推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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足掻き

「……ああ。わかった。……うらみっこなし、だ」

 

 

 フユは短く、しかし確かな意志を込めて答えた。その一言は、重く垂れ込めていた絶望の空気の中に、ほんの一瞬、小さな風穴を開けたような気がした。二人の間の、互いを疑い、警戒し、憎しみさえした張り詰めた空気は、完全には消えないまでも、少しだけ和らいだ。まるで、処刑台の上で、最後の言葉を交わすことを許された死刑囚同士のように。

 

 うらみっこなし――その言葉は、この極限状況において、単なる休戦協定以上の、もっと深く、そして脆い意味を持ち始めていたのかもしれない。次にどちらかが死ぬという冷酷な現実は、すぐそこにある。変わらない。しかし、残された最後の6時間、互いを蹴落とそうと足掻くのではなく、共にこの絶望的な状況に、人間として最後まで抗う。そんな、言葉にはならない、しかし確かな暗黙の了解が、二人の間に生まれた。それは、敗北を認めながらも、なお尊厳を失うまいとする、最後の抵抗の始まりだった。

 

 

「……何か、方法はないのかしら。本当に、もう何もないの?」

 

 

 ハルが、すがるような、しかしどこか現実を受け入れ始めているような目で、フユに尋ねた。声には、まだ諦めきれない微かな希望と、しかしそれ以上に深い疲労の色が混じっていた。

 

 

「ここから抜け出す方法……あるいは、この狂ったゲームを、強制的に終わらせる方法が……どこかに、隠されているんじゃないかって……思ってしまうの」

 

 

「物理的な脱出は、おそらく不可能だろう」

 

 フユは冷静に現状を分析する。感傷に流されず、可能性を一つずつ潰していく作業。

 

「クルーザーはなく、この島がどれだけ本土から離れているかもわからない。泳いで渡るには、この夜の海は広すぎるし、危険すぎる。だが……」

 

 フユは思考を巡らせる。その瞳には、諦めではなく、最後の可能性を探る鋭い光が宿っていた。

 

「島そのものに、GMが見落とした何か、あるいは意図的に残した『鍵』のようなものが存在する可能性はゼロではない。あるいは、このロッジのシステム。GMが完璧だと信じているそのシステムに、何らかの脆弱性、干渉できるポイントがあるかもしれない……」

 

 

 わずかな可能性に賭け、二人はすぐに行動を開始した。残された時間は、本当に少ない。夕闇は刻一刻と深まり、夜の帳が島全体を包み込もうとしていた。

 

 まず、二人は再び重い足取りでロッジの外へ出た。むわりとした熱気が肌を撫で、不気味な虫の声が闇の中から響いてくる。頭上には相変わらず、例の小型監視ドローンが、無機質なホバリング音を立ててつきまとう。その赤いランプが、闇の中で不気味に明滅し、自分たちの行動が全て記録され、配信されている現実を突きつけてくる。まるで、死神の目のようだ。

 

 島の探索は一度行ったが、今度は目的が違う。脱出や抵抗に使えそうな『武器』あるいは『道具』を探すのだ。

 

 月明かりだけを頼りに、再び海岸へ向かう。波打ち際には、昼間には気づかなかった様々な漂着物があった。しかし、使えそうなものは少ない。流木や、比較的丈夫そうなツルを集め、小さな筏のようなものを作れないか試してみる。ハルは慣れない手つきでツルを縛り、フユは使えそうな形状の流木を選別する。だが、作業は困難を極めた。適切な材料は圧倒的に不足しており、とても人間二人を乗せて荒波に耐えられるような代物は作れそうにない。何より、容赦なく時間は過ぎていく。焦りだけが募り、額には汗が滲んだ。

 

 

「これじゃ……無理ね……」

 

 ハルは砂浜に座り込み、自分の無力さにため息をついた。

 

 

「……別の方法を探そう。時間がない」

 

 フユは筏作りを諦め、次の可能性へと意識を切り替えた。

 

 

