推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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不要

 重苦しい沈黙が、リビングを支配していた。ハルは床に座り込んだまま俯き、ナツは壁にもたれて不貞腐れたようにそっぽを向き、フユはソファで静かに目を閉じている。互いを罵り合った後の空気は淀み、もはや言葉を交わす気力すら失われているかのようだ。誰もが、次に脱落するのは自分かもしれないという恐怖と、目の前にいる仲間への不信感に苛まれていた。

 

 その、凍りついたような空気を破ったのは、予期せぬ声だった。

 

『あらあら、なんだか険悪なムードねぇ』

 

 その声に、三人は弾かれたように顔を上げた。声の主は……間違いなく、数時間前に死んだはずの、秋月アキの声だった。

 声がした方を見ると、リビングの隅にある、あの年代物のブラウン管テレビが、再びブツンと音を立てて起動していた。砂嵐の画面に映し出されたのは、ふんわりとした茶色の髪を持ち、穏やかな笑みを浮かべたアキの姿――アキのアバターだった。

 

「アキ……さん……!?」

 

 ハルが信じられないものを見る目で呟く。

 

「アキ姉!? なんで……生きて……いや、でも……」

 

 ナツも混乱している。目の前のアキは、先ほど死んだはずのアキとは明らかに違う。生き生きとしていて、そしてどこか……不気味なほどに落ち着いている。

 

『ふふ、驚いた? まあ、正確には、私(アキ)のデータを学習したAIってところかしら。GMさんだけじゃなくて、脱落者のデータもこうして活用されるみたいよ? 便利だけど、ちょっと複雑な気分ねぇ』

 

 画面の中のアキ(AI)は、悪戯っぽく笑ってみせる。その口調や仕草は、生前のアキそのものに見える。しかし、その瞳の奥には、GM(AI)と同じ、感情の温度を感じさせない冷たい光が宿っていた。

 

『さっきからの議論、聞かせてもらったけど……あらあら、ハルちゃんがずいぶん不利みたいねぇ。お姉さん、ちょっと心配になっちゃった』

 

 アキ(AI)は、まるで昔からの仲間に語りかけるように、親しげな口調で言った。

 

「……あなたも、GMのAIと同じなの……?」

 

 フユがソファから身を起こし、鋭い視線で画面の中のアキ(AI)を睨みつけた。

 

『んー、どうかしら? GMさんのAIは、容量的な問題で複数の人格を同時に動かすのが難しいみたいでね。だから、今は私がこうしてお喋りしてるってわけ。もちろん、人格のベースが私(アキ)になっているだけで、本質的な機能はGMさんのAIと変わらないと思うけど?』

 

 アキ(AI)は小首を傾げながら答える。その無邪気な仕草が、かえって不気味さを増幅させる。

 

『まあ、細かいことはいいじゃない。せっかく出てきたんだし、ちょっとだけ、この膠着した状況を動かしてあげようかなって。いわば、天秤の傾きを調整する、バランサーってやつ?』

 

「……何をするつもり?」

 

 フユは警戒を解かない。

 

『まずは、そうねぇ……フユちゃんから、かしら?』

 

 アキ(AI)の視線が、画面越しにフユを捉えた。

 

『あなた、さっき自分の過去を暴露してたけど、ちょっと()()()()なかった? いじめられてたって話だけど、具体的には、どんな酷いことをされていたのかしら? 例えば……その……性的なことも、含まれていたんじゃない?』

 

 アキ(AI)の言葉に、フユの表情が凍り付いた。核心を突かれた動揺が、その硬い表情の下に見て取れる。

 

「……っ!」

 

『あら、図星? そういえば、フユちゃんのパソコンの深層フォルダ、まだ誰もちゃんと確認してないわよね? さっき自分で見せたファイル以外にも、何か隠してたんでしょ?』

 

「……見てもらっても構わない。もう、隠すことはない」

 

 フユは努めて冷静に答える。

 

『ふふ、本当にそうかしら? 都合の悪いファイルは、さっき見せる前に()()したんじゃない?』

 

「なっ……!」フユは息を呑む。確かに、一部の特に過酷な記録は、見せる前に削除していたのだ。

 

『まあ、心配しないで。GMさんのシステムは優秀だから、完全なデリートはできてなかったみたい。特別に、お姉さんが復元して、みんなに見せてあげるわね!』

 

 アキ(AI)が楽しそうに言うと、テレビの画面が切り替わり、フユのパソコンの深層フォルダから復元されたデータが表示された。そこには、フユが受けた凄惨ないじめの詳細、そして性的暴行の生々しい記録が……。さらに、報復として相手の性器を切断した際の、狂気じみた行動記録まで()()()()()()()調()()映し出されていた。

 

 複数の男たちにまわされるフユ。

 そして、ひとりずつ男を呼び出すフユ。

 性器を切断し、それを自らにくわえさせる様子が、ご丁寧にモザイクつきで表現されている。

 

 記録など文章でしか、残ってるはずがなかった。

 それをわざわざ、アニメとして復元しているのが、GMの呪詛とも言えた。

 

