推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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残り

(第2回投票結果発表後)

 

**【第2回 人気投票結果】**

 

1. **冬峰 フユ: 45%**

2. **春野 ハル: 35%**

3. **夏川 ナツ: 20%**

 

 

 結果を見て、三人は息を呑んだ。

 フユの、あの冷酷な宣言にもかかわらず、票数は大きく伸び、トップに立っている。視聴者は、非情なまでの合理性を支持したのか、それともゲームの真相解明への期待を託したのか。そして、最下位は――ナツ。フユの言葉が、最後の引き金を引いた形となった。

 

 

「……あ……うそ……。なんで……ボクが……フユが、あんなこと言わなければ……」

 

 

 ナツは力なくその場にへたり込んだ。顔面からは血の気が引き、蒼白になっている。瞳からは生気が急速に失われ、焦点が合わない。信じられない、いや、信じたくないというように、何度もか細く首を横に振っている。

 

 

『結果が出ました。今回の脱落者は、夏川ナツさんです』

 

 

 GM(AI)の無機質な声が、ナツの絶望を確定するように淡々と宣告した。

 

 

『1分後に、処分を実行します。……何か、言い残すことはありますか? 夏川ナツさん』

 

 

「言い残すこと……? あるに決まってるじゃん! ふざけんな!」

 

 

 虚ろだったナツの瞳に、最後の抵抗のように憎悪の炎が激しく燃え上がった。震える体でなんとか顔を上げ、フユを殺さんばかりの形相で睨みつけた。

 

 

「フユ! あんたのせいだ! あんたが! あんたがボクを売ったんだ! あの時、アキ姉を信じなかったから、こんな目に……違う! あんたが、ボクを見捨てろなんて言ったからだ!」

 

 

 その声は、怒りと絶望、そして裏切られたという激しい感情で、聞くに堪えないほど震えている。

 

 

「あんたが、みんなの前でボクを切り捨てろなんて、あんな……あんな酷いこと言ったから! だから視聴者も、そうだそうだ、って! ボクは……ボクはまだ、やれたかもしれないのに!」

 

 

「……それは結果論だ。数字が示している通り、私の発言がなくとも、あなたが最下位だった可能性は高い。それに、私の行動は生存戦略として提示したものだ。個人的な感情ではない」

 

 

 フユは冷たく、感情を押し殺した声で言い返す。その一切の動揺を見せない態度が、ナツの逆上した感情をさらに激しく煽る。

 

 

「うるさい! うるさいうるさい! あんたがいなければ! あんたさえいなければ、ボクは死なずに済んだかもしれないのに! 最低だ! 冷血人間! あんたなんか、地獄に堕ちて、永遠に苦しめばいいんだ!」

 

 

 ナツは、もはや制御が効かないように、ありったけの汚い言葉でフユを罵り続ける。死への恐怖と、信じていたかもしれない仲間からの裏切り、そして自らの過去への後悔が、ぐちゃぐちゃになって噴出しているのだろう。

 

 

「……ナツ……もう、やめて……」

 

 

 ハルが止めようとするが、今のナツには何も聞こえていない。憎悪と絶望が、彼女の世界の全てを覆い尽くしている。

 

 

「ハルちゃんだってそうだ! いつもいい子ぶって! でも結局、ボクのことなんてどうでもよかったんでしょ!? 助けてくれなかった! アキ姉の時もそうだ! みんな、自分が可愛いだけ! ボクのことなんて、最初から見捨ててたんだ! 自分さえ助かれば、それでいいんだ!」

 

 

 制御を失った憎悪の矛先は、ハルにまで容赦なく向けられる。それは、ナツなりの最後の甘えだったのかもしれない。

 

 

「……ごめん……なさい……本当に……ごめんなさい……」

 

 ハルは、ただ俯き、涙を流しながら謝ることしかできなかった。どんな言葉も、今のナツには届かない。そして、見捨てたという非難は、ある意味で事実だったから。

 

 

『……時間です』

 

 

 GM(AI)の冷たい声が、ナツの慟哭にも似た罵声を、無慈悲に遮った。

 それと同時に、ナツの細い首に着けられた銀色の首輪が、死へのカウントダウンを開始する不気味な起動音を発し始めた。

 

 

 ギュイイイイイン……!