 次に、二人は島の最も高い場所――昼間にも一度訪れた頂上――を再び目指した。夜のジャングルは昼間とは比較にならないほど不気味で、足元もおぼつかない。木の根に躓きそうになりながら、互いを励まし、時には手を貸し合いながら、鬱蒼とした闇の中をかき分けて進む。そこからなら、遠くに漁火のような光が見えるかもしれない。あるいは、奇跡的に携帯電話の電波が届くかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。

 

 汗だくになり、息を切らしながら、ようやく頂上らしき開けた場所にたどり着く。しかし、そこから見えたのは、月明かりに照らされた、絶望的なまでに広がる漆黒の海面だけだった。水平線の彼方まで、人工的な光は一切見えない。完全に孤立している。持っていたスマートフォン(GMから支給されたものではなく、個人的に持ち込んでいたもの)を取り出し、必死に電波を探してみるが、表示は無情にも『圏外』のまま。GMの言った「特殊な電磁バリア」というのは、通信を完全に遮断するための、鉄壁の檻だったのだ。

 

 

「やっぱり……ダメか……。希望なんて、最初からなかったのかも……」

 

 ハルは膝に手をつき、荒い息をつきながら、天を仰いだ。空には無数の星が輝いている。その美しさが、今はただただ残酷に感じられた。

 

 

「……ロッジに戻ろう。残る可能性は、内部のシステムだけだ」

 

 フユは、ハルの肩を軽く叩き、冷静に促した。彼女の声にも、わずかな落胆の色が滲んでいるように聞こえたが、それでもまだ諦めてはいなかった。

 

 

 再びロッジに戻った二人は、残された時間で、フユのプログラミング知識を頼りに、今度こそシステムへの干渉、ハッキングを試みた。これが最後の望みだった。

 

 フユは、ドライバーや工具を使い、リビングの壁のパネルを外し、複雑なネットワーク配線や、部屋の各所に設置された監視カメラの接続部、そしてあの忌まわしいブラウン管テレビの裏側などを徹底的に調べ始めた。システムの制御系統、あるいは外部との通信経路の物理的な切断、もしくはソフトウェア的な介入の糸口を探ろうとする。ハルは、フユの指示を受け、ケーブルを抜いたり、持ってきたノートパソコンで特定のポートへのアクセスを試みたり、あるいはフユが必要とする情報を検索したりと、懸命に補助する。

 

 しかし、GMが構築したシステムは、想像以上に巧妙で、堅牢だった。主要な制御システムは物理的に隔離され、分厚い金属板で保護されているか、あるいは強力な暗号化と多重のファイアウォールによって鉄壁の守りが施されており、外部からのアクセスを一切許さない。監視カメラやテレビの電源を一時的に落とすことには成功しても、数秒後には自動的に予備電源か、あるいは別の系統から電力が供給され、何事もなかったかのように復旧してしまう。

 

 地下にあるという電源室も、もう一度、今度は破壊も視野に入れて確認したが、やはりメインブレーカーや制御盤には、物理的な衝撃や不正な操作を検知すると作動する強力な防御システム――おそらくは、さらに別のトラップが仕掛けられている可能性すらあった――が施されており、迂闊に手を出すことすらできなかった。

 

 あらゆる試みが、GMの見えざる手のひらの上で、ことごとく阻まれていく。まるで、巨大で、悪意に満ちた蜘蛛の巣に完全に絡め取られた蝶のように、もがけばもがくほど、自分たちの無力さと、この状況の絶望的なまでの閉塞感を、改めて思い知らされるだけだった。念入りに、そして冷酷な悪意を持って、全ての希望の芽が、一つ残らず丁寧に潰されていく感覚。

 

 

「もう……本当に、時間がない……。あと、30分もない……」

 

 

 ハルは、埃まみれになった手で壁に手をつき、力なく呟いた。息は切れ、全身は疲労困憊だった。様々な抵抗を試みたが、状況は何も変わらないどころか、刻一刻と最後の審判の時が近づいている。

 

 

