推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ― 作:夢野ベル子
アキ(AI)との対話は、結局のところ、明確な答えをもたらさなかった。
いや、むしろ、GM(AI)が提示した『真意』とされるものは、あまりにも一方的で、悪意に満ちており、三人の疑念と絶望をさらに深い淵へと突き落とす結果となった。
AIの言葉は、彼女たちの傷口に容赦なく塩を塗り込み、互いへの不信感を決定的なものにした。
リビングには、再び鉛のように重苦しい沈黙が訪れた。
それはもはや、言葉を交わす気力すら失われた、完全な消耗と諦観の色を帯びている。
ナツは部屋の隅で膝を強く抱え、顔をうずめ、小さく嗚咽を漏らしている。
その震える肩は、拒絶と恐怖を物語っていた。もう何も考えたくない、何も聞きたくない。ただ、この悪夢が終わってほしい。
アキ(AI)の冷酷な言葉――特に「あなたが死ねばよかった」という、歪んだ責任転嫁――は、彼女の罪悪感を執拗に刺激し、精神的に完全に追い詰めていた。
あの言葉が、壊れたレコードのように頭の中で何度も何度も反響しているのかもしれない。
死にたくない。ただ、それだけなのに。
どうしてこんな目に遭わなければならないのか。悪いことをしたのは自分だけど、だからって殺されていい理由にはならないはずだ。
誰か助けてほしい。もう限界だ。
そんな声にならない悲痛な叫びが、その小さな背中から痛々しいほど伝わってくるようだった。
ハルは、ソファに力なく身を沈め、固く目を閉じていた。
まぶたの裏には、仲間(アキ)の最期の姿と、自らの醜い感情が交互に映し出される。
次に殺されるのは、自分かもしれない。その恐怖は、もはや漠然とした不安ではなく、冷たい現実のものとしてすぐそこまで迫っている。
アキ(AI)が語った「罪の断罪」という言葉が、まるで宣告のように重くのしかかる。
自分の過去の行いは、やはり許されない「罪」だったのだろうか。
ファンへの「誠意」だと思っていた行為は、結局、自己満足と裏切りでしかなかったのか。
Vチューバーとして、清らかな存在であるべきだった自分が、こんなにも穢れていたなんて。その事実が、じわじわと自尊心を蝕んでいく。
だが、それでも……このまま終わるわけにはいかない。
こんな理不尽なゲームで、GMの悪意に、そしてAIの冷徹な論理に屈したくない。
誰かを傷つけ、貶めることでしか生き残れないなんて、間違っている。もっと違う方法で、この状況を打開する道が……。
打倒すべきは、GMの意思そのものだ。
しかし、GMは物理的には死に、その歪んだ遺志はAIとして、まるで全能の神のようにこの閉鎖空間を支配している。
どうすれば、この絶対的な存在に抗うことができるというのか……。
思考は袋小路に迷い込み、焦りだけが空回りして募っていく。心臓が、不安に早鐘を打っていた。
一方、フユは、リビングの大きな窓際に立ち、静かに外の景色を眺めていた。
夕暮れが近づき、空は茜色と深い藍色が混じり合う、複雑なグラデーションを描き始めている。
その美しい光景とは裏腹に、彼女の表情は硬く、何を考えているのか窺い知ることはできない。ガラスに映る自分の顔は、まるで感情を失った仮面のようだった。
しかし、その水面下では、他の誰よりも高速で、複雑な思考が展開されていた。
GM(AI)の言葉の断片、GM自身の不可解な死、人気投票というシステムの歪み、そして自分たちのパソコンに仕掛けられていた『穢れ』の爆弾……。
散らばっていた無数のピースが、彼女の論理的な思考回路の中で急速に組み上がり、一つの巨大な絵を形作ろうとしていた。
GMは、本当に人間Vチューバーを不要だと断じたのか?
ならば、なぜこんなにも手の込んだ、非効率的な『ショー』を演出する必要があった?
単純な処分なら、もっと隠密に、あるいは一斉に行うほうが合理的だ。なぜ、わざわざ一人ずつ、苦しむ時間を与えながら?
人気投票は『断罪』? 罪の重い順に処理?
一見、論理的に聞こえる。しかし、それはあまりにもGMの悪趣味な側面だけを強調しすぎていないか?