 

 

 甲高い金属音が、静まり返ったロッジに響き渡る。首輪が禍々しい赤黒い光を明滅させ、その輝きを増していく。

 

 

「いやあああああああっ! 死にたくない! 死にたくないよぉ! ママ! パパ! 助けて! いやだ! いやだいやだ! あんたたちのこと、絶対呪ってやるから! 化けて出てやる! 覚えてろおおおおおっ!」

 

 

 ナツは最後の最後まで、恐怖と憎悪、そして僅かな生への執着が入り混じった言葉を、絶叫として吐き出し続けた。その叫びは、やがて首を締め上げる物理的な苦痛によって、苦悶の呻きへと変わり、そして……。

 

 

 ゴキッ、という、何か硬いものが砕けるような、鈍く湿った音。

 

 

 ナツの小さな身体から、ふっと全ての力が抜け、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。その瞳は大きく見開かれたまま、虚空を睨みつけている。いや、あるいは、残されたフユとハルを、その最後の憎悪の眼差しで射抜いているかのようだった。

 

 

 ロッジには、ハルとフユ、二人だけが残された。

 床に転がるナツの亡骸は、彼女の最期の呪詛をそのまま体現するかのように、異様な存在感を放ち、重苦しい沈黙の中に禍々しい雰囲気を漂わせている。アキの時とは違う、直接的な憎悪と呪いが、空気中に満ちているかのようだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 どれほどの時間が経ったのか。ロッジには、息が詰まるような、重苦しい沈黙が支配していた。床に転がるナツの小さな亡骸が、この二人きりの空間に、不気味で、そして悲痛な影を落としている。その存在は、無視しようとしても無視できないほどに強烈で、二人の間に流れる空気をさらに重く、冷たくしていた。

 

 ハルもフユも、言葉を発することなく、ただ互いの存在を、そして床に横たわる『結果』を意識している。視線は合わない。合わせられない。残された時間は、あと6時間。次にあの冷たい首輪が牙を剥くのは、この二人のうちの、どちらかだ。協力か、裏切りか、諦観か。選択肢は多くない。

 

 長い沈黙の後、最初に口を開いたのは、ハルだった。壁にもたれかかり、視線は床のナツから動かせないまま。

 

「……フユ」

 

 その声は、ひどく掠れていて、感情が抜け落ちたように平坦だった。

 

「どうして……あんなことを言ったの……? ナツに……あんな……あまりにも酷いことを……。あの子が、どれだけ傷つくか、わからなかったはずないでしょう……?」

 

 その声には、もはや激しい非難の色は薄れていた。それよりも、純粋な疑問、理解できないものへの問いかけ、そして、あまりにも多くの死と裏切りを目にしてきたことによる、深い、深い疲労感が滲んでいた。まるで、答えを期待しているわけではない、ただ吐き出さずにはいられない独り言のようにも聞こえた。

 

「……言ったはずだ。あれは、生き残るための、合理的な判断だと」

 

 フユは、窓の外に目を向けたまま、壁に寄りかかった姿勢を変えずに答えた。声は硬く、感情の起伏が感じられない。だが、その視線はどこか遠くを見ているようで、現実から逃避しているかのようにも見えた。

 

「合理的……? 本当に、そう思ってるの? あれが? あなたの発言で、ナツは……視聴者の反感を買って、ほぼ確実に脱落が決まったわ。でも、それだけじゃない。あなた自身も……。あんな冷酷なことを言って、あなたへの票だって、絶対に減ったはずよ。私だって、一瞬、あなたを本気で軽蔑した……。あなたは、結果的に、自分が次に死ぬ可能性を高めたことになる。どうして……? それも、計算のうちだったとでも言うの……?」