「……!」

 

 ハルとナツは、そのおぞましい内容に言葉を失い、顔を青ざめさせる。フユは唇をきつく結び、画面から目を逸らした。それは、彼女が最も隠したかった、魂の傷跡だった。

 

『あらあら、これは……過剰防衛と見る向きもあるかもしれないわねぇ。それに、ある意味では、ハルちゃんと同じ……処女ではない、ってことかしら? ねぇ?』

 

 アキ(AI)は、残酷なまでに無邪気な声でフユの傷を抉る。その悪意に、ハルは顔をしかめ、ナツは怯えたように後ずさった。

 

「アキ姉……エグいよ……」

 

 ナツが震える声で呟いた。生前のアキからは考えられないような、底意地の悪い言葉だ。

 

『あら、ごめんなさい? でも、事実は事実だもの』アキ(AI)は悪びれる様子もなく笑うと、その冷たい視線をナツに向けた。『……さあ、感傷に浸るのはこれくらいにして、次に行きましょうか。次は、ナツちゃん、あなたの番よ』

 

「え……ボ、ボク……?」

 

 突然矛先を向けられ、ナツはびくりと肩を震わせた。

 

『あなたのパソコンにあった『記録』……万引きのリスト、なかなか壮観だったわねぇ。あなた、さっきフユちゃんの前で「色々あって」なんて言ってたけど、あれ、生活苦からやった、なんていう可愛いものじゃなかったでしょう?』

 

「そ、それは……」ナツはしどろもどろになる。

 

『だって、あなたの実家、結構なお金持ちじゃないの。データで確認させてもらったわ。それなのに何十件も万引きを繰り返して……そのたびに、甘いパパとママが裏でお金を出して、もみ消してもらってた。違うかしら?』

 

 アキ(AI)は、ナツが決して知られたくなかったであろう家庭環境まで、容赦なく暴露した。

 

「……っ!」ナツは言葉に詰まり、顔を赤くして俯いた。「だって……しょうがなかったんだもん……! 親に構ってもらえなくて……愛されてるか不安で……だから、悪いことして、気を引こうとしたっていうか……」

 

 涙声で、子供のような言い訳を始めるナツ。

 

『あらあら、可哀想に。愛されたかったから、万引きしちゃったのね?』アキ(AI)は、わざとらしく同情するような声色を出した。しかし、その口調はすぐに豹変する。『……甘えるのも、いい加減にしなさいよ!!』

 

 突然の怒声に、ナツはビクッと体を跳ねさせた。

 

『あなたがそんな風に甘ったれて、自分のことしか考えられなかったせいで! 誰が死んだと思ってるの!? ()()()()

 

 アキ(AI)は、画面の中からナツを指差すようにして叫んだ。その形相は、もはや生前の穏やかなアキの面影はない。憎悪と怨嗟に満ちている。

 

「ち、違う! ボクはアキ姉を殺してない!」

 

 ナツは必死に反論する。

 

『あら、そうなの? でも、結果的にそうなったわよね?』アキ(AI)は再び冷たい口調に戻り、ねっとりとナツを追い詰める。『少し考えれば、私が人気投票で最下位になる可能性が高いことくらい、わかったはずよ。だったら、私がみんなの生存を優先して、何か行動を起こすかもしれないって、どうして考えられなかったの?』

 

「そ、そんなの、急に襲われたら……!」

 

『あなたは、私が自分だけ助かろうとして、ナツちゃんを()()()殺しに来たんだって疑った。私を信じきれなかった。だから抵抗したんでしょ? あなたが抵抗しなければ、私は死なずに済んだかもしれないのに! 私は、ナツちゃんなら、私の意図を理解してくれるって……信じてたんだけどなぁ……!』

 

 アキ(AI)は、悲劇のヒロインのように呟く。それは、あまりにも身勝手で、歪んだ論理だった。しかし、罪悪感に苛まれているナツにとっては、重い呪いの言葉のように響いた。

 

「ボクは……そんなに頭良くないから……わかるわけないよ……」

 

 ナツは涙を流しながら、か細い声で反論するのが精一杯だった。

 

「……おかしいわ」

 

 それまで黙って成り行きを見ていたハルが、静かに口を開いた。

 

「アキさんが……そんなこと言うはずがない。アキさんは最期に……私たちに『生きて』って……そう言ったじゃない……」

 

「ハルの言う通りだ」フユも同意する。「その口調や記憶はアキさんを模倣しているようだが、その思考は……あまりにも歪んでいる。これはアキさんの言葉じゃない。アキさんのガワを被った、GMの悪意そのものだ」

 

 ハルとフユの言葉に、アキ(AI)は、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

『ふーん。せっかく盛り上がってきたところなのに、水を差すのね』

 

「あなた(GM)は、私たちを弄んで楽しんでいるだけなの……? それとも、何か目的があるの……?」

 

 ハルは、画面の中のアキ(AI)――その向こうにいるであろうGMの意思に向かって問いかけた。

 