あのGMは、一方で『天然モノのてぇてぇ』にも期待を寄せていたはずだ。
それは、計算されたAIにはない、人間の不完全さ、感情の揺らぎ、予測不能な行動の中にこそ、価値を見出していたということではないのか?
そして、何よりもGM自身の死。
あれは本当に単なる『演出』に過ぎないのか? いや、違う……。あまりにもリスクが高すぎる。
あの死には、もっと深い、歪んでいるかもしれないが、切実な意味があるはずだ。
自らを犠牲にしてまで、このゲームの参加者と視聴者に伝えたかった、あるいは問いかけたかったメッセージが……。
そうだ……。閃光のように、一つの仮説がフユの脳裏を貫いた。
全てのピースが、カチリと音を立てて嵌まる感覚。
GMは、人間Vチューバーを切り捨てたかったのではない。
むしろ、真逆だ。
GMは、皮肉なことに、AIには決して持ち得ない人間の
このデスゲームは、そのための究極の試練であり、壮大な実験だったのだ。
『穢れ』を白日の下に晒し、互いを疑心暗鬼にさせ、醜い感情をぶつけ合わせる。
それは、視聴者にも、そして参加者である私たちにも、人間の持つどうしようもない醜さ、弱さを骨の髄まで直視させるため。
しかし、その絶望的な状況の、さらにその先に……
それでもなお、人間がAIを超えうる何か――それは、計算や論理では測れない、不合理なまでの絆や、自己犠牲や、あるいは『穢れ』の中から立ち上がる強さかもしれない――を持っていると、GMは最後の最後まで信じたかったのではないか?
その『何か』こそが、彼が求めた『最高の作品』の核となる要素だったのかもしれない。
フユは、強い確信に近い思いを抱き始めていた。
GMの真意は、表層的な言葉とは裏腹に、もっと複雑で、歪んではいるが、ある種の倒錯した『人間賛歌』に繋がっている可能性がある。
だが、問題は山積みだ。
まず、この仮説をどうやって証明する?
そして、この仮説が正しかったとして、どうすればこのゲームのルールを打ち破り、生き残ることができるのか。
GMのAIは、依然としてこの場を支配している。
残された時間は、あまりにも少ない。
次の投票まで、あとわずか……。刻一刻と、タイムリミットが迫ってくる。
思考を巡らせている間にも、状況は悪化しているかもしれない。
ふと、フユは最近の投票結果の推移を思い返した。
アキ(AI)が扇動的な発言を繰り返したにも関わらず、全体の投票数は、ピーク時から伸び悩んでいる……いや、むしろ減少傾向にあるのではないか?
この異常な状況、繰り返される残酷な選択に、画面の向こうの視聴者たちもまた疲弊し、関与を拒否し始めているのかもしれない。
あるいは、GMの意図とは違う方向へ、事態が動き始めているのか…?
どちらにせよ、予測不能な要素が増えている。
フユは、静かに振り返り、絶望に打ちひしがれるハルと、隅で震えるナツを見た。
二人とも、もはや冷静な思考ができる状態ではないだろう。
もし、自分の仮説を証明し、ゲームを攻略するための時間を稼ぐには……
そして、その先に万が一の勝機を見出すためには……
今、非情な選択をしなければならないとしたら?