 

 ハルの問いかけは、フユの行動の矛盾を鋭く突いていた。それはフユ自身も気づいていたはずの矛盾。ハルの声には、非難よりも、むしろ戸惑いや、フユという人間の不可解さに対する困惑の色が濃く表れていた。

 

 フユはしばらくの間、黙っていた。窓の外は、いつの間にか夕闇が深まり始めていた。茜色の光が、ロッジの床に長い影を落としている。やがて、彼女はふっと、諦めたような、あるいは自嘲するような、深い息を吐いた。

 

「……そうかもしれないな。いや……おそらく、そうだろう。次の投票で、私が脱落する可能性は、あなたの言う通り、かなり高まった。私の行動は……結果的に、非合理的だったのかもしれない」

 

 その言葉は、意外なほど素直な自己分析であり、これまでのフユからは考えられない弱さの吐露だった。

 

「だったら、なぜ……。何を考えて……」

 

「……わからない」

 

 フユは、力なく首を振り、自嘲気味に呟いた。

 

「自分でも、よくわからないんだ。あの時、どうしてあんな言葉が出たのか……。合理的な判断だと自分に言い聞かせようとした。でも、本当は……違ったのかもしれない。……ただ……」

 

 フユは言葉を探すように、再び沈黙した。窓ガラスに映る自分の無表情な顔を見つめながら、ゆっくりと、言葉を紡ぎ出す。

 

「……私は、心のどこかで、AIになりたかったのかもしれない」

 

「え……?」

 

 ハルは驚いてフユを見た。その言葉の意味を測りかねている。

 

「感情に振り回されず、過去に囚われず、常に冷静に、合理的に、最適解だけを導き出せる存在に。……痛みも、苦しみも、後悔も感じない、ただのプログラムに。だから……GMが言っていたこと……人間は不完全で、欠陥品で、AIの方が優れているっていう考えも……どこか、否定しきれずに、理解できるような気がしたんだ。それは結局、私自身の……あの忌ましい()()や、どうしようもない弱さから、目を背けたかっただけなのかもしれないけど」

 

「……それは、同情を引こうとしてるの? それとも、言い訳……?」

 

 ハルは少し警戒するように尋ねた。フユの突然の告白に戸惑いながらも、まだ完全には彼女を信用しきれていない。これもまた、生き残るための計算なのかもしれない、と。

 

「……そうじゃない」フユは力なく首を振った。その声には、演技とは思えない、深い疲労の色が滲んでいる。「そうじゃないんだ……。ただ……もう、疲れたんだと思う。本当に」

 

「疲れた……?」

 

「そう。考えることにも、疑うことにも、誰かと駆け引きすることにも……。そして、誰かを……傷つけたり、見捨てたりすることにも。もう、うんざりなんだ」

 

 フユの声には、これまで決して見せることのなかった、深い、魂からの疲労感が滲んでいた。まるで、張り詰めていた糸が、ぷつりと切れてしまったかのように。

 

「本当は……心の奥底では、みんなのことが、好きだったんだと思う。……ハル、あなたも、うるさいくらい元気なナツも……そして、いつも優しかったアキさんも。みんな、不器用で、弱くて、間違いもたくさん犯すけど……それでも、このメンバーで過ごした時間は……決して、悪くなかった。……そう、思いたい」

 

 フユのらしくない、感傷的な言葉。それは、死をすぐそこに意識した人間が、最後の最後に見せる、剥き出しの本心なのかもしれなかった。あるいは、それすらも計算された演技なのか? ハルには判断がつかない。

 

「……フユ……」

 

 ハルは、フユの意外な告白に言葉を失った。いつもクールで、合理的で、時に冷酷に見えたフユもまた、この異常な状況下で、心身ともにギリギリまで追い詰められていたのだ。その事実に、ハルは複雑な思いを抱いた。同情、共感、そしてわずかな警戒心。

