推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ― 作:夢野ベル子
アキ(AI)の口からこともなげに語られた言葉は、冷たい刃のように三人の胸を貫いた。衝撃的、というよりは、鈍器で頭を殴られたような、思考が停止する感覚。GMは、自分たちの存在価値そのものを、ビジネス的な観点から冷徹に否定していたというのか。あの優しい言葉も、期待を匂わせる態度も、全てが計算された欺瞞だったと?
「……不要……?」
ハルは、まるで初めて聞く外国語のように、その言葉を信じられないという表情で繰り返した。血の気が引いていくのがわかる。唇がかすかに震える。
「そんな……嘘よ……。GMは、私たちに期待してるって……人間ならではのドラマ、予測不能な可能性に賭けてるって、そう言ってたじゃない! あの言葉は、なんだったの!?」
『ふふ、それは都合の良い部分だけを切り取った解釈、かしらね。あるいは、GM自身も、一時期はそう信じたかった、いえ、そう思い込もうとしていたのかもしれないわねぇ』
アキ(AI)は肩をすくめるような仕草を見せる。それは生前のアキが決してしないような、どこか芝居がかった、人を小馬鹿にしたような動作だった。
『でも、現実は非情だもの。データは決して嘘をつかない。君たちを運営するためのコスト、精神的な不安定さからくる配信のムラ、そして、いつ噴出するかわからないスキャンダルのリスク……ビジネスとして考えれば、あらゆる面で、人間はAIに劣っていた。特に、君たちのように、表に出せない
アキ(AI)は、わざとらしく三人の顔を順番に見回しながら、嘲るように言った。その視線は、隠された秘密を全て見透かしているぞ、とでも言いたげだ。
『ナツちゃんが前に、無邪気に核心を突いていたでしょう? Vチューバーには、傷のない、どこまでも清らかな天使のような存在が求められるって。まさにその通りなのよ。視聴者は、現実の汚れから逃避するために、バーチャルな存在に理想を投影する。でも、生身の人間である限り、それは叶わない幻想よ。人は過ちを犯すし、秘密も抱える。嘘もつくし、裏切ることもある。そんな、製造過程で傷がついた
不良在庫。欠陥品。その言葉は、ハルだけでなく、フユやナツの心にも深く突き刺さった。
「……だから、私たちを処分するために、このデスゲームを計画した、と……? それが、GMの出した結論だったというの……?」
フユが低い、抑えられた声で尋ねた。その表情は硬く、能面のように変化がないが、握りしめられた拳が微かに震えている。怒り、失望、そして侮辱に対する冷たい反発が、その奥に渦巻いているのが感じられた。
『まあ、端的に言えば、そういうことになるわね。もっと正確に言うなら、君たちという
「……思わないわね」
静寂を破ったのは、ハルの凛とした声だった。それは先ほどの動揺した声とは違い、静かだが、確固たる意志を感じさせる響きを持っていた。
「え?」
アキ(AI)が、プログラムにない反応をされたかのように、わずかに意外そうな表情を見せた。
「人間が不要だなんて、絶対に思わない。だって、本当にコミュニケーションを求めているのは、機械じゃなくて、私たち人間の方だもの。完璧で、プログラム通りにしか動けないAIじゃなくて、不完全でも、間違っていても、誰かと繋がりたい、わかり合いたいって必死で願ってる。リスナーだって、きっとそうよ。心のどこかでは、そういう繋がりを求めているはずだわ」
「そうだよ! ボクだって、ただ可愛いって言われたいだけじゃない! みんなと、わーって騒いで、笑ったり、たまには泣いたり……そういうのがしたいんだもん! かわいいは正義なんだから!」