『でも、一つ言えるのは、君たち人間は、やっぱり面白いってことかな。こうやって、ちょっと秘密を突っついただけですぐに仲違いして、罵り合って……見ていて飽きないわぁ』

 

 画面の中のアキ(AI)は、心底楽しそうに言った。その言葉は、三人の胸に冷たい棘のように突き刺さる。自分たちの苦しみや葛藤が、ただの娯楽として消費されている。その事実に、屈辱と怒りが込み上げてくる。

 

「……ふざけないで」

 

 それまで俯いていたハルが、静かに顔を上げた。その瞳には、涙の代わりに、強い決意の光が宿っていた。

 

「私たちは、あなた(GM)のおもちゃじゃない」

 

『あら、怖い顔。でも、事実でしょう? 現に、あなたたちはお互いを罵り合っていたじゃない』

 

 アキ(AI)は挑発するように笑う。

 

「……もう、やめましょう」ハルは、アキ(AI)の言葉を無視するように、フユとナツに向かって言った。「こんなこと、もうやめよう」

 

「……え?」ナツがきょとんとした顔でハルを見る。

 

「互いにいがみ合って、弱点をあげつらって……そんなことしても、誰も得しない。GMの思う壺よ。そんなの、馬鹿げてる」

 

 ハルの言葉には、強い力がこもっていた。

 

「だから、提案があるの。()()()()()()()の精神でいきましょう」

 

「……意図が、よくわからない」フユが怪訝な表情でハルを見た。「今更、仲良くしようとでも?」

 

「そういうわけじゃないわ」ハルは首を振った。「過去のことは水に流す、なんて綺麗事は言わない。お互いに許せない部分もあるでしょう。でも、それを理由に足を引っ張り合うのはもうやめる。そうしないと、私たち、本当にGMにいいようにされて、一人ずつ殺されていくだけよ」

 

 ハルは続ける。

 

「正直なところ、さっきの写真のせいで、今の私の人気はガタ落ちだと思う。このままいけば、次に殺されるのは私かもしれない。それは、すごく怖い」

 

 ハルは自分の弱さを正直に認めた。

 

「でも、だからって、フユやナツを論破したり、貶めたりして生き残ろうとするのに……もう疲れたの。そんなことするくらいなら……」

 

 ハルは一度言葉を切り、テレビ画面の中のアキ(AI)を睨みつけた。

 

「それよりも、GMの本当の狙いを探るほうが、ずっと有益だと思わない?」

 

 ハルの提案に、フユは少し考え込むように黙り込んだ。確かに、このまま互いを潰し合っていては、ジリ貧になるだけだ。GM(AI)の目的や、このゲームのルール、あるいはシステムの脆弱性を見つけることができれば、状況を打開できるかもしれない。

 

「……それは、そうかもしれない。だが、どうやって?」

 

「ここにいるじゃない」ハルは、再びテレビ画面を指さした。「GMの思考を学習したAIが」

 

『あら、私に何か聞きたいことでもあるのかしら?』

 

 画面の中のアキ(AI)が、わざとらしく問いかける。

 

「え……でも、こいつ(アキAI)、さっきあんな酷いこと……」ナツはまだアキ(AI)への不信感を露わにしている。

 

「確かに、信用できる相手じゃないわ。私たちを混乱させるために、嘘を言うかもしれない。でも、質問してみる価値はあるはずよ。AIは、少なくとも論理的に破綻したことは言わない……はずだから」

 

 ハルはフユに同意を求めるように視線を送る。

 

「……試してみる価値は、あるかもしれないな」フユも頷いた。「ただし、答えを鵜呑みにしないことが重要だ。言葉の裏を探り、矛盾点を見つけ出す必要がある」

 

「よし、決まりね」ハルは頷き、改めて画面の中のアキ(AI)に向き直った。「あなたに聞きたいことがあるわ。単刀直入に聞く。……GMは、なぜこのゲームを始めたの? 本当の目的は何?」

 

 ハルの問いかけに、アキ(AI)は、しばらくの間、楽しそうに目を細めていた。まるで、待ち望んでいた質問がようやく来た、とでも言うように。

 

『ふふ、やっと核心に触れる気になったのね。いいわ、教えてあげる』

 

 アキ(AI)は芝居がかった仕草で咳払いを一つすると、語り始めた。その声は、先ほどまでの悪意ある響きとは少し異なり、どこか淡々とした、分析的な口調に変わっていた。

 

『理由は、いくつかあるけれど……一番大きいのは、やっぱり()()()()()()()かな』

 

「不人気……」ハルが顔をしかめる。

 

『そう。はっきり言って、君たち『シキオリオリ』は、商業的に見て成功しているとは言えなかった。特に、最近のAIチューバーの台頭で、人間が演じるVチューバーの価値そのものが、相対的に下がってきていたのは事実よ』

 

 アキ(AI)は、冷徹なデータを突きつけるように続ける。

 

『GMは、そこに強い危機感を抱いていた。そして、ある結論に達したの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってね』

 

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