「……」
フユは唇を固く引き結んだ。思考はクリアになった。
だが、その思考が導き出す結論は、あまりにも冷たく、そして残酷なものになるかもしれなかった。
彼女は、自身の人気が現在、僅差ながらもトップクラスであることを冷静に分析する。
様々な要因が絡み合い、視聴者の判断基準も揺らいでいるだろうが、次の投票で自分が即座に脱落する可能性は、ハルやナツに比べれば低い。
だが、ハルが脱落する可能性は依然として高い。
もし、GMの真意を探り、ゲームの構造を解き明かすために時間が必要なら……ハルの持つ発信力や、時に見せる突破力は、まだ利用価値があるかもしれない。惜しい戦力だ。
『残り時間、あと10分です』
無機質なAIの声が、部屋の空気を切り裂くように響いた。
それは、フユの感傷的な思考や葛藤を断ち切る、冷たい現実の宣告だった。
フユは決断しなければならなかった。時間はもうない。
自分の仮説と、その先にあるかもしれない僅かな希望を信じ、非情な生存戦略を取るのか。
それとも、情に流され、全員が共倒れになるリスクを受け入れるのか。
彼女は、部屋の隅で小さくなっているナツの方へ、再び視線を向けた。
今、この場で最も精神的に脆く、動揺し、論理的な思考が完全に停止しているのは彼女だ。
もし、この膠着状態を打破し、ゲームを次のフェーズに進めるために、誰か一人を切り捨てなければならないとしたら……。
合理的に考えれば、結論は一つしかなかった。
「……視聴者の皆さん」
フユは、不意に、自分たちのあらゆる行動を記録し続けているであろう、ロッジ内に設置された複数のカメラに向かって、静かに、しかしはっきりとした口調で語りかけた。
その声は、先ほどまでの内省的な雰囲気とは打って変わり、冷徹な響きを帯びている。
ハルとナツが、その声と視線の先に気づき、驚いてフユを見る。
「私の考えを述べます。これは、あくまで現時点での仮説と分析に基づく、私の個人的な見解ですが……」
フユは、自分の導き出したGMの真意――『人間賛歌』の可能性――については、今は語ることを選択しなかった。
それはまだ不確定要素が多く、視聴者に伝えるにはリスクが高すぎる。下手に希望的観測を述べれば、足元を掬われかねない。
代わりに、彼女は冷徹なまでの現実論、生存のための非情な戦略を口にした。
「……残念ながら、次の投票で私たちの中から誰か一人が脱落することは、ほぼ避けられないでしょう。
そして、現時点での人気、各々の精神状態、そしてこれまでの行動を総合的に考慮すると、最も脱落の危険性が高いのはハルさん、次いでナツさんだと、私は分析しています」
「フユ……!?」
ハルが信じられないというように、非難の声を上げる。仲間を名指しで危険に晒すような発言。
「私は、このゲームの欺瞞に満ちた構造と、GMの真意を解明し、可能であれば……いえ、不可能かもしれませんが、それでも全員で生き残る道を最後まで模索したいと考えています。
そのためには、思考を整理し、戦略を練るための時間が、どうしても必要です。
……したがって、大変心苦しい決断ではありますが、現時点で生存確率が最も低いと推定され、かつ感情的に著しく不安定であり、今後の協力や論理的な思考が困難になっているナツさんには……大変申し訳ありませんが、次の投票で、退場していただくのが、戦略的に見て最も合理的である、と私は考えます」
フユは、一切の感情を削ぎ落としたような、平坦な声で言い切った。
それは、仲間を切り捨て、見殺しにすることを是とする、あまりにも冷酷で非情な宣言だった。
計算された言葉は、視聴者の投票行動を誘導しようとする明確な意図を持っている。
「そん……な……うそ……でしょ……?」
ナツは、自分が切り捨てられたという事実をすぐには理解できないかのように、信じられないという表情でフユを見つめ、わなわなと小刻みに震え始めた。
瞳からは、みるみるうちに光が失われていく。
「フユ! あなた、本気で言ってるの!? ナツを見捨てろって言うの!?」
ハルも激昂し、フユに詰め寄ろうとする。その顔は怒りと嫌悪に染まっている。
「本気だ」
フユは即答した。その声に揺らぎはない。
「私のこの発言が、非人道的であると見なされ、結果的に私自身の人気を大きく毀損するリスクがあることは承知している。視聴者の皆さんの投票行動を、私が完全にコントロールすることなど不可能だ。
だが、このまま何もせず、感情論だけで時間を浪費し、全員が疑心暗鬼のまま個別に潰されていくよりは、可能性があると判断した。
誰か一人が犠牲にならなければ、次のステップに進めないというのなら……今は、非情な決断を下すしかない。
もし……もし私に、この先に進む機会が与えられるのなら、必ずやこのゲームの謎を解き明かし……そして……」
フユの言葉は、そこで一瞬、途切れた。
彼女の蒼氷の瞳の奥には、揺るぎないはずの強い決意の中に、ほんの一瞬だけ、人間的な苦悩の色が、深い湖の底に揺らめく光のように浮かんでいた。
どのキャラが一番好きかな?
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ハル
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ナツ
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フユ