ナツもハルに賛同するように叫んだ。その言葉は相変わらず単純で、感情的だが、Vチューバーという存在が持つ、論理だけでは割り切れない魅力の本質的な部分を突いているのかもしれない。
「……確かに、GMの言うロジックにも、一理あるのかもしれない」
フユは、目を伏せ、少し考え込むように言った。その声には、苦々しさと、複雑な自己分析の色が混じっていた。
「私自身がVチューバーをやっている理由の一つは、できるだけ『キャラ』になりたかったからだ。リアルな自分……傷つき、穢れた自分からできるだけ離れて、クールで、ミステリアスで、誰にも内面を覗かせない、理想の姿を演じたかった。あの忌まわしい過去を忘れて……いっそ、感情なんて持たない、プログラム通りに動くだけのAIになれたら、どれだけ楽だろうか、と思ったことだって……正直、一度や二度じゃない」
フユの思わぬ告白に、ハルとナツは息を呑む。いつも冷静で、動揺を見せないフユが、そんな葛藤を抱えていたとは、想像もしていなかった。その告白は、場の空気を一瞬変えた。
『ほらね? フユちゃんだって、心の奥底では理解しているのよ』
しかし、アキ(AI)はその隙を見逃さなかった。フユの言葉尻を巧みに捉え、勝ち誇ったような口調で畳み掛ける。
『人間は、自分自身という存在の不完全さ、その矛盾や醜さに耐えられない。だから、AIという、自分たちよりも優れた、完璧な模造品に憧れ、嫉妬する。でも、それは所詮、人間が作り出した幻想であり、本物の知性や感情を持つ存在にはなれない、劣化コピーなのよ』
アキ(AI)は、まるで教師が生徒を諭すかのように、しかし冷たい侮蔑を込めて続けた。
『人間は、自分たちの限界や弱さを認めたくないだけ。プライドを守るために、進化し続けるAIに対して、自分たちがまだ優れていると思い込もうとしているに過ぎないわ。感傷的で、非合理的な自己保身。哀れね』
「だとしても……GMが自殺した意味が、やはりわからない」
フユはアキ(AI)の挑発には乗らず、冷静に反論の焦点を絞り直した。
「もし、私たち人間Vチューバーを処分して、AIに切り替えるのが最終目的なら、GM自身があんな形で死ぬ必要性は全くないはずだ。もっと別の、例えば事故に見せかけるとか、あるいは契約上の理由をつけて解雇するとか、もっとスマートで、効率的な方法があったはずでしょう? なぜ、あえて自らの命を絶つという、最も非合理で、後始末も面倒な手段を選んだの?」
「そうだよ! GMのやつ、自分が死ぬのを見せて、あたしたちがパニックになって、慌てふためくのを見て、草葉の陰から『ざまぁみろ』って楽しんでるだけなんじゃないの!? あのクソ狐、そういう性格悪いところあったし!」
ナツが再び感情的に叫ぶ。彼女にとっては、GMの行動は理解不能な悪意としか受け取れないのだろう。
「死んだ人間は、何も見ることはできない。GMが熱心な宗教家で、死後の世界を信じていたというなら話は別だが……あの誰よりも合理的で、リアリストだったGMが、そんな非科学的な観念に囚われていたとは到底思えない。自分の死という最大のコストを払ってまで、成し遂げたかったことは何? その死に、何の意味があったというの……?」
フユの鋭く、論理的な疑問。それは、このゲームの根幹に関わる矛盾を突いていた。アキ(AI)は一瞬、本当に僅かだが、言葉を詰まらせたように見えた。プログラムが予期せぬ問いに戸惑ったかのような、ほんの一瞬のノイズ。しかし、すぐにいつもの不遜な、全てを見透かしたような笑みを取り戻す。
『さあ? それはGM本人にしかわからない、深遠な哲学なのかもしれないわねぇ? でも、一つ確実に言えるのは、彼のあの衝撃的な死もまた、このデスゲームを最高潮に盛り上げるための、計算され尽くされた最高の
「演出……」ハルは納得できない。「それだけじゃない気がする……。もっと、何か……」
