや否や、小傘はぴょーんと墓石に飛び乗ったあと、カラコロと下駄を鳴らして、墓石の上を次々と飛び移りながら去っていく。

 

 うん、もうなんか……感無量です。

 

 一回驚いただけでどんだけサービスしてくれんだあの子? 最後にジャンプした時も普通にパンチラしてたし……。

 

 ……頼んだらおっぱいくらい普通に揉ませてくれないかな?

 

 いや、駄目だ駄目だ! そういう卑劣なことを推しのキャラにやりたくない!

 

 もしそういうことをするとしても、ちゃんと正式にお付き合いしてからだ!

 

 くそっ……にしても可愛かったなあ。

 

 俺は一人、小傘ちゃんとウフフなことをする妄想をしながら墓場の清掃を続行する。

 

 しかしその時――

 

「ふぎゃっ!!」

 

「なっ……!?」

 

 突如として遠くから、猫が潰れたような悲鳴と同時にガシャンと盛大に何かが倒れるような音が響く。

 

 慌てて現場に急行するとそこには――いくつも連なってドミノ倒しになった墓石と、その場にひっくり返ってぐるぐると目を回している小傘の姿があった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。