 

「……あなたは、どうなんだ? ハル」

 

 フユは、そこで初めて、窓の外からハルの方へ、ゆっくりと視線を向けた。その瞳は、いつもの鋭さを失い、どこか頼りなげに揺れているように見えた。

 

「あなたは……これからどうするつもりだ? この最後の時間を」

 

「私……?」ハルは戸惑いながら、床のナツの亡骸から目を逸らし、フユを見つめ返した。「私も……そうよ。みんなで、生き残りたかった。こんな……こんな地獄みたいなことになるなんて、思ってもみなかった……。ただ、楽しく活動したかっただけなのに……」

 

 ハルの目にも、再び涙が滲んでいた。抑えていた感情が、フユの告白に引きずられるように溢れ出してくる。

 

「GMの本当の狙いが、私の推測通り……歪んではいるけれど、人間の可能性を信じるものだったとしたら……」フユは、独り言のように、しかしハルにも聞こえる声で続けた。「このゲームは、私たちがここで死んで、単純に終わり、ではないのかもしれない。何か……まだ続きがあるような気がするんだ。GMが遺した……最後の仕掛け、最後の問いかけが」

 

 フユの言葉は、憶測に過ぎない。だが、その声には奇妙な確信がこもっていた。

 

「……どういうこと? 続きって……?」

 

「わからない。だが……このままでは終われない、終わらせてはいけないという感覚だけがある。GMの悪意も、仲間たちの死も、無意味にしてはいけない……そんな気がするんだ」

 

「……そうね」ハルも静かに頷いた。「私も、そう思う。このままじゃ、死んでいったみんなに顔向けできない。……終われないわ」

 

 二人の間に、ほんのわずかだが、奇妙な共感が生まれたような気がした。互いに、次に相手を殺すかもしれない存在。敵同士であることに変わりはない。次に死ぬのは、確実に、この二人のうちのどちらかだ。しかし、それでも……この最後の瞬間だけは、同じ絶望と、わずかな希望のようなものを見つめているのかもしれない。

 

「……ねえ、フユ」

 

 ハルは、意を決したように言った。その声には、先ほどまでの戸惑いとは違う、静かな覚悟が感じられた。

 

「最後の6時間……。もう、いがみ合うのはやめない? ……()()()()()()()で、いかない?」

 

 それは、以前ハルが提案し、フユが冷たく一蹴した言葉だった。あの時は、状況を打開するための、どこか打算的な響きがあったかもしれない。しかし、今は違う。仲間たちの死を乗り越え、自らの死をも覚悟した今、その言葉はもっと純粋な、人間としての切実な願いのように聞こえた。最後の時間くらい、人間らしくありたい、と。

 

 フユは、少し驚いたようにハルを見た。その言葉が、今のこの状況で出てくるとは思っていなかったのかもしれない。彼女はしばらくの間、ハルの顔をじっと見つめていた。その表情は読み取れない。しかし、やがて、ふっと、本当に微かだが、その硬い表情が和らぎ、口元に自嘲とも諦念ともつかない、複雑な笑みが浮かんだように見えた。

 

「……ああ。わかった。……うらみっこなし、だ」

 

 短い、しかし重い意味を持つ返事。その一言で、二人の間の張り詰めていた空気は、確かに、少しだけ和らいだ気がした。もちろん、状況が好転したわけではない。死の運命は変わらない。だが、少なくとも、最後の6時間を、互いを憎しみ合うのではなく、共に過ごすことを選んだのだ。

 

 最後の時間が、静かに始まろうとしていた。どちらが勝者となり、どちらが敗者として、この忌まわしい首輪の犠牲となるのか。そして、もし生き残ったとして、その先に待つものは一体何なのか。今はまだ、誰にもわからない。ただ、時間は無情に流れ続けていた。

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  • ハル
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