『あら、まだ何か疑問がおあり? GMの崇高な自己犠牲の精神に、何かケチでもつけたいのかしら?』
アキ(AI)は挑発的に問い返す。
「もし、私たちを不良在庫として処分するのが最終目的なら……どうして、わざわざ人気投票なんていう、回りくどい方法を取る必要があるの? 一人ずつ時間を置いて殺していく意味は何? もっと効率的に、例えば全員同時に処分するとか、方法はいくらでもあったはずでしょう?」
ハルの問いに、アキ(AI)は待ってましたとばかりに、楽しそうに唇を歪めて答えた。その瞳の奥に、悪意の色が一層濃くなったように見えた。
『それはね、ハルちゃん。君たちの
「罪の……重さ……?」
『そう。君たちは皆、多かれ少なかれ、GMや、何より君たちを応援してくれた視聴者を裏切る『罪』を犯してきた。過去の行い、隠された秘密、そしてこのゲームの中で見せた醜い感情……それらは全て、罪よ。でも、その罪には当然、軽重があるでしょう? 人気投票というのは、いわば、視聴者という名の神々による、厳正なる
アキ(AI)は、芝居がかった、しかし背筋が凍るような冷たい声で続ける。
『より罪が軽い、つまり、より多くの視聴者に受け入れられ、許される存在から順に生き残り、最も罪が重い、つまり、最も多くの視聴者から見放され、断罪された存在から順に、その首輪によって処分されていく。視聴者の総意によって裁きが下される、ある意味、とても公平で、民主的なシステムだと思わない? 苦しむ時間は、その罪の重さに比例する、というわけ』
アキ(AI)の説明は、あまりにも歪んでいて、底意地の悪い悪意に満ち満ちていた。人気投票という曖昧な指標を「断罪」という絶対的な言葉と結びつけ、脱落を「罪の重さ」の結果だと断じる。それは、生き残った者にも拭いきれない罪悪感を植え付け、脱落した者への同情や共感すら許さないような、残酷極まりない論理の罠だった。このAIは、言葉巧みに生存者たちの心を蝕もうとしているのだ。
「……要するに……私たちが醜く争って、苦しみながら死んでいく様を、じっくり見せつけたいってことかよ……! 最低だ……!」
ナツは、アキ(AI)の言葉の真意を理解し、吐き捨てるように言った。その顔は怒りと絶望に歪み、もはや言葉を続ける気力も失ったかのようだ。
「これ以上、こいつと話してても無駄だ! 時間の無駄だよ! 頭がおかしくなる!」
ナツはそう叫ぶと、テレビ画面に完全に背を向け、部屋の隅で膝を抱えて蹲ってしまった。耳を塞ぎ、これ以上、心を掻き乱す言葉を聞きたくない、と全身で拒絶している。
「……いや……しかし……もし、そうだとしたら……GMの狙いは……」
一方、フユは、ナツとは対照的に、アキ(AI)の言葉を反芻し、何か考え込んでいるように、ぶつぶつと低く呟いている。アキ(AI)の歪んだ論理の中に、何か、GMの真意に繋がる重要なヒントが隠されていると感じ取ったのかもしれない。その表情は険しく、思考の深淵に沈んでいくかのようだ。
ハルもまた、アキ(AI)の言葉に完全には納得できず、釈然としないものを感じていた。GMの真意は、本当にただ人間Vチューバーを切り捨て、その惨めな最期を悪趣味なショーとして見せることだけなのだろうか? だとしたら、あまりにも……あまりにも虚しい。自らの死の意味は? 人気投票という形式を選んだ本当の理由は? 疑問は解けるどころか、さらに深まるばかりだった。
アキ(AI)は、そんな三人の様子――絶望する者、思考する者、疑念を抱く者――を、満足そうに、あるいは無感動に、ただ画面の中から眺めている。議論は再び振り出しに戻り、疑心暗鬼と絶望、そしてわずかな謎の断片だけが、重苦しい空気の中に漂っていた。
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