「……ああ。どうやら……万策、尽きたか……」

 

 

 フユも、額の汗を手の甲で拭いながら、静かに、そして重々しく敗北を認めるしかなかった。彼女の瞳からも、先ほどまでの鋭い光が消え、深い疲労と諦観の色が浮かんでいた。共に生き残る道は、やはり存在しなかったのだ。GMの掌の上で踊らされることしか、できなかった。

 

 

 その時だった。リビングのブラウン管テレビが、ブツン、という不吉な音を立て、再び黒い画面に命が宿る気配を見せた。最後の審判の時が、ついに訪れたのだ。

 

 二人は、吸い寄せられるように立ち上がり、テレビの前へと歩み寄った。もう、交わす言葉はない。いがみ合う気力も、協力し合う意味も失われた。だが、その瞳の奥には、完全な諦めだけではない、最後の最後まで人間として抗い、生きようとしたという、疲労困憊の中にも、ほんの少しの矜持のようなものが、かろうじて宿っていた。

 

 しかし、現実は非情だ。生き残るためには、今、目の前にいる相手よりも、多くの票を集めなければならない。束の間の協力は終わった。ここからは、再び、個人の生存を賭けた、最後の戦いだ。

 

 そして、運命の最終投票。

 画面に、冷たい数字が表示された。

 

 

**【最終 人気投票結果】**

 

1. **春野 ハル: 52%**

2. **冬峰 フユ: 48%**

 

 

 僅差だった。本当に、紙一重の差。

 最後の最後まで、二人が見せた諦めない姿勢、絶望的な状況下でも協力し、共に脱出を試みた「生き足掻き」は、画面の向こうの視聴者の心を、わずかでも揺さぶり、票を拮抗させたのかもしれない。あるいは、単なる気まぐれか、残酷な偶然か。

 しかし、それでも、無慈悲な勝敗は決した。

 

 生き残ったのは、ハル。

 

 脱落したのは、フユ。

 

 

「……っ!」

 

 ハルは息を呑み、画面に表示された数字と、隣に立つフユの横顔を交互に見た。勝った……のか? いや、違う。フユが、負けたのだ。言いようのない感情が込み上げてくる。安堵、罪悪感、そして仲間を失う悲しみ。

 

 フユは、画面の結果を静かに見つめていた。その表情に大きな変化はない。だが、ほんのわずかに、諦めたような、それでいてどこか納得したような、複雑な色が浮かんだように見えた。

 

 

「……そうか」

 

 フユは、誰に言うともなく、低く呟いた。

 

 

「……まあ、妥当な結果、か」

 

 自嘲とも、諦念とも取れる言葉。彼女はゆっくりとハルの方へ視線を向けた。その瞳は、驚くほど穏やかだった。

 

 

「ハル……」

 

 

 静かな呼びかけに、ハルは言葉を返せない。ただ、フユの次の言葉を待つ。

 

 

「……生き残れ。……私の分まで、とは言わない。だが……生き残って、見届けろ」

 

 

 フユの声は、淡々としていたが、その奥には強い意志が感じられた。

 

 

「このゲームの、本当の結末を。……そして、最後の勝者が……本当に『勝者』なのかどうか……その意味を、あなたの目で確かめてくれ」

 

 

 その言葉は、単なる激励ではなかった。それは、フユが最後にたどり着いたであろう、ゲームの本質に対する疑念と、ハルに託す最後の問いかけだった。

 

 

「GMが……あの男が、こんな狂った舞台を用意してまで、何を遺したかったのか……。それを、見届ける義務が、あなたにはある……」

 

 

 その時、フユの首に着けられた銀色の首輪が、不気味な起動音を発し始めた。最後の時が来たのだ。

 

 

 ギュイイイイイン……!

 

 

 甲高い金属音が響く。フユは顔をしかめることもなく、ただ静かにハルを見つめ続けていた。

 

 

「……頼んだぞ……ハル……。生かされた、意味を……忘れるな……」

 

 

 それが、フユの最後の言葉になった。

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